囚われのお姫様を助けるのは姉の仕事と相場が決まっているのです
そもそも事の発端はきっと私が知るもっと前から密談を交わされていたのだと思う。
でなければあんなに見事な連係プレーで周囲を包囲されるなどありえない。
いつもは父か兄が政務に忙しく一緒に食事をとれないのが日常であったところを珍しく家族全員揃っての朝食の席で父に切り出された言葉が私にとっての始まりであった。
「セシリア。実はお前に頼まれてほしいことがあるのだ」
随分と改まった父親の口調に嫌な予感を覚えたものの、食事中ということもあり逃げられず、手に持っていたナイフとフォークを一度置き「……お話だけ、一応お聞きいたしますわ」と返事をした。
視線を彷徨わせ話があるといったのは向こうだというのに中々話を切り出さない父に我関せずでいつも通り食事を進めこちらをチラリとも見ない兄に父を不安げに見つめる母。
そんな両親の様子に幼いながら可愛いサーシャも何かを感じたのか訝しげに父を見つめている。
ああ、そんな憂いたサーシャもとっても愛らしい。
「………お前も十八とそろそろいい歳になったことだし…実は、何度か打診を受けてはいたのだが、隣国の皇帝より暫くの間お前を留学させてみないか、というのがだな……」
「こうてい?」
「りんごく」の「こうてい」が頭の中で「隣国の皇帝」という言葉に変換されそのお顔が記憶から引き出されると無意識のうちに眉間にシワがよる。
私たちの住んでいるこのカランドラ国は複数の国々に囲まれているが「皇帝」が治める隣国と言えば一つしかない。
ガルシア帝国。
強国筆頭とも言える国と同盟を結んでより父とあちらの皇帝陛下は意外なことに話が合い、お互い国のトップでありながら中々良好な付き合いをしているのは何となく知ってはいた。
だから…まあ、「留学」という名にかこつけての「同盟的友好交流」というのは納得がいく。
内容自体に賛成はしないが。そりゃもう、断固として反発反抗的思考と行動を持って自己の主義主張を宣言し抵抗させてもらうつもりではある。
だがしかし、その前にある言葉に違和感を覚えずにはいられなかった。
父は今「いい歳になったことだし」と言ったのだ。
あちらには確か私以上に「いい歳」をした皇太子がいたはずだ。
直接的対面は果たしたことはないが、それなりに交流のある国の次期皇帝になるだろう人物なのでそれなりの情報は望まなくとも耳に入ってきていた。
必ずしも「いい噂」だけではなかったが。
真実かどうかは別として「かなりの美丈夫」であるとか「武勇に優れている」とか「民衆にかなりの支持がある」だとか人間的・為政者として好ましいものから「極度の女性嫌いである」とか「男色家である」だとか「同性の愛人がいる」だとかいう黒くてどろりとしたような噂まで話題に事欠かないほどレパートリー豊富である。
それを思うと、父の言葉の裏に「花嫁修業」やら「嫁候補」といった単語が見え隠れするのは穿った考えだろうか。
私の精神安定の為にも是非とも自意識過剰であってほしい。切実に。
「お父様、今…皇帝陛下のお名前が出た気がするのですけれど、それはダーナクレア帝国ではなく、ガルシア帝国のことでしょうか?」
無駄と知りつつも他の可能性を提示してみる。
ダーナクレア帝国。
ガルシア帝国と同様に世襲制の皇帝をトップとした国土はほぼカランドラ国と同じくらいの山が多い国である。
可能性が限りなく低いのはカランドラ国とは隣接していない遠く南にある国だからだ。
なによりカランドラとダーナクレア帝国には国交は全くと言っていいほどない。
そんな国からいきなり留学の話が持ち上がっても父が跳ねるのが普通である。
それをせずに私まで伝えるということは………
「当然であろう。我が国とダーナクレアに国交は無いのだからな」
「……デスヨネー」
思わず片言になり遠い目をしてしまう。
そこに食事を終えた母がフキンで口元を拭いながら話に加わってきた。
「いい歳をした年頃の娘がいつまでもフラフラとしていて許されるわけがないことはいくらあなたでも理解していますね?」
「………一応それなりには…」
痛いところを突かれ視線を明後日の方向へ逸らす。
「寛大なことにあちらの皇帝陛下があなたの魔導士としての能力を評価してくださってね…」
要約すると私の魔力と知識が高いことを知った皇帝陛下が期間限定で教鞭を取って見習い達を指導してほしいということらしい。
「留学」と言っているが私は学ぶ側ではなく教える側だと。
その代わり帝国でも極一部の限られた者しか閲覧の許されていない書物の拝読をさせてもらえるらしい。
魔法に対する知的好奇心の高い私からしたらとても魅力的な申し出ではある…が、一時的とはいえ可愛い可愛いサーシャと離れるということに即答できずにいる。
「…お母様、その留学の期間は如何ほどなのです?」
「王女としての立場がありますからね。とりあえず半年ほどで打診を受けています」
「は、半年!?」
確かに教鞭を取るとなるとそれでも短いくらいだろうが、曲がりなりにも一国の王女が他国に滞在するには随分と長い期間に驚きを隠せない。
「あなたにとっても決して悪い話ではないことですし、当然引き受けてくれますね?」
にっこりと完璧な笑顔での脅迫をされ疑問形でこちらの意思を確認という形をとっているもののほぼ拒否権はなくおそらく帝国側には是の回答を既に送った後なのであろうことがその笑顔から読み取れてしまい、顔が引きつりその後の食事はロクに味も分からぬものとなってしまった。
因みに、この間父は決して私と視線を合わせようとはせず不自然なほどに首を曲げていたことをここに記す。
*****
そんなやり取りをえてから今朝の城門での出来事に戻る。
両親も伊達に長年私の親をしていなかっただけあり、私が脱走を企てるのを見越して「護衛」という名の見張りをびっちり配置して出発直前まで軟禁状態が続きまともに可愛いサーシャと暫しの別れの挨拶をさせてもらえないまま馬車に押し込められたのである。
で、ここからが問題なのだ。
留学に赴く私が何故に「離縁」などという言葉を叫んだのか。
それはとある騎士のうっかりから来ている。
私を「護衛」している騎士の一人がポロリと零したのだ。
何でも私が留学している間にサーシャに社交界デビューをさせてその流れから一気に婚約者を…もしくは結婚をさせる準備を国王両陛下がしているらしい、と。
まさに「鬼の居ぬ間に」というやつである。
サーシャはそれほど体が丈夫ではない事もあってまだ社交界デビューを果たしていなかった。
私が居ては両親的に色々と「不都合」なこともあって今回の件に乗じて物事を進めてしまおうという腹積もりなのであろう。
その騎士がそれを話した相手は私ではなくその場にいた同じ護衛騎士にであるが、常に脱走の機会を窺っていた私はそれを扉越しに聞いてしまい、それまで穏便に逃げ出そうとしていた予定を変更して遠慮なく魔法をぶっ放したのは仕方がないことである。
まあ、脱走防止用に張られていた障壁が邪魔して抜け出すまでは出来なかったものの、私の怒り具合は相手に伝わったことと思う。城中に響き渡ったであろう爆音に駆け付けた騎士たちから被った被害の程を聞いたのか、父が「ついにやりおったか…」と憔悴した表情を浮かべながら私の私室まで様子を見に来たその姿を見て幾分胸がすっきりとした。
「ささ、姫様。こちらのお召し物にちゃっちゃと着替えてくださいませ。その後は御髪を整え化粧をいたしますからね。ナターシャ、あなたは髪飾りの準備をしておいて頂戴」
「は、はいっ」
あれから一週間ほどガタゴトと馬車に揺られ途中の街で宿を取り特に難儀することもなく帝国首都の近くまで来てしまった。
そして最寄りのこの町で一旦宿を取り今までの旅装束ではなく皇帝陛下にお会いするに相応しい正装に着替えているのである。
また、あれほどにまで嫌がっていた私がこの場に居るのは、第一王女専属の侍女頭であるルシエルが優秀であったから…としか、言えない。
キビキビと容赦のないルシエルともう一人、同行している侍女であるナターシャに囲まれ意気消沈している私は言われるがままに差し出されたドレスに腕を通した。
もはやここまで来てしまっては逃げ出しようがない。
それに正式に帝国から要望が来ている以上拒否など出来はしないのだ。
分かってた。分かってたけど……あああああ、サーシャサーシャ、私の可愛いサーシャ!今頃きっと不安に寝台の上で震えて真珠のような涙を零しながら私の助けを今か今かと待っているに違いないっ!!待っていてねサーシャ!必ず姉さまが貴女をそこから助け出してあげますからねっ!