姉妹愛って素敵じゃない?
「セシーお姉さま、サーシャね、お姉さまのことだぁい好きっ!」
「まあ、ふふふ。ありがとう。姉さまもサーシャがだあい好きよ?」
「でもでも、サーシャの方がもーっと姉さまのこと、好きなんだからっ」
「あら、それは困ったわねぇ。姉さまもそれに関してだけはサーシャに負けないわよ?」
小さな体でぎゅうと抱き着いてくる可愛い妹を抱きしめ返しながらその頭を優しく撫でて姉妹の親交を深めていると、少し離れた場所からため息とともにこの二人だけの世界に水を差す声が割り込んできた。
「…………かれこれ一時間ほど同じやり取りをループしていて終わりが見えませんので、そろそろいい加減にしていただけませんでしょうか」
サーシャを抱きしめながら顔だけチラリとそちらに向けると侍女のルシエルがげんなりとした表情をさせて立っていた。
その背後には数人の侍女達が立ち並ぶが彼女らもルシエルと同じ表情で佇んでいる。
「何を今更。これくらいいつものことじゃない。……ねえ?私の可愛いサーシャ?」
「はいっ!むしろ今日はまだ短いくらいですわ、お姉さま」
見ているだけでこちらが幸せになるような満面の笑みを浮かべ元気に返事を返してくれたサーシャに「そうよね」と頷き頭を撫でる。
そう、これくらいもう『いつもの事』なのだ。
カランドラ国第一王女セシリア・ヒュルングス。
それが私の役職と名前。
毎日『姫』としての教養を身に着け完璧な淑女を目指し日々努力を怠らない。
……ように、させられている。強制的に。
その事に若干の窮屈さを感じるものの仕方がない事でもあるので諦め受けてはいるが、その為のやる気を補充することに対する苦情は一切スルーさせてもらう。
こうして今日も私は可愛い妹に癒され元気をもらってから、勉学に励むのだった。
*****
そんな姉妹の心温まる…どころか、あてられすぎて脱水症状を引き起こしそうなほどに熱い親交を深めている同時刻。
別の場所ではこの国の国王バルトロとその妻デメトリアが深刻な様子で相談しあっていた。
「そろそろ限界だと思われるのだが…どうだろうか」
若干やつれた様子で尋ねると目の前に座るデメトリアがおっとりと答える。
「そうですわねぇ。流石に、そろそろ何とかしないと…とは、思うのですけれど…」
「一週間後にはサーシャも十五になる。その姉であるセシリアは十八。……このままにしていてはいられぬ……予てよりガルシア帝国より来ている打診を受けようと思う」
「……まあ、あれをですか?………素直にあの子が引き受けるとは思えませんわね」
「そうであろうな。しかし、だからといっていつまでもこのままという訳にもいかぬ。脱走されないよう、当日の朝にセシリアに話をしてみてこちらの予想通りの反応であった場合は……」
「場合は?」
「……強硬手段をとるしかあるまい」
「あらあら…では、念のため騎士団と魔法兵団に通達を出しておきましょう」
「…彼らの出番が無いことを願いたいが」
「城への被害も少しだけで済むと良いですわねぇ」
「……………」
バルトロの脳裏にはこの話を聞いたセシリアの様子がありありと予想できる。
にっこり笑顔でえげつない方法で反発する己の娘の姿が。
それによる諸々の被害額などを考えるとそれだけでげっそりとやつれそうになるが、いつかはやらなければならないのであれば、丁度いい相談が来ているのに便乗させてもらおうと、バルトロは今後の対策の指示を出すため部屋を後にした。
*****
いつもは低血圧の為朝は決まって不機嫌が常の私もこの日ばかりはスッキリとした目覚めで朝を迎えた。
何故なら今日は溺愛している私の可愛い妹サーシャの十五の誕生日。
こういう節目を迎える度に、この国の第一王女としての重責を改めて実感し、覚悟を胸に刻んだ…………が、こんな覚悟はまだしていなかった。
「ぜえったいに、離縁させてやるんだからあああああああああ!!」
荒縄で芋虫のごとく縛り上げられ、やたら豪華な…長距離用馬車に荷物のように放り込まれながらも何とかここから飛び降りようともがくが、侍女たちに抑え込まれて叶わない。
「こらこら、年頃の娘がその様なことを言うものではない」
「セシリアー!お母様は遠く離れたこの地より貴女の事をいつも想っておりますよー!」
「セシリア、少しはその奇行を改善させるんだぞー!」
「セシーお姉さまぁー!!」
豪快に笑う父と微かに涙ぐみつつも別れの言葉を口にし決して助けようとはしない母。
そしてその後ろにはこれまた朗らかな笑顔をうかべて爽やかに送り出す兄。
そんな彼らと異なり悲壮感を漂わせているのが三つ下の私の可愛い可愛い可愛い妹サーシャである。
真珠のような大粒の涙を零しながら、騎士や侍女達に抑え込まれながらも必死にこちらへと手を伸ばし駆け寄ろうとする姿は健気すぎて涙を誘う。
おい、こら、誰だ私の可愛いサーシャの肢体に触れてるそこの不埒な騎士は!?
サーシャはか弱い可憐な乙女なのよ!そんな野蛮な力で抑え込んでサーシャの白雪のように美しくも愛らしい体に痣でも出来ようものならその首即刻胴体と永遠の別れを強制的に迎えさせてやるっ!
「姫様……先ほどから心の声がダダ漏れでございますっ!少しは真っ当に……は、今更もうあきらめておりますが、せめて隠すということをなさってください!!」
私を抑え込んでいるルシエルが悲鳴のような声を上げる。
「サーシャ!!!」
「おねえさまあああ!!」
さながらロミオとジュリエットのように互いの名を呼びあうも、周りは一刻も早く引き離さんと複数で押しとどめ、押し込め、無情にも私の乗る馬車を走らせた。