第6ゲーム
いやいや、勝負はそんな甘いものじゃないんですよ?
「おいおい。仲間なら呼んでも良いんだぜ? 幾らなんでも男一人に女二人はねェだろ?」
「いーや、十分だ。お前らを倒すくらいには」
さっき陰で聞いたけど、やっぱり隣の二人はバスケは授業くらいしかやった事無いそうだ。そして今回の事についても誤っていた。色々頑張っては見たけど、ここまでが限界だったとか。以前は普通に妨害工作をしようとすら考えていたらしい。
昔からつるんでいたからとは言え、二人は良くやっていると思う。だからこそ手は抜くなと言っておいた。全力で戦えば、アイツも諦めるだろう。いや、何か因縁つけて言ってくるかもしれないけど
とりあえず今回はさっきの借りを返す形でな
「ルールは八分間の一本だけ。個人のファールは二つまで。当然スリーポイントシュートはそのままのカウントになるからそのつもりで」
宏がベンチに座りながらもルールを説明する。とりあえず審判は出来るから審判してもらっている。
当然こっちよりになるかもしれないけど、それを込みでこっちを叩き潰すらしい。いいけどな
「じゃあ本当にボールはこっちからでいいんだな?」
「あぁ、お好きにどうぞ」
ボールはあっちに譲った。そりゃ少し位は優遇しないとフェアじゃない。一本勝負なので、実質次のクオーターでのボールチェンジは起こらない。
まぁ正直言えばジャンプボールなんてやっても負けるのがおちだから、こっちが体制を整えて守った方が良いって思ったからだけどな。
「じゃあ行くぜェ?」
その言葉だけ残すと、ドリブルを始める。
流石に忘れてないか。普通に綺麗なドリブルが始まる。そしてそのボールを福本へとパスしたッ!!
「マンツーマン。えぇっと、自分の付く人を決めてくれッ!! 俺は風間に付くから」
「了解。私は福本に行くわ」
「んじゃ私は桐山って事で」
真、雪穂が続いて俺の指示に従う。とりあえずポイントガードしては従って貰わなくては困る。こんな風に実戦を始めるのは初めてなのだから。
グチャグチャに個人が動き回って、相手が動き易くなるのが一番困る。
「へェ、まァ初心者が入ったチームはこうなるのが当然よなァ?」
「ミスマッチとは思わねぇぜ? お前を止められるからな。絶対」
一般的に身長差が無いヤツをマンツーマンはやるものだ。しかし風間は宏と同じくらいの身長。つまり俺よりも十cm程大きいのだ。この様に不釣合いの相手と組む事をミスマッチと言う。本当なら宏にマッチアップしてもらはずだったんだけどな
「そんなのは口だけだ。バスケットは所詮身長なんだよォ!!」
上の方で手を上げる風間。その瞬間福本の手からボールが高めに上がる。
もちろん彼自身高いと感じるレベルだろう。しかしジャンプすれば――届く
「まずは先制点をもらうぜェ!!」
キャッチした場所から間髪を入れずにそのままシュート。シュートモーションに入った風間へと手を伸ばす時間も無く、ボールはそのままリングへと落ちていく。
「お前らが頑張っても、身長の壁は越えられないんだよ」
「喋る暇なんかねぇよっ!!」
ボールが入った瞬間から俺は走り出していた。そして真の方へと視線を送る。
よしっ、気が付いた。そのまま落ちてバウンドしているボールを拾う。まだ風間は近寄ってきていない。出来る
「真ッ!!」
「分かってる」
確認の為にもう一度真へ叫ぶ。その瞬間、真はわざとリングとは逆側に走る。俺はそれを確認して、わざとリングの真下へとボールを投げ飛ばす。
もちろん風間の取れないのも計算してだ
「ミスった!?」
「いや、合ってるわよ雪穂」
雪穂が俺のパスミスだと思って取りに行こうとするが、それを真が声で止める。
スリーポイントラインまで行った真は、俺がボールを放った事を確認するとすぐさま方向転換をする。そしてそのままゴールへと走っていく。もちろん福本自身、いきなりの行動で戸惑って真を追いかけられない。
バスケ経験が無いモノが見ると、まず対応できない。
「これで同点でしょ?」
キャッチしたボールを丁寧にレイアップで決めて同点。流石に風間も今の光景を見て、余裕の顔が出来なくなった。そしてその顔は直ぐに怒りへと直結していき
「桐山ァ!! ボールをさっさと渡せェ!!」
「は、はいっ!!」
急いでボールを取りに行くが、福本には真が付いている。パスなんて簡単に通るわけが無い
風間が動かなければだが
「くっ。投げろォ!!」
俺を軽く押さえながら、風間が前に飛び出す。こちらも同じように飛び出そうとするが、一瞬でも押さえつけられていたんだ。そのタイミングを失い、後手に回ってしまう
「大丈夫、カバーする」
とっさの判断で、桐山についていた雪穂が後ろへと回り風間を正面にする形で走っていく。
だが、あれだとぶつかってファール取られるのは雪穂の方じゃないか? おそらくボールが通れば、わざとでもファールを取らせるような形を取るはずだ
「雪穂ッ!! いいから下がれ」
「大丈夫。私だって出来るから」
その自信が何処から湧いてくるのか疑問だが、こういう時は素直に従って欲しかったな。
とりあえずその後の事を考え俺は追いかけるのではなく、ハーフラインで止まった。もし雪穂が抜かれても、俺は抜かれないで居る為に
「お前じゃ話にならんのよッ」
投げられたボールを雪穂の頭上でキャッチし、そのまま抜き去ろうとする。しかし何故かここで雪穂が意地を見せようと
「前だけ見てると、後ろががら空きになるの」
手を伸ばし、風間のボールを取ろうとする。しかしその姿を、風間は見えなかったわけで無かった。
ニヤリと俺に笑いかけてくる表情を見て、俺はやはりかと思いながら睨む。瞬間、風間の手がわざとらしく遅くなり雪穂の手と重なる。
もしこれが真なら、上手くやったんだろうな。いや、雪穂だからこそこんな事をしたのか。初心者は掛かり易いと思って
パチンッと言う音と共に、ボールが外へと転がっていく。そして宏が苦虫を潰した様な顔をしながら、笛を鳴らすのと同時に
「雪穂、ファールだ。相手の手を叩いたらダメだ」
「えっ、ウソ……。私、ただボールを取ろうとしただけなのに」
突然の事で困惑する雪穂。しかしアレはどう見たってファールだ。審判の判断ミスでもない
うまく誘ってきやがったのに、乗ってしまった。仕方ない事だけど
「大丈夫だって。次取り替えそう? な?」
「う、うんっ」
少し本気を出しましょう、そうしましょう。目で真に訴えかけると、分かっていると言わんばかりに視線を飛ばしてきた。あれはマジで怒っている感じだ
結局その後は、風間が桐山にパスしてそのままゴールまで投げさせ、バックボードに跳ね返ったボールを強引に決めた。なんていうか、バスケだけどバスケじゃない。一つの戦術としてはありかもしれないが、あまりにも風間だけのプレーだ
「そんな奴らにはお仕置きだな。真、ボール出して?」
「了解っと」
そのままエンドラインから、真がボールを俺へとパスする。そのまま俺はドリブルを始めながら状況を見る。相手もハーフからしかディフェンスは付かないみたいだな。
それじゃあお前がセンターとして威張るなら、ポイントガードとして調子に乗らせて貰うわ
「真、パスするから雪穂と同じくらいにダッシュしてて」
「はいはい」
そう言いながら走っていく二人を見ながらゆっくりとドリブルする。外用のバッシュのスキール音(地面を擦る度に出る高い音)が耳に入ってくる。
よしっ、スイッチ入った。
「その素人のディフェンスはしなくてもいい。アイツにつけ」
「了解です」
桐山がこっちに付こうと近寄ってくる。だけど風間に言われてか、彼への恐怖か知らないけど腰が下がってる。悪いけど簡単に抜けるよ、それは
「行くぞ、雪穂」
「えっ!?」
桐山の前に立った瞬間、俺は足の下にボールを通しながら雪穂に叫ぶ。いわゆるレッグスルーと言うヤツで、桐山をさっさと抜き誰もマークしていない雪穂へと
「フンッ。右からパスするなんて馬鹿か。福本、取りに行け」
「は、はいっ」
急いで俺の方へと走ってくる福本。その光景を確認しながら俺は真の方へと視線を送ると、真はわざと後ろに下がりながら俺を見て頷く。
「それも計算済みってね」
前に突き出しかけたボールをそのまま背中の方へと戻す。ビハインドパスと呼ばれる方法で、そのまま背中を通してパスする方法だ。
つまりこれで後ろに桐山、右斜め前に福本、そして正面に風間と言う構図が出来上がった。つまり雪穂はフリーでパスを受け取れるって訳だ。普通ならな
「お前、素人だから油断してパスをしないって思ったろ?」
「いンや?」
さっと、走るのをやめて横へと動く風間。俺と雪穂を結ぶ直線上に入ってきやがった。俺はもうパスの為に後ろにボールを回してるし、今更変更できない。そしてこのままパスしたら、普通にカットされて桐山にパスでシュートってか。
完全に俺の行動が読まれたって事かよぉ!!
「なんて思ったら三流な?」
「何を言ってやがる!!」
キレつつもしっかりとライン上に入ってくる辺りは流石だと思うよ。でもさ、お前の行き当たりばったりな命令でもう一人フリーになったヤツが居るよな?
「真」
「分かってる」
俺は左肘を突き出しながら、彼女の名前を呼ぶ。そして何も見ないまま、手放したボールを肘へとぶつけ軌道を真逆へと持っていく。エルボーパス。少し面白い技が欲しいって事で、夏休み前にみんなで練習して出来る様になった技なのだ。
いやあんまり使う事無いと思うけどね
「真行けェ!!」
「調子乗ってんじゃ無いわよ、アンタ達は!!」
再びレイアップを決め、ビシッと指を指す真。流石に風間も思う所があったらしく、何かを考えた顔をするようになった
「決戦は最後って決まってるんだよなァ」
意味深な発言を残したまま、彼はボールを戻しに行った。
そしてそこからは別に何事も無く、残り2分になるまでは点数の取り合いとなった。
しかし差が広がるはずも無く、同点のままこの時間を迎える事になったのだ
「そろそろスリーポイント狙っていったら? 差が広がらないわよ?」
「リバウンド取ってくれるヤツが居ればいいんだけどな。まぁやってみるか」
この攻撃を防いだら、そろそろ反撃しますか。ディフェンスをしながら簡単な作戦会議をして、次に備える。最悪これを防げこっちに運が回ってくるだろう
「桐山、作戦通りだ。やれ」
「おい、お前は攻撃に参加しないのかよ?」
何故か今まで攻撃の要だったはずの風間がこちらへ来て、攻撃に参加しない。
まさか諦めた……なんて事は絶対に無いよな。って事はこれも作戦? でも得点を稼ぐためのモノでは無い。って事は桐山を行かせた本当の目的は……
「雪穂、ディフェンスするなッ!! どいてろッ!!」
「何言ってんのさ、点数取られるのは私も嫌だよ」
分からないのも無理は無い。そして雪穂は真と同じくらいの負けず嫌い。
クソッ、どうせそのまま突っ込んでファール貰いに行くつもりなんだろ? 風間へと視線を動かすと、ニヤリと笑うだけで何も言わない。しかしあながち間違いじゃ無いみたいだな
後はオフェンスファールになるか、そのままシュートされるのを待つかかよ
「御免なさい、御庄司さん。これも兄貴の命令なので」
「そんなヘナチョコシュートなんて、はじき返す」
レイアップの形で突っ込んで来た桐山。その手首を誘われたかのように再びはたいてしまう。さっき何か話していたのは、この弱点をアイツに教えるためだったのか!?
しかし桐山も少しかじった程度なのでぎこちなく、本人が手を当てに行っている様にも見える。これならノーカウントで……
「あっ」
小さな声だが、雪穂がつぶやいてしまう。そしてそのタイミングで桐山がボールをわざとおかしな方向へシュートする。
してやられた。雪穂の動揺とシュートの方向、それでは嫌でも宏は笛を吹かないといけなくなる。
「声まで出しちまったからな。悪いが俺もバスケの審判で身内ひいきは出来ない」
「いや、俺のせいだよ。俺が教えなかったせいだ」
こうして俺達は、雪穂をファールによる退場で失った
と言うわけで、雪穂退場です。えっ? そう言えばこの話メリーさん出てくるんだよね? って思っているあなた。
大丈夫ですって、短いですけど出てきますって