第5ゲーム
ほらっ、直ぐに出てきた
「よしっ、じゃあ準備体操からな?」
「いえっさー、まいぶらざー!!」
異様なテンションの元で始まったストリートバスケ同好会の活動。前回はメリーの参入で結局練習は出来なかったけど、今日は違う。ちゃんとメリーも買いたてほやほやのジャージを着て準備運動に参加している。シューズは借り物だけど。付いてこなくてもいいんだぞと忠告していたのだが、バスケをちゃんとやりたいと言い出して来たので参加させている。別に部活でも無いんだし、好きにやればいいと思うからな
ちなみに最後のマイブラザーは、一応英語を喋っている気分で言っているらしい。よく分からないけど
「んじゃ、普通に体操していくから真似してやってみてね? せーの!! いっち・にー・さん・しー」
「いーち、にー、さーん、しー」
「俺はさぁ、今なんか心が洗われているようだぜ。智幸」
メリーが一生懸命体操している姿を見ながら、宏はつぶやく。俺もコイツとの距離を改めた方が言いかもしれんな。で、何年後かに犯罪をしたら言ってやるんだ。いつかやると思ってましたって
とりあえず馬鹿な友人をつつきつつ、俺達もちゃんと準備体操をっと。怪我でもしたら、洒落にならん
「よっし。んじゃ、今日はバスケ経験ゼロのメリーも居る事だしドリブルとパスの練習から始めていくか?」
「そうね。他の事を覚える前に、まずそれが大事だもんね」
「ついでに雪穂の復習にもなると」
ニヤリと笑いながら確認する宏に、雪穂は胸を張って自分は出来ると主張している。まぁ出来ているに越した事は無いけど、教えている側からすればもう少し出来なくってもいいんだけどなぁ
雪穂も運動神経が良くて、教えた事全部吸収していく。だから教える方もうれしいやら寂しいやらで
「あっ、私も鞠つきして遊んでたから出来るよ!!」
一応外国のお人形さんが元だったんですよねぇ? 日本人形じゃないよな、その金髪は?
そんな疑問をぐっと抑え、俺は笑顔を崩さない事に意識する。
「んじゃ、とりあえずドリブルの基本からな? ほらっ、雪穂。一応先輩らしくやってみ?」
「りょーかい、りょーかい」
そう言ってボールを受け取った雪穂は、ゆっくりだが丁寧にドリブルを始める。単調だが、一定のリズムを刻むボール。雪穂自身、以前に言われた事を忘れていないのかボールには目を向けずに真っ直ぐ前を見る。俺が視線を合わすと少し赤くなりながらも、笑って出来てるアピールしてくる。
うーむ。こんな顔されると、横からボール奪いたくなるがそこは我慢我慢っと
「雪穂のでも、結構様になっているけどもう一回基本をおさらいするわね? まず、ドリブルする時はボールを見ない。これは実戦を想定しての事。もし前に敵が居ると、ボールばっか見てたら敵にボール取られちゃうでしょ?」
「そしてボールは回す様にって表現も良く聞くよな。慣れれば分かるけど、手に吸い付く感覚でボールを扱ったほうがこっちの思い通りに動く場合が多い」
「そして最後に。ドリブルは緩急をつけるんだ。いつも一定のスピードでやってたら、嫌でも相手がパターン読んでボールを取りに来る。それは絶対に避けたい」
経験者は語る、三連発ってとこか? 正直俺達もそんなに胸張って偉そうな事を言えるほど、ドリブル上手くないんだよな。まぁでも、これは二人が上手くなる為に一応はアドバイスをと言う事で
「よしっ、んじゃ各自で練習始めるか?」
『了解!!』
と言うわけで俺はメリーを、二人は雪穂を見ることになった。何故俺がメリーを任せられたかと言えば簡単だ。ポジションが一番ボールに携わるシューティングガードであり、メリーと一番仲が良いからである。
教え方は正直真の方が上手いんじゃないか? 女子相手ならだけど
「メリー、まず自分でついてみ? そっから問題点とか指摘するから」
「分かった!!」
そういいながらメリーはボールをつきはじめる。しかし先程見た雪穂のドリブルより拙く、初心者としては結構良いレベルではあるがそれだけだ。鞠とバスケットボールでは大きさも重さも違う。
まぁ予想していた事だけどな。下手に試合しなければ別に関係ないしな
「うっし、じゃあ教えていくぞ?」
「了解!! お兄ちゃん!!」
元気いっぱいな妹なのであった。
「で、どうよお二人さんは?」
こちらは変わって雪穂組。ドリブルが初心者のメリーとは違い、ある程度出来る雪穂はパスも入れた練習へと切り替わっていた。隣でメリーと智幸は簡単なパスを繰り返しているが、こちらはドリブルなども入れより実戦的になっている
「どうって何が?」
強めのパスを出しながら、真が聞き返す。
「いやさ、そりゃあメリーの事だよっ!!」
しかし宏がパスの軌道を読み、そのまま自分の利点である高い身長を滑り込ませる。ボールはそのまま彼の手の中へと、まるで最初からパスしたかのように収まっていった
そして彼は、そのボールを器用に指先で回転させそれを雪穂へと投げる。要するにお前が答えろと
「正直フラグビンビンだよ。こりゃ攻めで行かないといけないような気がする」
「雪穂でさえ要注意なのに……まさか智幸がロリコンだったなんて」
雪穂に続けて真も神妙な顔をする。二人は水面下で争いつつも、智幸と自分達4人の関係がひび割れない様に必死でいつも通りの関係を続けてきた。それでも分かりやすいらしく、宏にはバレたが
しかしその努力を一瞬で吹き飛ばすかの如く現れたメリー。彼女達は結構焦っているのだ
「まぁどう頑張っても後戻りだけは出来ないからな。お前達後悔しないようにしろよ?」
「あァ? アンタ彼女居ないでしょうが?」
「そうよねェ? アンタ最近振られたばっかだしねぇ?」
「……調子乗ってスイマセンでした」
宏の事情はともかくとして、おそらくこれから先メリーは一緒に居るだろう。だから複雑な気持ちを抱きながら、次なる作戦を考えている。色々大変なお年頃なのですよ
「おーい、そろそろ次の練習しようぜ?」
やったと宏はとっさに声のした方向を見る。予想通り、智幸がメリーを連れてこちらに向かってきている。
完全に自分がピンチの空気だったので、急いで智幸の方へと歩いていく。これ以上一緒に居ると絶対に良くない事が起こると思うから
「うっしゃあ!! じゃあいつも通り試合すっか!!」
窮地から抜け出した宏はいつも以上にハイテンションだった。
しかし――
「それじゃあ俺達と相手してもらおうじゃん?」
「はぁ?」
全員がその声のした方へと目を移す。コート使用権は今日の5時いっぱいまで取ってあり、その時間までには後20分位ある。だからまだ俺達の時間のはずだ
そう思いながら、コートへ入ってきた男の顔を見る。
「風間……ッ!!」
一気にメリーを除く全員の顔が険しくなる。風間泰司。コイツは以前俺達にケンカを吹っかけてきた野郎だ。中学までは、同じバスケ部としてかなり仲も良かったのに。それが高校でバスケ部が廃部になった聞いた途端おかしくなりやがった。
今は福本と桐山が一緒に居るから変な問題は起こしていなかったが、それでもかなり荒ぶっているってのは噂で聞いてた。
それが何で今更……?
「俺はさァ、お前らのやっているバスケごっこが気に喰わない訳」
「そんなの関係ねぇだろ?」
「あァ。だからこれは俺の個人的な理由。さっさとお前らみたいなバスケに囚われたクズを目下から消したい訳。分からないかなァ? 分からねェよなァ?」
メリーが俺の服の袖を掴みながら震える。背中の後ろへ隠しながら、出来るだけメリーをアイツの視界に入らないようにする。何をされるか分からないから
「話になんないな。おい、智幸。あんなのほっといてやろうぜ?」
「前園、怖いのか? そうだよなァ? 俺と中学時代ポジション争いして、一度負けてるお前は俺とやるのが怖いよなァ?」
「んだとぉ!!」
つっかかりに行きそうな宏を腕を出して抑える。それを見て宏は怒りながらも踏みとどまってくれた。ここで前に出てみろ。絶対に何かされる。身長が同じくらいの二人だ。宏の方も無事では済まないだろうし
「おいおい、俺は哀れなお前らに慈悲くれてやろうって言ってんだ。どれだけ練習しても、お前らは変わらないって事を教えてやンだよ。負けたら……バスケをやめろ」
「ッ!!」
「馬鹿ッ!!」
俺の手を振り払い宏は一直線に風間の元へと駆け出した。真と雪穂も突然の事に動揺して動けずに、そのままその場で呆然と立っているのがやっとだった
「お前は色々邪魔だからな。言い訳を用意してやるよ。怪我して出れなかったってなァ!!」
ふっと利き足、つまり右足を引く風間。そして宏が突っ込むタイミングを見計らい、鳩尾へと鋭い突きを放つ。
「かっ……」
「これだけじゃまだ足んねェな!!」
倒れこみそうな宏の手を無理やり引っ張り、そのまま投げ飛ばす。鳩尾にダメージの残っている宏は、なす術も無くそのまま投げ飛ばされる。
おいっ、着地の時足を変な風に付いてたけど……
「宏ッ!!」
メリーを真の元へと渡して、俺は急いで宏の元へと駆け寄る。
「いつっつぅ。悪ぃな。ついカッとなっちまって」
「だからやめとけって言ったろ? ほらっ、立てよ」
「あぁ。――がっ!!」
手を貸しながら立たせようとしたのに、やはり宏は右足を押さえながら座ってしまう。おそらく着地した時に足を変な風に捻ったんだろう。
もうこれは冗談では済まないよなぁ?
「オイ、風間」
「あァ?」
完全に俺の中にあった理性が吹き飛んだ。自分でも分かるほどの怒りを、アイツに向けて送っている。
こっちが何をした? お前らに迷惑を掛けてないだろ? それをこうやって一方的に挑発して。そりゃ挑発に乗った宏も悪い。だけどなぁ、そういう理屈抜きに完全に俺は頭に来た
「お前らが負けたら、金輪際こっちに関わって来るな。後試合中に卑怯な手を使ったら、即効やめるからな」
「おっ、やる気になったか。その条件は呑んでやる。俺だってバスケ部だったんだ。バスケで卑怯な事はしねェ。ルールの上でやるよ」
「真、宏の手当て頼めるか? 後作戦会議するから、二人も付いてきてくれ」
「はぁ!? アンタ本気でこの試合受ける気!? 私とアンタしか出来る人居ないじゃない!!」
「それは……」
頭に血が上って人数の事を考えてなかった。でも風間のほうを見ても人数は三人。つまりあと一人って訳か
「はーい、じゃあ私が立候補して素晴らしい初陣とさせてもらうよん」
と頼るしかなくなるのか。確かにメリーか雪穂って言ったら、雪穂の方が俺達が教えてきているから出来そうだけど。いや、案外隣の二人はバスケ部じゃないから丁度いい感じになるのか?
「悪いな、俺の我が侭で」
「いんや。そろそろちゃんとした試合もしたいと思っていた頃だし」
「うっし。んじゃ、俺の怒りをぶつけさせて貰おうか?」
宏は元気です、たいした怪我ではありません。
でも捻った足で運動は良くないので審判として。つまり選手としては退場とさせてもらいます。彼のプレーも書きたかったんですけどね