第3話:いざ出発!青空と広大な大草原! 草原と田園との根本的な違い
第三話:いざ出発!青空と広大な大草原!
小説パート
冒険者として迎えた、記念すべき最初の朝。
ギルド本部の掲示板の前で、レクスとミリアは並んで依頼書を見上げていた。
「うーん……さすがに最初から討伐任務は危ないよね。あ、レクス、これなんてどうかな?」
ミリアが指さしたのは、羊皮紙に可愛らしい草花の絵が描かれた依頼書だった。『王都近郊における薬草の採取。初心者歓迎』。報酬は銅貨十枚。駆け出しの二人には十分すぎる金額だ。
「よし、決まりだな! 薬草摘みなら街道のすぐ近くだし、危険もない。俺たちの記念すべき初陣にはぴったりだ!」
受付で手続きを済ませ、意気揚々とギルドを後にした二人は、都市の南門へと向かった。
見上げるほどに巨大な石造りの城門をくぐり抜けると、視界が一気に開ける。
「わぁっ……!」
ミリアが思わず歓声をあげた。
そこには、抜けるような青空と、地平線の彼方までどこまでも続く見事な緑の大草原が広がっていた。初夏の爽やかな風が吹き抜け、青草の甘い香りを運んでくる。街道の白く乾いた道が、緑の絨毯をどこまでもまっすぐに貫いていた。
「すごい……! 世界って、こんなに広かったんだね、レクス!」
「ああ! 故郷の村の裏山とは比べものにならないぜ! 見てみろよ、街道のすぐ脇に、依頼書に書いてあった薬草が群生してるぞ!」
レクスが駆け寄ると、星型の小さな白い花を咲かせた薬草が、柔らかな日差しを浴びて青々と茂っていた。
二人は腰を下ろし、傷をつけないよう丁寧に根元から摘み取っていく。ミリアが持参した麻のカゴは、あっという間に瑞々しい緑で満たされていった。
「ふふ、モンスターなんて影も形も見当たらないね。こんなに平和なら、毎日ピクニック気分で来られちゃうよ」
「まったくだな! 風は気持ちいいし、景色は最高だし、冒険者って本当に最高の仕事だぜ!」
カゴいっぱいに薬草を詰め込み、二人は額の汗を拭って笑い合った。
見渡す限りの広大な自然。遮るもののない大草原。これからの輝かしい冒険者生活を祝福するかのように、太陽はどこまでも暖かく、二人を照らし続けていた。
解説パート:「面」の農業崩壊とモンスター生態系の地質工学
見渡す限りの緑の大草原、どこまでも続く青空、街道沿いに群生する薬草、そしてピクニック気分の新米冒険者。これらは中世風ファンタジーにおいて、ギルド登録に続いて必ず描写されるお約束の風景である。
しかし、前話で触れた国家とギルドの暗部と同様、この「城門の外に広がる手つかずの大草原」という描写にも、現実の農業史、兵站学、および地質学の観点から見れば、致命的な矛盾が潜んでいる。
人口十万人を擁する巨大都市の城門をくぐった直後、なぜそこにあるのが「見渡す限りの農地」ではなく「のどかな大草原」なのか。この問いを突き詰めることで、ファンタジー世界が隠蔽している都市構造の欺瞞が白日の下に晒されることになる。
1. 「面」の農業崩壊――中世風の農村が存在し得ない物理的理由
人類が文明を築き、都市を維持するための絶対条件は、都市住民の胃袋を満たすだけの持続的な食料供給である。
現実の歴史において、十万人規模の都市――例えば古代ローマや中世盛期のパリ、ロンドンなどを養うためには、都市の周囲に膨大な面積の農地が広がっていなければならなかった。当時の農業技術水準を基準とすれば、成人一人が一年に消費するカロリーを賄うには、最低でも十アール必要である。さらに休耕地や種籾の確保、農地だけでなく狩猟や薪を生産するための山林を含めるならば、約一ヘクタールから二ヘクタールの土地が必要となる。
よって十万人の人口を支えるためには、最低限の農地で百平方キロメートル、山林まで含めるならば一千平方キロメートルに及ぶ広大さである。
これは山手線の内側面積の十数倍、半径にして二十キロメートル近い平野部が、見渡す限りの小麦畑と点在する農村によって埋め尽くされていなければ計算が合わない。
ところが、ナーロッパの定番描写では、城壁を一歩出るとそこには未開の大草原が広がっている。農村は街道沿いに申し訳程度にポツポツと点在しているに過ぎない。
なぜこのような不自然な景観になるのか。結論を言えば、「モンスターが徘徊する世界では、現実の中世のような分散型の農村(面としての農業)は物理的に維持不可能だから」である。
現実の中世ヨーロッパにおいて、農村が平野一面に分散して存在できたのは、治安上の脅威が主に「野盗」や「敵国の軍隊」に限定されていたからである。これらは期間的、季節的な限定なものであり、領主の騎士や自警団によってある程度の抑止が可能だった。
しかし、飢えたモンスターは年中無休で襲来する。ゴブリンの群れ、狂暴な野獣、地中から現れる巨大昆虫。これらに対して、木造の柵と農具しか持たない農民が無防備な平野で耕作を行うことは、肉食獣の檻の中でパンを焼くようなものである。
それどころか、仮に倒しても一定期間でリポップする。これでは、一年中討伐が完了することはない。
もし分散した農村を守ろうとすれば、数戸から十数戸の小規模な集落ごとに重武装の小隊を常駐させ、強固な防壁を築かねばならない。しかし、その防衛コスト――兵士への日当、装備の減価償却費、消耗する矢や油の費用――は、その農村が一年間に産出する小麦の経済価値を瞬時に上回ってしまう。
守れば守るほど財政が赤字になり、守らなければ農民が皆殺しにされて収穫がゼロになる。この過酷な損益分岐点の壁により、都市から離れた「無防備な農村」という生産形態は、異世界ファンタジー、ナーロッパ文明の黎明期において完全に淘汰され、消滅せざるを得ない。
2. 穀物の陸運限界――モンスター警戒による兵站線の即時死
「ならば、要塞化した巨大な遠隔農業都市から、食料を運んでくればよいのではないか」という疑問が生じる。しかし、ここには兵站学における鉄則である「陸上輸送の限界距離」という壁が立ち塞がる。
近代以前の陸上輸送において、穀物のような「重く、嵩張り、単価が安い物資」を牛や馬で運ぶ場合、輸送距離が伸びるほど経費は幾何級数的に跳ね上がる。ドイツの経済学者ヨハン・ハインリヒ・フォン・チューネンが提示した孤立国モデルが示す通り、荷を引く牛馬自身が道中で飼料となる穀物を消費するため、一定の距離を超えた時点で「運んできた穀物を、牛馬が道中で食い尽くす」という限界点(可送限界距離)が訪れる。
現実の平穏な中世ですら、舗装されていない陸路での穀物輸送限界はせいぜい百キロメートルから百五十キロメートル程度とされていた。だからこそ、古代ローマはエジプトからの海上輸送に依存し、中国諸王朝は大運河を開削して水運で食料を運んだのである。
ここに「モンスターの襲撃」という変数を投入するとどうなるか。
街道を行く輸送隊は、牛馬と馭者だけでなく、周囲を警戒する護衛の戦闘員を大量に雇わねばならない。行軍速度は落ち、野営のたびに厳重な警戒陣地を敷く必要がある。護衛部隊の兵士たちもまた、毎日数千キロカロリーの食料と清潔な水を消費する。
結果として、輸送隊が運べる純粋な余剰食料の割合は激減し、護衛費用と損耗費の上乗せによって、運賃は跳ね上がる。モンスターが日常的に出没する環境下での陸上輸送限界は、現実の十分の一、すなわち「わずか十キロメートルから十五キロメートル」で限界に達する。
それ以上遠くから穀物を運ぼうとすれば、都市に到着した小麦の価格は指数的に跳ね上がり、一般市民には到底買えないものとなる。つまり、遠隔地で安全に穀物を育てて都市に運ぶというサプライチェーンは、陸上輸送に頼る限り、経済的に成立しないのである。
3. 「美しい草原」の残酷な正体――計算されたキルゾーン工学
では、レクスとミリアが目にして感動していた、あの「見渡す限りの緑の大草原」の正体とは何なのか。
自然のままの豊かな大地などではない。あれは、要塞都市の防衛当局が莫大な労力と費用を投じて維持している「人工的な射界」である。
もし都市の周囲に原生林や雑木林を放置すればどうなるか。モンスターたちは森の木々に身を隠しながら都市の城壁直下まで容易に接近し、奇襲を仕掛けてくるだろう。城壁の上に配置された投石機や大型バリスタ、遠隔魔法部隊の視界は遮られ、有効な先制攻撃を加えることができなくなる。
そのため、都市防衛軍は定期的に壁外へ出撃し、城壁の周囲に生える樹木を徹底的に伐採し、根を掘り返し、火を放って平坦な草原地帯を作り出している。
この草原の広がりを決定づけているのは、大地の曲率と人間の視覚限界に基づく、厳密な幾何学的計算である。
地表に立つレクスやミリアの目線(地上約一・八メートル)から視認できる地平線までの距離は、大地の丸まりによって遮られ、わずか五キロメートル程度に過ぎない。二人は「地平線の彼方まで続く大自然」に息を呑んだが、彼らが見渡していたのは、歩いて一時間強で到達してしまう狭い円盤の内部に過ぎない。
だが、高さ十メートルの城壁の天端に立つ監視兵の視点(目線の高さ約十一・八メートル)から見下ろした場合、その視界は一変する。
城壁上から水平線・地平線まで見通せる限界距離は、地上視界の二・五倍――「約十二キロメートルから十三キロメートル」にまで一気に延伸する。
防衛当局が莫大な人件費をかけて樹木を刈り払い、平原として維持し続けているのは、まさにこの「城壁上から直視できる限界の十二キロメートル圏」である。
平原を維持する真の軍事的目的は、突発的にリポップ(再受肉)するモンスターの早期発見と、正規兵が対処するための「絶対的な猶予時間」の確保にある。
第二話で解説した通り、モンスターは魔脈の噴出孔から前触れもなく受肉する。もし城門の手前に雑木林が存在していれば、受肉した魔獣は森を隠れ蓑にして接近し、発見からわずか数分で城門へ激突してくるだろう。
しかし、十二キロメートルの全周を丸裸の草原にしておけば、魔素が凝縮して大気が歪み、怪物が受肉した瞬間に、城壁の見張り番がその姿を確実に視認できる。
怪物が時速二十キロメートルから三十キロメートルで平原を突進してきたとしても、城壁へ到達するまでには三十分から四十分もの時間的猶予が生まれる。この間に、防衛軍は早鐘を鳴らして城門を固め、城壁上の大型バリスタの照準を合わせ、必要であれば門を開いて迎撃用の重装騎兵部隊を出撃させ、不慮の事態を城壁から遠く離れた地点で安全に処理・掃討することができる。
草原とは、のどかな牧草地などではない。監視兵の目線から逆算された「死角を完全に消去し、不意のリポップに対処するための迎撃用バッファゾーン」に他ならない。
二人が目にして感動した「見渡す限りの緑の大草原」の正体とは、豊かな大自然などとは対極に位置する、軍事的な視界確保と生体汚染の果てに生み出された「完全なる人工草原」だったのである。
4. モンスター発生の地質学とスタンピードの流体力学
ここで、そもそもモンスターとは生物学的にどういう存在なのか、なぜ彼らは都市の周辺に湧き出してくるのかという、生態系の根本構造に考察してみよう。
ゲーム的なファンタジーにおいて、モンスターは「倒しても一定時間でリポップする」ものとして扱われる。これを単なるゲームシステムとして片付けず、物質世界の物理現象として解釈した場合、モンスターの本質は生物というよりも「魔素の相転移によって受肉した、自律稼働型のエネルギー結晶体」として定義される。
この世界において、魔素とは大気や地中を満たす不可視のエーテル状物質であり、地球における水蒸気やマグマのように、独自の循環サイクルを持っている。
地中深くを流れる高圧の魔力水脈、いわゆる「魔脈」が地殻変動によって圧迫されると、地表の割れ目から過飽和状態の魔素が間欠泉のように噴出する。この噴出孔が、冒険者たちが「ダンジョン」や「魔の巣」と呼ぶ場所の正体である。
大気中に吹き出した超高濃度の魔素は、急激に冷却・圧縮されることで中心部に高密度の結晶核――すなわち「魔石」を形成する。そしてその核が、周囲の大気中の炭素、土壌の無機物、あるいは死骸の有機物を取り込んで自己組織化し、生物の形態を模倣して受肉する。これが「リポップ」のメカニズムであろう。
では、なぜモンスターは自然豊かな原生林の奥地ではなく、人間の住む都市の周辺にわざわざ集まってくるのか。
理由は、要塞都市の中枢で稼働し続けている「大結界炉」存在しなければ説明がつかない。モンスターの脅威から遮断するため、都市中枢の結界炉は日夜、都市全体を覆う巨大な結界を展開しているのであろう。
この結界は外洋の孤島を守る防波堤のようなものだが、同時に、莫大な魔力を消費し続けることによって成り立つ魔力の壁である。
そのため、周囲の大気中の魔素を強引に引き寄せる「巨大な低気圧の中心(魔素の重力井戸)」を作り出してしまう。
都市が強力な結界を張れば張るほど、周囲の魔脈孔は活性化し、より多くの魔素が凝縮してモンスターの受肉が加速する。都市の存在そのものが、モンスターを呼び寄せる巨大な誘引磁石となっているのである。
もし、冒険者たちがモンスターを狩ることをやめ、放置すればどうなるか。
魔脈孔から受肉したモンスターは、過密状態となって周辺の魔素をさらに食らい、急速に変異・大型化していく。やがて噴出孔の許容量を超えた瞬間、ダムの決壊と同じ現象が発生する。行き場を失った数千、数万のモンスターの群れが、魔素密度の高い都市中枢の結界炉を目指して一気になだれ込んでくる。
これが、いわゆる「スタンピード(暴走)」の物理的実態である。流体力学における高圧から低圧への流体の雪崩現象と何ら変わりはない。
冒険者ギルドが新人に「薬草採取」や「ゴブリン退治」といった名目で外へ出撃させているのは、のどかな職業体験などではない。都市の周縁部に溜まり続ける魔素圧力を減圧し、スタンピードという破滅的な地圧破砕現象を未然に防ぐための、「プラントの安全弁の手動開放作業」に過ぎない。
5. 十万人の胃袋を支える「閉鎖農場」とは
外壁の外に農地が存在せず、遠隔地からの輸送も兵站的に不可能であるならば、なぜ都市の十万人は飢え死にせずに暮らしていけるのか。
レクスとミリアが所属するギルドの酒場では、山盛りのフライドポテトが提供され、パンが配られ、エールがジョッキに注がれていた。その原材料となる小麦、ジャガイモ、大麦は、一体どこで栽培されているのか。
答えは一つしかない。都市は、外の大地に依存することを最初から放棄しているのである。
十万人を維持するための農場は、青空の下ではなく、城壁の内部に存在するはずである。
そしてその人工農場を維持するエネルギー源こそが、外壁の外で冒険者たちが命を削って回収してくる「魔石」なのだ。故に、冒険者はモンスターの肉や部位ではなく「魔石」が討伐の証明としてもちいられ、魔石が高額で買い取られる。
二人はまだ知らない。自分たちが「美しい大自然」と呼んで踏みしめている大地そのものが、孤立した要塞都市という維持する外殻に過ぎないという事実を。
青空の下、風に吹かれながら「冒険者って最高の仕事だぜ!」と笑い合っていたレクスとミリア。
彼らが腰を下ろしていた草原は、無数の罠が張り巡らされた防衛用の屠殺場であり、摘んでいた薬草は、迎撃戦で散ったモンスターの肉片を苗床に育ったものだった。
二人はまだ知らない。自分たちが踏みしめている大地そのものが、要塞都市という冷徹な防衛システムの外殻に過ぎないという事実を。
だが、たとえ足元が仕組まれた欺瞞であろうとも、二人の笑顔や胸に抱いた希望までが偽物なわけではない。
誰かに飼い殺される人生を拒み、自分の意志で街の外へ出て、自分の手で薬草を摘んだ。その確かな手応えこそが、彼らが自らの人生を歩み始めた証拠なのだ。
世界がどれほど冷徹な計算で動いていようと、その枠組みを飛び越えていくのは、いつの時代も前を向く若者たちの熱気である。
薬草の詰まった鞄を揺らしながら、二人は前を向いて歩き出す。
その背中を押す草原の風は、過酷な世界の先にある未来へと、二人の新たな一歩を力強く後押ししていた。
中世の城においても城の周囲の森林資源は特定の場所で管理され、城の周囲は木が生えていないのが一般的です。
大体城壁の弓兵が攻撃できる距離は遮蔽物がないそうです。
また、仮に樹木が生えていると、敵側に攻城戦の道具(梯子や破城槌)に利用されることや、包囲の際の野営に必要な薪に使われるので伐採されています。
そして中世の都市は城壁や建物を作るためにも膨大な木材が必要となります。
骨組みだけでなく石材の接着剤(漆喰)の生産にも、石灰石を高温で焼く必要があり大量の薪が必要になります。
さて次の話は、日々の生活に使用している「金貨」の話。極限状態の閉鎖都市での金を貨幣として流通させるための担保とは?という話です。
お楽しみにー




