第零話:プロローグ――ようこそ、社会工学と物理法則が支配するファンタジーへ
妄想空想ファンタジーを徹底的に現実の中世社会学などで考察するお話です。
「空想科学読本」や「鼻行類」「アフターマン」などの書籍が好きな人には刺さるかと思います。
毎日一つずつナーロッパの文化について考察していきます。
それでは始まり〜。
第零話:プロローグ――ようこそ、帳簿と物理法則が支配するファンタジーへ
「目指せ伝説のSランク! 俺たちの冒険はここからだ!」
どこまでも澄み渡る青空。見渡す限りの緑の大草原。
親切で美しいギルドの受付嬢に迎えられ、手に入れたピカピカのギルドカード。
剣を振るえばゴブリンを一刀両断し、喉が渇けば魔法で清らかな水を呼び出し、夜は酒場で山盛りのステーキとエールで祝杯をあげる――。
誰もが一度は夢見たことのある、王道にしてお約束のファンタジー世界。いわゆる「ナーロッパ」。
だが、ページをめくる手をほんの数秒だけ止め、あなたの理性でこの光景をじっと見つめ直してみてほしい。
そして、この世界を支配しているはずの「物理法則」「農業収支」「中世社会学」「古代衛生工学」「都市工学」「軍事兵站論」のレンズを覗き込んだ瞬間、すべての読者は戦慄すべき巨大な矛盾に直面することになる。
――え、城壁の外が危険なモンスターの巣窟なのに、どうやって十万人分の小麦と生活インフラを計算してるんですか?
あなたが今まで無意識にスルーしてきた「違和感」
もし現実の自然法則と経済原則をそのまま適用したなら、テンプレファンタジーの世界は「開始1秒で国家破綻と全滅を迎える狂気の沙汰」である。
「面」の農業の完全崩壊
十万人の胃袋を満たすには最低でも半径数十キロメートルに及ぶ広大な平野農村が必要だが、モンスターが年中無休で襲来する世界で、無防備な農民が耕作を維持できるはずがない。農村を守る兵士の日当と装備維持費だけで、小麦の生産価値など瞬時に消し飛ぶ。では、彼らが毎日食べているパンの小麦は、一体どこで育てられているのか?
初心者のゴブリン退治は大赤字
刃物で肉や骨を断ち切れば、刃こぼれの研磨代と防錆油代だけで小銭など吹き飛ぶ。怪我をして感染症にかかればポーション代で一発破産。なぜギルドは、確実に赤字になる初心者の単独討伐を「登竜門」として推奨しているのか?
属性魔法が引き起こす熱力学的破綻
十万人が一日に消費する生活用水は数千トン。これを人間の魔力で賄うとすれば、毎日何人の魔法使いが一日中呪文を唱え続けねばならないのか。
人間がパンを食べて魔力を生み出し、水を出す――その途方もないカロリー変換の浪費に、ローマ水道のように数十kmもの長大な水道インフラを維持する場合と、水魔法はどちらが経済的に優位なのか。
収納魔法による市場の即時死
重さゼロ、時間停止の輸送手段が実在するなら、港町の魚を内陸へ一瞬で運べる。既存の馬車輸送、塩漬け加工業者、宿場町は一夜にして全滅するはずだ。なぜ街には依然として馬車が走り、物価が保たれているのか?
金貨という世にも不思議な通貨
モンスターを倒すたびに魔石が手に入り、換金できる社会とは、「民間の無職集団が街中で勝手に紙幣を刷り散らかしている」のと同義である。なのになぜ魔石が通貨とならず、実用性のない「金」が、通貨と成りうるのか?
陸上群島文明の暗黒
領土という「面」を失い、都市という「孤島」が死の海の中に浮かぶ世界。隣町へのキャラバン運行費は航空宇宙産業並みに跳ね上がる。
冒険者という職業の真の役割とは?
都市中央にそびえる「巨大施設」の正体
食料、水、排熱、防衛結界――これらすべてのインフラを外の大地に頼れないとしたら、都市の中心に鎮座する「白亜の王宮」「天を突く魔導巨塔」「巨大な世界樹」の真の役割とは一体何なのか?
【小説少々:お気楽テンプレ】✕【解説膨大:ガチの兵站・都市工学】
本作は、前代未聞の極端な二重構造でお送りする「逆説的解剖ファンタジー」である。
毎話の前半およそ千文字は、どこまでも能天気で無邪気な新人冒険者ペア――剣士レクスと魔術士ミリアの、明るく爽快な王道冒険譚が描かれる。二人は疑うことを知らない。ギルドの温かさを信じ、魔法の奇跡を喜び、手に入れた金貨に目を輝かせ、メガ盛りディナーを満腹になるまで頬張る。
しかし、後半およそ数千文字に入った瞬間、物語の空気は一変する。
直前の微笑ましいシーンをケーススタディとし、現代の都市工学、熱力学、労働経済学、軍事兵站論のメスを容赦なく突き立てる。
「なぜ、その光景が成立しているのか?」
「裏でどれほどの血と帳簿と数字が動いていなければ、そのパン一枚すらテーブルに並ばないのか?」
少年少女が無自覚に見過ごした世界の暗部を、冷徹かつ論理的に暴き立てていく。
【】ご都合主義の否定ではない。「究極の辻褄合わせ」が生む知的興奮】
誤解しないでいただきたい。本作の目的は、愛すべきファンタジーのお約束を嘲笑したり、冷笑的に否定することではない。
むしろその逆だ。
「もし、これらのお約束記号がすべて本当に実在するとしたら、社会・インフラ・経済はどう設計されねばならないか?」を極限まで真面目に逆算した、壮大な知的思考実験である。
ご都合主義の皮を一枚ずつ剥ぎ取った先に見えてくるのは、破綻した世界などではない。
異世界ファンタジーという世界に浮かぶ都市国家とは、現実の歴史上のいかなる国家よりも合理的で、いかなる官僚機構よりも冷酷に計算し尽くされた、「極限の閉鎖要塞ディストピア」という名の、美しき工業的生命維持装置。その実態を語り尽くす。
兵站特化の歴史小説『丞相を継ぐ者』の作者こくせんやがお届けする、異世界中世ファンタジー・ナーロッパの身も蓋もない現実譚。
無邪気な少年少女の足元で繰り広げられる、冷徹なる都市サバイバルの講義録。
――それでは、第一話の扉を開こう。
あなたが信じていた「自由な冒険者」という名の、最初の生贄の契約書が待つ場所へ。
ナーロッパ社会の「お約束」を、現実的な中世社会学で成立させるべく解説します。
本末転倒な知的興奮。
1ギルドと雇用
2掲示板と仕事
3城外の草原の真実
4クエスト報酬の妥当な金額
5水魔法と水道施設
6収納魔法と物流
7金貨と経済
8肉の流通と畜産業
9隣町への移動
10冒険者の真実
11王室とは
12スローライフとは
などを予定しています。
「空想科学読本」のノリの、空想社会学をお楽しみください。




