「分身の術」という部屋で……
「ここは、開発一部のフロアだよ」
「ふつう!」ハルが声をあげた。
「パパの会社に似た感じ」
「パソコンに向かって仕事する職場なら、どこもこんな感じじゃないかな?」と、ミホパパ。
四角い大きな部屋で。
大きなテーブルが何列か、島になっていて。
パソコンと紙があちこちに置いてあって。
部屋がもししゃべるのであれば、
「ゲーム会社も普通の会社です!」
と言いそうな感じだった。
「ちなみに部屋の名前は、”塩の部屋”っていうんだけどね」
「「「塩?」」」
「ソルトレイクゲームスの、ソルトを日本語にすると、”塩”だから、塩の部屋だよ。他にも、”湖”とか、”全知全能の神ゼウス”とか、いろんな名前の部屋があるよ」
みんなは、ダンジョンみたいに入り組んだ通路を、どんどん進んだ。
その途中、紙コップを持った、カケルたちよりずっと年上のお兄さんと何人かすれ違った。
「今の人たちにはね、”デバッグ”という仕事を手伝ってもらってるんだ」
ミホパパが教えてくれた。
「デバッグって、何ですか?」
ハルが聞いた。
「作ったゲームにまちがいが無いか、いろんなことをしてチェックするお仕事だよ」
「いろんなこと?」
「例えば、キャラの体力はまんたんなのに、回復ポテトを二十個食べてみるとか」
「もったいないよね」と、ミホ。
「ボスバトルのために、回復ポテトは残しておかないとダメなんじゃないですか?」と、ハル。
ミホパパはニコニコになった。
「普通に遊ぶならそうだよね? でも、世の中には、いろんなプレイの仕方をするプレイヤーさんがいるから」
「攻撃を256発当てると、本当は壊れないはずの壁が壊れるバグとか、あったもんね!」
後ろから里中さんが言った。
「んー……、それはハルくん達が生まれる前のゲームだから、また今度、ゆっくり話しましょ? お酒でも飲みながら。ねっ? 里中さん」
ミホパパがそう言うと、里中さんは「わかったよぅ」と言って、後ろに下がった。なんだか、シュンとしたように見えた。
「あの、すいません。『バグ』って何ですか?」
ハルが聞いた。
「ゲームに埋まっている、間違いのことだね」
ミホパパは簡単に答えてくれた。
「バグというのは、英語で『虫』のことなんだけど、ゲームの中にも……って、そちらはごめん! 入っちゃだめです」
カケルがデバッグルームを覗き込み、ドアノブに手をかけようとしていた。
ミホパパはあわてて止めた。
「ごめんなさい。どこかにCCOをなんとかする、ヒントがあるかもしれないと思って……」
「そっか……こちらもごめんね。そこのデバッグルームでは、発売前のゲームをデバッグしているから、ヒミツにしておかなきゃいけないんだ」
ミホパパは優しく言った。
「カケルくん、気持ちは『痛いほど』わかるけど、言われたことは守らなきゃだめ」
里中さんがそう言うと、ミホパパは苦笑していた。
◇
「この部屋は、”分身の術”という名前の部屋です」
ミホパパが次に案内してくれた部屋は、ちょっと広かった。
机が無くて、がらんとしている。
ダンスのスタジオみたいだ。
物は部屋のすみっこに、まとめて置いてあった。
「なんで”分身の術”っていう名前なんですか?」
ハルが聞いた。
「自分の動きを、ゲームの中に”分身”みたいに写せるからだよ」
ミホパパはそう言って、あちこちの機材をカチカチ動かした。
「よし、準備OK。じゃあミホ、真ん中に立ってみて」
「うん、パパ」
ミホが立つと――
「あっ! ポヨミンだ!」
壁いっぱいの巨大モニターに、ずんぐりした緑色の『ポヨミン』が表示された。
「わたしと同じポーズしてる!」
画面の中のポヨミンが、上下に揺れながら、ミホと同じポーズをしていた。
「これが”モーションキャプチャ”。ミホの動きを読みとって、ポヨミンにマネさせてるんだ」
「ほんとだ!」
ミホは、ユーチューブで見たいろんな動きをやってみた。
すると、ポヨミンも同じように動く。
「すげー!!」とハル。
「……すご」カケルも小さくうなずいた。
「役者さんの動きを取って、ゲームで使うやつですよね」
里中さんが言った。
「です。うちの会社のゲームタイトルでも使用してます」
と、ミホパパ。
「凄い技術だと思います。ただ、役者さんの権利もあるから、ゲームを保存する側としては、凄いとばかり言ってられないところもありましてね」
里中さんが、いつもよりマジメな感じで言い出した。
(えっ?)
一番早く反応したのは、カケルだった。
「あの……役者さんにも、権利ってあるんですか?」
カケルのその言葉に、ミホパパは少し驚いた。
「う? うん。最近だと……
『声優さんの声の権利はどうするんだ!』
とか、
『似た声をAIで勝手に作っていいのか!』
とか、
……かなり騒がれているね」
ミホパパは、役者さんみたいに、演技みたいに言った。
「結局、オチはどうなるんすかねぇ? 声の権利の行方について」
里中さんは、ミホパパとカケルのところに近づいてきた。
「『声の権利があるから、役者が登場しているゲームは保存できない』……とかだと、俺たち困るんですけど」
「いや、まぁ……そのへんは、権利者にご相談くださいとしか」
ミホパパは苦笑いしながら、返事をした。
「僕もやってみたいです! ポヨミンうごかしたい!」
ハルが手を挙げた。
「う、うん! いいよいいよ! ミホが満足したところで、交代でね。そのあとはカケルくんも。順番で仲良くやってみよう」
「ポヨもうごかせますか?」ハルが聞いた。
「できるよ? ハルくんは、進化前のポヨの方が好きなの?」
「はい。ポヨミンになる前の方が、なんか可愛くて……」
楽しく進む、モーションキャプチャの体験。
そんな中、カケルは一人、小さくつぶやいていた。
「……ここにも、権利が出てくるのか……」




