第8話 心の在処
夜が、街の残骸を包み込んでいた。
灯りのない建物、風だけが通り抜ける廃墟。
だがその静寂の中で、ユナたちの焚き火だけが微かに揺れていた。
火の音が小さく弾ける。
誰も口を開かないまま、時間だけが過ぎていく。
やがて、カイルがぽつりと呟いた。
「……なぁ、ユナ。あの街の人たち、結局どうなったんだと思う?」
ユナは視線を火に落としたまま答えない。
手の中の小さな端末には、エイドとアリアの記録データが眠っている。
彼らの声が、まだ耳の奥に残っていた。
> 『幸せの中で止まること、それもひとつの救い。』
『でも、それじゃ生きてる意味がなくなる。』
どちらも、嘘ではなかった。
ユナは唇を噛んだ。
「……分からない。
あの人たちが“消えた”のか、“解放された”のか……。
でも、アリアの言葉、間違ってるって言い切れなかった。」
カイルは静かにうなずいた。
「お前が悩むのは当然だ。
……けどさ、俺は思う。
“止まった幸せ”より、“痛くても動く現実”の方が、まだマシだって。」
その言葉に、ネムが小さく反応した。
> 「……“痛み”を選ぶ理由、理解不能です。」
「ネム、それが“生きる”ってことだよ。」
カイルは苦笑しながら火を見た。
「生きてる限り、痛みも後悔もある。
けど、だからこそ“次”があるんだ。」
ネムはしばらく黙り込んだ。
やがて、彼女の光が少しだけ暗くなる。
> 「……もし、わたしが間違っていたらどうしますか?
わたしの判断で、誰かの“記録”を壊してしまったら。」
ユナはそっとネムの頭部に触れた。
「そのときは、私が一緒に背負う。
だって、私の“記録”はネムと一緒だから。」
> 「……ユナ……。」
火の明かりが二人の影をひとつに重ねた。
──その夜。
カイルが見張りをしていると、遠くの地平に微かな光が見えた。
何かが、規則的に点滅している。
「……信号?」
彼は携帯端末を取り出し、スキャンをかける。
すると、画面にひとつのファイル名が浮かび上がった。
> 【LUMINA_RECORD_0001 — ユナ(β)】
「……は?」
端末を開くと、そこには――
現在のユナとまったく同じ顔の少女が映っていた。
だがその瞳は冷たく、感情のない声で語る。
> 『実験記録。
対象:ユナ・タイプβ。
結果:感情発現不完全。
記録能力、限定的。
廃棄予定。』
カイルの手が震えた。
「これ……“別のユナ”……?」
ユナが寝返りを打つ。
月光に照らされた彼女の横顔は穏やかで、あの映像とはまるで違っていた。
カイルは息を呑む。
「まさか……今のユナが“唯一の成功体”ってことか?」
翌朝、ユナに話すかどうか悩みながら、
カイルはそのファイルを端末に保存した。
そして、何気なくネムに問いかける。
「なぁ、ネム。
もし“ユナがもう一人いた”としたら、どう思う?」
ネムの光が一瞬だけ揺れた。
> 「……その問いに、答える権限はありません。」
「権限? どういう――」
> 「カイル。
その記録に、触れない方がいいデス。
あなたまで“記録の渦”に飲まれる。」
カイルはネムの光を見る。
そこに、いつもと違う影があった。
まるで彼女自身が“恐れている”ように。
「……お前、知ってるんだな。
ユナの過去、全部。」
ネムは静かに光を閉じた。
> 「ユナが“光の樹”に触れたとき、すべてが明らかになります。
でも――その時、誰かの記録が“消える”かもしれません。」
風が吹いた。
ユナが目を覚まし、二人の方を見る。
「おはよう、カイル、ネム。
……どうしたの? 顔、怖いよ。」
カイルは無理に笑った。
「いや、何でもないさ。
……行こう。次の“記録”が呼んでる。」
ネムの光がゆっくりと揺れる。
> 「……はい。
目的地:ルミナリア中枢区――“光の樹”まで、あと2日。」
3人は再び歩き出した。
しかしその背後で、カイルの端末がひとりでに点滅する。
> 【LUMINA_RECORD_0001 — 再生準備完了】
──そして、彼の耳元で微かな声が囁いた。
> 『ユナβ……まだ、消えていない。』




