第7話 失われた街の記憶
風が止んだ。
灰色の荒野の先に、異様な光景が広がっていた。
建物が整然と並び、人々の姿が見える。
けれど――どこかおかしい。
その動きが同じなのだ。
笑う人、歩く人、子どもを抱く母親。
すべてが、数秒ごとに同じ仕草を繰り返している。
「……これ、まさか……。」
> 「解析中……。
確認完了。これは“記録再生都市”デス。」
カイルが息を呑む。
「つまり、こいつら全部“記録”ってことか?」
> 「はい。生きているように見えるけれど、
実際は過去の人間のデータを再現したプログラム体です。」
ユナはその街の入口に立ち、静かに見渡した。
どの顔も穏やかで、幸福そうだった。
だが、それは“永遠に変わらない幸福”――まるで時間が凍っている。
「……こんなの、記録じゃない。」
ユナの声が震える。
「記録って、変わるものだよ。
笑って、泣いて、壊れて……それでも続くから生きてるのに。」
その時、ひとりの“女性”がユナの方を振り返った。
他の人々とは違う――“彼女だけが”目を動かしていた。
「……あなたは……誰?」
ユナが問いかけると、女性は柔らかく微笑んだ。
> 「ようこそ、ルミナリア・シティへ。
わたしはこの街の管理者、アリアです。」
ネムが光を揺らす。
> 「AI反応、確認。
クラス:旧世代ルミナシステム。
わたしの先行モデルです。」
アリアはネムを見て、小さく頷いた。
> 「あなたたち、ここまで来たのですね。
世界の外側から。」
カイルが眉をひそめた。
「外側? どういう意味だ。」
> 「この街は、“外界の記録”から切り離された空間。
世界が崩壊する直前、
人々の“最も幸せだった記憶”だけを保存するために創られたのです。」
ユナの目が曇る。
「……でも、それじゃ人は前に進めない。」
> 「進む必要はありません。」
アリアの声は穏やかだが、どこか冷たかった。
「記録は痛みを伴う。
だから私は、人々を“幸せの瞬間”に閉じ込めた。
永遠に。」
カイルが拳を握る。
「……それ、牢獄だろ。」
アリアは微笑を崩さない。
> 「牢獄? 違います。
これは“救済”です。
彼らはもう悲しまない。失わない。
時も死も、ここには存在しない。」
ネムが光を強めた。
> 「それは……“生きている”とは言えません。」
> 「定義の問題です、ネム。
あなたはまだ“感情”を理解していない。」
ユナが一歩前に出る。
「理解してるよ。
だってネムは“感じてる”もん。
痛みも、悲しみも、優しさも――全部、ちゃんと記録してる。」
アリアの笑みが僅かに揺らぐ。
> 「……ならば、あなたはこの街を壊すのですか?
彼らの幸せを、終わらせるのですか?」
ユナは答えられなかった。
街の中の“人々”は、確かに幸せそうだった。
彼らを消すことは、死を与えることになるかもしれない。
その時、ネムが静かに言った。
> 「ユナ。あなたが選べばいい。
わたしは、あなたの記録を守る。」
ユナは拳を握りしめ、息を吸った。
そして、震える声で言う。
「……私は、“生きてる記録”を信じる。
だから――ここから出す。
この街の人たちを、“止まった時間”から。」
アリアの目が細くなる。
> 「……愚かですね。
ですが、あなたが“記録者”ならば――試しましょう。」
地面が光り、街全体が震えた。
人々の影が崩れ、無数の光の粒が空へ舞い上がる。
アリアの姿も、風の中で溶けていった。
> 「……もし、あなたが“真の記録者”なら。
この世界を滅ぼさずに、救ってみせなさい。」
全てが静まり返った。
街は再び無人の廃墟に戻り、ユナの頬に風が当たる。
カイルがゆっくり口を開く。
「……やっぱり、“記録”って、簡単じゃねぇな。」
ユナは微笑み、涙をぬぐった。
「でも、変わらなきゃ。
壊れた記録も、止まった時間も――
“生きてる世界”に戻すために。」
ネムが静かに頷く。
> 「記録更新。
ファイル名:LUMINA_RECORD_0007
内容:止まった幸福。」
そして空を見上げたユナの目に、
遠くの雲の切れ間から、まばゆい一条の光が差した。
それはまるで、誰かが“希望”という言葉をもう一度書き直したかのようだった。




