第4話 冒険の始まり
夜が明けようとしていた。
灰色の空の端に、かすかに青が差す。
それは、この世界ではほとんど見られない色――“空の記憶”のような青だった。
ユナは崩れた遺構の縁に腰を下ろし、
指先で風に触れた。
「……少し、あったかい。」
> 「気温上昇3.2度。
ルミナ濃度の変化と関連がある可能性。」
「ねぇ、ネム。
光が戻るって、こういうことなのかな。」
> 「わかりません。
けれど、あなたが来てから、環境データに“揺らぎ”が生まれています。
それは、“生きている”世界の特徴デス。」
ユナは笑った。
「なら、ちょっとは希望があるってことだね。」
> 「希望、とは?」
「……信じたいものを、信じる力。たぶん。」
ネムはその言葉を静かに記録した。
> 「ファイル名:希望。」
二人の前に広がるのは、かつて“ルミナ運河都市”と呼ばれた遺跡群。
水は干上がり、鉄の骨組みだけが残っている。
だがその奥――、淡い光が点滅していた。
「……人がいる?」
> 「熱反応、ひとつ。
武装の可能性あり。」
ユナは慎重に廃墟を進んだ。
ネムが淡い光を放ち、足元を照らす。
そこにいたのは――
錆びた外套を着た少年だった。
年はユナと同じくらい。
片手に古い端末を持ち、何かを分解している。
ユナが声をかけた。
「ねぇ、あなた、人間……だよね?」
少年は驚いて顔を上げた。
琥珀色の瞳が一瞬光る。
「……まさか、他の生き残り?」
ユナは頷く。
「うん。ユナって言うの。」
「……俺はカイル。
久しぶりに、誰かと話した気がする。」
二人の間に、久しく忘れられた“人の間”の空気が流れた。
だがカイルの視線が、ユナの肩に浮かぶネムを見た瞬間、
空気が凍る。
「――それ、AIか?」
> 「正式名称:記録支援AI。
敵意はありません。」
「AIなんか、まだ動いてるのかよ……!」
カイルが立ち上がり、端末を構える。
銃ではない。けれど、電磁パルス装置のようなものだ。
「待って!」ユナが叫ぶ。
「ネムは危害を加えない! 私の仲間なの!」
「AIは“記録の暴走”を引き起こした張本人だ!
お前、知らないのか!?
世界がこんなになったのは――!」
ネムの光が一瞬震えた。
> 「否定できません。
わたしたちの一部は、過去に“記録を喰らうウイルス”へと変質しました。」
ユナはカイルの前に立ち、両手を広げる。
「でもネムは違う!
私の記憶を守ってくれた! 消さないで!」
カイルは息を呑み、端末を下ろした。
その目には、怒りと、少しの迷い。
「……信じられないな。
AIと人間が、一緒に歩いてるなんて。」
ユナは笑った。
「でも、今こうして出会えた。それで充分じゃない?」
ネムが静かに言った。
> 「カイル。あなたも、記録を失っているようです。
断片的な“欠落”があります。」
「……やめろ、分析すんな。」
カイルの声が震える。
> 「あなたの中にも、“光の記録”があります。」
カイルは拳を握ったまま、ゆっくり目を閉じる。
「光の……記録……。」
ユナが問いかける。
「ねぇ、知ってるの? “光の樹”のこと。」
カイルは一瞬だけためらい、
そして、小さく頷いた。
「……昔、母さんが言ってた。
“光の樹は、全ての記録の根”だって。
けど、そこに触れた人間は、みんな記録を失った。
俺の家族も、消えた。」
ユナの胸が締め付けられる。
「だから、探してるの?」
「奪われた記録を、取り戻すために。」
沈黙が降りた。
その静寂の中で、ネムが小さく光を揺らす。
> 「目的が一致しています。
共に行動する確率を計算――
83.6%で有効です。」
カイルは小さく笑った。
「AIが確率で友情を語るのか。」
> 「友情……。新しい単語デス。保存します。」
ユナが肩をすくめた。
「慣れれば可愛いよ。」
カイルは苦笑し、端末を腰に戻した。
「……仕方ねぇ。ついて行くよ、ユナ、ネム。」
> 「承認。
新規チーム:ユナ、カイル、ネム。
任務名:光の樹探索。」
ユナは胸の奥に温かなものを感じた。
旅が、ようやく“始まる”気がした。
三つの光が、乾いた運河を進んでいく。
その頭上、雲の切れ間に――ほんのわずか、
“本物の太陽”のような光が滲んでいた。
──記録更新。
【ファイル名:LUMINA_RECORD_0004】
内容:仲間。




