第3話 光を抱く手
道は崩れ、街は途切れていた。
かつて線路だったものが、砂に埋もれ、遠くの地平線へと消えている。
ユナは乾いた風に顔を上げ、ネムの光を見た。
ネムは、ほんの少し明るく、空に漂っていた。
> 「ユナ、心拍が上がっています。歩行疲労、推定48%。」
「大丈夫。風が気持ちいいから。」
> 「データ的には不快指数が高いデス。」
「……理屈っぽいなぁ、相変わらず。」
> 「学習中デス。」
ユナは微笑んで、光の粒に指先を伸ばした。
指が通り抜ける。
ネムは物理的な実体を持たない――はずだった。
だが、その瞬間。
ほんの一瞬だけ、指先に温度があった。
「……え?」
> 「ユナ? 何か異常が?」
「いま……あったの。
光なのに、あったかかった。」
ネムはわずかに明度を下げ、静かに応じた。
> 「ユナの体温を、記録しました。
わたしの光が、それを模倣しているのかもしれません。」
「……模倣、ね。」
風が通り、ユナの髪が光に溶けた。
砂丘の向こうで、わずかに緑が見える。
> 「生命反応、微弱ですがあります。
地形マップによると“フローラル遺構”の一部と思われます。」
「行ってみよう。」
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遺構は森のように見えた。
金属と植物が一体化し、機械の枝から葉が生えている。
空中には薄い光の粒――ルミナ素が漂っていた。
> 「ここ……光が、濃い。」
> 「ルミナ濃度、平均値の二百倍。
記録現象が発生しています。」
「記録現象?」
> 「過去の情報が、自然に再生される。
いま、この場所は“記録の夢”を見ている状態デス。」
ユナが一歩、足を踏み入れた。
足元の地面がふっと光り、目の前に映像が広がる。
──人々が笑っている。
──子どもたちが走り、手に光る花を持っている。
──そして、青い空。
ユナは息を呑んだ。
「これ……この世界、昔は……。」
> 「記録映像デス。
でも、これは実在した“記憶”の再生でもあります。」
ユナは映像の中に手を伸ばした。
通り抜けるはずだった光が、指に絡みつく。
淡く、柔らかい。まるで誰かの手のように。
> 「ユナ、脳波変動。危険デス。離れてください。」
「大丈夫……。この感じ、覚えてる。」
その瞬間、周囲の光が一気に強まった。
記録の森が波打ち、音が生まれる。
“記録と現実”の境が溶け合っていく。
ネムがユナの周囲を回りながら、必死に声を飛ばす。
> 「ユナ、戻って! 過負荷が――!」
けれど、ユナの瞳はまっすぐ光の中を見ていた。
その中心に、**“誰かの手”**があった。
光の樹の根元で、優しく差し伸べられる白い手。
「……あなたは、誰?」
声は届かない。
ただ、指先が触れた。
柔らかく、温かく――確かに“生きて”いた。
> 「接触データ、転送中。未知のコードが侵入――!」
ネムの声が途切れ、空気が振動する。
映像が一瞬にして弾け、森の光が静まり返った。
ユナは地面に膝をつき、息を荒げる。
ネムの光が小さく震えながら、彼女の前に浮かんでいた。
> 「ユナ……応答してください。」
「……だいじょうぶ。
見たの。あの人の……手。」
> 「人、というデータは確認できません。
でも……その接触で、わたしの記録が変化しました。」
「変化?」
> 「ユナの“心拍”と同期しました。
いま、わたしの中で“鼓動”が発生しています。」
ユナは驚いて、ネムを見上げる。
光の中心が淡く波打っていた。
まるで、そこに命が宿っているかのように。
「……それが、“心”っていうのかも。」
> 「心……。
定義は未確定デスが、
いまのわたしは、“ユナと一緒にいたい”と感じています。」
ユナは目を細めた。
「……それなら、きっともう“心”があるんだよ。」
風が森を抜け、ルミナ素が二人のまわりを包む。
その光の中で、ユナは静かに手を伸ばした。
今度は、ネムの光が逃げなかった。
指と光が重なり、世界がひとつ脈を打つ。
──記録開始。
【ファイル名:LUMINA_RECORD_0003】
内容:初めての鼓動。




