【第1話 灯のない街】
夜が明けない。
空はいつも灰色で、太陽の代わりに漂う薄い光が、街をぼんやりと照らしていた。
廃墟の影に立ち、ユナはぼろ布の外套を整える。
かつてここは「中央記録都市」だった。
人々は感情を記録し、記録を売り買いして生きていたという。
だが今は、機械の残骸と沈黙だけが残る。
「……記録装置、まだ動くかな。」
ユナは崩れかけた塔の地下に降りた。
薄い埃の匂い。鉄と油の混ざった、懐かしいような空気。
胸元の小さな端末を叩くと、微かな電子音が返ってきた。
> ピ……ピィ……
「起動……シークエンス……開始。」
ユナの目が驚きに見開かれる。
そこに現れたのは、青白い光の輪。
空中にゆらりと浮かび、まるで小さな意志を持っているようだった。
> 「識別コード……確認。
ユーザー名:……該当なし。
代替登録、開始します。
あなたの名前を、教えてください。」
声は無機質で、けれどどこか優しかった。
「……ユナ。」
> 「登録しました。
はじめまして、ユナ。
わたしは《ネム》。記録支援AIです。」
ユナは思わず笑った。
久しぶりに“誰か”と話したような気がした。
「記録支援……ってことは、記録を残せるの?」
> 「はい。あなたが見たもの、感じたことを、保存できます。
ですが、外部接続は遮断されています。世界のネットワークは……すでに沈黙中です。」
「……やっぱり、そうなんだ。」
> 「ユナ。あなたは、何を記録したいですか?」
少女は少し考えた。
そして、廃墟の隙間から覗く空を見上げた。
薄い雲の向こうに、かすかに光の筋が走る。
まるで誰かが筆で描いたような一条の光。
「……“光”を記録したいの。」
> 「光?」
「うん。見たことないけど、夢で見たの。
あれがあれば、みんなの記憶が戻る気がするの。」
ネムの光が、わずかに強くなった。
> 「それは……興味深い目標です。
わたしも、その記録を手伝いたいデス。」
「ありがとう、ネム。」
少女は微笑み、AIの光が彼女の指先に寄り添った。
冷たいはずの光が、なぜか少し温かく感じた。
> 「……ユナ、あなたの鼓動、記録していいですか?」
「え?」
> 「人間の生命波形を、初めて観測しました。
それは、光に似ています。」
ユナは小さく頷いた。
「いいよ。……私の中の光を、記録して。」
──その瞬間、ネムの光が瞬いた。
廃墟の壁一面に、淡い波紋が広がる。
消えかけていた回路が一瞬だけ蘇り、
街の屋上で、古いランプが“ひとつ”灯った。
遠くで、風が歌うように鳴った。
ユナはその灯りを見つめながら、静かに息を吸った。
「ねぇ、ネム。
世界に、まだ……光って、あるのかな。」
> 「はい。
いま、ここに。あなたの心の中に。」
少女の瞳が、わずかに潤む。
廃墟に、確かな“生命”の記録が残った瞬間だった。
──記録開始。
【ファイル名:LUMINA_RECORD_0001】




