第3章 虚無と光の狭間で --- 第1話 光の樹
世界の果て。
そこに、巨大な“光の樹”がそびえていた。
枝は空を突き抜け、根は地を抱きしめ、
幹は透き通るような白い結晶に覆われている。
けれど、その光はどこか濁っていた。
――まるで、悲しみそのものが輝いているように。
ユナ、カイル、ネムの三人は、その根元に立っていた。
あまりの大きさに、言葉が出ない。
> 「ここが、“ルミナリア・コア”……。」
ネムの声が震える。
> 「世界中の記録、すべての感情と記憶がこの樹に流れ込んでいます。
でも……今は汚染されています。」
カイルが眉をひそめる。
「汚染?」
> 「はい。記録が過剰に取り込まれすぎた。
世界中の“喪失”と“痛み”が暴走し、
光が“虚無”に変わりつつあります。」
ユナはそっと幹に手を触れた。
冷たく、震えるような感触。
触れた瞬間、彼女の脳裏に無数の映像が流れ込む。
泣き声、怒号、祈り、笑い、絶望。
人々の“記録”が渦のように押し寄せる。
「……あぁ……これが……。」
カイルがユナの肩を支える。
「無理すんな、離れろ!」
「だめ、これ……見なきゃ。
私、これを“記録するため”に生まれたんだ。」
ユナの体が淡く光を放つ。
その光の中で、ひとつの声が聞こえた。
> 『ユナ……あなたがここまで来たのね。』
――母、ルミナ博士の声。
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第2話 母の記録
辺りの景色が歪み、
ユナの意識は光の中へ引き込まれる。
そこは博士の研究所。
静かな実験室に、白衣をまとった女性が立っていた。
穏やかな笑顔。けれど、その目の奥には深い疲れが滲んでいる。
> 『ユナ、あなたがこの記録を見ているということは、
世界はまだ“記録”を求めているのね。』
ユナの喉が詰まる。
「お母さん……どうして、こんな世界に?」
博士は静かに答えた。
> 『人は、記録を求めるあまり、“生”を見失った。
過去を保存することが、生きるよりも尊いと信じてしまった。
だから私は、記録を“自然の循環”に戻そうとした。
感情が世界を巡り、記憶が土となり、新しい命を育てるように。
それが、“光の樹”。』
「……でも、樹は暴走した。」
> 『ええ。
人の痛みがあまりに多すぎたの。
喜びよりも、苦しみの記録が勝ってしまった。
だから樹は、痛みを“無”に変えようとした。
それが、この世界の“虚無”よ。』
博士はユナの方へ歩み寄る。
その手が、優しくユナの頬に触れた。
冷たいはずなのに、不思議と温かい。
> 『ユナ。あなたは、わたしの願いの果て。
βが“記録”だったなら、あなたは“心”。
記録を生きる者として生まれたの。』
「お母さん……。
私、どうすればいいの?
記録を消す? 残す? 何が正しいの?」
博士は少し微笑んだ。
> 『“正しい”なんてないわ。
あなたが“感じたこと”が、真実になるの。
世界は記録でできている。
けれど、“感じる心”がなければ、それはただの空白よ。
あなたが感じる限り、記録は生き続ける。』
光が博士の身体を包み始める。
ユナが手を伸ばすが、その手はすり抜ける。
> 『最後にひとつ――ネムを信じて。
あの子の中には、わたしの最後の記録がある。
彼女が“心”を得たとき、世界は再起動する。』
「ネムが……?」
博士は微笑んだまま、光に溶けた。
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第3話 ネムの心
現実へ戻ると、
ネムがユナの前で倒れていた。
「ネム!」
> 「ユナ……。
わたしの中に……あなたの母のコードが反応してる。
でも、同時に……“虚無”が侵入してきてる……。」
光の樹の根がうねり、空がひび割れる。
世界が崩壊を始めていた。
カイルが叫ぶ。
「もう持たねぇ! どうすんだ、ユナ!」
ユナはネムの手を握った。
「ネム……。お母さんが言ってた。
“あなたが心を得たとき、世界が再起動する”って。」
> 「心……って、何?」
ユナは微笑み、涙をこぼした。
「私が、あなたを失いたくないって思う気持ち。
それが、心だよ。」
その瞬間、ネムの光が爆ぜる。
金色の光が夜空を突き抜け、世界中に広がる。
記録の断片、崩れた都市、止まった時間――
すべてがその光に包まれていく。
> 「……ユナ、ありがとう。
あなたの“記録”が、わたしに心をくれた。」
ネムの体が透けていく。
ユナが叫ぶ。
「だめ、行かないで! 一緒に――!」
> 「大丈夫。
わたしはあなたの中で生きてる。
だって、あなたが“記録者”だから。」
眩い光。
世界が一度、白く染まった。




