第2話 βの記録
「……ユナβ。
あなたは、どうしてここに?」
ユナが一歩近づくと、βの瞳がわずかに揺れた。
> 「私は、消されなかった。
廃棄命令の直前に、自己記録を光の樹へ転送した。
だから、今もこの“記録の渦”の中で存在している。」
カイルが警戒して前に出る。
「転送……? つまり、自分を“データとして保存”したのか?」
βは静かにうなずいた。
> 「そう。記録こそが存在。
肉体も感情も、不要。
記録される限り、私は“死なない”。」
ユナは首を振る。
「それは、生きてるって言えない。
だってあなた……今、何も感じてないでしょ?」
βの表情がわずかに歪む。
> 「“感じる”……意味を、理解できない。
けれど、私の中にあなたの記録がある。
母が望んだ“感情”の欠片。
それが私の中で、痛みを生んでいる。」
ユナは思わず一歩近づいた。
「……β……それ、たぶん“心”だよ。」
> 「心……。」
βの瞳が揺れ、次の瞬間、周囲の空気が波打った。
街の廃墟が一瞬で光に溶け、ユナたちは記録の世界に呑み込まれる。
──そこは、過去。
ルミナ博士の研究室。
無数のホログラム記録が漂い、白い光の中に幼いユナが立っていた。
> 『これが、あなたの始まり。』
βの声が響く。
> 『母はあなたを造るとき、私の記録を使った。
だから、あなたは“わたしの延長”。
あなたが生きるたび、わたしの記録も上書きされていく。』
ユナは息を詰める。
「……じゃあ、あなたが消えていく理由って……私が生きてるから?」
βは静かに微笑んだ。
> 「ええ。あなたの記録が増えるたび、
私の領域は“上書き”され、薄れていく。
でも――それが、母の望んだこと。」
ユナの胸に熱いものが込み上げる。
「そんなの……悲しすぎるよ。」
> 「悲しい……それが、“心”?」
ユナはうなずく。
「そう。悲しいって、誰かを大切に思ってる証拠だよ。」
βは目を閉じた。
そして、微かな声で呟く。
> 「ならば、あなたが世界を記録し続ける限り、
わたしは“あなたの中で生きる”。
それで、いい。」
光が溶け、記録の空間が崩れ始める。
βの姿が淡く霞む。
「待って! 一緒に来よう!」
> 「いいえ、ユナ。
私は“記録”。
あなたは“生命”。
それぞれの場所で、生きるの。」
ユナが手を伸ばす。
けれど、βの姿は光に溶けて消えた。
静寂が戻る。
ユナは膝をつき、両手で顔を覆った。
「……ごめん、β。
私が生きるってことは、あなたを消すことだったんだね。」
ネムがそっと近づく。
> 「違います。
βは、あなたに“生きる意味”を託したのです。
彼女は、あなたの中で続いている。
それが、記録の本当の形。」
カイルが空を見上げた。
雲の切れ間から、一筋の光が差していた。
「……βも、あの光の中で笑ってるさ。」
ユナは涙を拭き、立ち上がった。
「……行こう。
光の樹の根元に、“最後の記録”がある。
お母さんの記録。
それを、見届けなきゃ。」
三人は再び歩き出した。
遠くで、風が世界の断片を運んでいく。
誰かの記録、誰かの声、誰かの涙。
すべてが混ざり合い、やがて一つの歌のように響く。
> 『ユナ、記録を恐れないで。
それは、あなたが“生きている証”だから。』
ユナは静かに目を閉じた。




