第08話 阻まれない斬撃の道
開始の合図と共に、オレは剣を抜き、ガラヌは杖を取り出した。杖は魔法の精度を高めたり魔力消費を抑えたりする役割を持つが、そう考えると能力保持者ではなさそうだ。
「お前は随分有名だからなァ……俺も知ってるよォ……。可哀想になァ……。俺は一年で成長したってのに……お前は十何年と足踏みしてて………どんな気持ちなんだァ…?」
「嫌な性格してますね、先輩。まぁ強けりゃなんでもいいんじゃないすか?」
「ほう……。」
ガラヌの質問に答えるように、オレは彼に接近して首を斬る勢いで剣を振った。しかしその剣は突如現れた岩の壁に阻まれ、ガラヌに届きはしなかった。
「なるほど……土…いや、岩属性の魔法師ですか……。」
魔法というのは、魔力をエネルギーに変換して引き起こす現象だと認識されることは少なくない。それも間違ってはいないが、厳密には少し違う。魔力という特殊なエネルギーを用いて世界に誤認させることで、物質や現象を作り出すものだ。しかしそんな中で、土や岩といった、まとめて地属性と呼ばれる属性の魔法は実際に物質を生み出すことが特徴だ。オレの力ならば岩を斬るのは造作もないが、能力によって消し去ることはできない。
「間違っちゃいねェがよォ……それだけなわけねェだろォ……!!」
「『炎弾』!!」
「くッ……!!」
ガラヌに染み込んだ赤い魔力から、強力な炎魔法が放たれた。天現融合によって魔力も跳ね上がっているため、消し去るのも楽ではなかった。自前の岩属性と外付けの炎属性……そう珍しい組み合わせでもない。
「……溶岩でも作るつもりっすか?」
「岩との複合魔法だったらよォ……お前の能力も意味がねェんじゃねェかァ……?」
「まさか。その程度、斬れないわけがないでしょう。試してみますか?先輩に体力を使うのも勿体無いので、魔法もあなたも、一太刀で切り伏せてみせましょう。」
「そういう態度が気に入らねェんだよなァ……!!落ちこぼれのくせに生意気な……その態度がよォ……!!望み通りに俺の最高の技で終わらせてやるぜェ……!!!」
冷静なオレとは対照的に、ガラヌは興奮しているようだ。しかしそんな精神の昂りに呼応するように、彼の炎は温度を増し、作り出した岩を溶かし始めた。しかしその岩は炎によって完全に制御され、竜のような形になった。温度は岩を溶かすほど、闘技台も柔らかくなっている。まともにやってはオレの剣が溶かされてしまうな。………剣だけで済めばマシな方か。
「可哀想になァ……。たった三星級のガキが思い上がっちまって………そのせいで近づくことすらできずに負けちまうなんてなァ……!!」
「『獄炎竜』!!」
「思い上がってんのはどっちだか……。」
確かにもの凄い熱量ではあるが、セリアの炎と比べれば何でもない。オレは強く剣を構えた。剣は時に空間を越えて相手を斬る。セリア曰く、剣を極めれば極めるほどに、どんな物質、現象であれ、斬り裂く剣の道を阻むことはできなくなるそうだ。オレはまだそう胸を張れるほどの境地には至っていないが、『殲滅の剣王』は森羅万象を斬る力だ。たとえ実在する物質を操っていようと、魔法が魔力を纏っている以上、オレの剣は離れていようがそこに届く。届いたならば、斬撃はただその道を辿るだけだ。
「『殲滅剣』!!」
「なッ……あぁああああ!!」
鋭い斬撃が竜とガラヌを両断し、反属性の魔力が魔法を無へと誘った。ここの結界がセリアやシャルテリアさんが暴れても揺るがないと知らなければ、こうも大胆に斬ることはできなかっただろう。護符によって身を守られていたガラヌは、結界内では肉体を保たずに結界外へと放り出された。やはり便利な技術だな。
「アンタ、竜見たことねぇだろ。その程度の技に名付けるなんて、思い上がってたんじゃねぇのか?」
「た……たった一撃!宣言通り、一太刀で斬り伏せてみせました!!」
「序列戦第一試合、勝者!グランデュース=ミルアルト!!」
実況の宣言と共に、観客席は大きく沸いた。……やっと一勝だ。思った以上に魔力を使ってしまった。……まぁこの程度ならセリアに補充してもらえば構わないか。流石に空になっていればそうもいかなかっただろうが、多少なら魔力が違えど賄うことはできる。オレは闘技台を後にし、選手室へと足を運んだ。
「どう思われます?校長。」
「とてもじゃないが三星級とは思えないな。セルセリア様の特訓は半端ではないと見える。序列戦が終わったら、生徒会にも入るのではないか?」
「そうですね。……これからが実に楽しみです。」
選手室に戻ると、こちらも観客席に負けない熱気だった。ちなみに選手室は学年ごとに分けられていて、自由に出入りはできるけれど基本的には他学年の部屋に行くことはない。あるとすればよほど余裕があるか、よほどの仲である場合だけだ。
「ミルアルト君、流石の剣術だったよ。あのような一撃はとても私では真似できない。」
「威力だけならな。オレだって並の鍛え方はしてないんだ。」
「お前は勝ったってのに、俺は気が重いぜ。」
「そう言うな、ラルヴァ。どうせ誰かは戦うことになるんだ。お前が勝っても負けても、次はどっちかがオレと戦うんだ。」
「はッ!良いご身分だな。正直言って、お前はどっちが勝つと思う?」
「オレがなんて答えるかなんて分かってるだろ。奇跡は願うに限るが、それに期待はするもんじゃない。」
「意地の悪い野郎だ。俺の夢を砕くんじゃねぇよ。」
そう言って、ラルヴァは笑いながら試合に向かった。第二試合は彼、そして対戦相手はルーシュだ。生徒会副会長という序列戦の目玉ともいえる者を二回戦に持ってくるのに、観客は大きく盛り上がっていた。はっきり言うとラルヴァに勝ち目はないだろう。
本戦出場は20名、一回戦は第一試合から第十試合までの十試合、二回戦は第十一試合から第十五試合までの五試合で第十五試合を勝ち抜けた者が準決勝へと進む。準々決勝は第十六試合と第十七試合の二試合が行われ、第十六試合の勝者は決勝へと進むことになる。準決勝で第十五試合と第十七試合の勝者達が第十八試合をすることになり、更にその勝者と第十六試合の勝者が決勝で優勝を決することとなる。
シードの位置がこうも面倒くさくなっている理由は、試合では激戦になればなるほどに魔力消費が激しくなるため、特に一回戦と二回戦においては平等に試合を行えるようにするためだと聞いた。しかし、優勝候補達はそんなものも関係なしに勝ち続けるだろうから、大した意味は持たないだろう。
ちなみに一年のみんなはカミュールが第七試合、リアンが第十試合だ。カミュールはともかくリアンに関しては相手が生徒会長なので気の毒というかなんというか……彼の気の落ちようも理解はできないこともない。
「良かったな、ミルアルト君。君は強かったよ。とてもじゃないが僕は君のようにはできない。予選を突破できたことさえ奇跡なんだ……。僕は無様に負けて笑い者にされてしまうんだ………。」
「まぁ……楽しめばいいじゃねぇか。」
「君には分からないだろうな!自信もあって力もある君にはさ!!」
「………なんか…ごめん。」
最初はただ冷静で無口な男かと思っていたのだが……どうやら顔にもでないほど緊張…というか気を落としていたようだ。それはもう……見てるこっちが情けなくなるほどに。彼の実力は確かなものなのだがな。
第二試合は大半の予想通りルーシュが勝利し、一年生ではカミュールも二回戦へと進出した。その他も序列持ちの者達は躓くことなく二回戦へ進み、リアンも固有の“加速”魔法で生徒会長を掻き回していたが、彼の圧倒的な実力には届くこともなかった。
「一回戦最終試合!第十試合勝者は!!現生徒会長にして序列一位!サンダーグラス=ジンリュー!!」
生徒会長は間違いなく能力保持者だ。それもかなり強力な。……しかしそれがどんなものなのか、理解できるものではなかった。今のオレではとても捉えることができるものではなかったのだ。圧倒的な身体能力の高さに加えて圧倒的な能力、序列一位は伊達じゃないというわけか。
オレは剣を握って二回戦の準備をした。相手はルーシュだ。気を抜けばすぐに負けてしまう。気を張り続ければ勝ち目はあるかもしれない。現状格上なのは間違いなくルーシュだ。格下は格下なりに、冷静に隙を突くしかオレには勝機はない。
「さぁ!白熱の一回戦を終え、序列戦は二回戦へと進みます!!第一試合では圧倒的な勝利を抑えた新星!グランデュース=ミルアルト!!」
「そして同じく、生徒会副会長の名に恥じぬ圧倒的な力を見せつけ勝利しました!現序列二位!アリベル=ルーシュ!!二人は同じ家で過ごした姉弟のような関係とのことです!!」
「必見の二回戦!第十一試合!!始めッ!!」
オレとルーシュは同じようなタイミングで剣を抜いた。ルーシュは剣の腕はさることながら、最も強力なのは能力『神々の祝福』の方だ。それ自体の殺傷能力が高いというわけではないが、強化、拘束、翻弄など、あらゆることが可能な万能の力だ。オレの能力で対抗しようにも、彼女の能力のある特徴により、大した意味は為さないことだろう。
「姉弟か。誰がそんなことを言ったんだろうな。そりゃ間違いでもねぇとは思うがよ。」
「いいんじゃない?どう言われるよりも収まりがいいし。………そんなことより、ミラの試合見たわよ。大したものだったけど……あれ以上のはあるのかな?」
「………とっておきが一つだけ。」
「そう。なら警戒しなきゃいけないわけだ。負けちゃう可能性を。」
ルーシュはそう言って地面に剣を刺した。そして地面が揺らぎ始めたかと思えば、草が生え始め、木が生え動き始めた。『神々の祝福』とはつまり、自然現象を、生命を生み出す力だ。そこに魂が宿ることはないが、それを除けば無条件に生命を生み出すことができる。太い鞭のような木をオレの力で滅しようとも、生まれ続けるものを止めることはできない。オレの能力は、ルーシュに対して有効打にはなりづらい。止めるためには、ルーシュ本人の魔力を斬る他ない。……とは言えだ。闘技台はすっかり生きた森になってしまい、完全にルーシュの領域だ。足場は悪く距離も取られる。近づこうと木を斬り払えばその隙を狙われるだろう。だが距離を取れば負けるのはオレだ。
「接近するか!いいね!!」
「『部分身体強化』!!」
「『裂滅剣』!!」
オレは脚を魔力で強化し、ルーシュは向かって飛びかかった。木や蔓が邪魔をするけれど、まとめて斬ってしまえばいい。オレは圧縮した魔力を剣に込めて思いっきり剣を振った。オレの斬撃は森を斬ることなど造作もないことだが、ルーシュの剣を弾くには至らなかった。そして構え直している間に森は回復していく。
「やっぱり悪くないね。昔よりもうんと強くなってるよ。」
「ルーシュもな。昔はもっと剣を交えてくれたのに。これじゃ嫌いになりそうだよ。」
「それは困るけど、ミラは私じゃなくて自分を恨むんでしょ?ストイックだもんね。」
そう言って蔓がオレの脚を拘束し、槍のように鋭い木がオレに襲いかかった。蔓には魔力を流して消滅させ、木は全て斬り落とした。そしてその後ろからルーシュが斬りかかり、オレはなんとか払った。が、今ので腕を斬られたせいでこれからは反応が遅れてしまいそうだ。結界内であるため血が出たりすることはないし痛みもほとんどないが、腕の違和感を消し去ることはできない。………?いや、違うな。この違和感は傷だけじゃない。
「毒性の強い植物でも生やしてるのか?空気が悪いと思ったら、毒が撒かれてるじゃないか……。」
「私は優しいから、神経毒だけね。負けを認めて結界の外に出れば、何もなかったことになるけど?」
「まさか。そんなことをしたとして、怒るのはルーシュの方だろ?」
「ふふっ……。」
なるほど……毒の類は護符を燃やしても効果があるのか。……いや、そういう効果を錯覚させられているのか……。結界内では有害な要素は無効化されるものだ。毒を感じてはいるが現実には何の問題もない。だがこれを無視して戦うことはできないな。オレは身体の隅々まで魔力を巡らせて毒を滅した。
「参ったな……。実力以上に……手数でも上回られてるか……。」
「じゃあどうするの?私はそれが気になってるの。」
ルーシュは普段のふざけた態度とは裏腹に、戦闘では決して油断をすることはない。その上周囲をよく見ているし、これほどまでに鉄壁なら隙を突くなんてことはできそうにない。それなら……。
「正面から超えるのみさ!ルーシュがどれだけ強かろうが、オレがそれを超えてやる!!」
「『殲滅灰剣』!!」
「ッ!!」
瞬間、オレの魔力が沸き出し、解き放たれるような感覚に襲われた。オレは目一杯の魔力を剣に流し、その魔力を放出しないように剣の内側に抑え込みながらその剣を振った。防御のために作られた木の分厚い壁を越えて、斬撃はルーシュにまで届いた。ルーシュの魔力も能力もオレの斬撃を止めることはできない。森はすぐに再生するだろうが、オレの剣を受けたルーシュは再生できるものではない。始めから森を斬ろうとするのではなく、森ごと相手を斬ってしまえばよかったのだ。……斬れるかどうかは別として。