第41話 魔力
オレは学園に残っているセリアに帰るのは二ヶ月後になるということを伝えた。セリアに伝えれば学園にも伝えてくれるだろう。彼女は最初は驚いていたが、これといって止められることもなかった。
「さて……今日と明日は魔力制御の修行をしようか。それからは身体を鍛えて……“黄金の魔力”はその後だね。」
……師匠の言い方からするに“黄金の魔力”を習得するのはそれなりの難易度になるのだろうな。あるいは未熟な状態で習得しようとすると危険なのか……まぁ教えてくれるというのだから焦る必要はない。師匠から聞いたことによるとこの空間は時間の流れが少し違うらしい。環境も割と簡単に弄ることができるようだし、特訓するのにこれ以上のものはない。
「ならオレの魔力制御を見せればいいんですね?さっきも言いましたが、そこそこできると思いますよ?」
「ふふっ……口ならいくらでも言えるさ。とりあえず見せてみなさい。」
「分かりました……!」
せっかくならオレも師匠の度肝を抜いてやろう……。単純な身体強化でもいいが、ここは白天を撃ってみせるか。叢雲剣よりはそっちの方が分かりやすいしな……!
「『白天』!」
「……ッ!?」
人差し指と同じ程度の太さの光線が真っ直ぐに飛んでいった。うん……なかなかいいんじゃないか?師匠も驚いてるみたいだ。これで少しは認めてるもらえるんじゃないかな?
「……なるほど、固有属性か。集まる魔素を喰い尽くすことで暴走しないようにしてるのか。」
「え……。あぁ、そうですけど……。」
思ってた驚き方と違うな。もっとこう……技そのものに驚くと思ってたけれど、師匠は技を成功させたことに驚いているようだった。肩透かしを食らったというかなんというか……。そんなことを考えていると師匠は人差し指を伸ばして何かの準備をしていた。
「しかし惜しいな。その技は本来、集まる魔素を回転と一緒に無限に圧縮することで規格外のエネルギーを出力する技……。その規格外のエネルギーを支配下においてこそ真価を発揮するものだ。」
「ッ!?なッ……えッ!?」
オレのものよりも大きく熱く、そして高エネルギーの光線がオレの頬を掠めた。いや、実際には掠めていなかったが、当たっていたと錯覚するほどの熱を間近に感じた。目の前の現象に理解が追いつかなかった。師匠はどうして魔素を操れる……?
「“白天”を……どうして……?」
「かつての英雄の技を使うことはそれほどおかしなことなのか?」
「……調子に乗ってました。スミマセン。」
「良い良い。その方が面白みがあるというものさ。若者はヤンチャでなくてはならんよ。」
師匠は笑いながらそう言ってくれた。もう大人しく師匠の言うことには従っていようか。たぶん何をしても期待通りに驚かせることはできないだろう。
その後オレは領域内に座らされ、師匠が肩からオレの魔力を強制的に動かした。抵抗しようとは思わなかったけれど、抵抗することもできなかっただろう。おかしな話だが、師匠はオレ以上にオレの魔力を操ることができた。
「……不思議な感覚です。操り人形にされてるような……。」
「魔力の流れを君の身体に叩き込むんだ。少しズルのようだけど、この方が効率がいいからね。君には神経の隅々まで魔力を操れるようになってもらう。」
「……魔力制御の修行は二日間なんですよね?」
「二日もあれば充分さ。二日間はひたすらに私が君の魔力を操作し、それ以降は実戦を通して身につけてもらうからね。」
身体を鍛えるっていうのはトレーニングばかりではなく師匠との模擬戦のことも含めるのか。そういうことならコレは確かに二日間でいいのかもな。
オレは半日ほど常に座っていた。最初は不思議な感覚だけだったが、魔力が100回ほど全身を巡ったときからだろうか、骨と筋肉が引き剥がされるような激痛に見舞われた。異様に痛いだけで傷にはならないからと師匠に無理やり押さえられていたけれど、痛いだけと言えるような痛みではなかった。けれど元より、強さを得るのは楽ではないだろうと覚悟はしていた。だからこそ、全身からダラダラと汗を流しながらもなんとか耐え続けた。
「見直したよ、ミラ。痛かったろうに、途中からは悲鳴の一つも上げなかったではないか。」
「……上げられなかったんですよ。明日もアレをやるんですか?」
「もちろんさ。ただアレはマッサージみたいなものだからね。全ての魔力回路が活性化させられればさほど痛むものでもない。」
「そうだといいのですが……。」
今日の修行を終えたとき、空はすっかり暗くなっていた。森の夜はまさに暗闇だと聞くことはあったが、想像以上に真っ暗だった。たった一メートル先も目視できないほどの暗がりで、師匠の出現させた灯火がなければ遭難していただろう。
師匠の家に戻ってからは再び彼が料理をしてくれた。本当はオレがやりたかったけれど、オレはそれほど料理が上手ではないし、何より師匠の飯は料理屋をやっているだけあって美味かった。
「ご老体に酒は毒なのでは?」
「酒に殺されるような私ではないさ。」
師匠は夕食を食べながらグラスに注いだ酒を流し込むように飲んでいた。なんでも酒は万病に効く薬だとかなんとか言っているが……まぁ本人がいいと言うならいいか。
「……そういえば師匠はご家族とかはいないんですか?」
返ってくる答えの予想はついていたけれど、オレは恐る恐る質問した。師匠は答えたくなかったら答えないだろう。だからオレは気になることは質問しようと考えていた。
「家族か……。親はいなかったが……私を育ててくれた爺さんは若い頃に死んで……姉さんが死んだのは割と最近だったかな。今生きているのは娘が一人だね。血縁上は姪だけど……まぁ娘だね。ただあの子も大きくなったから、会う機会は少ないけどね。」
「娘さんがいるんですか。」
「若い頃は妻もいたんだが私が殺してしまってね。……あぁ、彼女の名誉のために言っておくけど、別に私が直接の原因というわけではないけどね。」
「……。」
話題を間違えたな。師匠も昔のことだからか嫌悪しているようではないけれど流石に居心地が悪い。別の話を振るか。
「ご友人は?」
「それもほとんど死んでしまったよ。最も親しい友も……去年だったかな。まぁ……一応まだ生きている友もいるがね。」
「……寂しくはないのですか?」
「寂しくないと言えば嘘になるね。だが、命というのは老い死にゆくからこそ儚く美しいものだ。仮にいつまでもしぶとく生きているような者を想像もしてみろ。哀れでならんだろう?生き残っている者はただ、順番が後回しなだけさ。」
師匠は悲しげにそう話した。オレは長生きなんてすればするだけいいと思っていたが……歳を重ねると考えも変わるのだろうか。……もしもルーシュがオレよりも早く死んだとして、オレはどれだけ苦しいだろうか。……けれどルーシュがいつまでも死ねずに苦しんでいるとすれば、オレはそっちの方が辛いだろう。死とはある種の救済でもあるのかもしれない。もちろんそれは真っ当な人生を生きた上での話ではあるが。
「ただ悲しいばかりの老後でもないよ。……昔、とても強い友がいてね。彼女は生まれながらに強かったためにずっと孤独で、若い頃に人をたくさん殺してしまったんだ。それを精算しなければならないって……私が彼女を殺すことになってね。」
「……。」
「来世では普通の存在に生まれ変わりたいって言っていたんだ。だから私は生まれ変わった彼女ともう一度、今度は楽しく戦うと約束してね。……だからそれまでは生きようと思える。もちろんそれ以前にわざわざ死のうとも思わないけどね。」
師匠は酒を飲みながらゆっくりとそう語った。記憶を覗くことはできないが、師匠はオレでは考えられないほど濃く辛い人生を歩んできたのだろうということが感じて取れた。昔のことを話している彼は悲しい表情をしつつも、その奥底からはどこか嬉しそうなものを感じた。
食器を片付けてその日はすぐに眠り、翌日も昼頃から修行が始まった。魔力をこねくり回されるのは相変わらず痛いものだったが、師匠の言った通り最初ほどの激痛はしなかった。
「……魔力とは元々、肉体に刻まれた無属性の“基礎魔力”と魂に刻まれた“属性魔力”からなるものの総称だ。私が活性化させているのは基礎魔力の回路だけだから、瞑想でもなんでもして属性魔力の方は自分でやるんだよ。」
「基礎魔力の方しかできないんですか?」
「できないわけではないんだけどね。魂に直接手を出すのはリスクが高いから。……その上二つの魔力は強く繋がってるからね。そんなリスクを負わずとも基礎魔力の回路が活性化していればある程度それに対応するように属性魔力の回路も成長するのさ。意識的に魔力を流していればの話だけどね。」
要は師匠が基礎魔力の回路を良くしてくれたから属性魔力の回路は自分で使って活性化させろってことか。魔力回路が活性化させられれば魔力出力と出力効率、魔力制御力がぐっと良くなる。オレの魔力はこれ以上増やすことはできないらしいが、その辺りが上達すれば戦闘能力は大きく向上することになる。そして何より、自身の魔力を“完成”させることは昇華に繋がるらしい。
その日で魔力制御の修行は終わった。と言っても師匠が直接見てくれるのは、だが。オレもまだ白天や叢雲剣を効率良く使うためにはもっと鍛えなければならない。実際、今までの戦闘では一度に一回、ほんの数分しか使えなかった。だからこれからも修行の後に魔力を練る時間を作るつもりだが……案外それも必要ないのかもしれない。なぜかと言うとこれからの修行は完全な実戦形式だからだ。オレは師匠を殺すつもりで斬りかかる。師匠曰く、実際の戦闘以上にタメになるものはないのだとか。オレもそれには何の疑問もなく同意できる。
「私はここから一歩も動かない。どんな方法を使ってもいいから、私をここから動かしてみなさい。“天現融合”だっけ?アレは使ってはいけないよ。私が伸ばしたいのは君自身の力だからね。」
天現融合は使ってはならない。それは納得できる。最終的に頼れるのは自分自身の力なわけだから伸ばすべきはそこだろうし、そもそもオレの力を高めなければ意味がない。しかし……。
「……それってあんまり実戦とは言えないのでは?オレは攻撃されることにそれほど警戒しなくていいということでしょう?」
「それはどうだろうね。やろうと思えばどれだけ離れていようと攻撃するのは簡単だ。たとえ触れていなくとも叩くことはできるし斬ることもできる。少なくとも私と君ほどの力の差があればね。」
「……師匠は意地悪ですね。」
オレは八雲を抜いて戦闘体勢を取った。考えなしに突っ込んだところで何もできずに終わるだろう。だが策を講じたところで師匠が何をするのか分からない以上、最初はなす術がないだろう。だからとりあえずは攻めるしかないが……地面を崩すか直接斬りかかるか……。まぁまずは斬るか。オレの能力なら魔法や能力の類なら効果を軽減するか無効化ができる。そう思ってオレは師匠に斬りかかろうとした。すると師匠はどこからか椅子を取り出してそれに座った。
「確かに意地悪だったね。悪かったよ。当分は座って待たせてもらうよ。」
「ぐッ……ぬぬ……!」
何か分からない見えない力にオレは押し潰され、立つことすらできなくなった。どれほど腕に、脚に力を込めようともその大きな力に逆らうことはできず、まるで広い大地に抱きついているようだった。重力とは少し違う。気圧でもない。念力か……?そんな魔法は聞いたことがないが……能力か……?いや、師匠のことだ。誰も知らない魔法を使っていても不思議ではない。
「くッ……!ぬぁああ!」
「頑張れよ。君が動けるようになるまで私は暇で仕方がない。」
身体強化の魔法を施してもまるで歯が立たない。オレの魔力でも弾くことができない。……この力は魔力によるものじゃないのか?あるいは力をある程度分解した上でこれほどまでに強力なのか。オレは額から汗を垂らしながらなんとか立ち上がろうと奮闘した。
「ハァ……ハァ……!」
「そろそろ魔力が切れたかな。今日はもう終わりにしようか。」
何時間もオレは力を込め続けたが、結局その日は胸を地面から離すことはできなかった。これほどまでに遠いのか……。世界最強は……これほどまでに大きいのか。触れることすらされなかった。“赤子を相手にする”とすら言えないほどの力の差があった。
筋肉痛でほとんど動けなかったためにオレは師匠に抱えられて戻った。それと同時にある程度治癒してもらえたので夕食を食べることはできたが、とてもじゃないが自由に動くことはできなかった。スプーンを口に運ぶ途中でカタカタと震えていたのがその証拠だ。
「……ミラ、そういえば君は力の先に何を望んでいるんだ?」
「そういうのを聞かれるのは一番最初だと思ってましたよ。」
師匠はその辺りにはあんまり興味がなかったのか……。オレはゆっくりとスープを飲みながら話し始めた。
「……目指してるものは二つあります。一つは人探しです。昔助けてもらった人に会いたくて……有名になればオレの声も届くんじゃないかなって。」
「もう一つは?」
「……難しい話ではありますが、いつか戦争のない世界にしたいなって思うんです。オレの幼馴染は戦争孤児で、まぁオレが直接何かあったことはないんですけど。……やっぱり大切な人がした辛い思いはどこかで断ち切りたいので……。」
「なるほどね……。」
師匠は相変わらず酒を飲みながら話を聞いていた。少しの間、静寂が流れた。師匠はオレの言葉をしっかり考えてくれているらしい。そして空を見つめていたかと思えばオレに話しかけた。
「……正直言って人が生きている限りは争いは無くならないよ。こればっかりは仕方がないんだ。たとえ現状に満足していても、いずれ満足できなくなる。人とはそういうものなのだよ。」
「……例えば多少強引な方法を取ったとして、それでも不可能でしょうか?」
「そういうことなら不可能ではない。ただ戦争ではない何かが新しく生まれる。条約と似たようなものさ。何かを滅ぼせば別の何かが誕生する。それが世界の真理だよ。」
師匠は達観した目つきをしていた。師匠も戦争を止めようと、争いをやめさせようと努力したことがあったのだろうか。……少なくとも何か行動を起こしていなければこんな言葉は出ないか。
「……それでもオレは諦めたくありません。せめて目の前のものだけでも……無茶ですかね……。」
「いや、あくまで私にはできなかったというだけだ。もしかしたら君ならなんとかできるかもしれない。若者の可能性は無限だからね。」
師匠は優しくそう言ってくれた。師匠はよく言っている。“綺麗事じゃ世の中は回らない”。昔はどれだけ綺麗事を語っていたのか、どれだけそれを実現するために動いていたのか。……だからこその言葉だ。そんな師匠が“できるかもしれない”と言うのだ。オレはまだ諦める必要はない。




