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HAMA/運命の逆賊  作者: わらびもち
第七章 英雄の街
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第39話 時代に取り残された老いぼれ

 老人からは全くと言っていいほど魔力を感じない。それはつまり一星級(赤子)程度も魔力を持っていないということだ。あるいは本当に魔力がないのか……いや、それはないか。それはあり得ない。しかし彼の雰囲気にはどこか覚えがあるような……ないような……。それにこの特異性を考えるならベルドットさんの言っていた“行けば分かる”という言葉にも頷ける。


 「オレはグランデュース=ミルアルト、どうかミラとお呼びください。えっと……。」


 “弟子にしてください”、そう言おうと思ったけれどどうにも言い出しにくかった。本当に大丈夫だろうか、それがオレの本心だったからだ。ただオレよりも魔力の少ない者がこの街で最強と呼ばれるのが気になるのも事実。


 「グランデュース……ああ、ネフィル=セルセリアの契約者か。」


 「……?なんでそれを?」


 「風の噂で少しね……。」


 「……機密のハズなんですけど。」


 「……情報なんてものは簡単に流れるものさ。」


 まぁたぶんベルドットさんから聞いたんだろうな。それを濁す意味はよく分からないが……何か理由があるのかな。深く聞くのはよそうか。


 「あぁ……そういえばベルドットが誰か来ると言っていたかな。話は座って聞こうか。何か飲むかい?」


 「ええと……じゃあオレンジジュースを。」


 「ふふっ……そうか。ならそこで座って待っていてくれ。」


 オレはカウンター席に案内され、そこに座った。オレの頼んだジュースはすぐに出され、それを飲みながら話を続けた。


 「ベルドットさんに紹介してもらったんです。彼の師匠がプリセリド(ここ)にいると聞いたんで。……えっと、なんとお呼びすれば?」


 「……私の名か。私など時代に取り残されただけの老いぼれに過ぎないが……そうだな。……アリスとでも呼んでくれ。」


 「ではアリスさん………これから世界は大きく動きます。でも今のオレはそれについて行けるほどの力がありません。なので……。」


 「……なるほど、そういうことか。」


 アリスさんはどこか納得したようにそう言った。そしてゆっくりと呼吸をしながら話し始めた。


 「ミラ君、生きていく中で最も重要なものは何だと思う?」


 「?……力とか……ですか?」


 「……悪くない答えだが……“一番”で言うならばそれは信頼だよ。金も力も策略も、愛も友情も……全ては信頼の上でしか成り立ってはいない。何をするにも信頼が大切なのだ。君は今、私のことを信頼できていないだろう?私の力を。」


 そう言われた瞬間、オレは急に緊張した。全て見透かされていたようだ。オレはアリスさんから言い知れない恐怖を感じた。なぜか巨大な存在、それこそアルファのような者を相手にしているような気がした。


 「……ああ、いや。勘違いしないでくれ。何もそれを悪いと言うつもりはない。むしろ君がちゃんと警戒していたから私は君のことを信頼できた。魔力の無い私に何も考えずに師事しようとしていれば弟子にしようとも思わなかっただろう。流石はベルドットの目をつけた男ということか……。」


 「!ということはつまり……。」


 「まぁ待ちなさい。それはあくまで私の話だ。君が私を信頼できるまではゆっくり考えなさい。君の勘か、ベルドットの言葉か、あるいは私の力か……。とにかく何かを信頼できるようになるまでは私は君を弟子とは認めない。」


 ……何もかもを見透かされている。この人……本当に何者だ?特殊な種族なのかなんなのか……とにかく普通の人間ではない。どこか異常で……そして神聖な雰囲気がある。少し考えているとオレはすぐにジュースを飲み干しており、アリスさんに店を出て散歩でもするようにと促された。


 「えっと……これはいくらですか?」


 「お金はいらないよ。これくらいならサービスさ。さぁ、よく考えてきな。」


 オレはアリスさんの言葉に甘えて街に戻った。何を信頼するか、か……。別に疑っているつもりもないが、いうほど信頼できていないのが現実だ。ベルドットさんの言葉も信じているし、アリスさんが只者ではないことも分かっている。しかし……どうしたもんかな。オレがあの人の何かを知れればいいんだが……。オレはそんなことに頭を悩ませながら街を練り歩いていた。この街は冒険者が多いだけでなく、どこを歩いても大英雄・アリウスや大魔王・ネフィル=エスト、それからセリアの名が見えた。

 そもそもプリセリドが英雄の街と呼ばれているのはなぜなのか。それは単純に彼らが皆この街の出身だからだ。神話の時代を象徴する英雄が三人もこの小さな街から輩出されているのは奇妙な運命のようなものだが、事実がそうなのだから仕方がない。


 「……ッ!?!なんで……!!」


 街の外れ、ずっと遠くに感じたことのある化け物のような魔力が出現した。忘れるわけもない。会ったのが最近だというのもそうだが、アレほど強烈な魔力を忘れるわけがない。間違いなくあの魔力はエプシロンだ。なぜここに来た……?いや、今はそんなことは後だ。アイツが本気で暴れたらこの街が消し飛んでしまう。


 「……俺はただ散歩してただけなんだがなぁ……。お前に会うとは奇遇だな……。」


 「ハァ……ハァ……。……散歩ってんなら……何もせずにいてくれよ……?」


 「まぁ無駄な破壊をするつもりもねぇがよ、目の前の料理を食うなってのも酷な話じゃねぇか。」


 オレはエプシロンの元まで走ってきた。なんとか穏便に済まないだろうかと淡い期待を抱いていたが、そうもいかないらしい。どうにかプラスに考えるなら街に被害が出ないだろうということくらいか……。オレは震える手で八雲を抜いた。


 「……一つ約束してくれ。オレが死んでも街には手を出さないでくれ。……あわよくばお前に噛み付くだろう少女のこともどうか見逃してやってくれ。お前は化け物みたいに強いんだ。……生意気な小さな子供ガキの遺言くらい聞いてくれよ……?」


 「……アリベル=ルーシュのことか。俺や王の命がおびやかされない限りはその願いを聞いてやろう。代わりに俺を楽しませろよ……!!」


 エプシロンの重く巨大な魔力がオレの全身を包み込んだ。まるで底のない深海に沈められたような気分だった。オレの心臓は波打ち、より一層の恐怖に包まれた。今まで通り戦いに対する異常な恐怖心も華陽でアルファに遭ったせいでさらに膨れ上がっていたが、今回ばかりはそれも関係ないほどの実力差があるだろう。


 「………ッ!?……セリア!?」


 せめて対抗しようと天現融合を発動しようとしたが、なぜかそれができなかった。守護者との距離がどれだけ離れていようとも魂の繋がりがあるから発動できないなんてことはない。なぜだ……?心当たりがあるとするならやはりアルファの件だろうが……恐怖心のせいで技術までイカれちまったのか?……それも分からないことではない。戦うことが恐ろしいのだから戦うための技が粗末になってもおかしくはない。


 「クソッ……!“叢雲剣むらくものつるぎ”」


 「それか……!相変わらず良いエネルギーだ!」


 魔素を巻き込み全てを破壊する白天ハクテンのエネルギーだが、セリアの炎を纏えなければ攻撃力は半減どころではない。“叢雲剣”だけなら持久力は上がるだろうが、今必要なのはそれじゃない。


 「すっとろいぞ、グランデュース!魂を燃やせ!神話の一族の力はこんなもんじゃないだろう!!」


 「ぐぁッ……!」


 エプシロンの鋭く重い蹴りがオレの腹を貫いた。膝をつきながら着地したが、立ち直る前に顔を殴られた。鼻と口、額と、あらゆるところから血が吹き出した。圧倒的な実力差にオレはただサンドバッグとなり、オレの抵抗は抵抗にすらならなかった。エプシロンは弱者でありながら頑丈なオレを気に入ったのか、五分か十分か二十分か、ただずっと殴り、蹴り飛ばされた。こんなにも刀は重かっただろうか。こんなにも身体は重かっただろうか。オレは死への恐怖よりも、依然として戦いへの恐怖の方が大きかった。……アルファが恨めしい。死の方が恐ろしかったなら、もっとすっきりとした気持ちで死ねたろうに……。


 「もう飽きたな。お前もそろそろ死にたいだろう?」


 「ゴフッ……がッ……。死にたか……ねぇよ……ばかやろう………。」


 「そうか。それは悪かった。だがこの世の中は弱肉強食よ。敗者は死ぬ。それが鉄則だ。」


 エプシロンはオレの頭を掴んで宙吊りにした。オレは口から溢れる血液に溺れながら、なんとか意地を張って文句を言った。彼はオレに聞こえるように大きめな声で話していたが、オレにはほとんど聞こえちゃいない。……悔しいな。こんなつまらない最期は迎えたくなかったんだが……。けれど戦いから解放されることにどこか安心している自分もいた。それが何よりも不愉快だった。だからオレはそんな不甲斐ない気持ちに負けない意味を込めてエプシロンを強く睨みつけた。


 「さらばだ。グランデュース=ミルアルト。お前の目はせめて俺が記憶しておこう。……ッ!?」


 「…………?」


 ぼやける視界の中、確かにオレの首を落とそうとエプシロンの右腕がオレに迫っていた。それは確かにオレの眼に写っていた。けれどオレの首が繋がっていたのは、逆にオレの頭を掴んでいたはずのエプシロンの腕と首が飛んでいたのは彼が助けてくれたからだ。彼はエプシロンから目を逸らし、オレの方へと寄ってきた。


 「アリ……ス………さん……?」


 「すまない。街に結界を張っていたら遅れてしまった。本当にすまない。」


 「気をつけて!アイツの強さは異常なんだ!だから戦っちゃダメ………!?」


 気づいたときにはオレの傷は完治していた。気だるさは残っていたが、さっきまでの重傷が嘘のようだった。あらほどの傷を治す治癒術を……この一瞬で?気になることはあるが今はそれどころではない。首を刎ねてもエプシロンはまだ生きていたからだ。残機を一つ使って復活したらしい。つまりあと二回だ。さっきは不意打ちだったが、次はそうもいかない。アリスさんにオレが加勢してどうにかなるか……。


 「ミラ、君は後ろで見ていなさい。傷が治っても無理はすべきではない。」


 「ッ!?一人で戦うんですか!?無茶だ!アイツは番外って言って……。」


 「グランデュースの言う通りだぜ?ジジイ……痛かったからよぉ……俺ァ頭に来てんのよ。」


 「……“時の保存”か。……つまらんな。」


 そう言ってエプシロンは魔力をさらに滾らせ、反対にアリスさんは刀を鞘に納めた。アリスさんからはやはり魔力を感じない。どう考えてもエプシロンと戦えるような力はない。けれどなぜだろうか。アリスさんの右腕には何か不思議なエネルギーを感じていた。


 「つまらんだと!?老いぼれが!この俺の至高の力を……!!」


 「“彼岸”『身体強化ブースト』」


 莫大なエネルギーに全てを任せたエプシロンの高速連撃を、アリスさんは軽々と回避しながらその右腕に感知できないエネルギーを溜め続けていた。何かが回転しているようだった。それだけで難しい技術だろうと見て分かるほどなのに、オレの眼では捉えられないほどのラッシュを軽く流しながらエプシロンの懐に入っていった。


 「『煌魔天ステラ』……!」


 「ッ!?」


 アリスさんの右腕に溜まっていたエネルギーは大爆発を起こし、空気や魔素を振動、破壊しながらエプシロンを飲み込んだ。そして驚くべきことにエプシロンの姿は消滅した。まだ残機は二つあったはずなのに、たった一度の攻撃で全てを無に帰した。オレはそのエネルギーを感知することはできなかった。できないのに、そのエネルギーには恐ろしさと神聖さを感じた。なるほど、これが“黄金の魔力”か。そんな神々しい呼び名をつけたのにも納得がいくほど素晴らしいエネルギーだった。


 「アリスさん!」


 「ん?」


 「オレをアンタの弟子にしてくれ!アンタを師匠と呼ばせてほしい!」


 「……そうか、私の力を信頼したか。……いいだろう。だが今は休みなさい。」


 オレはその言葉を聞いて安心したのか、すぐに意識を失ってしまった。それも当然か。今でこそこんな健康体だが、つい先ほどまで死にかけていたのだ。しかし今回は嫌な気分ではなかった。やっと安心して後のことを任せることができた。その日は本当に久しぶりに、悪夢を一切見ない日だった。このときはまだ知らなかったことだが、こうして英雄と呼ばれた男に教えを乞うことができたというのだから、オレはこの日は実に幸運だったと言ってもいいだろう。

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