第03話 八星級戦力
「じゃあ、気をつけてね。いつでも帰ってきて良いからね。」
「ありがとう。でも今度帰るのは夏休みかな。」
「またね!おばさん!」
そう言ってオレとルーシュは家を出て、学園へと向かった。オレ達は五日間だけ家で休日を過ごしたが、今日の午後からは学園で授業を受けなければならない。天転召喚は肉体、精神的に酷く疲労することも少なくないため、家族などへの報告も加味して儀式から五日間は休日になっている。のだが……。
「何回も聞いたけどよ、やっぱルーシュが休んだのはマズいんじゃねぇか?」
「いいの!休まなかったらセリアさんとも会えなかったし、そもそも数日休んだくらいなら取り戻せるからね!なんたって私は優秀だから。ゆーしゅーなのよ!」
ルーシュは鼻高々にそう言った。まぁセリアは頭もいいし魔法も充分使える。その上生まれながらの能力保持者、つまり固有能力者であるため正直言って学園でもトップクラスの人物だ。確かにそんな彼女が五日間休んだくらいじゃ何の問題も出ないわけではあるけれど……。
「ルーシュの担任って“鬼教官”じゃなかったっけ?サボりだって思われたらヤバいんじゃないの?」
「……………。……なんとかなるわよ。」
ルーシュは静かに言ったが、顔にはヤバいと書かれていた。“鬼教官”と呼ばれるその先生は、元々は冒険者、つまり魔物を狩る仕事をしていたそうだ。合理的で情に厚い男だとはよく聞くが、命のやり取りをしてきたために規則には鬼のように厳しいともよく聞く。事前に休む理由を説明していればそんなに怒るような人ではなかっただろうが……まぁルーシュは何も言わずに来てるのだろうな。
オレ達は転移門を潜り、学園に到着してから別れた。寮で一度荷物の整理をし、その後で教室に向かった。少し早く着いてしまったが、先生が来るまではセリアと話して暇を潰していた。
(ミラ、そういえばルーシュの魔力量は何星級なの?)
(七星に近い六星級だったかな。学園で最強って言われてる人でも七星級だって話だし、結構スゴいんだよ。)
(ふーん……。教師達は何星級?)
(ほとんどは五星級か六星級かな。オレの担任とかルーシュの担任は七星級の下位だった気がする。)
聖都の魔法学園は世界有数の名門ということもあり、教師達は最低限の実力はある。五星級の先生でも同じ階級の生徒とは比べ物にならないほど強いし、七星級の教師など世界中でも数えるほどしかいない。オレの担任であるランファ先生は元々中央政府直属の魔法師だったっけ。魔法師のくせにオレより剣も上手いんだから困るよな。
(でもそれがトップじゃないでしょ?校長の近くにいる副校長だか教頭だかが七星級の中位ってところかな?それで校長が八星級……つまり十法帝よね?)
(そうだけど……なんで分かったんだ?)
(私だって君達が言う“神話の時代”には法帝をやってたんだから。それくらいの感知はできるわよ。)
そういうものなのか。先生達は魔力を抑えてるから少なくともオレ程度ではその魔力量を推し量ることはできないんだけどな。それなのにセリアは簡単に、しかもある程度離れたところから測定したのか。英雄と呼ばれているのも伊達ではないということだ。オレがセリアと話しているうちに教室には生徒が集まり、いつの間にか先生が話を始めていた。
「高等部に上がった皆さんはこれまでとは違って実技の時間が増えますが、くれぐれも無茶をしないように。最初は慣れるまでしっかり休憩も取るようにしてください。それとミルアルト君はこの後私と一緒に校長室に行きますよ。」
「えっ?」
「今日のお知らせは以上です。ミルアルト君、着いてきてください。」
先生がそう言ったので、オレはとりあえず先生に着いていった。今日からはせっかく実技の授業があったのに……オレなんか悪いことしたっけ?
「心配はしなくていいですよ。君は召喚した方が普通ではなかったので話がしたいというだけです。」
「ああ、なるほど。そういうことですか。ならセリア、姿が見えるようにしておいた方がいいんじゃないか?」
セリアはそうね、と言って実体化した。校長先生は生徒が何を召喚したのか簡単に整理しているらしい。神話の時代の人間なんて珍しいものを放ったらかしているわけがないか。接触しようとするのは当然のことだ。
「校長、ランファです。ミルアルト君を連れてきました。」
「おお、入りなさい。」
校長室の扉の奥から、若い男の声がした。その声を聞き、先生が扉を開いてくれたのでオレとセリアは部屋に入った。校長と顔を合わせるのは初めてではないけれど、校長室に来るのはこれが初めてだった。思ったよりも整然とした部屋だった。てっきり書類の山とかできているのではないかと。
「グランデュース=ミルアルトです。」
「よく来たね。そこに掛けてくれ。」
校長は優しい口調で言った。オレとセリアはソファに腰掛け、案内を終えた先生は部屋を後にし、副校長がテーブルに紅茶を2杯出してくれた。副校長は七星級中位という実力でありながら、普段は校長の秘書も務めているらしい。
聖都魔法学園の校長は十法帝の一人だと有名だが、彼が校長になったのは数年前のことだ。それまでは高齢の法帝が務めていたのだが、歳で退任してからその方が可愛がっていた彼が後任となったのだ。ウチは中央政府が管轄しているということもあり、どの代でも政府の最高戦力である法帝が校長に任命されるらしい。
「さて、私はシュールラ=レイジと申します。十法帝の一人として知られていますが……ネフィル=セルセリア様からしましたら未熟者もいいところですかね。どうやら英雄と呼ばれるだけの力はお持ちのようだ。」
「そんなに堅くしなくていいわよ。あなただって世界の最高峰の方なのでしょ?それに自然に話す方が楽しいわ。」
「そういうことなら……少し緊張を解いて話させてもらいますか。しかし目上の人に口調を崩すのはむず痒いんでね。そこは容赦して貰いたい。」
セリアと校長は互いに鋭い視線を向けていた。互いに何かを見定めているようで、しかし校長の方が少し気圧されているようでもある。ただどちらにせよオレの入る隙などなかった。もし入ろうものなら、間違いなくオレの身体は潰れてしまう。
「……どことなく魔力がイリアと似てるわね。シュールラって言うと彼女の家系でしょ?」
「確かにあなたと同じ時代に生きていたシュールラ=イリアという英雄は私の先祖ですが……そんなことも分かるのですか。昔は魔力の質を見ることができたと聞きますが、本当なんですね。」
「へぇ。今はできないんだ。」
「人の進化……と言うべきではないかもしれないですかね。今の時代にそんな話をしていたのは……九星の化け物くらいですよ。」
魔力の質か……。いつの時代か、人が魔力の質よりも量を求めた時代があったらしく、その影響でそれ以降の時代を生きる人間は魔力の質を見る目を失ったのだとか。その分魔力の量や感知能力には優れているらしいが、真偽のほどは分かっていない。
「それで、話っていうのは?ミラを連れてきたのも、私と何か話すためでしょ?」
「………まず何から説明すればいいか……。そもそも“神話の時代”の者が召喚されにくい理由はご存知で?」
「神話の時代に限らず、時間が経てば魂は新しい魂に転生しちゃうから昔の魂は滅多に召喚されないって話でしょ?ミラに聞いたわ。」
「その解釈で間違いないかと。だから神話の時代の魂なんて召喚されたら誰もがその知識を求めるのですが……その理由を説明しましょうか。少し長くなるんですけど………。」
そもそも“神話の時代”というのがどの時代を指すのかを話しましょう。よく使われるのはあなたや“始祖の英雄”アリウス、“終焉の大魔王”ネフィル=エスト、“大要塞”バンリュー、それから先代竜帝が活躍していた、魔族や魔神と人間が争っていた時代ですが、実際には約6,000年以上前、現竜帝が生まれるよりさらに昔の時代を“神話の時代”と言います。つまりあなた方の活躍から4,000年間はありますかね。そしてここからが重要なんですが、その時代が“神話の時代”……つまり神話とされている理由はですね、単純にその時代の記録がほとんどないからなんですよ。世界中の種族が巻き込まれるそれは酷く大きな戦争がありまして、そのせいでそれ以前の記録が失われてしまったんです。そんな中であなた達の活躍など、今でも語られているものは記録がなくとも語り継ぐことができた内容というわけです。
「…………私は?」
「?えーっと……というと?」
「なんかみんなカッコいい二つ名があるじゃない。私にはないの?」
「あぁ……一般には“天上の姫”でしょうか。“炎剣”とか“剣姫”とも呼ばれることはありますが。」
「ふーん。まぁ悪くはないか。私だけカッコ悪かったらエスト達がズルいもんね。」
セリアは歴史にはあんまり興味はないのか。いや、興味がないというよりは自分のことの方が気になっただけだろうな。分かってはいたけれど、やはりそれなりのギャップを感じてしまう。
「それで、なんですがね。言った通り神話の時代の記録はほとんどないんです。それで私からあなたにお願いなんですが、どうかあなたの知恵を私達に貸して頂きたい。歴史に空いた穴を埋めることは文明の発展に繋がるんです。」
「……私としてもいくつか条件を出したいところだけど、お願いする相手が違うんじゃない?私はミラの守護者なんだから。」
「えっ!?オレ!?………セリアにはオレの特訓をして欲しいんです。それに支障をきたさない程度なら構いませんよ。」
オレは頭を下げた校長に対して言った。立場的にも彼の願いを拒むことは恐ろしいのでできないが、別に拒否するようなことでもなかった。セリアがオレの特訓の面倒を見てくれればそれは強くなるだろうが、それにばかり頼るわけにもいかないと思ったからだ。それにオレは授業もまだあるから。
「ミラがそう言うなら私はあなたに協力しましょう。……それともあなたお抱えの学者さんかしら?まぁ誰でも構わないのだけれど、私会いたい人がいるの。まずは今の時代の法帝達、それから当代の竜帝、ネフィル=ユリハ、そして…………いや、やっぱそれだけでいいわ。………?そう言えばユリハから知識を得れば良かったんじゃないの?」
「ユリハ様ですか。彼女は戦争以前の記憶は混濁しているらしいのですよ。私も詳しくは知りませんが。しかしセルセリア様の条件は飲みましょう。竜帝は十法帝の一人ですし、法帝を招集するのも難しくはありません。ユリハ様に関してはそう簡単に連絡を取ることもできませんが……尽力はしましょう。それでよければ……。」
「ええ。それで構わないわ。私の名を出せば飛んでくると思うし、他の人達も会うためなら私の名前を出してもいいわよ。」
「ありがとうございます。」
セリアの口から出たのはどれも世界に知らない者はいないほどの大物だ。特にネフィル=ユリハ、“魔天皇”と呼ばれる彼女は法帝や中央政府と比べても別格の発言権を持っている。神話の時代から生き続けているのだから当然だ。なんでも魔族と呼ばれる長命種の血を引いていて、それに加えて彼女の能力によって寿命がないのだとか。築かれた地位に加え、獄境大陸で過ごしているために法帝でも簡単には接触できない。
「ユリハには会いたいなぁ……。あの子も大人になってるだろうけど、エストの話をできるのも現世じゃあの子しかいないものね。」
「セルセリア様の話を聞いている限りはエスト様との仲も良かったようですね。やはり伝承なんてものは当てにならない。」
「……?どういうこと?」
「気分を害さないで欲しいのですが、あなたの最期はエスト様に殺されたとされる話も少なくはないのですよ。あなたの様子を見るにそれは真実ではないようですが。」
「なんでそんな………!!まさか引き摺って……?いや、グラからは上手くやってるって聞いたし……。でもまだ負い目は感じてるのかも………。」
セリアは何かをブツブツと呟いていた。よく聞こえないけれど、何かを深く考えているようだった。今までにないほど深刻そうな顔をしているからたぶん重要なことなのだろう。たぶん。
「どうかしたのか?」
「ん!?あ、いや!私のことだから何でもないわ。それで一応確認しとくけど、当代の竜帝ってグラ……ジルダ=グラダルオの子よね?娘だっけ?」
「ええ、そうですよ。だからお会いしたいのでしょう?」
「グラから天界で聞いたからね。せっかくなら会っときたいなって。それで話はこれだけかしら?ミラも早く授業に行かないと。」
「ええ。何かあればその都度お知らせします。」
そう言ってオレとセリアは校長室を出た。正直結構緊張した。なんというか、あの空間はプレッシャーで満たされていたからだ。あの部屋にいた者は全員オレの格上だったために、普通に会話するだけでも重かった。
「英雄というのは、なかなか恐ろしいものですね。彼女は間違いなく八星級に匹敵していると感じましたよ。まるで常に喉に剣を突きつけられているような……そんな感覚でした。現代の人間とは実戦の量が違うでしょうからね。レイジさんは普通そうでしたが。」
「……普通なものか。セルセリア様はあれでもだいぶ魔力を抑えてるいらっしゃった。今の時代に生きていれば間違いなく八星級………いや、場合によっては九星級にもなるかもしれないな。少なくとも俺なんかよりはずっと強い。これは近いうちに勢力が大きく変わるぞ。早急に竜帝に連絡するんだ、アスダルト。“先代竜帝のご友人が現れた”とな。」
「かしこまりました。」
副校長、アスダルトはレイジからの指示を受け、すぐに魔法によってどこかへ転移した。
中央政府の役割は、世界中の規則の制定、経済の調整、それから戦争の抑制である。戦争については絶対条件に“宣戦布告”と“両国の同意”がある。それを破れば政府が強く介入し国は存続の危機となるわけだが、どの国も向上を求めたり思想の対立はするもので、進んで戦争をしようとする国も少なくはなかった。故に戦争を抑止するのは簡単ではないのだが、一つ、どの国も争いを躊躇する存在がある。それが圧倒的戦力、つまり十法帝だ。彼らが駐在していればその国には戦争を仕掛けることはまずできない。あらゆる武器、人員を投入しても打ち破られる可能性が高いからだ。そんな中、彼らに匹敵する戦力を有するものが新たに現れた。中央政府には属さない自由戦力であるため、その存在が知られればどの国、どの組織も無視はできない。未だ一部の人間にしか知られていない機密事項ではあるが、それは紛うことなき、十一番目の八星級戦力の出現と言える。