第38話 アルファ
エプシロンの魔力が増加したかと思うとそこから分身が一つ現れた。分身は本体よりも魔力量は少なかったものの、まだ底が見えないほどの力を感じた。本体はベルドットさんへ、分身はオレに向かってきた。そしてルーシュと星香はオレのサポートに回ってくれた。オレは先のことを考えることもせずに叢雲剣と天現融合を発動した。セリアの魔力との融合は少しずつ上達している。消耗が激しいから腕しか融合させないが、その分極めて高い融合率になっている。
「アルファさんに戦闘不能にされたって聞いてたんだがな!何事だ!?」
「大したことなかったんだろ……!」
「ウチの最高戦力をそう言われちゃ立つ瀬がねえよ!」
オレは八雲でエプシロンの蹴りを受け止めたが、その衝撃に耐えられずに数十メートルも吹き飛ばされた。腕が、刀がガクガクと震えている。痺れたのではない。相変わらず戦いが怖いのだ。刀を振るうのが怖い。どうしても起き上がる気力が湧かない。
「……なんだ?やっぱり大したことなかったな。期待したのが損だったか。」
「ッ!分身なんて!どういうこと!?」
「アーサーの野郎が説明してたろ?“時の保存”だと。」
「くッ……!」
「ルーシュ様!」
剣で襲いかかったルーシュをエプシロンは軽く薙ぎ払ってゆっくりと星香の方へ向かっていった。……いや、ダメだ!何を恐れてるんだ!身体が動かないというなら心で動け!オレは高速移動でエプシロンと星香の間に割り込み、彼が繰り出す拳を刀の腹で受け止めた。
「ほう……動きはいいな。それにお前に触れる度に俺の分身が弱っているのもお前の力……だろ!?」
「ゔッ!」
「かはッ……!」
「星……香……!」
エプシロンの魔力の衝撃波は、オレを貫通して星香にまで届いていた。オレは心臓を直接殴られたかのような言葉にできない痛みによって全ての技が解除された。まるで相手にならなかった。この戦いにもっと積極的になれていればもっと戦えただろうか?……分からない。どこからかルーシュが止めてくれと懇願する声が聞こえる中、エプシロンはオレを仕留めようと近寄ってきた。オレは血反吐を吐きながら震える脚で起き上がるとその瞬間、エプシロンの魔力を纏った拳がオレの顔目掛けて飛んできた。けれどその拳がオレに届くことはなかった。因縁深いあの男が止めていたからだ。
「……!!」
「止めなさい。ここで殺しをするのは。勝手なことをされるとルシファーがお怒りになりますよ。」
「……アルファさん……。しかし俺達には自由が与えられてるハズだ。コイツらを殺すことの何が問題なんだ……?」
「……お前はいつ、私よりも偉くなった……?」
怒りを含んだエプシロンの口調に対し、アルファはそれ以上の怒りで応えた。それにどこか恐怖したエプシロンは分身を解除し、大人しく魔力を抑えた。
「失礼しました。私達はもう帰りますので。」
「おい……!待て!アルファ!!」
「………!まさか君、もう戦えるほどに回復したのですか?一体何が……。」
アルファは戸惑っている様子だった。コイツと遭遇してからオレはどこかおかしくなった。やはりコイツは何かを知っている。オレはアルファの顔を見るだけで苦しくなったが、膝をつきながらなんとか刃を向けた。
「お前はオレに何をした?お前は何者だ!?」
「……私は私ですよ。ルシファーに忠誠を誓う一番目の騎士、番外・アルファ、それが私です。君のその精神力には敬意を表しますが、邪魔なのも事実……!」
「ッ……!」
アルファはオレの首を掴んで、仮面の中から覗いた魔眼がオレの瞳を覗き込んだ。アルファの瞳の奥からなんとも言い難い恐怖が迫ってきた。恐ろしいのに目を逸らすことができなかった。魔眼の恐怖の中にどこか美しさも感じたからだろうか。とにかくオレは抗うことができず、数秒間目を合わせてから全身が脱力した。意識を失うまでにはならなかったが、どうにもできないほどにただ虚ろだった。
「……魔眼が覚醒したのですか。少し効きが悪いようですが……反抗できるほどではないようですね……。」
「お前!ミラを離せ!」
「おっと、これは失礼しました。君の彼氏にはこれ以上手を出しませんよ。アリベル=ルーシュさん。」
「待てッ……!」
「追うな!ルーシュさん!……追ったところでどうにもならない。」
ルーシュが剣を振ったことでアルファの手はオレの首から離れた。諦めたのか充分なのか、アルファとエプシロンは街を離れたが、ベルドットさんはそれを追おうとはしなかった。当然だ。エプシロンだけでも手に余るのにそこにアルファもいるんじゃどうしようもない。
「……ルーシュ……オレは大丈夫だ。……死ぬこたぁない……。それより星香を………。」
「う、うん!心配ないよ!」
不安そうにオレの身体を揺さぶるルーシュに、オレは星香を治してやるように言った。オレも大丈夫ではないだろうが、星香よりはずっと大丈夫だ。星香の心音は止まってしまっている。けれどベルドットさんとルーシュがいるなら助からないこともない。自信と不安の混ざったルーシュの声に安心したせいか、オレは息が切れるように意識を失った。
随分と眠っていた感覚だ。夢の内容は覚えていないが酷い夢を見ていた気がする。汗が服にびっしょりと染み込んでいる。今までも寝起きは酷いものだったが今回はそんな比ではない。イスダンでアルファに幻術をかけられたときと同じ感じだ。たぶんまたアイツに何かを見せられたのだろう。極めて不快な恐怖心が鼓動を強く、速くしていた。
「おお、起きたのかい?君、安定剤を忘れていったろう?寝てる間に飲ませておいたが、また随分魘されていたな。」
起き上がったオレに声をかけてきたのはリュウラ先生だった。ここは保健室だったのか。時計を見るからにあれから半日ほど経ったといったところだろうか。
「……先生……み、みんなは?」
「みんなというのが誰を指しているのか知らないが、アリベル君はもうじき来ると思うよ。あと北のお嬢様もいたが、彼女はもう帰ったらしい。」
そうか、星香は助かったんだな。それなら問題ないか。オレの状態もしばらくすれば治るだろ。
「どうせ今回も何があったのかはよく分からないんでしょ?」
「………はい。……まぁなんだが……うん……。」
「……薬の効きが悪いね。それとも充分に効いててこれなのか……。明後日が終業式だけど、それまでは寮で休んでなさい。私の方からランファ先生には伝えておくから。……終業式の日も無理して出る必要はないけどね。」
確かに安定剤を飲んでる割には心臓がやけにうるさい。落ち着いているように見せてはいるが、落ち着いているとはとても言えない状態だ。……ただまぁ今回はルーシュと顔を合わせても平気だろう。人を見ることに対してはあまり恐怖を感じていない。どちらかといえばオレ自身を嫌悪しているというか恐怖しているというか……。
「夏休みはどこか行くのかい?」
「……家に帰ってからプリセリドの方に行こうかと。」
「プリセリド?血に呼ばれたか?」
「そんなわけないじゃないすか。」
オレはリュウラ先生から一月分の薬を受け取り、迎えに来たルーシュと一緒に寮に戻った。その日と翌日は室内で安静にしていたが、心配したルーシュとジンリューが見舞いに来てくれた。どうやって男子寮にルーシュが入ってきたのか知らないが……どちらにせよやっぱり人と会っても問題はなかった。これまでとは違いただ一人でも何かが怖いし不快にも感じていたが。
終業式は午前中に終了し、その後は荷物をまとめてセリアを残してルーシュと一緒に家に帰った。到着したのはその日の夕方だったが、どうしても疲れていたせいですぐにもベッドに飛び込みたい気分だった。
「お帰り!ミラ!ルーちゃん!」
「母さん……嬉しいけど苦しいよ。」
並んでドアの前に立っていたオレ達に、母さんは飛び込むように抱きついてきた。……母さん達に心配をかけるようなことにはならなそうだな。母さんの顔も父さんの顔も、見ると不思議と安心した。ここがオレの居場所なんだと思えた。
「二人とも、学園はどう?」
やや豪華な夕食を食べながら、母さんがふいに尋ねてきた。そうだな……何か話せるようなことがあっただろうか……。いや、ありすぎて少し困るな。
「ミラったらね、ユリハ様と会ったんだよ。おばさん。」
「ユリハ様って……あのユリハ様!?すごいじゃない!」
「まぁほら、セリアがいたから。」
その他には竜帝やベルドットさん、その他の十法帝にも会ったこと、あとは序列戦で六位になったことなどを話した。母さん達は最初こそ驚いてはいたが、徐々に面白がるようになっていった。
「あなた達は夏休みはどこか行くの?」
「オレはプリセリドに行ってくる。ルーシュもユリハ様が許可してくれたから獄境に行くって。」
「何しに行くの?」
「まぁ簡単に言うならもっと強くなりたいから師匠を探しに……。」
「気をつけるんだぞ。辛くなったらいつでも帰ってきていいからな。」
「うん。ありがとう。」
夕食の皿を片付けてからオレは自分の部屋に行った。海に入るかのようにベッドの中に沈みゆき、すぐに夢の中に落ちていった。
翌日も変わらずに汗をかきながら目を覚ました。シャワーを浴びてから着替え、朝ごはんを食べてから家を出た。ルーシュと会うのも一ヶ月後か。それまでにずっと強くなっておこう。
プリセリドはなかなか発展した街でありなが、英雄の街ということで昔ながらの雰囲気も残していた。ベルドットさんには行けば分かると言われたんだが……しかしこれといって特徴的な魔力は感じない。オレはまずはギルドの食堂に向かった。流石はプリセリドといったところだろうか、この街は冒険者の数が多いらしい。オレは中年の冒険者の相席に座った。そして銀貨を数枚渡してから自分の分のドリンクを頼んだ。
「オッサン、この街で一番強いのは誰だ?」
「おいおいにーちゃん、そりゃつまり、この俺は街で一番強くはねぇと言いてぇのか?」
「だってオレの方が強そうだもん。」
「クック……生意気な小僧だ。オレァ好きだぜ。そういう奴ァよ……。」
オッサンは笑いながら銀貨を受け取った。なかなかの腕のようだからBランクはあるだろうが……良い感じにウケたようだな。これならちゃんと話ができそうだ。
「お前のランクは?」
「今はCだ。」
「サボってんのか。しかし“誰が強いか”……ねぇ。なんとも言えんが……そうだな。たぶんあの人だな。」
「“あの人”……?」
「ああ、あの人はな……。」
オレはオッサンがしてくれた説明通りにその場所へ向かった。なんでも街外れに小さな料理屋をやっているとのことだが……そこにはどこか見覚えがあるようなボロボロの建物があった。看板も何もないが……本当にここか?……だがオッサンが言っていたのは確かにここだ。鍵もかかってないし誰かの家というわけでもなさそうだが……。
「……お邪魔します……。」
オレは恐る恐る扉を開いた。そして建物の中には話に聞いた通りの容姿をした老人がいた。長い白髪の老人で左耳には紺色に輝く耳飾りを、そして腰には一振りの刀を差していた。170強の身長に筋骨隆々な体格のせいでなかなかの圧を感じるが、魔力はほとんど感じない。いや、それどころかオレの魔力感知には一切引っかからない。そして老人はオレに気づいたのか一言、“いらっしゃい”と言った。どうやらオッサンの言っていた料理屋というのはここで合っているらしい。




