第37話 子は望まずに生まれ来る
西大陸の小さな国に男は来ていた。それは栄えた国であり、その国の小さな街の中を子供達が走り回っていた。
「わッ……!!」
「気をつけなさい。転んだら痛いですよ。」
「ありがとう……お兄さん?」
転びそうになった少年を男は襟を掴んで掬い上げた。少年は転ばずに済んだことに感謝しつつも、仮面で顔を確認できないことに戸惑っていた。それでも男は遠慮がちに“いいえ”とだけ残してまた歩みを進めた。
ーー最近はよく声を聞きますね。今度は何があったのですか?ベータ。
ーーいやぁ……申し訳ねぇんすけども一つ頼みがございやして……。エプシロンの奴がベルドットの方へ行っちまいやして。回収してくれやせんかい?
ーーそれは構いませんが……どちらに?
ーー華陽の方に行ったらしいです。金色の水晶は見つけたいが、少々厄介なことになりやしてね。そっちは諦めてもええので被害の少ないうちにエプシロンを回収してください。
ーー華陽って……北大陸じゃないですか。
当然だが西大陸から華陽、つまり北大陸までは相当の距離がある。転移門などを駆使しても通常なら数日はかかる。が、これもまた当然のことながら彼は普通ではない。
ーー分かりました。尽力しましょう。被害は出さない方がいいんですね?
ーーええ、お願いしやす。アイツはどうも暴れるきらいがございやすから、アンタが止めてくれ。
***********************
オレはルーシュのために用意された部屋に来た。オレの部屋の隣だから移動も楽だな。ノックをして返事を確認してから部屋に入った。
「話というかお願いというかが二つあるんだけど……。まず今日の夜は星香と出かけてくる。」
「浮気ってこと?」
「そうじゃないけど、いろいろ事情があって……。」
「まぁいいよ。あと先に言っとくけど、私の治癒じゃ彼女は治せないからね。……残念だけど。」
「えっ……どこまで知ってんの?」
「私耳良いもん。そこの部屋で話してたことは大体聞いてたよ。」
マジか……。まぁ確かにルーシュは昔から耳も目も良いから不思議じゃないが……だとしたらガバガバなセキュリティだったな。ルーシュの治癒能力は多少アテにはしてたわけだが……星香のはたぶん力の前借りみたいなもんだもんな。生命力を活性化させても悪化しかねない。
「それで二つ目は?」
「いや、ホントに言いにくいんだけど……。」
「……なに?」
「……リュウラ先生から安定剤をもらい忘れてて、だから今夜ぐらいからルーシュと顔合わせるのちょっと難しいかも。」
「また!?ロウドンのときも忘れてなかった!?」
「いや……急だったから。ホント申し訳ないんだけどね……。代わりにホラ、夏休みには一緒に家に帰ろう。」
たぶん今でも安定剤がなかったらルーシュとまともに顔を合わせることもできない。それはルーシュに限らずそうだろう。あれからずっと悪夢を見続けているからまず間違いない。
「………でもどうせ夏休み中はどっか行っちゃうんでしょ?私だけ置いてかれちゃうよ。」
「勘も鋭いなぁ……。今んとこはルーシュをユリハ様に紹介しようかと考えてるけど……。」
「えっ!?ユリハ様に!?」
「許可してくれるかは分からないけど、よければルーシュの師匠にでもなってくれないかなって。それかセリアを置いてく予定だからセリアに見てもらってもいいかなとも思ってるけどね。」
「待って!私置いてかれるの?」
オレがルーシュと話していると突然、セリアが実体化して現れた。そういえば話してなかったっけ?その辺はオレの中で完結しちゃってたんだっけな。ルーシュの方はとりあえず満足そうだからもういいか。
「だってさ、ベルドットさんの師匠にこっちはお願いをするわけで。そこに英雄様なんて同行させたら……ねぇ?だからセリアには夏休み中は校長先生の手伝いでもしてもらおうと思ってたんだけど……。」
「……分かったわよ。代わりに何かあったらすぐに召喚しないとダメよ?距離が開くと大変だろうけど、近くにいないと天現融合もできないだろうから。まぁ大抵のことはその“師匠”って人が守ってくれるだろうけど。」
セリアは説得に応じてくれたようだ。天現融合も日に日に上達している。今は少し彼女と離れてみるのも成長するのに必要かもしれない。
オレは一時間ほどルーシュと話してから星香と合流した。彼女はさっき見たときよりはいくらか元気を取り戻したようだが、それでもかつての気力というか、力強さは感じなかった。
「この街はいかがでございましょう。つい先日まではロウドンとの戦争によって誰もが怯えていました。そういう点で見ても私はミラ様に感謝をしなければなりません。」
「たまたまその結果になったってだけだ。否定するつもりもないが、そんなところで感謝されても気恥ずかしいよ。」
アレはオレの力だけではない。割合で言えばむしろ少ない方だ。オレは星香と山道を登っていた。この上に社があり、そこからの眺めが良いらしい。オレ達以外に人が見当たらないのが良いのか悪いのか……。途中で疲れてしまった星香を背負いながら、二十分ほど道を登った。そして少し道を逸れたところに案内されると、そこからは赤や黄色の光に輝く街を見下ろせた。
「はぁ……夜景ってのは良いもんだな。」
「そうでございましょう?昔はよく抜け出してこの景色を見てたんです。私の未来を気にせずにいられましたから………今ではどこに行っても頭をよぎってしまいますが、ミラ様といるといくらか楽になりますの。」
「………それならいいんだがな。でもまぁ無理はするな。たまには弱音を吐いたっていいんじゃないか?」
近い未来、自分が死ぬのが分かっているのはどれだけ辛いことだろう。“大丈夫”だと言いたいけれど、オレにはそんなことは言えない。無責任に励ますことはできない。オレが励ましに言えることなんて彼女はとっくの昔から聞いているだろうから。
「私、たまに思うんです。……なんでお母様とお父様は私のことを生んでしまったのだろうと。失礼かもしれませんが……若く死ぬことを知っているのに、押し付けるなんてあんまりじゃないですか。子どもは望んで生まれてくるわけではないというのに……。」
星香は薄っすらと目に涙を浮かべながらそう訴えた。オレにではない。今は亡き親に対してだ。生まれたくなかったという小さくも強い怒りを感じられた。今までにないほど人の感情を感じることができたのは、彼女の能力を継承したからだろうか。
「……オレは気休めしか言えないけどさ、“生きる”ってのは必ずしも幸せなことじゃないと思うよ。辛いことも多いし、むしろ辛いことしかない場合だってある。なら生まれてこなければいいって思うのも当然だよ。でも君が生まれなければ君は幸せも知らないし不幸も知らないってことだ。そしてオレやルーシュも、この街の人達も、君の親も、君自身だって君のことを知らないってことだ。それは悲しいじゃんか。」
「……ミラ様は私を知らなかったら悲しいですか?」
「どうだろうな。知らないままならそれこそ幸も不幸もありはしない。でもオレは星香と会えて嬉しいよ。友達ができるのは……言い方は悪いかもしれないけどオレに好意を抱いてくれる人がいるのはやっぱり嬉しいよ。だからこそ死んでほしくはないし、死なれちゃオレは悲しいし怖いよ。」
「……ふふっ、確かに気休めでございますね。……もし良ければ、もう少し気休めを聞かせていただけませんか?」
星香は嬉しそうにそう言った。初めて年相応の幼さを感じた気がする。だからこそオレの言葉が無意味ではなかったと分かった。
「他にか……。あれかな。一回だけ本当に死ぬんじゃねぇかって思うほど危ない目に遭ったんだけど、あのときは流石に焦ったよ。怖いってよりも焦ったね。でもなんだかんだこうして生き残ってるんだ。星香だって案外死なねぇかもしれねぇよ。」
「そう言っていただけると嬉しゅうございます。……ミラ様の眼には何か映っておられませんか?私の眼には限界がありましたけど……。」
「まだ把握しきれちゃいないけど、オレのは戦闘に特化してんのか占いの力は弱そうだったよ。“動き”がよく見えるようになったくらいかな。」
「そうでございますか。もしかしたらそれが本来の力なのかもしれませんわね。」
「ははっ、どうだか。」
思えば魔眼によって星香の力は底上げされていたようだが、オレの魔力は相変わらず五星級から変化していない。ほんの少し増えてはいるが、六星級までにはなっていない。それほどまでに六星級の壁は高いのか、あるいはオレに何かしらの問題があるのか……。そんなことを考えながら街を眺めていると、突然、街の真ん中が爆発とともに吹き飛んだ。
「ッ!?」
「なんだ!?」
爆発は巨大な魔力が放出されることで発生したらしい。が、あの規模の爆発を起こせるのはそうそういない。初めはベルドットさんかとも思ったが、あの人はこんなことはしないだろうし魔力の感じもどこか違う。この魔力は……。
「オレは様子を見てくるが、君はここで待ってろ。屋敷にいるよりはたぶん安全だ。」
この山は街から少し離れている上、人がいないため魔力を感知してここまで来ることもないだろう。屋敷は目立つから何が起こるかも分からないが。
「あら、私のことを侮られても困りますことよ?魔眼を失ったとてやろうと思えば大抵のお方よりも強いのですよ?」
「その……犬?」
「狼にございます。」
緑色魔力を纏った小さな狼がどこからか現れた。たぶん星香の守護者だろう。風属性なら今の星香でも扱いやすいだろうけど……。
「しかし平気か?」
「死んだら所詮その程度ということですわ。」
「……まぁいい。」
連れて行くのは気が引けるが、普段から無茶をしているオレは強く言うこともできない。そもそもここは星香の街だ。オレばかりが前に出ても納得できないのだろう。
「キャッ!な、何をなさいますの!?」
「君は体力を温存しとけ!オレはこの程度何ともないからな!」
「し、しかし、重くはございませんか?」
「女の子ってのはみんな軽いもんさ。行くぞ!」
オレは星香を抱えて小高い山を飛び降りた。彼女の身体じゃこの衝撃だけで疲労してしまうかもしれない。だからオレが抱えた。……後でセクハラだなんだと訴えられなければいいが、今はナシだ。
「だっはっはっ!!良〜い気分だ!力を思う存分に解放できるってのはすげ〜良い気分だ!……ん?ああ、お前はアレだな?王がご執心だというグランデュースの小僧だな?」
爆心地に到着すると、そこには若い男とベルドットさん、それからルーシュの三人がいた。つまり犯人はあの男だ。オレは星香を降ろしてから刀を抜いた。
「何だ?お前は。No.は?」
「お?俺に心当たりがあんのかい?良い勘してるじゃねーか。」
「ミルアルト君、ルーシュさん、星香さん。君達は足止めに徹しなさい。あの男がエプシロンだ。」
「ッ!アイツが……!!」
「そう!この俺が“翠の剣”を与えられし五番目の騎士!番外・エプシロンだ!」
アイツがエプシロンか。なるほど、そう言われれば納得だ。ベルドットさんに匹敵する魔力。アルファほどではないがNo.8よりは確実に強いだろうという重圧。オレがあの男に対して抱いている恐怖は幻術の影響かあるいは心の底から恐れているからか……。うん、たぶん前者だな。
「アイツの力は?」
「俺の能力は『やり直し』!発動は任意で前提として中間地点を設定する必要がある。やり直しができる回数は最大で三回、それ以降は新たな中間地点が必要だが、再設定するにはやり直しから最低三時間のインターバルを必要とする。……こんくらいかな?」
「……あの男の言ってることは正しいと見ていいだろう。私の体験したものと合致する。だが……つまり私の言いたいことは分かるね?私達は舐められている。」
……セーブだとかロードだとか……ゲームみたいなことを言いやがって。その辺には疎いんだがつまり……いや、そんなことあるのか?だがアイツの言うことを要約するなら……。
「回帰術ってことか?いくら能力とはいえそれはあり得んだろ……。」
「いや、あの男のは違うね。正しくは“時の保存”といったところかな。」
「ビンゴ!流石は人類最強だな!本当はお前と決着をつけようと思ってたんだが……悪いな。興が移った。」
「……!?」
突然としてエプシロンの魔力が異変を起こし始めた。そして目の前で起こっている異常な現象を見ればその理由が分かった。




