第34話 貴爵
霊明祭は想像以上の盛り上がりを見せていた。普段から祭りというものに触れてこなかったのもあるが……まさかこんなにも人が集まるとは……。どこを歩いても話し声が聞こるし、どこからでも飯の匂いがしている。
「ミラは霊明祭初めてだっけ?去年とか来てないよね?」
「わざわざ来ようと思わなかったからなぁ……。学園の外でもやってるだろうにすごい活気だな。」
「街と学園じゃ雰囲気が違うからね。まぁでも街の方が人は多いよ。夜なんかは花火とかもやるから特にね。」
「へぇ………。でもこれじゃどこ回るか迷うな。どこでも人が多いから……。」
「まぁまずはご飯でも食べに行こうよ。そしたら霊明武会の決勝とか見に行こ。ミライアちゃんが残ってるみたいだから。」
霊明武会はこの祭りのメインイベントだ。確か決勝は夕方の五時とかだったか……。カミュールとヴァンルージは善戦はしたものの、決勝に残ることはできなかったようだ。序列三位であるミライアが残ったのは流石としか言えないが……気になるのは対戦カードだな。
オレとルーシュは二年のやっている喫茶店にご飯を食べにきた。やけに高いがこれがお祭り価格というものだろうか。物によっては二倍近い値段になっている。それでも買う人がいるんだから儲けるわけだ。
「ルーシュは何か見てみたいものはないのか?」
「さすがにちょっと疲れてるからなぁー……正直ゆっくりしてたいよ。ミラと一緒なら何をしなくても楽しいからね。」
「そっか。まぁルーシュがそれでいいならいいか。ならちょっと休憩してから闘技場の方に行こう。早く行かないと席が空いてないかもしれない。」
「そうだね。たぶん盛況だろうから……三十分前には言っておこうか?」
店の中で少しばかり時間を潰してから闘技場に向かった。人の流れが激しいために、歩くのにも苦労はしたが、十分と少しでたどり着いた。人混みを分けながら進んでいったが、席はすでに満席だった。座るのは諦めて立ったまま観戦するしかないか……。
「………ん?おぉ、帰ってたのか。ルーシュ、ミルアルト。帰ってたなら一言くらい伝えてくれれば良かったのに。」
「ジンリューか。帰ったばかりだったから、悪かったな。」
歩きながら寄ってきたのはジンリューだ。生徒会の制服を着ているからすぐに分かったが……そういえばオレとルーシュは学園の制服しか着てないけど……まぁいいか。別に今は生徒会として動いてるわけじゃないもんな。
「忙しかったら何か手伝おうか?ルーシュは嫌がるだろうけど。」
「うん、嫌。」
「はっはっ!いやいや、要らないよ。君達は疲れてるだろ?しっかり休みなさい。」
「流石会長!懐の大きさが違うね!」
「……君は疲れてなさそうだね。まぁいい。それよりミルアルト、君は今日は気をつけた方がいいよ。」
「え?なんで?」
「いやまぁ……説明しても無駄だししない方が面白そうだから詳しくは言わないが……。まぁ厄介な奴がいると思ってくれればいい。」
ジンリューはそう言い残して立ち去った。……いや、立ち去って欲しくはなかったのだが……。誰かが来てるのか?彼の口調からして危険な人物というわけではなさそうだが……絶妙に濁した話し方をしやがって……。そういうことはちゃんと説明してほしいものだ。ただまぁ、多少面倒だというだけで取るに足らない内容ではあるんだろうな。
どうにもジンリューの言葉が気になったが、考えているうちに決勝が始まろうとしていた。ミライアは炎と風属性の魔力を扱うという珍しい多属性タイプだ。攻撃力に特化している代わりに他の属性と比較すると対応力に欠ける破壊の代名詞でもある炎属性と、攻撃力がやや乏しい代わりに対応力の高い万能の風属性、この二つは数ある属性の中でも最も相性が良いと言っても過言ではない。彼女は能力こそ発現していないが、魔力特性だけで三位の序列を持っているのは伊達じゃない。普通に考えれば大半の者には勝てるだろうし、優勝すると考えてもいいだろう。
しかし、そんなミライアと向き合うように闘技場に入場してきたその人は、全ての観客の目を奪った。その魔力量はどれだけ離れていても感じられると思えるほどに多く、重かった。量だけなら八星級にも匹敵するほどだ。ジンリューと戦ったとしても引けを取らないほどに強いだろう。そして注目される理由は魔力だけではなかった。黒く美しい長髪に黄金の瞳……離れたところからでも分かるほど美人だった。歳はオレ達とあまり変わらないくらいか。しかしそうとは思えないほど儚さも感じる……。
「……ねぇ、もしかしてミラさ。あの人のこと可愛いなって思ってる?」
「どっちかといえば綺麗な人だなと。ルーシュほどとは思ってないけど。」
「………そっか……。」
ルーシュは少し不機嫌そうにしていたが、すぐに調子を取り戻した。実際、オレが気になっているのは彼女の美しさではない。一つはその髪色だ。黒い髪というのは珍しい。オレは今は白くなってしまっているが、前は黒い髪でよく珍しがられたものだ。瞳が黒いのもあったからだが……オレほどに真っ黒な髪はユリハ様くらいしか見たことがない。だからこそ、彼女にはちょっとしたシンパシーを感じる。その上、髪色以上に何か、何かは分からないがオレと似通ったものを感じる……。そしてもう一つ、これが最も気になっているものだが、彼女の出身が華陽だということだ。ガラリネオさんから聞いたが、つい最近までロウドンと戦争をしており、歴史の破壊者の目的と予想される国だ。ここに来ているということはそう有用な情報を持っている立場とも思えないが……。
試合が始まると、それは驚くべき結果に終わった。いや、驚きなのはその内容だろうか。ミライアは終始果敢に攻めていたものの、その攻撃が当たることはなかった。まるでどう避ければ分かっているかのような無駄のない動きで、攻めるときは持ち前の莫大な魔力を用いて強引に攻め立てていた。
「お疲れ!ミライアちゃん!」
「負けちゃったー!何あの人!なんか強すぎない!?」
「確かに強かったな……。ああいうタイプとは戦いたくないな。」
オレとルーシュは試合を終えたミライアに挨拶をしに来ていた。悔しがってはいるが、なかなか楽しんでいたようだな。ただミライアは相当強いのにそれを容易くあしらっていたからな……下手したらルーシュよりも強いのかもしれない。………戦ってみたかったなぁ……。
「そういえば二人はいつ帰ったの?ウチなんも聞いてないんだけど。」
「帰ったのはついさっきだよ。」
「え、疲れてないの?」
「疲れてるけどせっかくだしさ。年に一回だし楽しみたいじゃん?」
「それもそうだね。二人でちゃんと楽しんできな!無茶はしないでね!」
ミライアと別れ、オレとルーシュは適当に校内を歩き回った。綿菓子やリンゴ飴など“祭りっぽいお菓子”がたくさん売っており、オレはリンゴ飴をルーシュに買ってあげた。甘くて美味しいとは思うが値段の割に量がないからなぁ……まぁルーシュは嬉しそうにしてるからいいか。日が沈みかかり、売店のない廊下を歩いていると前方から一つの人影がこちらに向かっているのを見つけた。黒い髪と黄金の瞳……さっきの試合の優勝者だ。名前は確か……何だったか……。その人がオレ達を見るや否や、目を輝かせて近づいてきた。
「……ん?」
「探しておりましたわ!あなた様がグランデュース=ミルアルト様でございますね!?」
「え……まぁそうですが……。あなたは……えっと……。」
「私、神社星香と申します。華陽大帝国の貴爵家の者にございます。」
貴爵家だと?地理や歴史に疎いオレでもそれは知っている。皇帝に次ぐ権威を持つ特別な爵位、そして噂では特別な力を持っている一族でもあるとか。それならば彼女は……もしかしたらオレと同じ継承能力者かもしれない。
「これはこれは……まさかお貴族様だとは……。神社様、私に何かご用で……。」
「私、星香と申しますの。“様”も敬語も不要でしてよ?」
「いや、そう言われてもですね……私からしたら貴族であるあなた様に無礼をなすわけにも……。」
「私、星香と申しますの。“様”も敬語も不要でしてよ?それに私からしましたらグランデュース家の方がよっぽど偉大だと思いますの。」
……なかなか頑固そうな人だな。お淑やかな口調からは信じられない圧を感じる。これはたぶんこちらが折れない限りは話が進まないな。
「……そう言うならそうさせてもらうが……なら星香さんも敬語でなくてもいいんじゃないか?」
「私は淑女でございますから。それと“さん”も不要でございますわ。どうか星香とお呼びください。」
なかなかというかだいぶ頑固だな。オレの隣にいるルーシュはやけに警戒しているが……何を気にしているのか……。
「なら星香、それで何でオレを探してたんだ?」
「そんなことは決まっておいででしょう?ミルアルト様が私の運命の人だからでございますわ!ぜひとも私をお嫁にしてくださいまし!」
「……は?」
「ちょっっっと待て!!」
星香の言葉をイマイチ理解できなかったが、それ以上に取り乱したルーシュが声を荒げた。ついさっきまで静かにしていたが、どうにも我慢ならなかったらしい。オレとしては少しむず痒いが……。
「あら、あなた様は?」
「アリベル=ルーシュ、名前くらいは知ってるでしょ?」
「まぁ!もちろんでございますわ!生徒会の副会長ですね?なんと……まぁまぁ……。なるほど……!」
星香はルーシュと少し言葉を交わすと何やら考え始めた。ルーシュのことも知ってるんだな。ジンリューがそれなりに有名なのは知っていたが、ルーシュもそれなりに名が通っているらしい。
「そうですかそうですか!ならば私は第二夫人でも構いませんことよ?」
「待て待て待て!話をそう飛躍させるな。星香、オレは君に会うのは初めてだし、はいそうですかとは飲み込めねぇよ。なんなんだ?“運命の人”ってのは……。」
「そうですね……まずは順を追って説明すべきでした。申し訳ありません。“運命の人”と言ったのは占いでそう出たからでございます。」
「占い?」
なんか急に胡散臭い話になったな。……本当に貴爵家の者なのか?もしかしたらただのホラ吹きという可能性も……いや、あれだけ強くてそんなことはないか。
「ここではあまり詳しく話せませんが……私の屋敷にいらしていただければお話しいたしますわ。政府が気にかけているという“金色の水晶”についても……いかがです?」
「…………いや、それは政府の仕事だ。わざわざオレやルーシュが聞く必要はない。それにオレ達はロウドンから帰ったばかりなんだ。少し休みたい。」
「しかしミルアルト様、あなた様が華陽にいらすことは“吉”でございますわよ?もちろん私にとっても。」
「申し訳ないが折れるつもりはないよ。疲れてるんだ。」
オレは夜の花火を見たらとっとと寝てしまおうと思っているほどに疲れているんだ。……いや、本当なら今にも寝てしまいたいくらいに。海外旅行なんてものは続けて行くようなものじゃない。
「そうでございますか……。残念ですわ。せっかく機械竜を動かしましたが……仕方ありませんわ。」
「待て!機械竜と言ったか!?」
「ええ。しかし仕方ありませんわ。強要することなどできませんから。」
機械竜、それはつい数年前に開発された空を飛ぶ魔導具だ。飛行機よりも速く、力強く、燃費がいい。加えて竜の姿を模しているために魔物に襲われる心配もない。………そして何よりカッコいい。本物の竜はその誇り高さゆえに人を乗せて飛ぶことはないと言うが、それだけにロマンがあるというものだ。
「待ってくれ!………ちょっと考える。なぁ、ルーシュ?」
「うん。………え?」
「もちろんですわ。屋敷でもしっかり休めるようにしておきますから、どうか気兼ねなく。また明日、夕方に生徒会室にお邪魔させていただきますわ。」
星香はそう言って立ち去った。機械竜に乗れるような機会はそうそうないだろう。これを逃せばいつまた訪れるか……。だが気に入らないのも事実だな。あからさまな餌に釣られるのはいい気分じゃない。とはいえ彼女の言う“占い”だとか“吉”だとかいうのが気になるのもまた事実……。どうしたものか。
「ねぇ、屋上行こうよ。花火始まっちゃうよ?」
「ああ、そうだな。」
ルーシュに促され、オレは校舎の屋上に行った。日中の暑さからは考えられないほど涼しい風が流れており、白や青の星が空に輝いていた。西の空はまだどこか赤く、今日という一日が終わりかけているような気分だ。花火が上がるのはまだ十数分はありそうだな。
「ミラは行くの?華陽に……。星香って人、胡散臭いよ。」
「胡散臭いのはそうだけど……たぶんアレ、オレを連れてくまで諦めないぞ?オレとしても気になる部分はあるわけだし、行ってもいいかなと思ってるけど?」
「ミラが行くなら私もついてくよ。ミラと二人にしてたら何が起こるか分からないから。」
「ははっ。オレが何かするとでも?」
「星香がね。」
ルーシュはどこかぷりぷりとしていた。怒っていたとか、ムスッとしていたというより、“ぷりぷり”と表現するのが正しいと確信できるほどにぷりぷりとしていた。たぶん星香に対抗心を燃やしているのだろう。オレが靡くわけもなかろうに……まぁオレがどうという問題じゃないんだろうな。
日がすっかり暮れて空が黒色に染まると、少ししてから花火が打ち上がった。夜空に咲く赤い光にも感動はしたが、それ以上に身体中を振動させるその爆発音にどこか心打たれた。まるで心臓が身体の外にもう一つあるような、そんな感覚だった。長くも短いその一瞬を終え、オレはルーシュと共に寮へと戻った。吸い込まれるようにベッドに転がると、巨大生物に飲み込まれるかのように夢の中に落ちていった。悪夢さえ見なければ素晴らしい一日だったのに、そう思えるほど充実していたのは久しかったかもしれない。




