第31話 異常者
水の月1日
妻が死んだ。スラム街で病気を患ったからだ。妻はいつも国民のために尽力していた。王妃となろうともその権威に威張らず、常に身を粉にして民のために働いた。私はどうすればいい?答えは簡単だ。妻の無念を晴らせばいい。これ以上私の大切な者を奪われるわけにはいかない。妻の愛したものを失くすわけにはいかない。私は国民と大切な息子達のために働こう。そうでもしないと死んだ妻に顔向けができないというものだ。
同月2日
昨日は酷く落ち込んでいたが、私はなんとか持ち堪えることができた。いつまでも嘆いていては妻に笑われてしまうからな。息子達は未だ悲しんではいるが、これまで通りに振る舞おうと頑張っている。民に心配をさせないということは極めて重要だ。いずれ彼らのどちらかが国王としてこの国を引っ張っていく未来もそう遠くはないのかもしれない。しばらくこの日記を書くことはないだろう。まずは国を再び活気づけるために尽力しようと思う。
………
葉の月16日
妻の死から二ヶ月が経ち、街はすっかり暑くなってきた。今日は気になったことがあったからここに記しておこうと思う。別に何があったというわけでもないのだが、今日の観光客から感じる気配がただではなかったからだ。一方は黒い髪の小さな少女、そしてそれに従うような仮面をした男だった。街中をただ歩いていただけだが、あの二人には何か、説明できぬ恐ろしさを感じた。何かが起こるわけでもないとは思うが……万が一、万が一にも何かがあった場合、アレにだけは手を出してはいけない。これが日記であるために、そして私がほんの一瞬しか見ていないために詳しく情報を残せないことを許してほしい。そしてそのときのために私はしっかりと記憶に残しておこうと思う。
……これは4205年、今から二年ほど前の日記か。戦争が始まったのはこれから一年ほど後……間違いないな。証拠としては弱いだろうが、オレの直感では確かだ。この二人が歴史の破壊者……いや、もっと言うならルシファーと恐らくオレが遭遇した仮面の男だろう。一応仮面をしたヤツがアイツだけとは限らないわけだが……ボスが行動を共にするのならアレくらいだろう。しかしまぁ……イカれた王だなんてよく言ったものだ。これを見る限りは国民想いの良い王じゃないか。
「ルーシュ。手掛かりになりそうなもんは見つけたから、最悪見つからなくてもいいぞ。」
「よかった!………ッ!誰ッ!?」
「なッ!?」
ルーシュの声によって、オレは部屋に入ってきた人影に気づいた。魔力は感じなかった。魔力感知を怠っていたわけではない。警戒を緩めていたわけでもない。その影は突如として現れたのだ。
「おいおい、誰だなんて、そりゃああんまりじゃないか?ここは王城、侵入者は君達だろう?」
「ああ、カルテッド様でしたか。……どこから現れたんで?」
明かりのない部屋では分かりづらかったが、部屋に入ってきたのは第二王子、カルテッド様だった。それならまぁ……刀を抜く理由もないが、なぜ魔力を感じなかったのか、そこが重要だ。
「まったく……さっきから酷い物言いだね。この部屋は魔障石と呼ばれる鉱石でできてるんだ。どういうものかは分かるね?」
「なるほど……。納得です。」
魔障石は魔力を遮断するものだ。外部の魔力を感じることがなきなくても不思議ではない。高純度であれば能力や魔法の発動を封じるものとしても利用ができる代物であるため、なかなか貴重でもあるんだが……流石は王族といったところか。
「物申したいのはこちらだ。侵入するのは明日ではなかったのか?今日ならそうと言ってくれればいくらか手を打てたのに……。」
「いきなり信用しろというのも無理な話でしょう。素直に情報を渡すほど愚かではありませんよ。」
「ははっ!確かにな。愚かな人間は長生きできん。ずる賢いのはいいことだ。」
日記をしまって部屋を出ようとしたときだった。何かが起こり、身体の力が抜けそうになった。何かに刺された。しかしそんなものはただ一つだろう。今そんな行動を取る者はソイツだけだ。
「しかし賢さが足りなかったかな?警戒心が足りないよ。」
「くッ……!」
「ミラ!!」
細剣か……!すぐに剣を身体から引き抜き、傷口を押さえて片膝をついた。心臓……はなんとか無事か。しかし剣を抜く際にその剣を振られたせいで貫通した傷口が広がってしまった。……心臓が傷つかなかったのはセリアが逸らしてくれたからか。魔障石のせいで実体化できないだろうに、よくやってくれている。
「覚悟は……あるんだろうな……?」
「覚悟が必要かい?死ぬのは君だ。」
「………!?」
「力が入らないだろう?ほらッ!!」
「貴様ッ……!!」
オレは一旦魔力を打ち出して距離を取ろうとしたが、それができずにそのまま顔を蹴飛ばされた。頭を石壁にぶつけ、鼻の骨が折れて血が溢れてきた。壁は崩壊したが……一体どれほどの力で蹴りやがったのか……。そんなオレの様子を見て頭に血を上らせたルーシュがカルテッドに斬りかかろうとすると、彼は片手で受け止めた。そんな力があるようにも見えないが……違うな。ルーシュの力が落ちている。
「フゥー……!!カルテッド……!ミラにそれ以上手をだすな!さもなくば私が首を刎ねてやる!」
「よしてくれ。僕はまだやらなければならないことがあるんだ。
「がッ……ああ……。げほっ…げほっ……。ルーシュ、落ち着け。この程度で死ぬオレじゃない。……ここは危険だな……。」
「頑丈だな。グランデュースの……!」
少しばかり頭を抑えて痛みを落ち着かせてから、カルテッドの頭を掴んで城の外へと放り投げた。壊れかけの壁を突き破りながら投げ出された彼を見ながら、オレは速やかに結界を展開した。
「あぁ………。あの部屋は何かが充満してたな。オレとルーシュが力を使えなかったのは、“何か”……魔障石の粒子でも飛ばしてたのか?」
「………オレの力は『洗脳』……その霧に魔障石を混ぜてやったんだが………。なぜお前達には『洗脳』が効かない?ルシファー様から賜った力だぞ!」
「ルシファーだと?」
やはり歴史の破壊者が、しかもルシファーが関わっていたか。しかし“賜った”だと?能力を与えるのは神の特権……ルシファーにできることではないハズだ。……いや、それはこの際どうでもいいな。その力を使って国王や第一王子を利用しているのだろう。ただその力がオレに通用しないのは反属性の魔力のせいだろう。ルーシュに効かないのは……まぁルーシュだからか。
「ルーシュ……コイツはオレが対応する。君は好きにしてくれ。」
「………なら邪魔が入らないように守っておこうかな。危なくなったら助けに入るよ。」
「ああ、よろしく。」
ルーシュが気を利かせてくれたのか、結界を補強するように円形に大樹が生えてきた。こうなればそう簡単に誰も入ってこない上にカルテッドに逃げられることもないだろう。大半の兵士達はガラリネオさんが引きつけてくれているから残りは任せても問題ない。この国の騎士団長は七星級の戦士だと聞いたことがあるが、ルーシュがいるなら誰が来ても止めてくれるだろう。オレは安心してコイツを斬ることができる。
「ウチには今、C72がいるぞ?みんな殺される。いいのか?僕に構っていて……。」
「誰も死なんさ。お前はオレに斬られることだけを恐れておけ。まぁ、恐れたところで変わらないがな。」
オレは刀を抜いて切先をカルテッドに向けた。殺すべきではないだろうな。ヤツの能力はオレには効かない。生け捕りにするのもそう難しくはないだろう。
「……貴様……!王族たるこの僕に!刃を向けるとは何事だ!」
「……お前こそ勘違いしちゃいねぇか?先に剣を向けたのはそっちだ。グランデュースに剣を向ければどうなるかなんざ子供でも知ってるぞ。」
刀に魔力を込め、カルテッドに斬りかかった。……苦しいな。予想はしていたが、どうにも刀を振るのが辛い。刀を握るだけならまだマシだが、振ろうとすると心臓が急に痛くなる。これもこの前幻術にかけられたせいだろう。戦うのを恐れているみたいだ。
「お前……なぜ歴史の破壊者に加担する?国民を苦しめてまで、何が目的だ?」
「あの方の創る新世界に、僕も行きたいからさ。そうでなければ殺されてしまうからね。逆になぜ、君達は逆らおうとする?」
高速の突きを回避しながら聞いた。的確に首や頭を狙ってくるが、回避するのは難しくないな。迫ってくる細い刃を払いのけ、バク転をしながら距離を取った。己の命と大勢の命、天秤にかけられるものでもなかろうが……。
「……人が大勢死ぬからだろ。綺麗事を言うつもりもないが、どっちにしろ地獄を見るんだ。マシな方を見たいだろ。まぁ……その判断を責めようとは思わないが。」
「……?人が死ぬことの何が問題だ?自分が生きていればそれでいいだろう?」
「自分が何人も殺してるくせに……偉いんだな、お前は。地獄に堕ちろ。」
「分からんな。僕が殺した人間なんていないじゃないか。」
糞みたいなヤツと会話をしていると、言葉にできないほど腹が立つことがある。そして一周回って冷静になり、沸き立つ心に蓋をする。しかしそれは怒りが収まったわけではなく、それゆえにもう一度腹を立てるとこの苛立ちを止めることはできない。
「お前が戦争を起こしたんだろ……?罪を犯して行方不明になった者もいるそうじゃないか。お前が直接手を下したわけではなかったとしても、お前が命を奪ったことには変わりない。」
「君なぁ……死んだ人間はもうこの世界にいないんだ。それを今更何を言っている?」
「……!戻ってこないからこそだろ!命はいたずらに奪っていいものじゃない!失われた命は、無念はどうなる!?残された者達は!?お前が殺さなければ、今もなお生きていただろうが!」
「ああ!そういうことか。安心したまえ。悲しみが残らぬよう、家族はちゃんと殺しておいた。」
「……ッ!」
……あぁ、そうか。コイツは住んでいる世界が違うんだな。説得できるような人間じゃない。話し合いが成立するような人間じゃない。悪魔のような男なんだ。コイツを人間として扱う方がよほど無理があるというものだ。
「貴様はしっかり叩きのめす。死んだ魂が成仏できるように。」
「何度も言わせるな。ない者を追ってどうするのだ。」
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ミラがカルテッドとの戦闘を始めた直後、“海帝”ガラリネオは兵士達の注意を引きつけながら城内を走り回っていた。壁や扉を破壊しながら回っているために、部屋を一つ越えるたびに彼を追う声が増えていった。
「だっはっはっ!!とろいわ貴様ら!その程度で王を守れるのかァ!?」
城内には愉快な声が響き渡った。彼も当初はしっかり調査をしようと考えていたのだが、コソコソと動くのは性に合わないと暴れ始めたのだ。
「まったく……こんな夜中によォ……何騒いでんだテメーはよォ!」
「うがッ!」
走り回っていたガラリネオを、男は正面から蹴り飛ばした。法帝である彼を、油断していたとはいえ正面から衝突できる者は多くない。少なくともロウドンには、そんな人間はいなかったハズだ。
「痛ってて………。誰だ……?」
「俺はC72、覚えなくてもいいぜ。どうせ殺すからな。」
「C?……あぁ、なるほど!つまり俺様はアタリを引いたっつーわけだな!くっくっ……小僧共に取られなくてよかったぜ!」
「なら俺はハズレだな。もっと楽に終わる相手が良かったぜ。」
「安心しろ!俺様が相手じゃ長くはもたねぇよ!!」
「『大洪水』!」
「ぬあッ!」
ガラリネオの振りかぶった両手から、津波のように大量の水が出現した。その水量と水圧によって周辺は崩壊し、誰も彼も押し出された。抜けた壁から外を眺め、地べたに寝転がったC72を見下ろした。
「さぁ!仲良く殺し合いといこうぜ!歴史の破壊者!!」
「……いいぜ。テメーを首を王への手土産としてやる。」
互いに高まった感情をそのままぶつけ合った。遠慮はしない。その首を貰う。そういったことを二人は伝え合った。




