第30話 記憶
夜を迎え、オレはボロボロに崩れているベランダから空を眺めた。どんな国であれ、どんな状況であれ、夜空に浮かぶ星の輝きというものは美しいものだ。この夜は今まで経験したことがないほどに冷えているが北の空には今まで見たことのない美しい光の線が走っていた。オレの口から出た白い息が月もその光も包み込み、遮られた輝きからはどこか儚さも感じる。
「……寒くないの?」
部屋から出てきたルーシュが両手を擦り合わせながら尋ねてきた。身体が震えているルーシュの方がよっぽど寒そうだがな。……だからこそ心配してくれているのか。そんな彼女を夜風に晒すわけにはいかないと部屋に戻ろうとしたが、裾を掴まれて止められてしまった。
「……セリアの魔力があるからな。オレはあんまり寒くないよ。」
「なんかズルいや……。」
ルーシュの震えは寒さからきたものだとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。オレは自分の上着をルーシュに羽織らせてからそっと抱き寄せて頭を撫でた。オレの魔力で彼女を包み込むと、抱え込んでいたものが溢れるように涙が零れ落ちた。
「ねぇ、ミラ……。私……この街、見たことある……。」
「……戦争で弱った街はどこも似たようなもんだ。ここはパンバールじゃない。心配するな。」
ルーシュの故郷のことについて、ルーシュが幼い頃の生活について、オレは深くは聞いたことがない。それでもときどき聞いてきた話からルーシュの感じていることはなんとなく分かる。たぶんルーシュは戦争のことを思い出しているんだ。辛い記憶だろう。そんな記憶を思い出してまで、オレのために頑張ってくれているんだ。とは言っても簡単に克服できることでもないだろう。
「何が怖い?オレが死ぬのが怖いのか?オレは死なねぇぞ。」
「私の手の届かないところで、私の大切な人が死ぬのが怖いんだ。……私の力の及ばないところで、命が失くなるのが怖いんだ。ミラが死ぬのが怖いんじゃない………昔の記憶が怖いんだよ……。無理言って連れてきてもらったのに………私はダメだ……。」
「……別に怖いのはいいだろ。わざわざ乗り越える必要はない。ルーシュができないことはオレがするから、オレにできないことをルーシュがしてくれ。」
「………うん…!」
少しばかり二人で夜空を眺めてから、オレ達は部屋に戻って眠りについた。本当は別々の部屋で寝ようと思っていたのだが、何が起こるか分からないからと説得されて同じ部屋で寝ることになった。
寝る直前に精神安定剤を飲んだおかげで夜中に目が覚めることも少なかったが、朝起きてすぐ隣にあったルーシュの顔を見たときは普段以上に呼吸が苦しくなってしまった。なんとか深呼吸をして心拍を安定させたが、やはり厳しい部分もあるのかもしれない。
その日は日中は中級街に出かけた。ここは人が多いとは言えないが、極めて普通の街といった雰囲気だった。下級街から働きにきていると思われる人達を除けば特別苦労している様子はない。むしろ戦争中だと考えれば余裕のある生活をしている者がほとんどだった。ただしそれが良いとも思えない。中級街の者達は下級街から働きにきた者達を酷く虐げていた。罵り、足蹴にし、嘲笑っていた。そんな光景を許したくはないが、騒ぎを起こすわけにもいかない。ルーシュの制御が効かなくなる前にオレ達は下級街へと戻った。
「面白い情報はなかったな……。第二王子が中級街のヤツらにも支持されてるくらいか……。」
「意外だよね。下級街に良くしてるんだから煙たがられててもおかしくないと思ってたんだけど……。」
「まぁアレか?国王も第一王子も戦争を勧めるような人だ。今は上手くいっててもいつ自分達が下級街の人間のようになってもおかしくない。安心できるのはカルテッド様ってとこなのかもな。」
ロウドン王も第一王子…ガウデン様も王妃が亡くなってからはおかしくなったと聞いている。民に優しかったのに一瞬にして残虐な方になったと。いつ切り捨てられるか分かったものではない。変わらず民を想い続けているカルテッド様を応援したくなるのは当然のことだろう。
「……しかし気に入らんな。王が変わろうと人は変わらないぞ。カルテッド様が国王になれば確かに民は喜ぶだろうが……。」
「確かに、差別主義の人が多いもんね。この国。……お金があることを偉いことだと思ってるんだもん。下級街の人達が報われるならいいんだけど……。」
よそ者であるオレ達が口を出すべきでもないのだろうが、下を作って見下しているようなヤツらは気に入らない。上に見下されようとも一生懸命に生きているヤツらが報われるべきだ。しかしそれはカルテッド様が王になろうとすぐには変わらないだろう。
「しかし相変わらず歴史の破壊者の目的が分からないな……。カルテッド様を放置してるってことは邪魔じゃないのか?あるいはいつでも消せるからか……。国を落とすつもりなら民に支持されているようなヤツはどう考えても邪魔だよな……?わざわざ国王と接触しているわけだし……。」
「うーん……。それさえも利用してる可能性は?そもそも国を落とすんじゃなくて自分達の傀儡にしちゃって、そうしたら動きやすくなるでしょ?」
「………それなら国王をそのまま利用するだろ。支配下に置くことが難しいとも考えられん。国民の支持がある王子を王位に就かせるのは分かるが……今は国王の評価を落としているからな。そんな無駄なことをするとも……。」
「じゃあただ面白がってるだけとか?」
「いやそれは…………無いとは言えないか……。何の計画もなく動いてるとは考えられないが、カルテッド様に関しては面白いから放置してるって線は充分にあるな。」
歴史の破壊者がどんなヤツらなのか、未だによくは分かっちゃいないが、やるかやらないかで言えば間違いなくやるヤツらだ。そしてヤツらの目的など関係ない。片っ端から沈めていくのがオレ達の目的だ。……いい加減、できれば生け捕りにしたいな。口を割るようなヤツらだとは思わないが、殺してしまうよりは得られる情報もあるはずだ。
オレとルーシュは日が落ちるまでは部屋で休憩し、夜の0時を過ぎてから上級街、王城へと向かった。裏から回るためにそこそこ時間がかかったが、ガラリネオさんはまだ来てなさそうだ。
「しかしアレだな……白髪が目立ってきたな。そのうち全部白くなっちまうんじゃねぇか?」
「白い髪もカッコいいよ?」
「いやまぁ……髪の色が変わるのがダメっていうよりその原因が問題なんだが……。」
リュウラ先生から貰った薬のおかげで普段の精神状態はだいぶ安定しているが、それでもストレスが無くなっているわけでもない。悪夢を見るのはいつものことだし、常に心を擦り減らしている気分だ。ルーシュの前だから弱みを見せてはいないが、部屋で一人のときはいつも目を瞑って自分を落ち着かせることに努力している。酷いときは相変わらず息が詰まってしまう。セリアがいなければ己を見失って自分に殺されていたかもしれない。弱音を吐きたくはないが、それほどにしんどい。
「そんなことよりルーシュは大丈夫か?もしかしたら殺し合いになるかもしれないけど……。」
「私を誰だと思ってるの?天下のルーシュ様よ!それこそミラと殺し合いにでもならない限りは誰にも負けないよ!」
「そっか。できればオレにも負けないでくれ。」
オレがイスダンに行っている間に、ルーシュは七星級にまで仕上げたらしい。もともとそれに匹敵するだけの実力はあったが、それがさらに引き上げられたのだ。オレは五星級に昇級してから全くと言っていいほど魔力は成長していないのに……。まぁ嫉妬したところで何も変わらんか。
「おいおい!俺様を差し置いて天下たぁ言ってくれるじゃねぇか!」
「何か問題でも?いずれはミラが世界最強に、私が二番目になるんですから。」
「変に謙虚だな。ガラリネオさんも静かに頼みますよ。夜中とはいえバレちゃいますよ。」
どこからともなく、ガラリネオさんが大声とともに現れた。市民もそうだろうが、特に王城の兵士達は見張りをしているだろう。それらにバレずに侵入しなければならない。
「ああ、そうだ。お前らにはコレを渡しておこう。」
「……?何です?これは……。」
ガラリネオさんからオレ達は二つずつ護符を渡された。こういうのは何かしらの魔法か条約が刻まれたものだろうが……政府が作ったものではないな。政府の紋章が書かれていない。となると魔法札か。
「小さな陣が刻まれている方が防音魔法だ。足音などは消せる。そして大きい陣が保存結界、戦闘になればコレを発動して結界を張れ。効果は一時間といったところだが、外界と完全に遮断できるからな。」
「……街中で発動したら市民が結界内に入らないですか?」
「安心しろ。魔力の少ない者は勝手に押し出される。」
「………範囲は?」
「半径200メートル程度だ。建物が崩壊しても気にするな。政府で揉み消すからな。」
……気にしかならないが……まぁいいか。何も対策せずに街中で戦うよりはよっぽどマシだろう。戦闘にならなければいいだけ……とは思うがそう楽にもいかないだろうな。
「どう動きますか?」
「基本は同じだ。俺が一人、お前らが二人だ。鍵はお前が持っておけ。俺は強引に動いて兵士どもを引きつけておく。」
「……あまり殺さないでくださいよ。」
「極力はな。」
この人を自由にさせていいものなのか……とはいえ手綱を握れるわけでもないか。心配はあれど諦めるしかなさそうだ。オレ達は一階の窓から侵入し、そこから二手に分かれた。執務室に行きたいところだが……カルテッド様から城の地図くらい貰っておけばよかったな。せめて何階にあるのかさえ聞いておけば楽だったかもしれない。
廊下にはいくつもの感知機、魔力を感知して有事には警報を鳴らすものが設置されてあった。それを避けることは難しく、破壊してしまえば当然兵士がやってくるだろう。ガラリネオさんはそれを気にせずに走り回っているようだが、幸いにもオレの魔力が魔力の波動を消してしまうためにオレ達はほとんど無視することができた。
「………?倉庫か?……いや、違うか。」
適当に大きめの部屋を開けて進んでいくと、そのうち書類が山積みになった部屋に当たった。よく見ると机と椅子があるからここが執務室だろう。もはや人が働けるようにも見えないが、しばらく使っていないのだろうか?ここに手掛かりとなるものがあらばいいが……。
「オレは机周りを確認しよう。ルーシュはその辺の山を見てくれ。」
「分かった!」
書類の文字に目をやると、色んなことが記されてあった。税収や地方からの報告、予算や決算など、気になるものはいくつかあったが今見つけるべきものはすぐには見当たらなかった。机の中も見てみたが、歴史の破壊者に繋がるようなものは見当たらない。これだけの数があれば中にはあるのかもしれないが……途方もないな。書類を見て一枚ずつ退けていくと、一つ、目に留まった。いや、もともと目に留まってはいたものの、気にしていなかったのだ。ただコレならば何か書いてあるのではないか?そう思って手に取ったものは数年前の国王の日記だった。




