第29話 イカれた王
ーー妻が死んだ。スラム街で病気を患ったからだ。妻はいつも国民のために尽力していた。王妃となろうとも決してその権威に威張らず、常に身を粉にして民のために働いた。私はどうすればいい?答えは簡単だ。妻の無念を晴らせばいい。これ以上私の大切な者を奪われるわけにはいかない。妻の愛したものを失くすわけにはいかない。私は国民と大切な息子達のために働こう。そうでもしないと死んだ妻に顔向けができないというものだ。
「さて……一人ずつ確認しようか。君達には私が直々に罰を与える。」
「………!」
薄暗い部屋の中に、椅子に一人とその部下が一人立っていた。そしてその前には床に座った三つの家族があった。夫婦が一つ、母と子どもからなる家族が一つ、子どもを持つ夫婦がなす家族が一つだ。椅子に座った男は剣を抜き、左から順に話しかけた。
「まず君達は税を納められなかった罪だ。国に貢献できない者は国民ではない。言い訳はあるか?」
「税が重すぎます……!私の命は軽いものですが……どうか妻の命だけは……ッ!」
「うぅ……!!」
男は妻の命を乞う男の首を飛ばした。無慈悲に、しかし彼の気持ちに対しては確かな敬意を持っていた。
「素敵な愛情ではないか……。己の命以上に妻のことを想っているとは……素晴らしい夫を持ったものだな。」
「う……うぅ……はい……!」
「ならば君一人生きていても辛いだろう。すぐに後を追わせてあげよう。」
「なッ!」
夫の首が飛んだわずか18秒後、その妻も同じように首が飛んだ。その光景は極めて残虐に写っていたが、当人は心からの善意であった。ただそれ故に事実、酷く残虐だった。
「さて、次だ。君達の夫が戦場から逃げ出した罪だ。すでに彼は殺したが、君達も責任を取る必要がある。」
「……旦那の罪は!どうか旦那と私の命でお許しください!娘はまだ若く……大きくなればいずれ国に貢献できるでしょう!ですからどうか……!」
「ママ、ダメ!ママが死ぬなら私だって……ッ!」
娘の懇願虚しく、母親の首は飛ばされた。離れた首から溢れ出した血が娘の顔にかかり、彼女の視界は闇と恐怖に奪われた。若くして最初に感じたの恐怖は死に対するものだった。
「あ……あッ……!」
「可哀想に。君も母親のために死にたがっていたね。僕が叶えてあげよう。」
娘の細く柔らかい首も、血のついた鋭い刃によって落とされた。残る家族は一つとなり、男は彼らの前へと足を運んだ。
「君達は窃盗の罪だ。父親が中級街で盗みを働いたね?重い罪というわけでもないが……償いはせねばならん。」
「……ならば私の罪は妻と息子達が被ります!ですからどうか私の命だけは!お許し……!」
「薄汚い心を持ちやがって……!それでも君は父親か!?人の命をなんだと思っているんだ!!」
己の罪を人に被せようとする男の首を刎ね、さらに身体を滅多刺しにした。汚い精神に対して、怒りのままに剣を振るった。
「はぁ……はぁ……。さて、汚い男とはいえ君達の父親だ。最期の願いだけは聞き入れてあげたいだろう?」
「ま……待って……!」
正義の刃は無慈悲にも三つの首を落とした。全ての家族の処刑を終えた。男は剣をしまい、部下の方に目をやった。
「罪を犯す者など国民ではない。そして当然、死んだ者も国民ではない。さて、ここに私が守るべき“国民”はいましたか?」
「い、いえ!ただの一人も……!」
「そうか。なら問題ないな。」
***********************
空間転移でロウドンへとやってきたオレ達は寂れた雰囲気の街へと放り出された。普通に考えたら転移先は首都か主要な都市なのだろうが……ここは路地裏だろうか。まぁ街の真ん中に急に現れたら注目されるなんてものではないからな。ただどこか不快な匂いがする……。
「よし。ここはロウドンの首都・シンバルだ。俺様は今から一人で動く。お前達は自由に動け。明日の深夜に王城の裏で落ち合おう。」
「了解です。」
そう言ってすぐにガラリネオさんは飛んでいった。さて……ここはどんなところだろうか……。奥に行けば行くほど人が集まっているようだが、それを中心として円状に少しずつ人口が減っている。オレ達がいるのはその最も人口の少ない層だ。ただずっと遠くには同じような構成で人が集まっている。まぁ都市だろうな。それがここ、シンバルを囲むように五つは確認できるが……。……?なんでオレはそんなに遠くの魔力を、人を感知できているんだ……?
「ん?……あッ!あー!」
「えっ?何?」
「い、いや!なんでもない!」
「……そう?」
やってしまった……。精神安定剤が三日分しかない。よりによってルーシュと二人になることが多いだろうに……。どうする?いや、戻れはしないからな……。最悪帰ってからすぐに貰えばいいが……まぁなんとかなるか。
「とりあえずこの辺りを回ってみよう。それから少しずつ都市部を見ていけばいいか?」
「うん。それでいいと思う。そうしよう。」
オレとルーシュはボロボロの街を見て歩いた。戦争中と聞けばそれも納得できないこともないが……異様にここの住民は疲れ切っているようだった。生きているのに疲れたような、そんな目をしていた。……貧民街というものか。まずはこの国の情勢について聞いておきたいな。
「すいません!そこのおっちゃん!ちょっとばかり話をいいか!?」
「ん?見ねぇ顔だな?……まぁ話くらいなら構わねぇぞ。今日は休みだしな。」
街で偶然見かけた中年の男性に声をかけた。扉のない石造りの家に上げてもらい、そこの席についた。茶や軽食は断ったが……少し話をしようと思っただけなのだがな。歓迎されているというわけでもなさそうだが……。
「君達は外国の人だろう?」
「そ、そんなんじゃねぇよ。オレ達ゃここの国のもんよ。見りゃ分かるだろ?」
「隠す必要はない。通報はしないさ。したところで君達が逃げたら処されるのは俺の方だからな。」
「……この国のお偉いさんは変わってるんだな。」
「……ロウドン王はな……王妃が亡くなられてから大きく変わってしまった。第一王子もそうだ。イカれちまったのさ。今もなお我々の味方となってくれるのは第二王子だけさ。」
「王妃はなんで亡くなったんだ?」
「ここ……下級街と呼ばれる街だが、ここで何やら感染症を患われたらしい。あの方は平民にも分け隔てなく良くしてくれてな。あのときはまだ下級街もずっとマシだった。」
……となると戦争のきっかけは国王だろうな。当然と言えば当然だが、有力な貴族と歴史の破壊者が接触した可能性は低い。やはり調べるのは王城が最優先だな。
「……ねぇ、あなた達の生活は苦しそうに見えるけど、街の中心の人達はそんなこともないわよね?あなた達が働いてないわけでもないっぽいし、どういう状況なの?」
「……王は下級市民に酷く重い税を課しているんだ。貴族達には簡単に払える程度しか課していないがな。戦争の負担をほとんど俺達に負わせているから、逃げ出す者も少なくない。その者達がどうなったかなど知らないがね。」
「そんなことをしてたら国が滅ぶぞ?」
「外国の人は知らないのか?王は何やら“金のかからない兵力”を持っているらしい。その代償に国民が殺されているとかいないとか……。だがこれでは戦争に勝ったところでいずれ国が滅ぶのは確か。王の目的は分からないが、まぁおかしくなってしまったのだろう。」
国を滅ぼすことが目的か?そもそも歴史の破壊者の目的が分からないからな……。金のかからない兵力というのは魔物か何かだろうが……そうなると歴史の破壊者の目的は金じゃないよな。……賠償金がという線もないことにはないが……そんな回りくどいことをするか?そもそも国を二つ落とすことぐらいわけもないと思うが……まぁそれはカモフラージュでもしてると考えればいいか。
「俺が言えることはこんくらいだな。君達はなぜこんな国に来たんだ?深くは話さなくても構わないが……。」
「……この国の裏で糸を引いてる組織に用があってな。潰せるようなら潰したいんだ。」
「子どもがか?」
「問題ない。オレ達は強いからな。それより……夜を過ごせる場所が欲しいんだが、どこかあるかな?」
「下級街ならどこでもあるさ。空き家ばかりだからな。中級街や上級街ならホテルや宿もあるだろうが、高いからな。それにここの通貨は持っちゃいねぇだろ?」
「そうだな。よし。世話になった。これはほんの礼だ。」
オレはセリアの空間収納から少しばかりの肉と野菜を置いて家を出た。全ての国民を救うことはできないが、手の届く人は助けてやりたい。全ての国民を救う手があるとすれば、それは戦争を止めることくらいか。
「………ん?」
下級街を歩いて中級街の方向へと歩いていると、前から三人組が歩いてきた。警察や衛兵ではなさそうだ。雰囲気からすると用心と護衛というような感じだが……そんなヤツが下級街なんかに来るか?何者だ?警戒しながら歩いていると、先頭を歩いている男が話しかけてきた。
「見ない顔ですね。外国の方かとお見受けしますが……。」
「ははっ。ご冗談を。少し散歩していただけですよ。」
「それはまた趣味が悪いですね。互いに話があるでしょう?城に案内しますよ。グランデュース=ミルアルト殿とアリベル=ルーシュ殿。」
「………まさか王族の方で?確かに聞きたいことはありますが、大人しく連行されるわけにもいかんのですよ。」
「逃げるのなら構いませんよ。しかしまぁ……あなた達を通報しなかった方には相応の対応をさせていただきますが……。」
「……大人しくついて行けば?」
「黙認しましょう。少なくとも悪いようにはしないと約束します。」
「……ルーシュ。」
「いいよ。最悪全部倒して逃げよう。」
「よし。あなたに従いましょう。約束を守っていただけるなら。」
「ええ、もちろん。ではこちらに。」
どうも胡散臭いというか……上っ面ばかり良くしているようにしか見えない。が、オレ達に対して悪意だったり敵意だったりを抱いてはいない。妖刀はそういう負の感情には敏感だ。だからその主であるオレにもそういった感情が多少は伝わってくる。しかしこの王子からそれらは伝わってこないから変に警戒すべきでもない。オレ達が敵対しようとしなければとりあえずは大丈夫だろう。
少し歩いたところで魔導車に乗り、そこから中級街、上級街へと進んだ。中級街は栄えた街で、上級街は貴族の屋敷が並んでいた。彼らの先祖は努力しただろうが、今最も努力しているのは間違いなく下級街の人間だ。この理不尽な光景にオレは多少の怒りを抱いていた。
「はっはっはっ!いやぁ、すまないね!流石に公共の場で君達と話すわけにはいかなかったんだ!外国の人を放っておくわけにもいかないしね!ああ、兵は出たまえ。護衛はいらないよ。」
「はっ!」
「えーっと………。」
王城に連れて来られたオレ達はそのまま王子様の自室へと連れられた。てっきり牢にでも入れられるんじゃないかと思っていたんだが……案外好待遇じゃないか。本当に話をしたいのか。
「まず自己紹介をしようか。僕はロウドン・スザン=カルテッド。この国の第二王子だ。」
「ああ、あなたが。……なんでオレ達のことを知ってるんです?」
オレはストレートに尋ねた。誤魔化す必要はない。オレ達以外に聞いてるヤツもいないからな。
「君こそ知ってるだろ?王は歴史の破壊者と繋がっているんだ。噂で聞いたんだよ。君達が来ると。」
……やっぱり歴史の破壊者と繋がってるのか。そしてそれが王だと……鵜呑みにするわけにもいかないが十中八九事実だろう。しかし困ったというかなんというか……。
「………噂で情報が漏れてんじゃ参りますよ。なんで歴史の破壊者にバレてる?」
「そんなの僕は知らないよ。歴史の破壊者に従ってるフリはしてるけど、やっぱり怪しまれてるんでね。……君達はウチとアイツらが繋がっている証拠を取りに来たんだろ?」
「ええ。」
「ならコレを貸してあげよう。」
「ん?」
そう言ってカルテッド様に渡されたのは鍵だった。……鍵?鍵??なぜに鍵……?どこの鍵だ?
「それがあれば王城の大抵の部屋には入れる。恐らくは父……王の執務室に何かしらの書類があるとは思うよ。調査に来るのはいつ頃だ?」
「……明後日の深夜ですね。それまでは街を見ておきますよ。」
「そうか。僕は警備に口を出すことはできないから注意したまえ。」
「お心遣い感謝します。」
……マジに協力者なのか?未だに敵意は感じられない。信用できるのか?こんなに胡散臭いのに?……あまり警戒しすぎるのも失礼か……。
「ねぇ、この国にいる歴史の破壊者ってどんなヤツなんですか?」
「ああ、C72とかいう男だ。能力は知らないが、恐ろしく強い奴だよ。」
「C?初めて聞くタイプだな。No.なんとかじゃないのか?」
「歴史の破壊者には三つのタイプがいるらしい。A型とB型とC型、A型の10番以下はNo.と呼ばれているらしい。呼びやすいって理由らしいから深い意味はないようだがね。」
「ま、待ってください。歴史の破壊者ってのはどいつもこいつもイカれた強さなんです。それがそんなに大量にいるんですか?」
「……そうらしいな。A型は最もスタンダードな、B型はより魔法能力に、C型は武術能力に長けているらしい。とはいえそれも個体差があるらしいがな。ともかく、アレには気をつけなさい。君達がどれほど強いが知らないが、関わらないに越したことはない。アレは法帝様に任せるんだ。」
法帝のことも把握しているのか……。いや、オレ達のことを知ってるなら知らない方がおかしいか。
話を終えた後は城外へと案内され、そのままオレとルーシュで下級街へと戻った。そこで適当な空き家を見つけてそこに入った。ガラリネオさんに王子から聞いた話を、あらかじめ貰っていた魔導通信機を使って伝えた。武術に長けた歴史の破壊者、魔法を使う彼には相性が悪いだろう。それでも彼の言った“問題ない”という言葉には充分な自信と重みがあった。




