第02話 相棒
“ネフィル”という名を持っていたのは、歴史上三人しかいない。探せばいるのかもしれないけれど、少なくとも歴史の教科書に載るような人物は三人しかいなかった。“終焉の大魔王”ネフィル=エスト、そしてその伴侶である英雄ネフィル=セルセリア、現代にも生きている永久の“魔天皇”ネフィル=ユリハだけだ。そしてそのうちの一人が今、オレによって現世に召喚されたわけだ。
召喚は終わったので、オレはセリアと一緒に部屋を出た。人間、というより高い知能を持った魂は、死ぬとすぐに浄化、転生をすることが多い。地獄に落ちた者は罪を洗うためにしばらくは彷徨うと言われるが、天界に昇った者であればよほど強い魂を持っていなければ一年もせずに転生するものだ。それなのに一万年も魂の形を保っていたとは……そしてそんな偉大な魂がオレによって召喚されたというのがなんとも納得いかない。……が、それをセリアに言っても仕方ないのでオレは校門に着くまでは今の世界について簡単にセリアに説明をしていた。
セリアと話していて分かったことが二つあった。まず一つは、天転召喚によって現世に降りた魂は基本的な現代の世界を理解するようだ。全てを理解するわけではないが、セリアは彼女が生きていた世界から一万年経っていることを知っていた。一般に使われている通貨や新たな技術についてもある程度知っているらしい。それはなんでも天界から現世を眺めることができたからだとか。そして二つ目は、セリアは思った以上に普通の女の子ということだ。神話では聖母だなんだと書かれていることも少なくないのだが、どうやらそれは脚色されていたらしい。知らないことに目を光らせながら興味を持ち、隙があればオレをからかい、そして歳を尋ねると怒る。“普通”の枠から外れている点を挙げるのなら、それは戦闘や戦闘能力の向上に対して非常に貪欲な“戦闘狂”の一面もあるというところくらいか。
「セリア、これからさっき話したルーシュと会うけど、幽体化して見えないようにしといてくれ。」
「?話しちゃってもいいんじゃないの?」
「たぶん色々質問攻めにあうから、父さん達にも話すし、そのとき一緒に説明する方が楽だよ。分かってると思うけど天人が召喚されるのは少ないんだから。」
「なるほどね。それなら言う通りにしておこうか。」
校門が見え始めるとセリアは姿を消した。彼女からしても逐一説明するのは面倒くさいらしい。それでもオレの脳内には話しかけてくるからやかましいのは変わらないが。
「あ!おーい!ミラ!こっちだよ!!」
校門まで歩いていくと、気づいたルーシュが元気に声をかけてきた。オレも返すように手を振って、やや足早に近寄った。そして西大陸に繋がる転移門まで歩きながら今日の話をした。
「で?どうだったの?顔を見るからに失敗はしてなさそうだけど。」
顔を見て分かるのか。ルーシュはよく顔を見ているのか、それとも敏感なのか。オレはそんなに分かりやすい顔をしているつもりもないのだけどな。
「召喚は成功したよ。でもまぁ……正直オレも想像以上のことが起こって動揺してるっていうか……だからまぁ詳しいことは帰ってから説明するよ。」
「へぇ!もしかして天人を召喚しちゃったとか!?」
「……うん。……まぁ……そうかな。……そうっちゃそう。」
「やっぱり?いやぁ……ミラはそうだと思ったんだよね。やっぱり素質があるっていうのかな!?ミラなら上手くいくって信じてたよ!!」
後で説明するって言っているのにずっと質問をされているな。そんなにも期待してくれてたのか。なんか嬉しいなと思っていると、セリアがオレに話しかけてきた。
(ねぇミラ、ルーシュって召喚に失敗しちゃったんだっけ?ミラよりも素質ありそうなのに、残念ね。)
(………なんか複雑な感情だよ。オレもそうは思うけど、あんま比べないでくれよ。)
(まぁ天転召喚なんて、平和に暮らしてれば対して必要性が高いものではないけどね。)
それもそうだ。天界から召喚される者は、あくまで召喚者の守護者として召喚される。それ故に召喚された者は防衛目的、あるいは同意の上での戦闘以外で現世の者に危害を加えることは許されない。儀式を行うのが“16歳になる年”というのも、戦争の際にはその弱い命を守るために生まれたばかりに行われることも稀にあるし、天転召喚というのは大きな力から身を守るための手段なのだ。ルーシュは戦争経験者なので幼いころに召喚できていればとは思うが、平和な現状を考えるのならば、天転召喚というのは必須のものではない。将来を考えるとしても、オレやセリアが守ってやればいいのだから。
そんなことを考えながらルーシュと話していると、あっという間に転移門まで到着した。そこから西大陸まで一気に転移し、オレの家がある“バラン”という街に到着した。バランは“ジュートレッド”という国の首都で、そこの家というには少し大きく、屋敷というには少し小さい建物にオレの両親は住んでいる。グランデュース家は、大昔、それこそ神話の時代では“プリセリド”という街の領主をしていたそうだが、いつからかこちらに住むようになったらしい。
(わっ!?今のって転移?エストの術と似た感じだったわね!)
(?エストって言うとあのネフィル=エストか?空間魔法なんて使えたのか?)
(一応ね。いやぁ……バランも大きくなっちゃって。コンクリートって言うんだっけ?昔はレンガとか木造が多かったから不思議な感じね。)
歴史で学んだけれど、そういえば転移門は南大陸の遺跡を元に作ったんだっけか。南大陸といえばミスロン王国だし……起源はネフィル=エストの魔法だったりするのか?だとするとやっぱり彼は魔力をだいぶ持ってたんだろうな。魔力量があまりに多いと普通の人には感知できなくなるそうだし、彼はその次元だったのだろう。オレはそんなことを考えながら家へと向かった。空はもう暮れ始めているようだった。
「ふぅ……。半年ぶりかな。帰ってくるのは。」
「いつもは寮だもんね!おばさん達元気かな?」
「ご馳走作るって言ってたんだろ?まだオレ達に心配されるほどの歳じゃないよ。」
オレはそうは言いつつも、ほんの少しだけ両親が元気にしているかは不安だった。半年空けて帰るのは珍しいことでもなかったが、その度に親を思うこの気持ちというのは変わらなかった。親を離れて暮らしている己の不安というものかもしれない。まぁ何にせよほんの少しだが。扉を開けてルーシュと一緒にただいまという声を響かせると、奥からどたどたと何かが走ってくる音が聞こえた。
「ミラ!ルーちゃん!おかえりなさい!!」
「うわっ!ただいま、おばさん。」
母さんが走ってオレとルーシュに抱きついてきた。まったく。母さんはいつも大袈裟なんだ。
「もう!こんな暗くなるまで帰らないから心配したわよ!!母さんったら心配しすぎて捜そうかとおもったんだから。」
「母さん、まだ夕方だよ。それに帰りがこの時間になるのはいつものことじゃんか。」
「それはそうだけど……あ!そういえば今日はどうだった!?」
「心配はしなくていいし、ちゃんと説明するから家に上げてくれ。父さんもいるんでしょ?ルーシュと父さんにもまとめて話したいから。」
「ミラあんた、ルーちゃんにも話してないの?せっかく一緒に帰ってきたのに。」
「大丈夫だよ、おばさん。私も少しは聞いたし、詳しいことはこれから話してくれるみたいだから。」
オレ達はなんとか母さんの拘束を解き、家に入ることができた。心配してくれるのは嬉しいといえば嬉しいんだけど……母さんはやっぱり大袈裟なんだよな。父さんも似たような感じだけど、それでも自分の威厳を気にしてる分いくらかマシだ。でもこういう家だからこそ、オレもルーシュも助かっている部分はある。そこにはちゃんと感謝しないといけないな。
「ま、それなら詳しい話はご飯の後にしましょうか!今日は腕を振るってるから、父さんと一緒に待ってて。」
「はぁい。父さんもただいま。」
「おう、おかえり。」
父さんは素っ気なく返事をした。こんな感じの人ではあるけど、実際はメチャメチャに子煩悩だ。今も何でもないような雰囲気を出しながら、久しぶりに会えて興奮してるのか新聞を逆さまにして読んでいる。ちなみにルーシュは母さんには懐いているものの、父さんに対しては少し当たりが強い。特にこの数年間においては。
オレは出された料理を食べ、最近の学園のことを話しながらセリアのことをどう話そうかと考えていた。天人ってだけでも驚かれるだろうけど……神話の英雄にしてオレ達グランデュース家の先祖となると……驚くなんてもんじゃ済まないよな。実際オレだってまだ現実味がないわけだし。思考が行ったり来たりしている間に、夕食は食べ終わってしまい話は流れるように天転召喚へと移っていった。
「毎年のことだけど、世界中で今日はお祭り騒ぎよね。この街も例外じゃないし、大変よ。まぁ結果はどうあれ大きな節目とされるんだから当然なんだけどね〜。」
「そうですよね〜。神様も天界が寂しくなるって文句垂れてましたよ。」
「やっぱり?天界も大変なのね。……?ッ!?」
「なッ!?だ、誰だ!?」
「え!??!?」
母さんが話していると、その話に急にセリアが入ってきた。コップに注いだお茶をちびちびと飲みながら。世間話でもするように当たり前に話し始めたから……父さんもルーシュも、当然母さんも腰を抜かしている。なぜオレの説明を待てないのか……。英雄というものはどうにもマイペースらしい。
「あー……えーっと……オレが天転召喚で召喚したセリア……グランデュース=セルセリアです。……びっくりするだろうけど。……。」
「セルセリアです。ミラ君の生涯の相棒……とは言えないけど、守護者として彼を守ると誓いましょう。」
「なんでよ!!あなたみたいな美人さんならミラの相棒になってくれたっていいのよ!?ねぇ!?」
「落ち着いて下さい、お母さん。私には先約がいるんですよ。彼にはルーシュちゃんもいるみたいですし、下手なこと言うべきではないですよ?」
「あら!セルセリアちゃんは分かる子なのね!!そういうなら安心して任せられるわ!!」
変な誤解をしている母さんをセリアは何やら説得したらしい。小さい声でよく聞き取れなかったけど、たぶん碌なことではないな。母さんは色々と動転しているのか分からないけれど、父さんとルーシュは理解が追いついているようで、しっかり頭が真っ白になっている。母さんもそうなってくれていればまともに話を進められたのに……。
「…………?“セルセリア”ちゃん……?」
「ええ。そうですよ?」
「グランデュースの……?」
「ええ。」
「…………ミラ!!母さんには理解ができないわ!!簡単に説明してちょうだい!!」
ああ……どうやら母さんも正気に戻ったらしい。簡単に説明した結果が今なのだが……まぁ父さんもルーシュも納得していないようだし仕方ないか。オレは今日の召喚のことを一から詳しく説明した。
「まさか英雄様だとは知らず……無礼な態度を……。」
「いやいや、構いませんよ。それに何も私は偉い人間というわけでもありませんから!むしろ楽に接してくださいな。」
「そうですか!?じゃあよろしくお願いします!!」
顔を青ざめた母さんに、セリアは笑って返してくれた。オレはしばらく話していて多少なり人となりは分かっているけど、そうでない人からしたら顔を見ることすら畏れ多い崇高の存在だからな。それでもすぐに打ち解けられ、人に好かれるのは英雄として語り継がれる所以なのかもしれない。セリアはすぐに父さんやルーシュとも仲良くなってしまった。
「だがまさか…かの有名なセルセリア様を召喚するとはな。僕達の息子はやっぱり大物になるのかも知れんな。」
「彼が望むなら、いくらでも私が強く鍛えてあげますよ。なんならガスターさんにも教えましょうか?」
「ははっ!ありがたいですがね。無茶をできる歳でもありませんから。」
いつの間に名前で呼ぶような仲になったのか、父さんとセリアは楽しそうに話していた。酒を交わすとそうなるものなのだろうか。大人になればオレにも分かるのか。ときどき母さんや父さんの質問に答えながら紅茶を飲んでいると、ルーシュがくいっとおれの服の裾を引っ張った。
「?なんだ?」
「………ミラはセルセリアさんみたいな人が好みなの……?」
「まさか。綺麗な人だとは思うけど、一体あの人が何歳だと思って………。」
「ん??」
おっと……。口が滑ってしまった。これ以上何かを言ったら確実に殺されてしまうな。ルーシュはオレの答えに満足したのか、裾を話していつも通りの明るい顔に戻った。
「か、母さん達まだ寝ないから!あなた達お部屋で好きにしててもいいわよ!!ねぇ、父さん!?」
「そ、そうだぞ!!なんなら父さん達はどこかに泊まってくるから………。」
「茶化すんじゃねーよ!!親だろ!せめて止めろ!」
まったく……。変なことを言うのはやめて欲しい。ルーシュも困るだろうに……。オレの親のこういうところは本当にダメだと思う。
「っと、そうだ。セルセリア様、あなたは剣は持ってるんですか?」
「ありますよ、一応。生前使ってた剣は無くしてしまったんですが、普通の剣ならいつでも天が作ってくれるので。」
「それなら少し待ってて下さい。セルセリア様に相応しい剣が一振りあるんですよ。」
そう言って父さんは部屋の奥へと消えていった。セリアとルーシュが“何?”とオレに尋ねてきたが、オレもそんなものは知らない。グランデュース家は剣士の家系だから倉庫に行けばそれなりのものはあるだろうけど……正直英雄が振るに相応しいものなどあっただろうか。そう考えていると、父さんは思ったより早く帰ってきた。抱えていた長い木箱を机に置いたのだが、それは父さんの部屋の奥にいつも置いてあったものだ。その箱には封印の魔法が施されているようで、一度開けばその魔法が解除されてしまうので絶対に開かないようにと言われていたのだが………もしかしてこの中に剣が入っているのか?…………こんな埃臭い箱に……?
「神話には色んな書かれ方をされているのですがね、あなたの話を聞く分にはこの剣はあなたが使うに相応しいかと。」
「……?」
そう言って父さんは木箱を開いた。そこにあったのはただの剣だった。特別重いとか軽いとか、鋭いとかでもなく、ありきたりな剣のようだった。強いて言うのなら、剣には封印がされていなかったのにその輝きを失っていないという点では普通ではないか。だが木箱に封印がされている時点で外界とは遮断されていたわけだから別に不思議なことでもない。それでも、セリアは何かを感じており、その剣を手に取るとその何かが確信に変わっていた。
「………名前は?」
「“オーディラン”……という名の剣のようです。ずっと昔の剣ですので、使っていた者の名前とグランデュース家に下さった者の名前しか今では分かりませんが。もちろんそれも確かかは分かりません。」
「いや、これは妹の使ってたものね。それにくれたのはエストなんでしょう?懐かしいわね。彼の持ってた刀と同じようなものだわ……。」
セリアはしばらく剣を眺め、生前の記憶に浸っているようだった。少し目に涙を浮かべながら、確かに過去を見ていた。オレ達はそれに水を差すことはせず、セリアが落ち着くのを待った。父さんは受け継がれてきた剣の所有権を正式にセリアに渡し、この日は終了した。忙しかったわけでもないのに、朝から晩まで濃い、そして人生で一番長い一日だった。