第27話 魔眼
校長室から寮に帰る途中、生徒会室の方へ寄ってみた。確信はないがもしかしたらルーシュがいるかもしれないし、いなくても回り道をした方が会えるかもしれない。どうしても会わなくてはならないわけでもないが、会えるのならば早いに越したことはない。
「あっ!ミラじゃん!昨日帰ってたんだっけ?」
「ああ、ルーシュ。ちょうど探してたんだ。」
背後から呼ばれる声に振り返るとルーシュがいた。本当に会えるとは……可能性は低いと思っていたんだがな。迷宮でほんのちょっと無茶したことを良い塩梅に話しておこう。
「……?なんかすごい……何かあったの?」
「?いや、学外学習のことでちょっと話しておくべきことがあってな………。……ッ!?」
……何かが変だ。ルーシュの顔を見た途端にオレの意思には反して呼吸が荒れ始めた。いや、正しくは声を聞いたときからだろうか。肺に酸素を取り込めないほどに呼吸が乱れ、心拍数も加速度的に上がっていくのが感じられた。
「ハァ……ハァ……ゔッ……!」
「ど、どうしたの!?ミラ!?ねぇ!大丈夫!?」
「ぁあ……ああああ!」
「ミラ!?ミラ!!しっかりして!!」
いつからかルーシュの声は聞こえなくなり、息もだんだんと苦しくなった。視界も次第に暗くなっていった。身体が酷く震える。恐ろしく寒く、暑い。何かに恐怖していることだけが分かった。しかし何に恐怖しているのか。分からない。ただひたすらに恐ろしく、そして次第に謎の虚無感に襲われた。何のために生きているのか。死んでしまった方が楽なのではないか。なぜかは分からないがそんな自暴自棄な感情に沈んでいった。
「ッハァ!………ハァ……ハァ……。……なんだ……?」
気づくとオレは保健室のベッドに横たわっていた。いつの間にか空は赤いな。……気を失っていたのか?……熱は無さそうだが依然として身体は小刻みに震えており、身体はどこか重くも感じた。どうしたというのだ……仮面の男に遭遇して以降、オレは何かがおかしくなっていた。
「ミラ……!みらぁ……!!」
「ッ!!ルーシュ、どうしたんだよ……?……ゲホッ……ゔぅ……。」
胃酸が溢れ出そうな気持ち悪さがだんだんと大きくなってきた。いっそ吐いてしまいたいのに、吐けないのが気持ちの悪さに拍車をかけている。……頭が痛い。人と出会う度に似たような感覚になるが、なぜかルーシュに対してはそれが一層強まる気がする。
「……ねぇ、ミラ。もしかして私のせいで……。」
「そんなんじゃねぇよ……ただちょっと……気分が優れないだけで……。」
「気分が優れないだけじゃ気絶なんてしないよ!………すごいうなされてたし……普通じゃないよ!」
「あれ?グランデュース君起きてるじゃん。……悪いけどアリベル君は出ていてくれるかな?」
「………はい。」
そう言って保健室に入ってきたのは医務のリュウラ先生だった。普段から保健室にいるため関わりは少ない。まさかお世話になることがあるとは思っていなかった。リュウラ先生の指示でルーシュは保健室を退室し、この部屋にはオレと先生の二人となった。
「さて、この際はっきりと問うがね、アリベル君と何かあったのかい?」
「……いえ、何もありませんが……。」
「そう言われても信じられんね。君は寝ている間でも彼女の声を聞くたびに魔力が乱れていた。何もないことはないだろう。」
「そうは言っても……昨日学外学習から帰ってさっき会ったばかりですし……。それ以前は何ともありませんでしたよ?」
「ならば学外学習だね。思い当たる節は?」
やはり仮面の男か……?しかし正直に言うわけにもいかないし……オレだってよく理解しちゃいない。
「心当たりがないと言えば嘘になりますが、話せるほどの情報がありません。本当に何も分からないんです。」
「………ならば追及するのも失礼というものだね。なら君の状態について軽く話しておくが、“何か”の影響で常に精神に負荷が掛かっているようだ。その“何か”は分からないけど、そのせいで心が全く癒せていない。できることなら一週間でも二週間でも休むべきだね。」
「休めないわけでもありませんが……それは落ち着かないですね。私としては動いていた方が気が紛れるような気がするというか……。」
「君がそう思うなら止めないよ。ただそうだね……案外ストレスというものには気づきにくいのが普通だが、君の場合相当のストレスだから分かりやすいね。どうも白髪が生え始めているようだから分かりやすいか。」
オレはリュウラ先生から渡された手鏡を見てゾッとした。みんなが口を揃えて“死んだような目”とか“疲れた目”とか言っていた意味が分かった。生気が感じられないというか、ハイライトのないように見えた。そしてところどころ白い髪が見える。明らかな肌の若さに目を瞑れば、その容姿はまるで生きるのに疲れた老人のようだった。………コレがオレ…?鏡という確実なものを見ても信じ難いことだった。ショックというよりも、自分で自分が哀れに感じた。
「どうにも精神が回復しないようならいつでも保健室に来なさい。あと……コレを渡しておこう。精神安定剤だ。一日二錠飲めばある程度落ち着くだろう。それでも安心はできないがね。今はアリベル君が外で待っているだろうから飲んでいきなさい。」
「ありがとうございます。………先生はルーシュと親しいんですか?」
「親しいというか……あの子はよく保健室に来るからね。生徒の中では割と話す方かな。」
「?オレは知らないんですが、どこか悪いところがあるんで?」
「いや、ただ授業をサボっているだけだよ。よくベッドで寝ている。困ったものだよ。」
「ああ……なるほど。オレから言っておきます。」
「ただまぁ、リラックスできる場があるというのはいいことだ。あの子の場合はどこでもリラックスしているだろうけど……君もいつでも来ていいからね。」
「はい。ありがとうございます。」
オレはリュウラ先生から受け取った薬を一錠飲み、少し置いてから保健室を出た。なるほど、魔力の流れを安定させることで精神にも影響を出すというものか。薬学は全く分からないからもちろんそれだけではないだろうが、即効性がすごいのはそのせいでもあるだろう。
「あ!ミラ!」
部屋を出るとすぐ横でルーシュが待っていた。まだ少し心拍は上がっているが、以前と比べるとずっとマシだ。それでもオレがしっかりしていないとまたおかしくなってしまうだろう。
「……もう大丈夫なの?」
「オレが大丈夫じゃなかったことがあったか?」
「あったでしょ。……もう。」
ルーシュは呆れたような声で言いながらいまだに震えているオレの手を握ってくれた。想像以上に温かい手だった。……違うか。オレがなぜか勝手に彼女の手を冷たいものだと思っていたのだ。
オレは鈍い方だが流石にある程度の予想はつく。きっと幻術の中でルーシュと、そして面識のあるあらゆる人達と“何か”があったのだろう。その“何か”が何なのかは分からないけれど、想像したくないほどのことが起こったのだろう。……殺し合いでもしたのだろうか。それを夢だ幻だと割り切っていれば今のオレのようにはなっていなかったのか?それか割り切っていてもこんな精神状態になっているのか。だとすれば殺し合いよりもずっとタチの悪いことをしていたのだろう。ただそれも予想でしかない。恐らくオレが真実を知ることはないだろう。
「……まだ何か怖いの?」
「そうだな。……何かは分からないけど、すごい怖いんだ。………もしも、もしもルーシュが道を踏み外したとしたら……オレにはどうして欲しい?」
「私が?そうだなぁ……今の私が嫌いなタイプの人になっちゃったら、そのときはミラが私を殺してよ。でも後を追っちゃダメだよ?ミラは私よりも長生きする約束だもん。」
「そっか……。じゃあルーシュが道を外さないように頑張ろうかな。」
「………うん!そうして!」
心配する必要はない。心配することなど何もない。オレは分かっているのにオレの身体は分かっちゃいない。そう簡単に克服できるものでもないのだろう。そのことをルーシュも分かってくれている。だからできる限りオレに寄り添ってくれる。
「ねぇ、ミラ。霊明祭一緒に回ろうよ。」
霊明祭は来週末だったか。学外学習もあったというのに、なかなかのハードスケジュールだな。ただ夏休み前はそれが最後のイベントだから気は楽か。
「それはいいけど……生徒会の仕事が忙しいだろ?回れる時間がどれだけ取れるか……。」
「仕事はジンリューに任せておけばいいよ!去年も準備期間が少し大変だっただけで本番は逃げても怒られなかったから!」
「それは………まぁいいや。どうしても外せない予定でも入らない限りはいいよ。一緒に回ろう。」
「やった!」
話を終えてオレとルーシュは一緒に寮へと戻り、そこで別れて自分の部屋に戻った。ピンポイントで予定が入ることもまぁないだろう。ベッドに座り込むと一日の疲れがどっと流れてきた。異様に疲れたな。……そりゃそうか。色々とあったからな。
「ミラ?疲れてるところ悪いんだけど、刀を持ってくれる?」
「……嘘だろ?もう動けねぇよ……。」
「いや、動いて。別に特訓をしようって話じゃないから。」
「………特訓じゃないならまぁ……。」
セリアの圧のある説得に負け、オレは渋々指輪を八雲に戻した。オレのストレスでも食って腹一杯にでもなったのか、今は極めて大人しいな。鞘から刀を抜き、白い刃を現した。
「じゃ、能力を全開にできる?」
「……ここ部屋なんすけど……。」
「大丈夫よ。結界は張ってるから。ちなみに君の魔力でも壊れないように強固にしてるから何の心配もいらないよ。」
「まぁ……セリアが言うなら……。」
そうしてオレは能力を全開放した。刀に魔力を注ぎ、ミシミシと唸り始めた。いや、そんな音を出しているのは結界の方か?まぁ何にせよ、心配する必要はない。セリアが大丈夫と言うのなら大丈夫だ。オレは何も気にかけず力を振り絞ればいい。ただ困ったことに……やはりというか何というか……刀をしっかり握ることができない。恐怖しているせいで上手く力が入らない。今までの比にならないほど手が震える。
「うーん……。やっぱりね。」
「……ああ、こんな様子じゃまともに戦えねぇ。リュウラ先生からもらった薬のおかげでだいぶマシになってると思うんだけど……。」
「いや、そうじゃなくて……まぁそれもそうなんだけど……。」
「ん?違うのか?」
「まぁ自分じゃなかなか気づかないとも思うけど、能力を使ってるときだけ瞳の色が赤くなってるのよ。」
瞳の色……?言われてみれば目が熱いというかなんというか……まぁ少し違和感があるな。鏡を見てみると確かに赤い瞳になっていた。
「………これが何か?」
「まず一つは能力の熟練度が上がったってところかな。昇華すると見た目が変わることもあるんだけど、少しそれに近づいたってことね。」
「……ならもう一つは?」
「たぶん開眼した魔眼に接触したせいでミラのも共鳴したんだと思う。もうちょっと仕上げたらちゃんと開眼するんじゃないかな?」
魔眼に接触したというと……No.6と仮面の男か。アイツらとの戦闘は必ずしも悪いことばかりではなかったということか?………ん?
「“オレのも”ってのはどういう……?」
「ミラも魔眼を持ってるって話よ。いつからその素質を持っていたかは分からないけど、私と同じ『高貴なる魔眼』を開眼する可能性があるね。たぶん私を召喚した影響もあるのかな?」
「オレが?……セリアも魔眼持ちなのか?」
「あれ?言ってなかったっけ?まぁ私の場合はエストの魔眼に影響されたらしいんだけど……ミラの場合は私か歴史の破壊者かな。」
「へぇ………。魔眼って便利なもんなのか?」
「そうね。能力自体が魔眼に組み込まれている場合を除けば魔眼っていうのは基本的には“見る力”だから。普通の人には見えないものまで見えたり、魔力の操作が楽になったり。」
No.6が王の力だなんだと騒いでいたが、案外大層なものでもないんだな。いや、程度によっては圧倒的に強いのは事実だが、あくまで力の底上げのようなものだ。だがオレの戦い方からするに非常に強力だろう。魔力制御力が上がったり魔力消費を抑えられればそれは単純に戦闘力の増加に繋がる。
「まぁ今日は確認したかっただけだからもう寝なさい。たぶんまた魘されるだろうから早く寝ておかないと休憩もできないよ?」
「……そうだな。疲れたしもう寝るよ。」
オレは薬を飲んでベッドに入った。薬のおかげで昨日よりはマシになっていたが、今日もひどい夢を見た。夜中に何度も何度も起こされ、その度に息ができなくなるほど荒れた呼吸になった。朝起きて、どうしようもないこの不安感をセリアが癒してくれていなければ、夢に殺されていたかもしれない。これが治るのはまだずっと先のこととなりそうだと、汗でびしょ濡れになった服を見ればすぐに分かった。




