第21話 妖刀“八雲”
“魔物を仕向けたのはお前か?”、その問いにロイドは短く肯定した。迷宮では魔物に敗北して殺されるなんてことはざらにある。魔物の群れであれば尚のことだ。小回りの効く魔物も多く、オレ達でなければ帰還石も使う隙もなく殺されていたかもしれない。しかしあのとき、他のヤツらは気づいていなかったかもしれないがロイドの魔力はすぐ近くで待機していた。オレ達を襲撃させるためなら、わざわざ自分が襲われる危険を冒してまで様子を確認することはないだろう。つまりロイドはあの魔物の群れに勝つ自信があり、その上でオレ達の戦いを窺っていたのだ。
「……いつから気づいていた?俺は魔力を抑えていた。あらかじめ気を配っていなければ、戦闘中に気づけるわけがない。」
「まず一つ、初めて会話したときにアンタが携帯してたポーション、アレは魔物の感覚を狂わせるものだろ?普通の冒険者が持ってるようなもんじゃねぇ。恐らく狂った魔物を調教系の能力で操ったってとこだろ。そしてもう一つ、アンタが話した昔話は嘘だったからだ。迷宮で死人が出るなんてことは日常茶飯事、それしきのことで迷宮が封鎖されるなんてことはあり得ねぇだろ。せいぜい下級冒険者が制限されるくらいだ。おおよそオレ達がアンタらの狩場に侵入しないようにか、あるいはそもそも迷宮に入らせないようにビビらせようと思ったんだろ。」
「そこまで見抜かれてたんじゃ俺にはどうしようもないな。若いくせして頭の回る子供だ。」
「褒めてもなんも出さねぇぞ。」
そうは言ってもこれ全部気づいたのはセリアなんだけどな。オレだけだったら“アイツ怪しいな”程度で終わっていただろう。まず間違いなく魔物の群れは魔物の暴走と認識していた。
「間違ってるなんてこたァ分かってんだ。オレが子供の夢を潰したところで、必ずしも良い未来が訪れるなんてことはない。むしろ力を得る機会を奪えば大きな力に抗うこともできなくなると。だがなぁ……子供は死ぬんだよ。危険から遠ざけてやんねぇとよ……。」
「言っちゃなんだが、放っておけばいいだろ?他人なんだ。アンタも若いくせに、なんで拘っている?」
「………俺には歳の離れた弟と妹がいたんだが……俺がまだ子供だったころ、戦争で親を失ったんだ。もちろん金なんかなかったわけだが、俺には才能があったんだよ。魔物と戦っても勝てたから、迷宮……そこは天然型迷宮だったが、よくそこで狩りをして金を稼いでた。それをチビどもは……俺ばっかりには悪いからって俺の目を盗んでその迷宮に行きやがった。その街は法も緩く警備も薄かったんだ。あとは………まぁ分かるだろ。」
なるほど……。迷宮で弟妹を失ったということか。心の支えだった者を失うというのは、理解し難い苦痛だったことだろう。
「その街に残るのは辛かったから適当に選んで移住したのがこの街、イスダンだ。当たり前だが、子供は迷宮に近づかない方が生きていける可能性が高い。トラウマでも植え付けて近寄らねぇようにした方がその瞬間は生きていられるんだ。他人だとしても、子供が迷宮に入ること自体が恐ろしいんだ……!……人のためなんて綺麗事は言えねぇ。ミスをしてたら俺のせいで死人が出てたかもしれねぇんだ。俺を殺すでも、ギルドに突き出すでも好きにしてくれ。弁明はしねぇよ。」
オレはケーキを食べながら話を聞いていた。せっかくのケーキの甘さが邪魔になるような内容だな。
「アンタのやり方は褒められたもんじゃねぇが、オレはそれを裁けるほどいい子ちゃんでもねぇんだ。死人が出てない以上、オレはそこに首を突っ込むつもりはない。」
「だがこうなると……今更ではあるだろうが俺としても何かしらの償いというものもしなければ……。」
「……オレは昔な、家を燃やしちまったことがあるんだ。能力の発現を初めて確認したときだから……3歳か4歳くらいのときだったかな。あの日のことはよく覚えてるよ。能力が暴発しちまったんだろうが、オレの家も隣のじいさんの家も、じいさんの家に住んでた戦争孤児の幼馴染も、全部……なにもかも燃やしちまったんだ。」
「………。」
「オレも肺の中から焼かれてる感覚がして、今にも死にそうだと思ったんだ。両親もじいさんも、幼馴染も巻き込んで……街の人達は一生懸命に消火してくれてたんだけど、間に合わない、もう死んじゃうなって。……そしたらさ、誰かは分からないけど、誰かが助けてくれたんだ。もう大丈夫だって言われて……そのまま気を失って、気づけば全部元通りだったんだ。みんな火事のことは覚えてたんだけど、時間でも巻き戻ったみたいに建物やみんなの怪我は治ってた。オレはその人に憧れて、感謝を伝えたいんだ。でもどうすればこの声が届くのか分からないから、強くなって有名になろうって決めたんだ。もちろんそれだけが強くなりたい理由じゃないけど、それがオレがここまで強くなれた理由の一つなんだ。」
「なるほど……お前が俺に言いたいことはつまり……。」
「誰かのヒーローにでもなってあげなよってこと。子供はヒーローに憧れるもんだ。それを糧に大成するヤツもいるだろ。」
自分の過去を語るなんて珍しいことをしたもんだ。別に思い出したい記憶というわけでもないのに、たぶんロイドに希望を与えたかったんだな。珍しく他人のために話したせいか、いつもよりもケーキが美味しく感じられた。
思えばルーシュとオレが仲良くなったのもあの事件以降だった。それまでは誰とも関わりたくないとでもいうようなどこか冷たい目をしていた記憶がある。正直幼い子供があんな経験をしたらオレを怖がりそうなものだが、よほど優しかったのだろう。あるいは戦争で多くのものを無くして希望を失っていた中で、これ以上失いたくないと思った結果なのか、とにかくルーシュはあれ以降、今のように明るく積極的な性格になった。そういう面でもオレは助けてくれたその“何者か”に感謝をしたいんだ。
「まぁ……なんだ。聞きたいのはそれだけじゃねぇっていうか……むしろその上で聞かなきゃならねぇことがあんだが……。」
「知っていることなら答えるが……?」
「あの魔物はどこから連れてきたんだ?アレは普通の魔物じゃねぇ。どこにいた?」
「普通じゃない?……俺があの魔物どもを見つけたのは五階層だったか……。知らねぇ顔の奴が襲われてたんで助けてやったんだ。ついでに貰った。」
「アンタが知らない顔だって?ギルドに来るヤツらの顔はよく確認してるんだろ?怪しいな。」
「それもそうだが……何を怪しんでる?」
セリア曰く、あの魔物は大洞窟の混沌人達と同じような魔力だったらしい。そしてロイドが知らない冒険者……いや、そもそも冒険者ではないと考えた方がいいだろう。歴史の破壊者が関わっていることは間違いない。オレはケーキを食べ終わって、残りの紅茶を飲みながら考えた。
「うぅーん……五階層か……。三階層以下に入るのは許可されてないしなぁ……。まぁいっか。話はとりあえずこれだけだ。アンタがこれから何をしようとオレの知ったこっちゃないが、とりあえずアンタが助けたっていうヤツに会いたいから明日ギルドで会おう。」
「分かった。……まぁなんだ、そんなこととは関係ないんだが……お前、その剣はどこで手に入れたんだ?」
ロイドはオレが腰に差している剣を指差して言った。普段使っている剣ではあるが、変わったものではない。使い古しているから買い替えなければならないが……。
「これは家にあった剣だよ。」
「思い入れがないなら買い替えろ。近くに武器屋がある。謝罪の意味も込めて金は俺が出すから、ダメになる前に新しくしとけ。」
「え……金を出してくれるんならそりゃ嬉しいがよ……。」
「気にすんな。迷惑をかけたのはオレなんだから、そのくらいはさせてくれ。」
「………じゃあその言葉に甘えさせてもらうよ。」
オレ達は会計を済ませて店を後にした。オレはロイドの案内に従い、人気の少ない道を歩いていた。紹介してもらう武器屋は揃えはいいらしいが、なにやら雰囲気が悪いらしく客入りは少ないようだ。
「お邪魔しまーす。」
「あん?お客さんか。好きに見ていけ。」
………なるほど、雰囲気が悪いというのはそういうことか。剣に槍に戦斧に、盾に鎧に……確かに良い武器が揃えられてはいるが、中には呪いの武器もある。近寄り難いと思うのも無理はない。
「剣士なら……魔法剣はどうだ?」
「魔法剣か……魔術式が刻まれている分脆いからな……。加えて言うなら斬れ味よりも耐久性を重視したいな。剣の鋭さなら能力で補えるから。」
魔力を極限まで圧縮する“白天”を剣に纏った“叢雲剣”を使うと剣は悲鳴を上げていた。それに天現融合まで加えたら並の剣ではまず保たないだろう。ここの剣は確かに良いものではあるが……正直オレの最大の技に耐えられるほどなのかというと……。オレが今まで使っていた剣はなかなか良いものだったらしい。どうしようかと少し考えていると、店主のじいさんが話しかけてきた。
「お客さん、オメェ剣技系の能力保持者か?」
「ん?まぁ、そうっスよ。自分グランデュースなもんで、ご存知っスかね?」
「剣の一族か。その名を知らない者は少なかろうが、武器を扱う者の間では特に有名だ。」
「そういうもんなのか。」
じいさんは“少し待ってろ”と言うと、店の奥へと消えていった。オレは言葉の通り待つことにしたが、どうにも暇なんで適当に武器を眺めていた。
「おい、この槍とか800万もするぞ?本当に買ってくれるのか?」
「お前が欲しいならな。迷宮で儲けてはいるから気にするな。」
ロイドは案外高位の冒険者なのか?確かに五階層に出た魔物の群れ一人で対処可能なのだとしたらAランクだったりするのだろうか?Bランク以下だったらそう簡単に800万を出せるとは思えないが……。
「ほら、お客さん。コイツらはウチの最高級のもんだ。オメェに合ったもんがあれば買ってくれ。」
そう言って戻ってきたじいさんが抱えていたのは、二振りの刀と四振りの剣だった。どれも最高の業物であることは確かに見て分かった。これはそうそう売ってあるものじゃない。
「刀の実物は初めて見た。コイツらは言わずもがなだが、店にあるのはどれも物が良い。どこからこんなに仕入れているんだ?」
「二年前ぐらいか?ロウドンが戦争を始めただろ。その影響で武器の製造が進んでんのよ。まぁ本当に質の良い奴ァ戦争以前のもんだがな。そんなことはいいからさっさと見ろ。」
店主に急かされたのでオレは剣と刀を一振りずつ確認した。どれも重量感、撓り、刃の鋭さ、全てにおいて完璧と言っていい。ただその中でも、一振りだけ異様な雰囲気を発していた。
「………これは?」
「ほう……手に馴染むか?ソイツは妖刀“八雲《やくも”、血を吸って成長する刀だ。半端な持ち主じゃソイツも血と精気を吸われちまうが、どうする?」
オレは刀を鞘から抜いて刃を見た。白い刃から溢れ出すドス黒い雰囲気……随分と荒い刀だな。こういう腐った気性のヤツは気に入らないが、コイツには何か惹かれるものがある。
「これを貰うよ。いくらだ?」
「そうだなぁ……200万だ。」
「200万ね………?安くないか?いや、安くはないんだがよ……。」
「妖刀なんざ持てる奴が持ってねぇと意味がねぇからな。その代わりに贔屓に頼むよ。」
これが200万なら格安だな。1000万でこれより粗悪な刀剣を売られることもあるだろう。
「よし、武器に困ったらここを訪ねることにしよう。ロイド、会計を頼む。」
「妖刀なんざ買って……後悔するなよ?」
「刀に殺されるほどオレは柔じゃねぇさ。仮に後悔するようなことがあればオレが刀に負けたときってことだろ?それはそれで面白いしな。」
「面白いって……まぁいいがよ。」
オレは八雲を受け取って店を後にした。持っているだけで悪寒がするが、とりあえずは従っていてくれるようだ。明日迷宮に行ったら試し斬りをしてみよう。
「いやぁ、本当に頭が上がらないよ。ありがとな。」
「頭下げるつもりもねぇくせによく言うぜ。まぁお前に対してはこれでチャラってことにしてもらうぞ?」
「もちろんだ。明日またギルドで会おう。」
オレはロイドと別れ、取っている宿の方へと向かった。八雲は持っていると魔力を吸ってしまうので、帯刀しておくことにした。それでも少しずつ魔力は食われてしまうけれど、回復の方が早いから気にする必要はなさそうだな。考えながら歩いていると、通行人とぶつかってしまった。気づかないうちに人の多いところまで戻ってきていたようだ。
「わっ……すみません。」
「いや、こちらこそ申し訳ない。……若く見えますが、冒険者で?」
「ええ、この街には今日来たばかりですが。」
「というと迷宮の方に?」
「浅い階層にしか入ってませんがね。」
「眩しいものですね。頑張ってください。」
そう言ってぶつかった男はどこかへ行ってしまった。変な仮面をしていた上にフードを被ったコート姿だったせいで容姿はほとんど分からなかったが、180を超える身長と声から男だろうということだけは分かった。魔力はほんの少ししか感じられなかったが、それはもはや気味が悪いほどに精密な操作をされていた。実際の魔力は恐らく感じられたものよりもずっと多いだろう。………冒険者ではあると思うが……何者だ?ロイドの会った者とは恐らく違うだろう。そうだったとしても、仮に歴史の破壊者だったらセリアが魔力から気づくはずだからとりあえずは警戒する必要もない。
考えても答えの出ないことは置いといて、オレは宿に戻った。自分の部屋の荷物を整理し、寝る準備をしてから隣の部屋に向かった。




