第19話 米が美味い
山奥に存在する歴史の破壊者の本拠地、架空空間と呼ばれる空間の一室にベータはいつもの通り座っていた。彼らの王と直接連絡を取れるのは“番外”と呼ばれる存在だけだった。王が許可をすれば歴史の破壊者は全員思念魔法を用いて連絡を取り合うことは可能なのだが、組織の人数が多すぎるために制限しているのだ。ただし配下の者達の間では自由に思念魔法を使える。
そもそも思念魔法というものは歴史上、彼ら以外が使ったことはない。彼らが元々ただ一人、王から創造された者達であるため魔力が繋がっており、それゆえに彼らの間だけで使用が可能だったのだ。それはつまり、固有魔法とも呼べる魔法だった。
ーー………私だ。聞こえるか?ベータ。
ーーッ!!王ではねぇですか!久しい声だ。あっしに一体何の用ですかな。
ーー私はルシファーと名乗っているというのに……。君達の呼び方はいつも固いな。
ーー王は王でございやすから………気に入らねぇなら母か父とでも呼びやしょうか?
ーー……それなら王で構わない。
ルシファーは諦めたような口調でそう言った。彼は王とは呼ばれているものの、絶対的な存在というわけではないようだ。いや、むしろ絶対的な存在であるからこそ、配下達は“王”という呼び方に拘っているのかもしれない。
ーーいや失礼。話を戻しやすがどのようなご用がございやすんで?
ーー十法帝会議が行われていたのは知っているな?アルファから報告があったんだが、奴ら私が歴史の破壊者のボスだということに気づいたらしい。
ーーほう……。アルファさんが法帝と繋がっているとは存知やせんでしたが?
ーーなんでも偶然にも近くにいたから聞き耳を立てていたようだ。ほんの微かな空気の振動から声を聞いたとか……私には理解し難いがな。
ーーしかし、それならどうするんで?今更アンタが見つかることもないでしょうが……世界は今まで以上に警戒を強めるでしょう。いっそのこと全面戦争でも始めやすか?
ベータは穏やかな口調ながら、物騒な言葉を口にした。彼にとって王のためならば、何者が死のうとも関係のないことだった。
ーー………いや、私の準備が整っていない以上それは無しだ。君達に戦闘を任せようとも法帝の力を考慮するなら万全の状態で私も参戦しなければならない。
ーー番外なら法帝にも引けを取りやせんよ。それにアルファさんを使えば誰が相手でも負けることはねぇはずだ。あの人は自由人ではあるが、アンタへの忠誠心は本物だ。アンタが出張らなくとも充分世界を終わらせられる。何を不安に思っておられる?
ーー考えたまえよ。戦争など起こせば、それこそ私の身体がどうなってしまうか。それに、いつの時代の最強も慢心した者から殺されている。記憶の無い私でもこの魂に深く刻まれている。……あの者がいる以上は迂闊に動くことはできぬ。
ーーなるほど。……あっしの浅慮をお許しくだされ。
ーーその程度のことで罰するほど私はつまらぬ者ではない。それよりもこれから言うことをガンマ、デルタ及びA〜C型の全ての者達に伝えろ。まず一つ、“神話の時代の魔神、ルシフェルという者について調べろ”と。
ーールシフェルでございやすね。アンタの記憶にはどれほど残ってるんで?
ーーいや、何も覚えてはいない。ただ魂の奥底に刻まれているヤツらの記憶にだけは、ほんの少しだけ憤りを感じている。……そして二つ目、“グランデュース=ミルアルトと接触した場合、これまで通り極力戦闘を避けること、ただし邪魔になった場合は殺すことも許可する”。
ーー構わないんで?準備がどうのというのもありやすが、彼を殺せばネフィル=セルセリアもこの世に存在しなくなりやすよ?
ーー構わない。我々の戦力が削られるよりはずっとマシだ。
ベータは一言、“了解しやした”と言って思念魔法を解除した。それからすぐに全ての番外、それから部下達全員に思念魔法でルシファーから受けた命を伝達した。
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「さて、じゃあそろそろ出発しようか。」
十法帝会議よりしばらく経ち、一年は学外学習の日となった。迷宮に誘った人達は全員親からの許可をもらえたようで、オレとカミュール、ラルヴァとリアン、それからヴァンルージの五人で行くことになった。イスダンは聖国の北端に位置する街、転移門を利用すればそれほど時間を要さない。
「引率というのは誰なんだろうな?ランファ先生は来られないと言っていたし……。」
「鬼教官は嫌だな。それ以外なら正直誰でも構わねぇや。」
「ジンデール先生じゃなくて悪かったね。何なら今から代わってあげようか。」
オレ達は話しながら校門に向かって歩いていると、突然目の前に現れたのはジンリューだった。今まで話していてもそんな素振りを見せなかったのにまさかオレ達の引率をするとは……。まぁほとんどの先生よりは強いからこれ以上の適任も少ないか。
「我らが生徒会長ではないですか。アンタが引率ならオレ達も安心だよ。」
「嘘を言いやがる。どうせ誰が来ても変わらんだろ。……さて、現地ではくれぐれも俺に従ってもらうぞ。君達には軽い怪我はしても重傷を負ってもらっちゃ困るんでね。」
「もちろんですよ。それが先生との約束ですから。」
一番不安だったのがラルヴァだったが、案外約束は守るヤツみたいだな。となると一番約束を破りそうなヤツといえば………。
「俺が一番懸念しているのはミルアルト、君だ。くれぐれも勝手な行動を起こすなよ。」
「やっぱりそうなのか……。まぁ安心してくれ!オレは軽い行動はしないから!」
「その軽さが不安だよ。まぁいい。とりあえず出発するぞ。イスダンに行くには転移門を使った後に三時間は魔導列車に揺られなければならない。あまりゆっくりはしていられないぞ。」
そう言ってジンリューは早々に歩き出した。転移門を使って街を二つも三つも飛ばしてイスダンの近くの街に到着し、そこからイスダン行きの魔導列車に乗った。ガタンガタンと線路を走る音は、オレの身体のみならず心までも躍らせてくれた。
「お、おい、大丈夫か?」
「え……?オレか……いやぁ……大丈夫さ。……大丈夫……。」
列車の揺れは気分を上げてくれたものの、実に不快に感じられた。他のみんなは特にそのような気配はないから、酔っているのはオレだけなのだろう。乗り物酔いなどオレはしないものだと思っていたが……どうやら列車には弱いらしい。ただ多少気分が悪くなる程度の軽いものだからそう気にすることでもない。……いや、やっぱり気にはすべきかもしれない。
「まぁ君がそう言うなら構わないが……それより十法帝会議に参加していたようじゃないか。どうだった?法帝の方達は。」
「凄かったぞ……なかなかに……。付き添いの人達は置いといて……感覚的にだけど、あの中じゃ校長先生が一番弱いんじゃないかな。能力差はそんなになさそうだけど、経験が違いそうだったよ。」
「そうなると奪う席はそこなんだろうがね……あの人の能力は厄介だからな……。」
「校長先生の能力…?聞いたことないな。」
「あの人の能力は『超感知』、要は一定範囲の人とは念話ができるってものだよ。有事の際にはそれを使って非難とかの指示をするんだ。」
念話か……。便利ではあるけれど、いうほど厄介だろうか?そりゃあ戦闘中に頭の中に落書きされたんじゃ集中はできないだろうが……。
「イマイチ腑に落ちないようだね。まぁ厄介なのはそこじゃないさ。集中力は必要なようだけど、昇華した能力はほんの一瞬だけ他人の思考を書き換えるんだ。数年前に胸を借りたことがあるが、あれには敵わなかったね。」
「確かにそれは……。能力のことを考えなければ勝てる見込みはあるのか?」
「俺の能力だけを考慮するなら五分ってところじゃないか?だが思考の上書きに打ち勝つためには校長を超えるためには速度で圧倒しないといけないから……挑むのはもっと鍛えてからだな。」
「へぇ……じゃあそれより先にオレが序列一位を奪おうかな。」
「できるものならやってみろ。まだまだ今の君には負けないぞ。」
そのままジンリューと話をしながら、三時間ほど揺られていた。途中、ヴァンルージとも言葉を交わした。彼は魔法銃を使う戦闘スタイルらしい。己の魔力量を補う魔導具を使っている以上特等クラスに入ることはできなかったようだが、その実力はなかなかのもののようだ。早く迷宮で戦う様を見てみたい。
イスダンの駅に到着し、オレ達は冒険者ギルドに向かった。オレとジンリュー、ヴァンルージは冒険者に登録しているから問題ないが、カミュールとラルヴァ、リアンは登録していないので今の状態では迷宮に入ることはできない。そのためにギルドに赴き、ギルドカードを作ってもらうことにした。カードが完成するまでは少し時間がかかるようで、オレ達は帰還石を買ってからギルドで昼食を食べながらこれからの動きを確認した。
「とりあえずカードを発行してもらったら迷宮に入ってみるか。………なんかこの米美味いな。」
「釘を刺すが、入っていいのは二階層までだぞ。」
「今日は一階層だけにしようよ!僕には準備が必要だから。心の準備ってもんが!」
「そりゃ最初は一階層からでしょ。ボクは慣れれば今日中に二階層に入っちゃってもいいと思うけど。」
「大した魔物も出ねぇんだしよ!どんどん進んじまってもいいんじゃねぇか?」
「“危なかったら引き返す”でいいんじゃないか?まぁ私はミルアルト君の決定に従うよ。」
絶妙にみんな纏まらない意見だな。リアンは相変わらずビビっているし、ラルヴァも変わらず大胆な考えだ。そんな彼らにもヴァンルージは怯まずに意見を言っているし、カミュールだけが協調性を持っていそうだ。……それにしてもこの米は美味いな。正直おかずがなくても椀三杯分は食べられる。普段からそんなに米は食わないのだが……イスダンは米の名産地だったか?そんな覚えはないが……。そんなことを考えながら迷宮をどう進もうかなんてこともほんの少し考えていると、顔つきの悪い、酒臭い青年が話しかけてきた。
「ここの米は美味えか?ガキども……。オメェら迷宮に入るのかぁ……?」
青年は顔を赤らめながら瓢箪に入った酒を流し込んでいた。酔ってはいるようだが、理性はちゃんとしているようだった。嫌な輩に絡まれてしまったか?……にしても米が美味いな……。
「そうですが何か?」
簡単に答えると青年はあからさまに不機嫌そうな表情をし、酒を一口飲んでから話し始めた。
「迷宮ってのはよ……ガキどもの遊び場じゃねぇんだよ……!オメェらは家で飯事でもしてりゃいいんだ!」
「おいおい、言ってくれるじゃねぇか。迷宮は15歳以上なら誰でも入れるっつー決まりがあるだろうが。アンタはルールも知らねぇのか?」
「世の中はルールが全てじゃねぇだろうが。だからガキは嫌いなんだ。面白い話をしてやるよ。昔な、迷宮に入ったガキどもが低階層の魔物の群れに喰い殺されちまったんだ。そのせいでその迷宮は一時封鎖、俺達はその一瞬、稼ぎを失っちまったんだよ。許せねぇだろ?世間知らずの雑魚どもに狩場を奪われるってのはよぉ……!!……だから優しい先輩である俺はオメェらに警告してやってんだ。」
青年は酔っているせいなのか、それとも怒りのせいなのか、よく分からないが顔を真っ赤にしていた。そしてオレは米を食べながらその話を聞いていた。
「そりゃ確かに優しいセンパイですね。忠告感謝しますよ、ホント。」
「分かったら来るんじゃねぇぞ。迷宮は法律が適用されづらい……。オメェらが偶然にも魔物の群れに遭遇しようと、誰が仕向けたかなんて分からねぇんだからな……。」
「……。」
そう言って青年はギルドの外に出ていった。……やっぱり酒の匂いがない方が飯は美味いな。
「ど、どーするよ!ミルアルト君!あの人絶対ヤバいって!僕らが迷宮に入ったら殺されちまうよ!!」
「おい、リアンも食ってみろよ。この米ホントに美味いぞ?」
「君はさァ!!」
「俺は引率だが、選択は君達に任せることにしている。どうする?ミルアルト。彼の警告に従うのか?」
「………義理がねぇな。」
「もぉ!!僕の話を聞いてるのか!?」
あの青年がオレ達に何を求めようとも、それに素直に従う必要はない。万が一にも迷宮でちょっかいをかけられたら相手をすればいいが、まぁ問題ないだろう。
「おっちゃん、さっきの酒臭い人、アレ誰?」
オレは近くに座っていた中年の冒険者に声をかけた。ベテランの冒険者ならああいう人のことも知っているだろう。
「ああ、アイツはロイドってヤツだ。俺みてぇな歳食ったヤツには突っかからねぇんだが、小僧みてぇなヤツには悉く突っかかるんだ。そしてアイツに目をつけられたヤツはみんな冒険者をやめてくな。なんでも大量の魔物に襲われてトラウマになったとか。今のとこ死人も出てねぇし証拠もねぇから好き勝手にしてやがるが、まぁ気をつけるこった。」
「ふぅーん。」
「“ふぅーん”じゃないよ!!やっぱりヤバいって!やめとこうよ!」
まぁそんなにビビる必要はないと思うけどな。ただまぁ、それよりも気になることができちまった。オレは飯を食べ終わり、ギルドのカウンターへと向かってみんなの分のギルドカードを受け取った。そしてありきたりではあるけれど、そこにいた受付嬢に声をかけた。
「お姉さん、ここのお米はどこに売ってるんですか?ぜひとも買っていきたい。」
「あら、気に入ったかしら?実はここのお米、孤児院が収穫してくれてるんですよ。ギルドで五キロくらいは売れますが……。」
「そうですか!それなら明後日、高く買い取りますよ。それからついでに、兎饅頭はどこに売ってますかね?」
「それなら向かいの交差点を右に曲がって、200メートルくらい進んだ左手にお店がありますよ。」
「助かります!ではまた来ますから、またよろしくお願いしますね!」
「はい。お気をつけて下さいね。」
オレはカミュールとラルヴァ、リアンにそれぞれのカードを渡し、それから宿に向かった。そこで準備を整えてから迷宮に向かった。迷宮は地表に出ている部分は神殿のようになっていた。
「ま…マジに行くのか?ロイドって奴がいるかもしれないのに……?」
「気ィ引き締めろ、リアン!誰が一番魔物を狩れたか、競争するか?」
「しなくていいんじゃないか?どうせ私が勝つ。」
「それなら競争するか?ボクも負けるつもりはないよ。」
「もう一度確認するが君達、くれぐれも三階層には入るなよ。」
みんなのやる気は満々だった。もちろん一人は全くであったが。オレも高鳴る気分を抑え、いよいよ迷宮の中へと足を踏み入れた。




