第01話 天から来たる者
ーー“偉大なる光”に愛された“大いなる闇”の子が、世界を呑み込むその闇を打ち倒し、見事世界に光を届けたーー
これは世界で最も有名な神話の一節だ。神話とは言っても、今から約一万年前に起こった史実が元になっているらしい。それ故に、その神話は世界中で語り継がれているのだが、内容はあまりにもバカバカしいものだ。そもそも、その主人公にあたるネフィル=エストという男は魔力を一切持っていないと書かれている。そんなことはあり得ないのだ。恐らく魔力量が一般人より少なかったという話に尾ひれはひれがついたか、あるいはあまりの魔力量を他の者が感知できなかったかだ。そういう非現実的な要素があるため、その神話のほとんどが創作だと思っている者は少なくない。いや、むしろ大抵の者はこの神話の内容を真に受けてはいないだろう。だがオレは創作だと分かっていても、この神話が好きだ。生まれながらに不利を背負うような理不尽なこの世界で、その理不尽の壊して突き進んでいくこの神話の主人公が。
この世界に生まれた者は、例外なく魔力を持っている。そして現在から約200年ほど前から、その魔力の量で人に階級をつけるようになった。それは個人の戦闘能力を分かりやすくするためだ。技能や経験は反映されないために確かな指標にはならないが、それでもその階級が一つ違えば使える魔法や技の威力が大きく異なった。
階級は九つ存在する。産まれたばかりの赤子が基本的に一星級。子供や鍛えていない大人など、およそ一般人に相当するのが二星級。魔法学校に通うような子供など、鍛え始めた者に相当するのが三星級。魔法学園の成績優秀者や、冒険者や軍人になった者に相当するのが四星級。これらはあくまで指標であるため、二星級の魔力を持っている赤子が産まれたりと、稀に外れ値も存在する。そして四星級以上は五星級、六星級、七星級と続く。五星級以上は外れ値や厳しい鍛錬を積んできた者が多いため分かりやすい一般的な指標がない。さらに七星級のうち、世界中の国が組織する“中央政府”に認められた最強の十人が八星級、または十法帝と呼ばれる。厳密には“七星級から選抜する”という基準はなく、一星級から七星級のいずれに属していてもいいのだが、歴史上は六星級以下の者が八星級に選ばれたことはない。
そして最上の階級、九星級は八星級の中からさらに別格と判断された者が最大で一人選ばれる。八星級のうち七人が認めれば九星級となれるのだが、現在の九星級が現れたのは5年前のことで、約200年ぶりで歴史上2人目だ。それほどまでに九星級というのは格が高い。
そんな中、オレは産まれた頃から三星級の魔力を持っていた。世界的に見ても、それほどの魔力を持って産まれる者は非常に少ない。そのため、幼い頃は神童だの天の寵児だのと持て囃されていたが、今となってはそんなことは一切なかった。オレは今年で16歳、つまり魔法学園高等部の一年生になるが、未だに魔力量は増えず、三星級のままだった。なぜなのかは分からない。ただどれだけの努力を積もうとも、オレは成長することが出来なかった。世界的な名門である“中央政府管轄聖都魔法学園”に入学したばかりの頃はそれでも充分だったが、この年にもなると四星級の者も少なくないし、中には五星級の学生だっている。いつまでもこのままではいられないのだ。オレの夢のためには。こんなところで足踏みをしている訳には……。
「ーーー君。ミルアルト君!起きなさい!」
「……ッ?あぁ……すみません。」
オレは若い女の人の声に起こされた。どうやら授業中に眠ってしまっていたようだ。……おかしいな。そんなに眠かったわけでもなかったと思うのだが……。オレは目を擦りながら先生に謝罪をした。
「もう一回言いますが、今日は“天転召喚”の日ですから。皆さん特等クラスは最後ですので、今から召喚部屋に向かって下さい。他のクラスの人達は終わってるでしょうから。それからミルアルト君は私の元に来て下さい。それでは解散です。」
先生がそう言うと、クラスの30人ほどがすぐさま教室を出て行った。“天転召喚”、それは神話の時代に発明された召喚技術だ。簡単に言えば天界から死者の魂を召喚する儀式だ。人生でたった一度だけ、16歳になる年に行うもので、召喚されるものは色々な制限を課せられる。天界と現世を繋ぐ、さらに加えて死者を現世に顕現させるということは大変なことであり、それ故に人生で一度きり、16歳の年にしか行えないという制限が世界と結ばれている。今日はその儀式の日なのだ。
もしかしたら、自分でも気づいていないほど緊張しているのかもしれない。だから授業中に寝てしまったのかも……いや、たぶんないな。おれはそのことを咎められるのだろうかと思いながら先生の下へ向かった。
ーー「ミルアルト君、君の焦りはわかっています。魔力が増えないことも、家門のことも、君を焦らせる要因でしょう。でもね、そんな必要はないんですよ?君は強いんですから、堂々としてなさい。」
先生はそう言ってオレの肩を叩いた。先生の言葉を聞くと少し安心でき、気付かぬうちに重荷を乗せていた肩が軽くなったような気がした。確かにオレは強い。全員が四星級である特等クラスの中でも一際と、だ。世界にはもっと強い者はいるだろうが、それでも焦る必要はないかもしれない。少しずつ強くなれれば。
三星級のオレが、四星級の同い年と比べて強いと言えるのは、それはオレの能力のおかげだろう。そればかりに頼っているわけにもいかないが、今はそれでも構わない。
能力というものは、基本的には長い人生の中で何かを極めようと続けることで、創造神様から授けてもらえるものだ。そんな中で一握りの者は生まれながらに固有の力を授かっていたり、あるいは先祖代々似たような力を授かっていることもある。オレの家系は神話の時代から継承能力者が生まれることで有名だった。その時代には何人もの英雄を輩出してきたし、オレも継承能力者として強力な力を持っている。オレの能力は『殲滅の剣王』、オレが剣を振れば、物体に限らず魔法も魔力も斬ることができる。
その力が、オレが三星級であっても四星級の者にも劣っていない理由だ。そしてそれが、学園のほぼ全員が成長できないオレを蔑んでいるのにも関わらず、誰も手出しをできない理由でもあった。
オレは先生と少し話したあと、腰に剣を差して教室を出た。天転召喚が行われる部屋は、普段は厳重に閉められていて、儀式を行う者以外は中を覗くことはできなかった。そもそも年に一度しか使われないということもあり、強固に閉ざされたその扉は羨望と畏怖の対象にもなっている。オレも焦ってはいないものの、少しばかりの緊張と胸の高鳴りが混在していた。そしてそんな心持ちで廊下を歩いていると、パッと目の前が真っ暗になった。
「だーれだ!!」
「学園でそんなことしてくるのはルーシュしかいないんだよ。」
「へへっ!バレちゃった。今日のミラは楽しそうだね!」
オレの目を隠していた手を退けて振り返ると、そこには赤みがかった髪の少女が一人立っていた。彼女の名前はルーシュ、オレの2歳上の幼馴染のようなものだ。ずっと幼いころ近所にやってきて、彼女を育てていた老人が亡くなったとき、オレの両親が引き取ったのだ。彼女は元々戦争孤児だったようで、血縁者もいない。今の時代そういう者も少なくはないけれど、だからこそ、オレは戦争というものが気に食わない。
「今日は天転召喚の日でしょ?だから終わったら一緒に帰ろうよ。おばさんも今日はご馳走作るって言ってたし。」
「オレ達は儀式の後だししばらく休日になるけど……ルーシュは普通に授業あるだろ?」
「お祝いの日は休むの!校門で待ってるからね。置いてかないでよ!」
「どうなるか分からないんだから、あんまり期待し過ぎるなよ!」
儀式を行う本人がこんなことを言うのもおかしなものだが、失敗するケースだってある。期待させてしまうのもなんだか悪い気がした。特にルーシュには。当の彼女は“ミラなら平気だよ”と笑って元気に校門へ向かって行った。
ルーシュは2年前に天転召喚を行ったが、失敗して何も召喚することはできなかった。召喚する対象が“天界の魂”ということもあり、心に闇を宿しているような場合は召喚に失敗してしまうし、相性の良い者が一切いない場合もまた失敗してしまう。だが、召喚の対象は現世に興味を持っている者に限られるため大抵は召喚に成功するものだ。それなのに彼女は違った。澄んだ水のように綺麗な心を持っており、『神々の祝福』という能力を授けられるほどに大きな素質を持っていたのにも関わらず、なぜか召喚に応じる魂はなかった。彼女ほどであれば“天人”だって召喚できたかもしれないのに………それでもルーシュは気丈に振る舞って、オレのことだって応援してくれている。オレは胸の底から熱い何かが燃え上がるような感覚を覚えた。
先生に呼ばれ、ルーシュとも話していたためにオレが天転召喚の部屋に到着するのはクラスで最後になっていた。オレの前に並んでいた人が部屋に入っていき、少ししてから出てきた。召喚した魂は魔力と世界の力によって肉体を再現できるが、幽体化してその姿を見せないこともできる。部屋から出てくる者はみんな一人だが、表情からして召喚は成功しているようだ。オレは入れ替わるように扉を開けて部屋に入った。
「ミルアルト君、準備はいいですか?床に描かれた魔法陣に魔力を込めて、魂を呼び込むのです。魔法陣が光ると召喚が始まりますから、くれぐれも気を抜かないように。」
「分かりました。」
先生の指示に従い、オレは魔法陣に魔力を込めた。召喚する様子は基本的には人に見せるものではない。だからこの部屋には召喚を行う本人と説明係として先生が万が一の場合に備えているだけだ。
魔力を込めて少しすると、魔法陣が強く光りだした。大抵は動物や魔獣といった天獣が召喚されるけど……オレはどんなのがいいかな。オレは特別動物が好きってわけでもないし、かと言って人間、つまり天人を召喚できるほど縁のある者はいない。……現実的ではないけれど、ルーシュの親とかだったら召喚したいな。そうしたらオレも少しは彼女に貢献できるってもんだ。
「うおっ!!」
「ッ!?」
少し色んなことを考えていると、魔法陣から魔力が溢れ出してきた。魔力は部屋を、学園や街まで揺らしていた。今まで感じたことのないような……比喩ではなく、本当に嵐のような魔力だった。オレはその重圧に潰されそうになりながらも、なんとか膝をつけずに立っていることができた。天転召喚というのはこれほどまでに激しいものだったのか。………いや、違うな。この部屋は魔障石、つまり魔力を遮断する石で作られているわけではない。こんな魔力が毎回溢れていたら流石に気付くはずだ。それに先生の顔色からするにこれは異常事態だ。
魔力が渦巻き、魔法陣から女の人が召喚された。長く綺麗な金髪に、炎のように真っ赤な瞳だった。容姿も驚くほどに整っていて、絵に描いたような人物、まさに女神とでも言えるような人だった。色んな衝撃のせいで、オレは何の言葉も発することができなかった。オレが今日少しばかり不調だったのは、たぶん彼女がオレのことを見ていたからなんだろう。なぜそう思ったのかは分からないけど、オレは確信した。
「私を召喚したのは君だね?私の名はネフィル=セルセリア。……君にはグランデュース=セルセリアって名乗った方がいいかしら?」
その名を知らない者はまずいないだろう。神話の時代に活躍したグランデュース家の英雄にして、南大陸のミスロン王国の初代国王。そんな人が今オレの目の前に立っていた。複雑だ。ルーシュのような優れた人間には誰も応じなかったのに、それなのにオレは神話の英雄を召喚してしまった。この世界はなんて理不尽なのだろう。目の前の奇跡に、オレはそう感じずにはいられなかった。
「ミルアルト、オレはグランデュース=ミルアルトです。よろしくお願いします。」
「硬くしないでよ。君は私の契約者なんだから。ね?私のことはセリアって呼んで。親しい人はみんなそう呼んでたから。」
「……じゃあオレのことはミラって呼んでくれ。改めてよろしく。」
オレは話にしか聞いたことのない英雄と握手をした。当然嬉しかった。嬉しかったからこそ、どこかやりきれない感情もあった。