第18話 九つの帝
「すみません、遅れました。皆さん集まってますか?」
「お前が最後だ。とっととしやがれ。」
「偉そうにするでないわ。お主も待たせておったろ。そもそもまだ予定までは時間があるというのに、どの顔で威張っておるんじゃ?」
部屋にはシャルテリアさんも含めて八人が座っていた。ということは不参加なのは一人だけということだろうか。校長は空いている椅子に座り、オレはその後ろに立った。すると、“ピッ”という音とともに何かがオレの頬の近くを通った。
「うおッ……!!」
「ほう……!案外動けるじゃないか。そいつが今回の議題に関係しているのか?」
「おい!彼に対してあまり勝手なことをするな!」
「そう怒るな、レイジ。ミラも無事ではないか。」
オレに向けて飛ばされてきたのは、魔力を纏っただけのペンだった。反応ができたために回避はできたけれど、異常な速さだった。それを魔法も使わずにやっていたのだから、やはり法帝というのは化け物だ。挨拶がオレの本気の一振りと速度という面では変わらないのだから。
「落ち着け、お前達。直にラファエル様もいらっしゃる。見苦しい姿を見せるな。」
ベルドットさんの言葉によって、部屋は静まり返った。比較的若い彼だが、人類最強という肩書きは伊達ではない。彼の言葉には他者とは隔絶した重みがあるのだ。
「しかしレイジ、俺の攻撃を躱すとはなかなかのものだぞ。一位と二位は変わってねぇだろうが、そいつは何位だ?」
「……ミルアルト君は六位だ。」
「六位だとォ!?今はそんなに豊作なのか!?」
「二週間ほどユリハ様の下に行っていたんだ。」
「あぁ、なるほどな。そういうことなら納得。」
“ユリハ様”という名前が出ただけで、彼は納得してしまった。知ってはいたけれど、法帝達から見ても彼女はそれだけ偉大ということか。
そして一瞬、ほんの一瞬だけ空気がピリついたと思えば、どこからともなくその方は現れた。姿形は人間とそう変わらないというのに、なぜか神々しさや神聖さを感じた。これが天使様という存在なのかと、一目にして理解した。
「……いつもの通り始めたまえ。私は立会人としてここに座る。」
「では……。」
天使様、ラファエル様は、静かで優しい声でそう言い、そしてベルドットさんの隣の中央の席に座った。瞼を下ろしていたけれど、部屋の隅から隅まで見渡し、全員の心音までも聞いているような雰囲気だった。
「まず今回の議題は一つ………いや、報告が一つと議題が一つだな。」
「報告?」
「ミルアルト君の守護者についてだ。………まずは自己紹介をしてもらおうか。ミルアルト君、私達のことは知ってるかな?」
「ええ、もちろんです。ええと……私は中央政府管轄聖都魔法学園・序列六位、グランデュース=ミルアルトです!」
「グランデュース……神話の血族だったか。」
少なくとも親や祖父母の代までは世界的に目立った活躍はなかったはずだ。分かっていたことではあるけれど、やはりセリアの名前は大きいということだ。
椅子に座っているのは“大帝”アーサー・ベルドットから順に、“竜帝”ジルダ=シャルテリア、“妖精帝”アリイェット=シュリナ、“暴帝”カナレア=バンドール、“海帝”ガリヌラ=ガラリネオ、“猛帝”バルアリド=リラルガ、“聖帝”ハナンド=リアネール、“天帝”スヴァリア=レインレイド、“魔帝”シュールラ=レイジ、そしてルシフェル様だ。十法帝のうち九人がこの場に集っており、いないのは“剣帝”シリアン=シューレットという方だけとなっている。妖精帝はエルフ、確かセリアと同じパーティにいたフリナというエルフの子孫だった覚えがある。そして暴帝は先代の魔法学園校長、剣帝はカミュールの母親で、先ほどペンを投げてきたのが海帝だ。
「彼についてはレイジ、君に頼もうか。」
「ええ。ほとんどの方がご存知ないかと思うので改めてここで明言しておきますが、彼の守護者は神話の英雄、ネフィル=セルセリア様です。お姿をお見せできますか?」
「もちろん。初めまして、法帝のみなさん。」
「ッ!!」
校長に軽く説明を貰うと、セリアは実体化して姿を現した。それと同時に魔力で威圧していたので、全員が疑うことなく受け入れた。それも当然だ。これほどの魔力を正確に発することなど、そうそうできることではない。
「これは驚いた………お初にお目にかかる。炎の姫よ。」
「セルセリア様ですか。お久しぶりですね。」
「久しぶりね、ラファエル。天界でもたまにしか会ってなかったけど、こうして現世で会うのも不思議な感じね。」
セリアはラファエル様と会ったことがあると聞いていたが、想像以上に仲が良かったのだろうか。顔を合わせるや否やすぐに挨拶をしていた。
「レイジ、セルセリア様とはちゃんと挨拶をしなければならんし色々と尋ねたいことはあるが、とりあえず話を続けろ。」
「まずミルアルト君とセルセリア様についてのことは、当分は我々の間だけでしか共有するつもりはありません。下手に公表しても狙われかねないので。」
「……そうね。まず間違いなくセルセリア様の能力は八星級、今のミルアルト君の能力差を考えれば危険でしょうね。」
「ええ。一旦彼女について伝えるべきことはこれだけですが、次は議題について……ベルドットさん、いいですか?」
「まず前提として、ミルアルト君とセルセリア様はこの話について知っているので心配しないでくれ。」
ベルドットさんの前置きで、みんな何の話なのかを理解したようだった。“十法帝にのみ共有されている情報”というものが少ないため、推測できたのだろうか。
「歴史の破壊者についてだ。シャルテリアさんが調べてくれていた情報を改めて話すが……一つ、奴らは戦力を貸し出して戦争を促している。二つ、その他にも魔物などを利用して世界中で攻撃をしていると考えられる。三つ、歴史の破壊者を名乗る者達は皆、戸籍などがなく正体が不明。この三つが特筆すべき点だろうな。」
「そして先日、歴史の破壊者に新たな動きがあった。それに遭遇したのがミルアルト君だから、詳しいことは彼に話してもらう。」
ベルドットさんはそう言って深く座り直した。話をするなんて聞いていなかったので急に振られてオレは動揺してしまった。正直細かく話せるほど覚えちゃいない。
「えっ……ええと……。」
「ミラはあのときの記憶が混濁してるかもしれないから。私が正確な情報を話すわね。……まずあれは獄境の大洞窟に行ったのだけど、そこには百体を超える混沌人に加えて混沌竜もいた。」
「確かに混沌人だったのですか?不死人ではなく?」
「それは間違いないはずだわ。まぁその話も後でするとして、とりあえずその後のことを話すけど、ミラが混沌竜を倒した後、No.8と名乗る男が現れた。ソイツは自分を歴史の破壊者と言ってたわけだけど……。シャル、今まで接触した者達は自分のことをなんて呼んでた?」
「余が関わった者達はほぼ全て名などなかったな。……B50やC03などと名乗っている奴はおったわ。」
“B50”に“C03”か……法則性があるのかどうかは知らないけれど、もしあるとするならば、もしその番号通りなら、想像以上に巨大な組織なのかもしれない。
「ならもう一つ尋ねるけど、彼らの戦闘力はどれくらいだった?」
「そうじゃな……余が苦戦するほどでもなかったゆえ一般的な四星級か五星級といったところでないか?」
「No.8はあなた達八星級に匹敵する力だった。むしろそれ以上というか……まともに戦って確実に勝てると言えるのはベルドットとシャルぐらいだと思うわ。」
「それが“8”ですか?嫌な話ですね。」
誰もが想像しているだろうが、No.8ということは、恐らく1〜7までもいるだろう。数字が強さを表すのかどうかは分からないけれど、八星級に匹敵する実力の者が最低でも八人はいることになる。それがもしNo.9とか10とか、もっといるとするならば……厄介なんてものじゃない。少なくとも今のオレではどうひっくり返っても太刀打ちできない。
「そしてこれから話すことは予測だけど、まず誰も知らない八星級の戦力を八人も揃えるなんてことは不可能よ。その上出所不明の百体もの混沌人。それらを組織に引き入れるなんてことは普通に考えてできないわ。だから私は、歴史の破壊者のメンバーっていうのは誰かに造られた者達、つまり人工生命体だと思う。そして混沌人や混沌竜は恐らくその失敗作じゃないかな。」
「シャルテリアさんが言ってはったやつですか。正直根拠が足りちゃいやせんが、そうなら肉体を造ってる“何者か”を見つけないかんいうわけですな。」
「シャルが言っていたのは造った肉体に誰かの魂を植え付けてるってものだったかしら。私が言いたいのとは少し違うわ。」
「……というと?」
「猛帝のリラルガだっけ?ルシファーって人と会ったことがあるのは。」
「ええ、それは確かに私ですが。確かシャルテリアさんが歴史の破壊者のボスと推測しているとか。」
シャルテリアさんの話で聞いたな。13年前の戦争で現れたルシファーという存在、それを目撃したのがリラルガさんだと。当時は七星級の国の軍人だったとか。
「一応聞いておきたいんだけど、ルシファーは当時どれくらい強かったの?」
「そうですね……あのとき私は七星級でしたが、その他にも七星級が軍には十人、六星級が五十人、それ以下が千人近くはあの場にいました。それでもものの一時間足らずで国は壊滅。私は運良く生き残り、それ以降強くなるために鍛えて今に至りますが………正直今の私でもとても敵わないでしょうね。足止めにもならないかと。」
「心当たりがあるわ。No.8と会ったときの違和感、アレは魔力が特殊だったから。今ではほとんど存在しない純粋な魔族より、さらに祖に近い性質の魔力を持っていた。混沌人や混沌竜も、魔物というよりも魔族に近かった。」
「……というと?」
「ルシファーの正体は恐らく転生した魔神・ルシフェル。アイツが肉体も魂も造り出して、新しい兵力を得たんだと思う。現状何らかの理由で生前の……全盛期の力は振るえていないのでしょうけど、動けるようになったらいずれ世界を飲み込むわ。」
「いやしかし……無理な話でしょう。魔神が転生したというところまでは理解できますが、魂を生み出すのは世界の法則を無視している。」
魂を意図的に生み出すことはできない。それが世界の法則だ。たとえ創造神様であろうとも、それだけは不可能だ。だがそれを知らないセリアではない。どういうことだ…?
「だからあくまでも推測よ。ただルシフェルが生前持っていた能力は『混沌の支配者』、それは世界の秩序を作り、操り、支配する力。魂を生み出すのも何かしらの制限はあるでしょうけど、アイツなら不可能じゃないわ。」
「にわかには信じ難い………。」
「そしてもしもルシフェルが生前の力を持って人類の前に立ちはだかったら……それこそ私達が手を合わせて戦おうとも勝つことは不可能。問題なのはそれなのに相手の居場所を突き止められないことだけれど。」
セリアの言葉によって部屋には緊張感が走った。他でもない、神話の時代を生きていた英雄が言った言葉だ。実際に体験した彼女の言葉は、誰のものよりも重く現実的なものだった。しかしその中でも冷静に言葉を発したのは最強の男だった。
「謙虚に“推測”と言う割には確信めいた言い方ですね。セルセリア様、ルシファー、というより歴史の破壊者のボスの正体がルシフェルである確率はどの程度だとお考えですか?」
「九割くらいかしら。まず間違いないと思うわ。よほど似たような者じゃなかったらね。」
「なるほど………。それは困りましたね。」
「組織で見れば八星級がさらに最低で八体はいるわけじゃから……歴史の破壊者の尻尾を掴んだとて正面衝突はできんな。少しずつ削っていく他ない。」
「……それなら考えても無駄じゃねぇか。遭遇したら片っ端から潰す。セルセリア様もそれでいいんじゃないですか?」
「そうね。魔神となると正直備えることも大して意味がないから。ただ絶対に無理に戦うべきではないわ。敵戦力の上限が分からない以上こちらの戦力を失うわけにはいかない。」
「なら当分は我々の戦力増強に重きを置くべきですかね。七星以下の者達を鍛えるという意味でも魔物討伐や迷宮攻略は推奨していくべきかと。」
その後会議は続いていき、決定したことは三つだった。一つ、ギルドを通して政府が魔石や迷宮の産出品を高価で買い取るということ。二つ、ギルドに対して一定量を無償で回復薬やポーションを提供すること。三つ、中央連合加盟国の代表に対し歴史の破壊者について現状把握している情報を共有し、協力を求めること。ただしそれらの情報は一般市民には共有しないこと。理由としては共有してしまえば世界中で混乱が巻き起こるからだ。
会議が終了し、十法帝達がセリアに挨拶をしにきた。特に妖精帝、シュリナさんはよく話していた。オレは邪魔をしないよう少し離れていたから内容は分からないが、楽しそうに話していたので共通の話題、恐らくセリアのかつての仲間であるフリナという方について話していたのだろう。話が終わったようなので帰ろうかと思ったところ、“海帝”ガラリネオさんがオレに話しかけてきた。
「おい、小僧!お前、ウチに来ないか?5000万は出すぞ。」
「へぇ、そりゃ嬉しいですけど、残念ながら魔物を狩ってりゃ食うのに困らないんですよ。そもそもオレはあなた達の席を一つ奪おうと思ってるんで、あなたの下につこうとは思いませんよ。」
「はははっ!!そうか!そんならこの俺の誘いにも乗らねぇか!ふふふっ……ならどうだ?今度俺は北の国、ロウドンに行くが、着いてこねぇか?もちろん相応の金は出すさ。」
「ロウドン?」
ロウドンと言えば北大陸の島国で、先進国には珍しい連合非加盟国だ。そして何より、二年ほど前から隣国と戦争を行っていることで有名だ。そんな国に、ましてや政府関係者である法帝が入国することができるのだろうか。
「何をしに行くんですか?」
「歴史の破壊者が関わってるんじゃないかって話だ。戦場では魔物が確認されているようだし、ロウドンは戦争をできるほどの兵力を保持していなかったはずだ。というわけで、俺様が潜入するわけになったんだが、お前も手伝ってはくれねぇかってことだ。」
「………いいですよ。その話、受けましょう。オレも歴史の破壊者には因縁がある。」
「よく言った!!じゃあ追って連絡しよう。それまで腕を磨いておけ。」
ガラリネオさんと別れ、オレは校長の方へと寄っていった。学校まで送ってもらい、オレは寮に戻った。歴史の破壊者の活動が活発になっているということは、近いうちに世界を蹂躙してしまうかもしれない。そうならないよう、オレ達にできることはヤツらが整う前に、少しずつ戦力を削っていくことだ。ガラリネオさんの言う通りもっともっと強くならなければならない。
「セリア。」
「うん?」
「今度から特訓はもっと厳しくしてくれ。死なない程度にしごかれても、強くなれずに殺されるんじゃ意味がない。」
「じゃあ、死なないでね。」
死ぬ気で鍛えなければ成長量なんて高が知れてる。そして一人だったら死ぬほど追い込むことはできないだろう。だがオレにはセリアがついているんだ。たとえオレが呼吸を忘れたとしても攻め続けてくれるだろうし、倒れたとしても助けてくれるだろう。鍛えるために最上の環境がオレにはあるのだから、未来を甘んじる必要などない。




