第12話 “8”
混沌竜に何度も剣を向けたが、感覚としては大地を斬ろうとしているようなものだった。傷をつけることは可能だが、とても切断するには及ばない。オレは体力を消耗するのに魔物には疲労という概念すらない。ちまちまやっていても埒が明かないが、魔力を出し切ってしまうのも考えものだ。“白天”を使えば身体を撃ち抜くことも容易いが……それで殺せる保証もない。躱されるか防がれるか、あるいは逸らされるか……いずれにせよ簡単なことではない。そのくせ一発しか撃てないのだから、迂闊に使うことはできない。
「くそッ……!硬ぇし再生が早ぇんだよな……。」
最初は脚を崩して脳を撃ち抜こうかとも考えていたが、脚を一本斬り落としたところで何も変わりはしなかった。二本目を斬ろうとすれば、そのうちに一本目が再生している。首を何度も斬りつけて落とそうとしても同じことだ。オレの攻撃力がヤツの硬さ、再生力を上回らなければいけない。
「ギィャラアアアア!!」
「うぐッ……!!」
腐った身体でありながら、その俊敏さはオレと同じくらいだ。そして鋭く巨大な爪がオレに襲いかかり、避ければ牙が襲ってくる。それに少しでも触れれば重い魔力が身体中を刺す。そして少量の毒が身体を痺れさせる。混沌竜はよく毒属性だと聞くが、オレの身体に入った毒は魔力由来のものだけではない。恐らくは細菌によるものが多いだろう。オレの反属性魔力が毒の魔力を分解するため、ある程度の抗体はできている。だが油断してはならない。時間をかけるのは得策ではないかもしれないな。
「『殲滅灰剣』!!」
「『斜断嵐』!!」
「ガ……ボガァアアアア!」
強力な二回の攻撃で、混沌竜の右前脚を削り斬った。複雑な切断面を作れば回復にも多少時間がかかるだろう。その隙を狙ってさらに追撃しようとすると、混沌竜は口から毒の霧を吐いた。オレは急いで口を覆いながら後退した。
「ぐはッ……!!」
「ギィヤアア!!」
混沌竜は目がないくせに、どうもその勘というのはなかなかに鋭いらしい。後退したオレを長い骨の尾で薙ぎ払った。オレの身体は洞窟の壁に打ち付けられ、骨と内臓が酷く痛んだ。折れたり破裂したりはしていないだろうが……呼吸が苦しくなり、口からは血が流れてきた。痛みのせいで呼吸は荒くなり、荒くなれば毒を吸い込んでしまう。マズい……マズいが、セリアはまだ出てこない。彼女から見て、まだ危険ではないということだ。オレはコイツに勝てるということだ。
「くッ……はッ…はッ…!………さて…どうしようか……。身体強化の魔法は使っていても速さで……力でも勝てない。……有効打になるのは“白天”くらいか……。………?いや、そうか………。」
「ギャウワアアアア!?」
よろよろと立ち上がったオレを、巨大な魔物は爪で串刺しにしようとした。オレは圧縮した魔力を剣に纏い、それで噛みついてくる爪、指を斬り落とした。さっきまでまるで歯が立たなかったのに、一振りするだけで豆腐でも斬るかのように刃が通った。混沌竜が柔らかくなったのではない。オレの剣が鋭くなったのだ。
「“白天”は圧縮の技術を使った技だ……。あくまで完成形ではなく……基本技なんだ。これはそうだな…………『叢雲剣』…と呼ぼうか……。」
魔力が染み込んだ剣に、魔素がどんどんと吸い込まれていく。そして剣は白く発光し、強い熱をも纏っていた。小さく、そして激しい振動をしているのか、“叢雲剣”の刃は洗練された斬れ味を持っていた。散布している毒の霧さえも散らすことができ、混沌竜も強く警戒している。恐らく敏捷さはさらに上がることだろう。
「グルゥワアアアア…………。」
「ふぅ………。」
混沌竜はジリジリと後ろに下がり、それでいて前脚は少しずつ前進させた。爪と牙は一層大きく、そして鋭くなった。そして毒の霧を吸収し、見るからに毒々しい見た目になった。
「『天翔……』!?」
「ギャオオオオ!!」
「がはッ……!」
剣で口を斬ろうとすると、混沌竜は脚と尾を使ってオレを吹き飛ばした。剣の鋭さが変わろうと、オレの身体能力が上がったわけではない。そして当然、相手が鈍くなったわけでもない。相変わらず重い一撃が、オレの身体を壊そうとした。警戒心を高めたためか、さっきよりもずっと重い攻撃になっていた。肋骨と腕の骨が何本か折れ、ゴツゴツとした尾の骨と爪がオレの腹を斬り裂いた。酷い激痛が身体の内側と外側からオレを襲い、意識しなければ身体を動かすことも、呼吸をすることもできなくなった。水が流れるように口から血を吐き出し、身体の至るところから痛みが走った。しかし魔力を解いてはいけない。今“叢雲剣”を解除すれば、魔力が全て飛んでいってしまう。この魔力を解き放つのは、トドメを刺すときだけだ……。
「『天舞』……!」
なんとか呼吸を整え、魔物の攻撃を剣でいなした。セリアの剣術のような、美しい舞をイメージした技だ。剣の腹を使って攻撃を受け、その衝撃を利用して移動する。風に流される木の葉のように、するりするりと混沌竜の脚を登っていった。身体中に漂っている毒の霧をも斬り伏せ、やっとのことで首元までやってきた。
「『天翔暴風』!!」
身体を捻り、力の限り剣を振った。剣が周囲を巻き込んで身体を回転させればさせるほどに大きな力を生み出し、首を落とすには充分だった。が、剣を首に振り下ろす最中、今まさに斬り落とせるという瞬間、急に右腕が剣から外れ、剣の発光が止まった。
「ッ……!!?」
考えてみれば当然か。“白天”は本来一発限りの技だ。魔力を発散しないように留めようとしていても、少しずつ魔力が漏れてしまえば維持することはできなくなる。それに加えて先ほど吹き飛ばされたときに負った右腕の傷に、毒が入ってしまったらしい。右腕にはもう力が入らないし、魔力もほとんど消費している。利き腕でもない左腕の力だけで鉄のような首を斬らなければならない。加えてどうするかを考える暇もなく、背後から巨大な尾が迫っている。回避すれば恐らく二度と首を斬る好機は来ない。だが回避しなければあの尾がオレを殺しにくる。それに腕力だけで首を斬れるとは思えない。……くそッ!ダメだ……。考えたって無駄だ。オレはコイツを斬るんだから、諦めるわけにはいかないだろう。
「うぉおおおお!!」
魔力が抜け、遠心力のかかった剣が混沌竜の首に当たった。コツンという力の感じられない小さな音が鳴り、同時に腐った肉が焦げる不快な匂いがした。それから一秒も経たずに大きく硬い尾の骨がオレの胴体に激突し、オレは洞窟の天井に打ち付けられてから落下した。十秒ほど呼吸をすることを忘れ、痛みに視界が潰された。白く点滅する視界をなんとか整え、目元の血を拭って混沌竜の方に目をやった。
「ゼェ……ゼェ……。ガフッ……カッ……ハァ……ハァ………。」
喉の奥で血か痰が絡まっているのか、呼吸をするたびにゴロゴロと音が鳴っている。剣を鞘にしまい、それを杖代わりにして身体を起こした。これ以上寝転がっていたら、すぐに気を失ってしまいそうだ。
「……………。」
混沌竜がすでに活動を停止していることは分かっていた。首を斬り落としたのだから当然だ。その瞬間は驚いたが、異様に軽い音が鳴った瞬間に、いや、魔力が溢れ出した瞬間に理解した。左腕から溢れ出した魔力は、優しく熱いものだった。間違いなく、セリアの魔力だ。
「………部分的にだけど………天現融合ができたのか………。危うく死ぬところだったが………まぁいいか……。」
見ているだけでは分からなかったが、セリアの魔力はオレのとは比較にならないほどに濃く重かった。そして魔力そのものが、剣以上の斬れ味を持っていた。そのおかげで少ない力で混沌竜の首を斬ることができた。……危なかった……本当に………。
「ミラ!おつかれ!!」
「おう………おつかれじゃ済まないほど疲れたよ…………。」
「そうね。私もびっくりしたわ。まさか勝てるなんて思ってなかったから。」
「………そんなのと戦わせてたのか……。」
確かに今のオレの実力で戦っていい相手ではなかった。本来なら七星級程度、つまりルーシュや生徒会長か、あるいは十法帝が戦うような相手だ。彼らであれば確実に勝てるだろうが、オレが勝てたのは単なる偶然だ。……それなのにセリアは止めなかったんだな。信頼してくれてるのかスパルタなのか………。
「……セリアは治癒魔法は使えるか……?」
「ちょっとだけね。痛みを抑える程度のものだから、応急処置が終わったらお城に戻りましょ。もともとこんな傷を負うほどの相手だと思ってなかったから………私がおぶっていくわ。」
……そういえばユリハ様は十日後くらいに迎えにくるって言っていたな……。流石にこんな傷で、こんな不衛生なところで十日は待てない。大人しくセリアに従っておいた方がいいか。オレはセリアの指示に従ってちょうどいい大きさの岩に腰を下ろした。彼女の魔力が全身に巡り、少しずつ温かくなったと思えば痛みが和らいでいった。
「………今度から毒はちゃんと避けなさいね。今回は私が燃やしてあげてたから軽傷だけど………勝てる相手にも勝てなくなるわよ。毒で死んだら辛いのくらい分かってるでしょ?」
「……ごめんなさい。」
毒が効きづらいのはオレの力だと思ってた……。まさかセリアのおかげだったとは……恥ずかしい。自惚れていた。どう転んでもセリアの力無しには勝てなかったということか……。………まだまだだな。
「……それで……混沌竜が出たから人が集まって……それで殺されたから混沌人が大量に生まれたってことでいいのかな……?竜の死体が先なら納得もできる……。」
「まぁ……その可能性もあるのかもしれないけど、それだとこれまで騒ぎになってないのがおかしいかな。この洞窟は元から魔物はよく出るんでしょうけど、だからってあの数の混沌人は異常よ。まるで意図的に連れてこられたみたいな……あるいは作られたとか?」
「……まさか。」
魔物を作るなんてことは不可能だ。人が魔素を操れないのだから、魔素から生まれる魔物を作るなんてことは……仮に魔素を多少操れる人間がいたとしてもあり得ないだろう。
「おいおい……何かおかしいと思ったら、みんなやられちゃってるじゃないの。王には一体なんて伝えればいいんだか……。」
「ッ!!?」
「ミラ!!」
聞き慣れない声がしたかと思い振り向くと、目の前に大きな男が立っていた。禍々しい魔力に勝手に身体が反応し、オレは痛みを我慢しながら立ち上がった。しかしそれ以降身体を動かすことはできなかった。腹部に違和感を覚えて視線を落とすと、男の腕がオレの腹を突き刺していた。まだ温かく赤い血が男の腕を伝い、オレは脚から力が抜けていった。膝が地面につき、男の手が抜けた腹からはドクドクと血が流れ出して地面は赤黒い鏡になった。
「ミラから離れてッ!!」
「うるせぇなぁ。なんだアンタは……!!」
セリアが剣を抜きながら男に突進したが、その男は重い音とともにそのままセリアを殴り飛ばした。セリアは洞窟の壁まで吹き飛んだが、傷は負っていなさそうだ。だがセリアに攻撃を当てられるなんて……何者だよ…コイツは……。
「ぐッ……ぬぁあ!!」
「根性だけは認めてやるよ。」
「あぁあああ!!」
なんとか動く左腕で殴ろうとしたが、痛みと血の流しすぎで腕力や魔力だけでなく思考力がほとんどなくなっていたようだ。何も考えずに伸ばした腕は、ブチブチという音とともに男に引きちぎられた。そしてそのまま穴の空いた腹を蹴られ、セリアと反対側の壁に打ち付けられた。いよいよ意識を保つことができなくなり、視界は闇に閉ざされていった。
「ミラ!!意識を保ちなさい!!」
「!?……ホントになんなんだよ、アンタ。結構強く殴ったのになぁ……?」
男は疑問を解こうと考えを巡らせ、その様子を見ながら今度はセリアが男を剣で吹き飛ばした。少し斬られたようで口から血を流していたが、重傷ではない。
「この力………あぁ……そうか。アンタあれだろ。ネフィル=セルセリアだろ?大物じゃねぇの。……ってことはその小僧が聖都魔法学園のグランデュース=ミルアルトだな?」
「なッ!?」
「うーん……。参ったなぁ…どーも………。」
男はセリア達のことを知っているようだった。そしてその正体を知るや否や、先ほどまでの勢いを失って転移門を開いた。
「そういうことなら、アンタらを殺すのはまだだ。王の準備が整ってねぇんでな。」
「待て!お前は何なんだ!!」
「うん?あぁ………俺は歴史の破壊者のNo.8、いずれまた会うだろうからな。覚えとけよ。」
「………ミラを急いで運ばないと…!!」
セリアはとりあえずミラの流血だけ抑えて、彼を背負って急いでユリハの城へと走っていった。偶然、洞窟の異変を察知したユリハが洞窟の入り口まで迎えに来ており、転移魔法ですぐに城へと戻ることができた。ユリハの特殊な魔法でミラは瀕死の状態から回復し、目を覚ましたのはこの出来事から二週間後のことだった。




