第11話 大洞窟
部屋の少女は、黒く長い髪を靡かせながら優雅に座っていた。威圧感があり、それでいて品があった。そしてその少女は目を奪われるような美しさもあった。
「どうぞお座りください。シュバルト、戻って構いませんよ。」
「はっ!何かあればお呼びつけを。」
オレは少女に言われるがままに椅子に座り、出されたお茶を見た。紅茶とも緑茶とも違うみたいだ。そしてシュバルトさんが扉を閉めるとその瞬間、セリアが幽体化を解き、少女に抱きついた。
「ユリハ!変わらないわね!!でも昔よりずっと逞しくなってるね!」
「お姉様!!お久しぶりです!お姉様も変わらないですね!!」
少女はやはりユリハ様だそうだ。神話の時代から生き続けていて、その発言力は個人で中央政府に匹敵する。一部では神として崇められることもあるのだとか。とにかく規格外のお方だ。しばらくユリハ様はセリアが話していたが、オレはその間お茶をゆっくり飲んでいた。気持ちが落ち着いくと二人も席に座った。
「びっくりしましたよ、私。まさかお姉様が現世にいらっしゃるなんて。スリド君からの連絡だったので事実だろうと思ったのですが……いかんせん私の立場だと情報が届くのに時間がかかりますから。」
「それにしても不老なんだって?昔はそんなことなかったわよね?」
「私の能力『夢幻の主導者』って魔力が際限なく生み出される力でしょう?いつからかその影響で歳を取らなくなっちゃったんですよ。お姉様が亡くなって……おじ様がサタン様を倒したときくらいだったかな?時期は分からないんですけどちょうどそのくらいに“昇華”して……。」
「いいことじゃないの?」
「身体は楽でいいんですけどね。一万年も生きてると疲れちゃうんですよ。この前グラ様も亡くなっちゃったし……。お姉様とまた会えたんで今は幸せですけどね!ですから私はミルアルト君に感謝をしないと。」
「いや、オレなんて……ただの偶然ですよ。」
「偶然か必然かは関係ありませんよ。事実として、君は私に光を届けてくれたんですから。」
ユリハ様は優しく笑って感謝を述べてくれた。オレとしては努力したわけでもないからむず痒いのだけれど……拒否しすぎるのはこの人に対して失礼だと思い、オレは控えめにそれを受け取った。
「そうそう。せっかくこっちに来たしさ、ミラをいっぱい魔物と戦わせてあげたいの。二週間くらいこっちにはいる予定だけど、どこかいい所ってある?」
「なるほど、なかなか良い魔力をお持ちのようですね。………五星級でも目指すんですか?随分と若いと思いますけど……。」
「ミラは九星級を目指すって言うんだから。昔は今よりずっと強くなれる環境があったからね。その当時の私を超えるように鍛えてやるのが私の役目なの。」
「そういうことなら……ここから東に600キロくらい行くと大洞窟があるんです。そこにシュバルトを向かわせようと思ってたんですが、代わりに行きますか?」
「あぁ……向こうね。確かに何かいるわね。」
「詳しい情報は私達も得られてませんが……そっちの方が楽しめるでしょう?」
「そうね!じゃあミラと行ってくるわ!」
大洞窟かぁ………。洞窟なんて自分の目では見たことないな。そんなところに魔物まで出るなんて……なかなかファンタジーじゃないか。ただ600キロか……遠いな。……600キロも離れてるのにセリアは感知したのか?
「私が送りましょうか?転移は魔力消費が激しいですが、私ならそう難しいことじゃありません。帰りは……十日後ほどでいいですかね?」
「助かるわ!魔物が出るんじゃバスもないでしょうから。」
そう言うと、ユリハ様は転移門を開いた。それは政府が設置している問題と比べても遜色ないほどの出来で、凄まじいエネルギーを持っていた。そしてその門を潜ろうとしたとき、ユリハ様は何かを思い出したかのようにオレに声をかけた。
「そうだ、ミルアルト君。君が目指す九星……というよりも八星以上は特殊階級、つまり特級と呼ばれるものです。七星までとは違って相対評価ですから、ただ鍛えるだけでは届かないでしょう。でも君が本気で目指している間は、私もできる限りの応援をすると約束します。」
「それはこの上なく心強いことですね。生意気ながら期待しています。」
そう残して門を潜ると、そこにはユリハ様の城より大きく、薄暗い獄境の中でも際立って暗い洞窟が見えた。洞窟の入り口はまるで怪物の口のような、悪魔の手が誘っているような、そんな不気味な雰囲気が漂っていた。そしてそれを超えるほど不気味な魔力が、洞窟の奥深くから無数に感じられた。
「なぁ、セリア。ユリハ様との会話にあった……なんだっけ?あの……昇華?っていうのはなんなんだ?会話からするにユリハ様特有の何かっていうわけじゃなさそうだけど。」
「ああ、そっか。昇華っていうのは能力保持者の境地だよ。神様から与えられてる力を自分の力にすること。昇華すると魔力量も跳ね上がるし能力の幅も広がるから、法帝になるには必須でしょうね。」
「なんか難しそうだな。」
「まぁ急ぐことはないわ。今の君の力だとまだまだだろうから。」
能力の昇華か……。今のオレにはイマイチ理解できないけれど、重要な力だ。オレの知らない境地、理解の及ばない力。……面白いな。
「そうだ、この中には大量の魔物がいるでしょうけど、基本的には私は手を出さないわ。危ないと判断したらそのときは助けるわね。」
「わかった。その方がオレも嬉しいよ。」
洞窟の奥へと進むと、ゾロゾロと人影が見えてきた。しかしその表情からは生気を感じられず、顔は崩れていた。
「腐臭がするな……。不死人……不死の魔物か。」
不死の魔物、それは何種類もいる魔物の中でも少し特殊な者達で、魔力を纏った攻撃でなければ殺しきることはできない。……まぁ魔物と戦う際は基本的に魔力を使うから大した特徴でもない。
「『山吹嵐』!!」
オレは空中に飛び上がって視界の限りに襲いくる不死人達に魔力を纏った剣撃を放った。魔素から生まれた魔物は、オレの魔力に触れただけでその身体は崩れ落ちる。……はずだった。オレの対峙している魔物は身体に傷さえあれど、消滅する気配はない。そしてヤツらは反撃だと言わんばかりに襲いかかり、一部は剣や槍などの武器さえ持っていた。オレは腕や武器を斬り落とし、一旦距離を置いた。一体一体は大して強くもないが、この閉鎖空間に何百、何千といるのだ。馬鹿みたいに突っ込んでは蜂の巣にされてしまう。
「………普通の不死人なら死んでるはずだ。……混沌人か。厄介だな。」
普通の魔物は魔素が集まることで誕生する。しかしこいつらは、誕生する前からその肉体を持っているようだ。死んだ人間か魔族の肉体に憑依し、その身体を意のままに操っている。そして普通の魔物が肉体の維持に魔素を使っているのに対し、混沌人はそれを必要とせず、全ての魔素を力に変換することができる。だから腕力も脚力も、不死人の比ではない。………まったく、ゾンビならノロくあれってんだ。
オレは一体一体、確実に処理をしていった。混沌人は脳、心臓、首のいずれかを損傷させれば殺すことができる。それらを傷つけずに腕や足を斬り落とすと、それはたちまち再生していまう。オレは最も狙いやすい首を斬っていった。
「………ふぅ。何体いるんだよ……!」
「『薙嵐』!」
相手するのに慣れ始め、少しずつ軍勢を押し始めてからまとめて首を斬り飛ばした。今までで百体ほど、『薙嵐』で二十体か三十体は倒したが、それでもまだ終わりが見えない。魔力量は少しずつ増えているようだが、それでもやっぱり気が滅入る。流石に息も上がってきた。
「はっ……はっ……。」
「『殲滅剣』!」
剣を振り下ろし、直線上にいる混沌人を斬ってみたが、これは少し効率が悪そうだ。魔力をそこそこ持っていかれる上に大して数を減らすこともできない。少しずつ倒し、少しずつ奥へと進んでいった。
(…………おかしくないか?混沌人は不死人の上位種……それが大量の不死人を率いてるってんならまだ理解できる。だがこいつら全員混沌人だ。どこからこんなに死体を……。)
(確かにそうだけど、それを考えるのは終わってからよ。まだまだ山場は超えてないんだから。)
(山場……?)
一時間ほど狩り続け、魔物の波は終わりが見え始めている。確かに固有のキツい匂いとか、重い魔力はまだ奥の方から漂っているけれど、区切りはつきそうだ。引き続き剣に魔力を纏い、十体ずつほど斬っていった。そしてさらに三十分ほど経ったとき、混沌人の影は見られなくなった。
「はぁ……はぁ……。少し休憩したらもうちょっと奥に行ってみるか?」
「うーん……。その必要はないんじゃないかな?」
「?………ッ!?」
セリアの言葉の意味はすぐに理解できた。洞窟は地震でも起きたのかというくらいに大きく揺れ、少し崩れてしまった。そして振り向くと黒みがかった白い壁が目の前に突然と現れ、それが洞窟を揺らしているのだと分かった。混沌人よりも強烈な腐臭と重く不愉快な魔力が感じられる。
「グギャオオオ!!」
「不死竜………いや、コイツも混沌竜か……。なるほどな……。」
セリアやユリハ様が感じていた魔力というのは間違いなくコイツだろう。異様に硬い腐った肉の奥に、それ以上に硬い骨が見える。オレが見た白い壁はその骨だ。鼻の奥、喉の奥を突き刺すような匂いが肺や腹に溜まり、重力がかかっているかのように身体が重くなっている。襲いくる巨大な牙をなんとか回避し、大きな首に力の限り剣を振り下ろした。魔素を斬る力があっても、刃は首を斬るには至らない。肉体の硬さと魔力量が、オレの能力を大きく上回ってしまっているのだ。つまり、オレはただの剣士、相手は不死の竜というわけだ。魔力量は六星……いや、最低でも七星級はあるか。オレが勝っている点は知能くらいのものかな。
「面白いな……。確かにコイツを倒せば五星級にはなれそうだ。」
オレは再び剣を向け、魔力を剣に流し込んだ。斬ることに特化するため、その魔力を全て刃先に集中させた。少しずつ体勢を崩していこうか。オレはまずは混沌竜の足元に斬りかかった。そして何度も脚や尾に吹き飛ばされながらも、少しずつ肉を削っていった。オレは額や腕から血を流し、ヤツは回復を続ける。首を落とすのが最善だ。オレは体力を削られながら、それでも臆せずに斬り続けた。
個人的な事情により第11話をもってしばらくの間休載とさせて頂きます。構成自体はある程度できているため、稀に一話や二話ほど投稿することはあるかもしれません。楽しみにして頂いている皆さまにはご迷惑をおかけしますが、ご理解頂けると嬉しいです。投稿を再開する際には活動報告にてお知らせいたします。これからもぜひ、応援よろしくお願いします。