第07話 名前のない怨念②
「なっ!? どうして、それを――!?」
「第十三代風月丸の鬼包丁だ。ゆえあって私たちの手元にある。それに至る経緯は少し考えれば分かるだろう。十三代目は、天寿を全う出来なかった数少ない風月丸の一人だ」
「殺して奪ったのか」
「それ以外に何があるというのかね。お互いさまだろう。おかげで私たちも鬼包丁に関する理解が深まった。十三代目にはあらためて礼を言おう」
「お前ら麒族が、まがつ鋼の武具を持つことに何の意味がある? まがつ鋼を弱点とするのは麒族だけだ。人間にとっては一般的な鋼と何の差異もない。むしろ刀剣としての切れ味は劣るというデータすらあるのに……!」
「皮肉だよ。皮肉にすぎない。まがつ鋼は数多くの麒族を祀ってきた。そのまがつ鋼で人間を屠るという怨念を込めた――ね」
「そうかい――!!」
風月丸は飛び出した。餓鸞童子の姿をした者に、必殺の一撃を食らわせるために。
「秒殺!!」
「反秒殺!!」
ガキン!!
二振りの鬼包丁が激突して止まった。
風月丸渾身の一撃をぴたりと止めてしまう餓鸞童子の身体能力は、やはり人間とは比べものにならない。
両者は刀の切っ先を合わせたまま、共にゆっくりと後ろに下がった。
「どうしたね? 早く私たちを倒さねば、カミヤムネの砲撃が美鶴神社を焼き尽くすぞ」
ここでふと風月丸には疑問が湧いた。
カミヤムネの輝きはすでに最高潮――エナジー充填は、とうに臨界点を超えているはずだ。
なぜ一向に撃とうとしないのか?
疑問には必ず答えがある。
撃たないのではない。撃てないのだ。
おそらく、何か引き金となるものが足りないのだ。
引き金とは何か? それは、カミヤムネが造られた時代背景を考えれば、おそらく「人柱」だろう。そして今回の場合、人柱になるのは餓鸞童子なのではないだろうか?
少なくとも三〇〇〇柱の残留思念たちはそれを目論んでいる――餓鸞童子自身は決してそれを望まないだろうが。
餓鸞童子の姿をした者が静かに歩き出した。そして巨石の上から小さく羽ばたいて地上に舞い降りる。
「待て!」と風月丸も後に続いて飛び降りた。しかしその着地の衝撃に耐えきれず、両手を地につけてしまう。餓鸞童子の呪詛が、未だ風月丸の肉体を蝕んでいるのだ。
餓鸞童子の姿をした者が言う。
「呪詛がずいぶんと効いてきたようだね。私たちもこれ以上邪魔されたくはないから結構なことだ。きみはもう気付いたようだが、カミヤムネを発射するには人柱がいる。それもとびきりの一流麒族が。私たちはそれを餓鸞童子に任せようと思うんだよ。だからきみの鬼包丁で餓鸞童子の身体を割らせるわけにはいかない」
「餓鸞童子がそれを拒否したら?」
「拒否はない。その瞬間まで私たちが餓鸞童子の身体を支配しているからね」
「お前たちも一緒に消え去るつもりか?」
「愚問だよ三十八代目。そのために私たちの思念は今日まで残ってきたのだから」
そう言うと、餓鸞童子の身体は、カミヤムネ巨石群の中央部に立った。
惹麒空間の赤く禍々しい光が最も集中しているところである。
この地点で餓鸞童子は人柱となるのだ。
発射のためのエネルギー体になると言ってもいい。
風月丸は餓鸞童子の身体を割るべく、鬼包丁を腰だめに構えた。呪詛のせいで、これ以上は意識が保ちそうにない。
「無駄だよ三十八代目。私たち三〇〇〇柱の麒族の中には、剣戟に秀でた者も少なからずいるのだ。今のきみに、私たちが宿った餓鸞童子の肉体を割ることは出来ない」
そのとき、やけに子供じみた声があたりに響いた。
「そうとばかりは言えないんじゃないかな? 僕の意識はまだここにあるからね。もちろん、風月丸に割られるなんてもっとゴメンだけど」
その声は、餓鸞童子本人のものだった。
彼自身はこの事態をどう思っているのだろうか。
三〇〇〇柱の集合意識は問いかけた。
「餓鸞童子よ、きみはカミヤムネの発動を見たくはないのか?」
餓鸞童子は答える。
「僕は未来世界を、次の時代を見てみたいんだ。ここで古い麒族たちの感傷話に利用されるなんてありえないね」
「しかし、この好機を逃しては、カミヤムネを発動させるチャンスは二度とないぞ」
「だけど僕は死んでしまうんだろう? それじゃ意味がないじゃないか」
餓鸞童子の自問自答は続く。
「それが本心か、餓鸞童子」
「三〇〇〇柱の同胞には敬意を表するけど、僕が死ぬ場所はここじゃない。風月丸が絶望に沈む姿を僕は見たいんだからね」
「ならば意のままに決するといい、同志・餓鸞童子よ――……」
三〇〇〇柱の残留思念がふっと消える。どこかへ去ったわけではない。餓鸞童子の深層意識の中に潜ったのだ。
そしてしばしの沈黙が流れた。




