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昭和葬零 - Aristorequiem -  作者: 堀幸司 - holycozy - 
第六章『結界崩壊』
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第05話 絶え間なき侵攻②

 音のありかは、巫女たちの背後――美鶴神社の境内だった。

 二五人の巫女たちがゾクリと背筋を凍らせながら振り返る。

 そして、そこに広がる光景を見た瞬間、誰もが息を呑んだ。

 三柱の麒族。しかも、すべてが一流麒族。

 一柱は鼻高天狗。その屈強な両腕には、二柱の大入道が抱えられている。

 ただでさえ強大な麒族が三柱。だが、それ以上に恐ろしかったのは、その圧倒的な威容だった。大入道はその名のとおり、身の丈二メートルを優に超える巨体。だが、それを片腕ずつで抱えている鼻高天狗のほうが、さらに異常な大きさだった。おそらく三メートル半はある。昔語りの中にしか存在しないはずの異形が、現実にこの場へと降り立っている。

 誰もが息を詰まらせ、血の気が引いていく。

 戦おうという気概など、とうに消え去った。

 これが「本物の麒族」――世の理の外にある存在だと、嫌でも理解させられた。

 鼻高天狗が、抱えていた大入道二柱をゆっくりと地面に下ろす。

 ずしり、ずしりと地が揺れる。大入道たちが、侵攻を始めた。

「弓矢隊、甲、前へ! まがつ鋼は我らのもとにあり!」

 それでも凛だけは冷静さを取り戻し、弓矢隊に檄を飛ばした。

 おたおたとしながら、甲隊が列を作る。だが一同が弓を構えるより早く、鼻高天狗が羽団扇(はねうちわ)を大きく振るった。大旋風が巻き起こり、巫女たちは紙くずのように吹き飛ばされる。

 能力の違いは圧倒的だった。

 それでも凛は「弓矢隊、各自、てーッ!」と叫ぶ。

 境内に散り散りとなった二四人の巫女たちは、あたりに散らばった弓矢をあわてて拾い集め、各々矢を射ようと試みる。だがその度に鼻高天狗の羽団扇が大旋風を巻き起こし、あわれ、境内を縦に横にと吹き飛ばされてしまった。

 まがつ鋼の武具を所持していても、必勝とは限らない。

 やはり一流麒族に勝つためには渡殺者の存在が必要だった。

 百戦錬磨のつわものの存在が。

 鼻高天狗の羽団扇攻撃に惑わされて注意がおろそかになっていたが、二柱の大入道も厄介な相手だった。大入道たちは、境内の奥に向かって侵攻を続けている。その方向には美鶴御前の寝所があった。

 麒族たちの目的は美鶴御前の命なのか――?

 凛の脳内に疑問が湧き起こる。

「凛!」

 そのとき、聞き慣れた声が彼女の名を呼んだ。はっとして振り返る。

 絶望の向こうから現れたのは――流一郎と宵子だった。二人はすでに石段を上り終え、境内へと足を踏み入れている。その姿を見た瞬間、張り詰めた空気の中に、ほんのわずかな安堵が生まれた。

「風月丸様! あれを!」と凛は、境内の奥深くへ進もうとしている二柱の大入道を指さした。鼻高天狗も気がかりだが、喫緊の脅威は、美鶴御前のもとに麒族が到達することである。

「まかせろ!」

 流一郎は頼もしく叫ぶと、大入道たちに向かって駆けだした。

 しかしそれを黙って見過ごす鼻高天狗ではなかった。流一郎と大入道たちの間に割って入ると、羽団扇で大旋風を巻き起こし、流一郎でさえも吹き飛ばそうと試みる。

「くっ……!!」

 だが、流一郎は踏みとどまった。容赦ない風の中、わずかに足を開いて大地を踏み締める。全身を襲う暴風に押し流されぬよう、筋肉を軋ませながら鬼包丁を縦に構えた。

 その瞬間――刃が唸る。

 鋭く放たれた一閃は、暴風の中心を断ち割り、奔流を真っ二つに裂いた。風は二筋に分かれ、流一郎の両脇を駆け抜けていく。それはまるで風そのものが畏れをなしたかのようであった。

 流一郎はその体勢のままで鼻高天狗に向かって駆け出す。はたして、なまくら刀となった鬼包丁でも鼻高天狗を割ることは出来るのだろうか。

 境内にいる全員に緊張が走った。

「せいっ!」

 ここでまさかのスライディング。

 流一郎は鼻高天狗の股下に向かって足から滑り込むと、それを難なくくぐり抜けた。

 鼻高天狗をやり過ごした流一郎は、そのまま駆け出して、すぐに大入道たちに接近した。その足音に反応して、彼らはようやく振り返る。それぞれが腕に馴染んだ巨大な金棒を振りかざし、一斉に流一郎へと振り下ろしてきた。

 狙いはただひとつ――無慈悲に叩き潰すこと。

 だが、流一郎は怯まない。

 鬼包丁を両手で握り込み、迫りくる金棒を真正面から受け止める。

 ガンッ!!

 地響きのような衝撃音が轟く。圧倒的な重量が刃を通じて全身を襲い、流一郎の膝が悲鳴を上げるように折れかけた。それでも彼は踏みとどまる。鬼包丁を軋ませながら、己の力で金棒を押し返そうとする。

 しかし、圧倒的に力量が違いすぎた。

 身長一八〇センチあまりの流一郎が鬼包丁、そして二メートルをゆうに超える二柱の大入道が巨大な金棒である。単純に考えても威力の差は歴然としていた。だがそれを流一郎は何とか踏ん張っている。

 ズズズッ! と流一郎の靴の裏が地面を滑る。本来なら、いとも簡単に潰されて終わりだったろう。それを持ちこたえているのは、まがつ鋼が持つ超自然的な力の助けがあってこそだ。

「くっ……重てえんだよッ!」

 流一郎は全身の筋肉を叩きつけるように力を込め、一気に二本の金棒を押し返した。唸るような衝撃が空気を裂く。大入道たちは揺らぎ、その巨体がぐらりと傾く。

 刹那――流一郎の目が鋭く光った。

 迷いなく踏み込んで反撃の機を逃さない。

「秒殺!!」

 腰だめに構え直した鬼包丁を振り抜き、大入道の胴体にその刃を食らわせる。

 ガシャーーーーン!

 一柱の大入道が割れ落ちた。とてつもない分量の欠片があたりに散らばる。

 一方、相棒を倒されたもう一柱の大入道が、怒りに燃えて突撃してきた。顔を真っ赤に染め、冷静さを失ったまま、ただひたすらに金棒を振り下ろす。そこに戦術も技能もない、ただ力任せの猛攻だった。

 流一郎は鬼包丁でその荒々しい打撃を次々と受け止める。しかし、その衝撃に耐えきれず、鬼包丁の刃こぼれが徐々に広がっていった。

『折れる――!!』

 それは一瞬の決断だった。

 流一郎は振り下ろされた巨大な金棒を、巧みに右から左へと受け流す。その勢いを利用し、自ら大入道の懐へと飛び込んだ。ここまで接近してしまえば、大入道も自慢の金棒を振るうことはできない。下手をすれば、自らの巨体をも傷つけることになるからだ。

「秒殺!!」

 流一郎は鋭く息を吐き、最小限の動作で腕を畳む。そして一閃。鬼包丁が、闇を裂くように大入道の股下から斬り上げた。

 ガシャーーーーン!!

 鈍い音を響かせ、二柱目の大入道が見事に割れた。

 しかし、だ!

「――――!」

 振り抜いた鬼包丁の刀身は、柄から一〇センチくらいを残してその先を失っていた! とうとう折れたのだ! まだあと一柱、鼻高天狗を残しているというのに!

 流一郎は、まるで短剣のようになってしまった鬼包丁を右手に構えた。戦いはまだ終わりではない。得物が日本刀から短剣になっただけだと考えれば、戦闘の続行は可能だ。身の丈が三メートル半もある鼻高天狗に、その攻撃がどれだけ効くか保証の限りではないが……。

「弓矢隊、全員、構え! てーッ!」

 突如、境内に凛の声が響いた。流一郎が奮闘している間に、凛が巫女たちによる弓矢隊を再編成していたのだ。二四人の巫女たちは一斉に弓矢を構え、号令に従って矢を放つ。

 ストトトトトトトトト――!!

 鼻高天狗の身体に一斉に突き刺さる二四本の矢たち。まるで容赦なく降り注ぐ雨のような攻撃は、鼻高天狗の全身に微細なヒビを大量に発生させた。しかし割れ落ちるには至らない。これが一流麒族の力であると言わんばかりである。

『仕留めることが出来なかった――!!』

 巫女たちの間に動揺が走ったのが分かる。

 しかし、その攻撃はまだ終わりではなかった。陣頭指揮を執っていた凛はすっくと立ち上がると、自らもまがつ鋼の弓矢を構えたのだ。

「てーッ!」

 己の号令で矢を放つ凛。

 飛び立ったその矢は、鼻高天狗の顔面へと一直線に向かっていった。

 ガシャーーーーン!!

 鋭い破砕音とともに、鼻高天狗の顔が右半分だけ吹き飛んだ。

 人間だったら致命傷――即死である。

 しかし、鼻高天狗はまだ立っていた。深手を負いながらも「死」には程遠い。だが、容易に回復できるダメージではない。それだけは確かだった。

 鼻高天狗はバッ! とその羽根を開くと大空に羽ばたいた。

「逃がさない! 弓矢隊、次なる矢を装填、用意、てーッ!」

 凛の指揮で、再び二四本の矢が鼻高天狗の身体を狙い撃つ。だが縦横無尽に大空を舞う鼻高天狗には一本たりとも当たらなかった。それでも凛は追撃の手を緩めない。

「弓矢隊、次なる矢を装填――あっ!?」

 突如、鼻高天狗が境内へと急降下した。

 一瞬、飛翔の力を失ったのかと思われたが、そうではない。

 狙いを変えたのだ。

 ――宵子へと。

 鋭く湾曲した猛禽類のごとき鉤爪(かぎづめ)が、宵子へと迫る。

 空気を切り裂く音が耳をつんざき、地面に大きな影が落ちる。

 次の瞬間、その影は彼女をいとも容易くさらい、再び空へと舞い上がった。

「いやっ!」

 凄絶な握力が身体をねじ込むように締めつけ、宵子は無理やり持ち上げられる。

 しかし、そこで異変が起こった。

 宵子の胸元から、あの青白い炎が燃えた――いや、閃いたのだ。

 それを受けた鼻高天狗の動きが鈍り、反射的に宵子を手放してしまった。無防備なまま、高さ五メートルの虚空から落下する宵子。地面に叩きつけられた衝撃で、彼女の意識は途切れた。

 巫女の弓矢隊はすでに次なる矢を装填していたが、あまりにも宵子が鼻高天狗に接近しているので、それを射ることが出来ないでいる。弓を引く手が震え、緊張が全てを支配する。

 次の瞬間、鼻高天狗は戦況を見極めるように冷静に舞い降りると、再びその巨大な鳥足で宵子をつかんだ。弓矢隊が射る隙を完全に封じるように、宵子の身体を盾として操り、ついに完全に空へと引き上げていった。今度は青白い炎は発動しなかった。それは宵子が気を失っているせいかもしれない。

「時女!!」

 流一郎は、叫びながら上空を見上げた。

 そこに広がるのは無限の大空、その中で鼻高天狗は宵子を軽々と持ち上げ、まるで風に乗るように西の空へと去っていった。その姿は天空を切り裂く伝説の巨鳥のように雄大で、そして遠く、すぐに小さくなると、やがて空色の中に霞んでいった。

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