九十八話 ハチミツ狩りと一番かわいいのは
祝福と精霊魔法と、それを授けてくださった方々に感謝の念を送りつつ、意識を切りかえる。
「さて、アースビーの群れが眠っている間に、ハチミツを失敬いたしましょう」
『は~い!!!』
小さな三色の精霊さんたちに声をかけ、後方を振り向く。
ぽつぽつと地面に落ちている、針と淡い茶色の小さな魔石を回収しつつ、大きなブドウのような形状の巣に歩みよる。
全長は、子どもの背丈ほどの大きさだろうか。
掌大の実の一つ一つに、蜜が入っているのだという情報を、記憶の中の魔物図鑑から引き出す。
半ば見上げながら、どのように収穫すると良いのだろうかと、少し考える。
連なっているように見えるが、実はそれぞれ蜜をたくわえた状態で個別につくられており、わずかにそれらを繋ぐための茎に似た棒状のものが、互いをくっつけているらしい。
もぎとることもできるだろうけれども、せっかくポーションに使おうと思っている素材だ――あの魔法を使おう!
ふっと微笑み、一番下にさがっている実の下部を左手で支え、上部に右手をかざして魔法名を紡ぐ。
「〈テムノー〉!」
静かに、銀色の一閃が煌き、スパッと抵抗なく茎が切れる。
左手で支えた実を右手でも持ち、そのずっしりとした重さに緑の瞳を見開く。
「意外とたくさん蜜が入っているのですね」
『いっぱい~!』
『おいしいかな~?』
『あまいかな~!』
「楽しみですねぇ」
わくわくとした気配を伝える精霊さんたちに、同じく高揚感を満たして微笑みを深める。
小さな右腰のカバンに、この大きさは入るのだろうかと疑問をうかべながら近づけると、どういう原理なのか問題なく収納できた。
これはおそらく、空間魔法らしきものの効能だろう。よく分からないが、凄い。
いずれは、このカバンについても調べたいものだ。
実の重みが消えた手を再度伸ばし、二つ、三つと収穫していく。
このようにして食べ物を収穫することを、なんとか狩りというのだったか……と現実世界で聞いた記憶が過ぎる。
「さしずめ今は、ハチミツ狩り、ですかね」
『はちみつがり???』
新鮮な体験に口元をゆるませながら呟くと、三色の精霊さんたちの疑問の声が重なった。
『なになに~?』
『しーどりあ、それなぁに?』
『はちみつ~がり~?』
「はい。このようにして食べ物を収穫することを、そう呼ぶのだと空で聞いたことがありまして」
『おぉ~~!!!』
可愛らしい問いかけに、笑みを深めながら説明を返すと、納得の声が響く。
実際の言葉の使い方が合っているかは定かではないのだが、みなさんが楽しそうなのでよしとしよう。
にっこりと笑顔を広げつつも、計四つの蜜が入った実を収穫し終える。
チラリと確認した地面で眠るアースビーの群れは、まだ目覚める気配はない。
とは言え、油断は禁物だ。
安全な間に、この場から離脱したほうが良いだろう。
「みなさん、無事にハチミツは確保できましたので、ここから離れましょう」
『は~い!!!』
私の声かけに、元気な返事をしてぴたりと肩と頭にくっつくみなさん。
その様子を見届けてから、トンッと地を軽く蹴って枝から枝へと渡り、アースビーの巣から離れていく。
十分に距離を取ってから、ふわりと地面へと降り立った。
「ここまで離れていれば、安全でしょう」
『うんっ! あんぜん!』
『だいじょうぶ~!』
『あんぜん~!』
穏やかに紡ぐと、精霊のみなさんからも同意の言葉が返る。
それに微笑み、ゆっくりと濃くなっていく陽光の色合いを木漏れ日で楽しみながら、帰路を歩む。
あたたかな黄金色の光は、その色にほんのりと赤を混ぜた橙色へと美しく移り変わっていく。
肩をすべる私の長髪もまた、白金色の毛先が色を濃くしたように見え、ついその綺麗な輝きに見惚れてしまった。
戦闘の後は、やはりこうして何かに癒される時間が必要だ。
しみじみと思いながら足を進めていると、ふいにぽよっと小さな三色の精霊さんたちが肩と頭の上で跳ねた。
どうしたのだろうとそれぞれに視線を向ける前に、三色の光がぱっと眼前に躍り出る。
『しーどりあ~!』
「はい、どうしました?」
小さな水の精霊さんが幼げに名前を呼ぶ声に、穏やかに言葉を返す。
すると、風と土の精霊さんもふわふわと動いて声を上げた。
『ぼくたち、かわいいよ!』
『かわいいよ~!』
――それはもはや大前提だ。
精霊さんたちは可愛い。これは、私にとっては世界の法則のごとく、すでに絶対的な認識だった。
深くうなずき、言葉を紡ぐ。
「えぇ、それは間違いありません。みなさんはとっても可愛らしいですよ」
思わず満面の笑顔でそう答えると、再び水の精霊さんがふわっと動いて、
『ぼくたちのほうが、かわいいよ!』
と、声を上げた。
……はて? ぼくたちのほうが、とは?
何か、比較対象があっただろうかと、口元に片手をそえる。
しかし、真剣に考え込む手前で、答えが響いた。
『あーすびーより、かわいい!』
『ぼくたち、かわいいよ~!』
「あ、あぁ……! あの時の!」
閃きに、ぽんっと手を打つ。
風と土の精霊さんたちの言葉に、ようやく合点がいった。
これは、アレだ。
アースビーとの戦闘前、うっかり零した心の声の発言を、精霊のみなさんは気にしていたということだろう。
ゆえに、こうして私に主張しているのだ。
すなわち――私が可愛らしいと告げたアースビーよりも、みなさんのほうが可愛らしいのだと!
反射的に、また満面の笑みが自らの顔に咲いたのを自覚した。
「当然です! みなさんが一番かわいいです!!」
『かわいい?』
『あーすびーよりも?』
『いちばん?』
「えぇ! 誰よりも、何よりも、可愛らしいですよ」
『わ~~い!!! しーどりあ~!!!』
「おっと!」
ひゅんっと胸元へと飛び込んできた小さな姿を、やわらかく両手でそっと包み込む。
不安か、それとも不満か、あるいはただの確認だったのか。
精霊のみなさんの本心は、その幼げな言動と相まって、いまだに完全に把握することはできていない。
けれど、今回に至っては本心から精霊のみなさんが一番可愛らしいと思っているので、なにも問題はないと、断言できる。
不安や不満が無くなるまで、あるいは心から満足するまで、何度でも私は心の底から精霊のみなさんが望む言葉を紡げるのだから。
――胸元で、きゃっきゃと嬉しげな声を上げる精霊のみなさんは、やはりこの世界で一番可愛らしい!!




