九十七話 対アースビー戦は祝福と共に
※戦闘描写あり!
深呼吸を一つ。
遠くに見えるアースビーは、小さな精霊のみなさんより二回りは大きな、赤子の掌ほどの大きさで、散らばっているとは言えざっと数えただけでも、十……いや、二十匹以上はいるようだ。
ただ、この魔物。黄色と茶色の縞模様こそ、まさしくハチを連想させるものの――その姿は、いっそう可愛らしいと思えるほど、まんまるだった。
とても丸い、可愛らしい。
「かわいい魔物ですね」
『かわいい???』
「いえ失礼、なんでもありません」
うっかり、心の声が零れてしまった。
三色の精霊のみなさんが紡いだ疑問に、素早く心の声を消す。
そもそも……大きさも数の多さも、少しも可愛くはないのだ!
ハチにしてはあまりにも大きな丸い姿が、空中でブーンという羽音を響かせる様子を慎重にうかがう。
とは言え、戦法はもとより限られている。
ここは一つ、思い切って戦おう!
フッとうかべた不敵な笑みと共に、そばの空中に〈オリジナル:風まとう水渦の裂断〉を発動して、涼しげな円盤状の水の渦を五つ出現させる。
キラリと煌いた、手飾りを飾る右手を振るい――いざ、戦闘開始!
一瞬でアースビーたちへと飛来した水の渦は、見事に五匹の丸いその身をなぞり、薄茶色の小さな旋風となって掻き消した。
どうやら、アースビー自体はオリジナル魔法の一撃で倒せるらしい。
反射的に安堵しながら、しかし油断はせずに〈オリジナル:風まとう氷柱の刺突〉を発動。
冷ややかに回転する五つの氷柱を、アースビーの群れへと放ちかけ――突如、アースビーたちが見せた動きに、思わず緑の瞳を見開く。
「なっ」
驚愕の声が刹那に零れる。
眼前のアースビーの群れは、うねる煙のようにその身を互いによせ合い、高らかな羽音の威嚇と共に、巨大な一塊となって一気にこちらめがけて迫ってきた!
とっさにひとまず氷柱を放ち、横目で確認した右側の巨樹の枝へと飛び移る――が、追いかけてくる羽音は遠ざからない。
ブゥンッ! とひときわ響いた羽音の方向へ、慌てて左腕を向ける。
枝の上へと、うねりながら追ってきたアースビーの群れは、銀の腕輪に付与されている風の盾にはばまれ、バッと塊から個々が遊動する状態へと変化した。
次の瞬間、背中を冷ややかにつつかれた感覚に、反射的に〈オリジナル:身を包みし旋風の守護〉を発動。
全方位を風の旋風で護りながら、さすがに銀の腕輪にかけた風の盾だけでは、この数の攻撃を防ぎきることはできなかったのだと悟る。
それどころか、さきほどの氷柱の攻撃も、地面に突き刺さったとけ消えゆく三本を見る限り、どうやらすべてが当たっているわけではなさそうだ。
ウルフたちのような大きさはない上に、うねるような不規則な動きをされては、当たらないという事態にも納得するほかない。そもそも、私が視線を外したのも魔法が外れた原因だろう。
チラリと視線を投げて確認した生命力ゲージの減りは、さいわい微々たるもの。
その下の魔力ゲージのさらに下には、[《祝福:不変の慈愛》により、状態異常:弱毒の効果無効]と書かれていた。
――なんともありがたい祝福を授かった幸福に、夜明けのお花様へもう一度感謝を捧げに行きたい気分だ。
『しーどりあ!』
「おっと!」
現実逃避をしている場合ではなかった。
ブンッと勢いよく飛んできた一匹を、風の旋風を消し、〈オリジナル:無音なる風の一閃〉で薙ぎ払う。
同時に、素早く枝から枝へと飛び移りアースビーの群れから距離を確保する。
再び一塊に集まったアースビーの群れを見つめ、集団が一塊になり襲う習性について、現実世界のいつかの日に学んだ記憶をどうにか思い出そうと試してみるものの、《瞬間記憶》で記録しているわけでもない現実世界の記憶はおぼろげなまま、鮮明にはほど遠い。
現状の打開策として、せめて範囲内に入った数匹を一瞬で倒せるような、範囲型の魔法を習得していれば良かったのだが……。
残念ながら、手持ちの魔法で近しいことができる魔法は、おそらく水の精霊さんたちによる水飛沫の精霊魔法くらいだろう。それさえも、ちょうどあの一塊に当てることができれば、と注釈がつく。
ブゥンッ! と再び羽音を響かせ、勢いよく突撃してくる群れに、時折つつかれながらも回避をつづける。
ありがたい祝福のおかげで、毒で生命力が削られる心配はない。
とは言え、さすがに回復魔法をかけながらの持久戦となると、こちらが不利になってくるだろう。
……正直なところ、やはりこの数を相手取るのは厄介の一言につきる。
個体としては弱いと思うが、群れを相手にするとなると、どうしてもいま一つ手札がない。
さて、どうしたものかと瞳を細め――唐突に閃いた。
倒すことが厄介ならば……眠らせてしまおう。
すっと息を吸い込み、詠唱を紡ぐ。
「〈ラ・テネフィ・ヌース〉!」
凛と響かせた瞬間現れたのは、明るい時間ではその光をより黒く輝かせる、小さな闇の精霊さんたち。
パッと散ったみなさんは、闇色に光る粒をサラサラと、一塊になっているアースビーの群れへと降りかけていく。
うねりながらそれを避けようとする群れは、しかし逆にその動きによって煌く粒をあび――ぽとり、ぽとりと、地面に落ちて行った。
倒せたのではなく、眠らせた、という状況で相違ないだろう。
「な、なんとかなりましたね……!」
『やみのこたち、すご~い!!!』
地面に落ちた丸い姿を見やり、実際には流れていない汗をぬぐいながら紡ぐ。
小さな三色の精霊さんたちの言葉にうなずき、消えゆく闇の精霊さんたちへと言葉をかける。
「素晴らしい精霊魔法でした。小さな闇のみなさん、ありがとうございました」
その闇色の光をほんのりと強めて消えていく姿を見送り、ほっと微笑みがうかんだ。
闇の下級精霊の力で、複数の敵を眠りにいざなう、小範囲型の補助系下級精霊魔法〈ラ・テネフィ・ヌース〉。
以前神殿で授かってから、使う場面がなかった精霊魔法だったが、ここまで見事にアースビーの群れを眠らせることができるとは、なんとも驚きの性能だ。
小さな闇の精霊の眠り届け……そう訳せる魔法名は、伊達ではないということだろう。
何はともあれ、素晴らしい祝福と精霊魔法のおかげで、危機を脱することができた。
その精霊魔法とて、神殿での《祈り》にて授かったものなのだから、今回の戦闘は二重の意味で祝福に助けられたと言えるかもしれない。
――夜明けのお花様と、精霊神様に感謝、だ!




