九十六話 ハチミツと祝福と多数戦と
※ふわっと甘味系飯テロ風味です!
神殿の白亜の壁を横目に、あたたかな木漏れ日の下を前へ前へと進んで行く。
白い壁の終わりを見届け、さらに奥の森の中へ。
ゆたかに葉をしげらせる樹々が並ぶそのただなかを、風がゆらす葉擦れの音を楽しみながら歩むのは少し新鮮だ。
なにせ、よく考えると森の中の移動は、枝の上を飛び跳ねて進む体験数のほうが多かった。
こうしてゆったりと歩いて探索するのも、忘れてはならない楽しみの一つだと覚えておこう。
口元に微笑みをのせながら、そう言えばと口を開く。
「アースビーの蜜は、どのようなお味なのでしょうか」
以前、夜明けのお花様からいただいた花の蜜の美味しさを思い出し、アースビーの蜜とはどのような味の違いがあるのかについても、興味が湧いた。
ぽよっと右肩で跳ねた小さな水の精霊さんのほうを向くと、くるっと綺麗な一回転を見せてくれる。
『おあじ~?』
次いで上がった不思議そうな声に、うなずきを返して説明を紡ぐ。
「えぇ。美味しい蜜だということ自体は、間違いはないと思うのですが、具体的にはどのようなお味なのかと気になりまして」
『おあじきになる!』
『きになる~!』
『わくわく!』
簡単な説明に、そわそわと動きはじめた精霊のみなさんと一緒になって、高揚感を胸中に満たす。
いわゆるハチミツを思いうかべると、自然とアースビーの蜜への疑問が湧き出た。
甘さは、いったいどれくらい甘いのだろう?
香りは、夜明けのお花様の蜜とは違うのだろうか?
食べた際のやわらかさは?
ほんのりと残る後味は、どのようなものなのだろう?
湧き出た美味しい蜜への期待に、自然と口角が上がる。
同時に――いよいよ、かの祝福の効能を体験できる可能性にも、好奇心がうずいた。
「魔物図鑑には、アースビーは毒の針で突き刺す攻撃をしてくるのだと書かれていましたから、夜明けのお花様から授かった祝福が、きっと力を貸してくださいますよね」
『うんっ! しーどりあを、まもってくれるよ!』
「本当にありがたいことです」
私の呟きに、小さな土の精霊さんが返事をくれる。
その言葉に深くうなずきつつ、微笑みを返した。
多くのゲームで言えることではあるが、【シードリアテイル】においてもまた、毒や麻痺などの状態異常を与えるデバフ効果は、地味に厄介だと語り板でも書かれていたのを思い出す。
特に、直接少しずつ生命力を削っていく毒は、動きづらくなる麻痺よりも戦闘時の影響が大きいのだとか。
となると必然的に、常時解毒状態になり、各種状態異常にかかりづらくなる《祝福:不変の慈愛》の効能は、間違いなく役立つことだろう。
実際、どのように効能が発揮されるのかを確認できる、絶好の機会である今回のハチミツ取りは、きっと有意義な時間になるはずだ。
笑みを深め、少しずつ並ぶ樹々の本数が増えていく周囲を見回しつつ、小さな三色の精霊さんたちへと声をかける。
「この先の奥地に、アースビーの巣があるはずです。用心して進みましょう」
『は~い! きをつける~!』
『みつ、あるかな~?』
『あーすびー、いっぱいいるかな?』
「蜜はぜひとも、あってほしいものですね。……そう言えば、みなさんにとってアースビーは、怖い魔物ですか?」
会話の中で、ふとキングアースベアーをとても怖がっていた姿を思い出し、気になって問いかけると、
『あーすびー、こわくないよ!』
『しーどりあと、ぼくたちのほうがつよいもんね!』
『いっぱいいるけど、こわくないよ~!』
と、明るい声音で返事が紡がれ、ほっと安堵して微笑む。
どうやら、アースビーは私たちの敵ではないらしい。
「それは良かったです。とは言え、数が多いのであれば、もしかすると倒しきるのは難しいかもしれませんね」
穏やかにみなさんへ言葉を返しつつ、一対多数の魔法戦闘の難しさに、少しばかり頭を悩ませる。
ウルフたちのように、数匹との戦いならば戦い方の案はいくつかある一方で、十数匹を一度に相手取る可能性を考えると……さて、どうしたものかと口元に手が伸びた。
そっと片手をそえつつ、木漏れ日の中で静かに立ち止まる。
「堅実な戦法となりますと、やはり動きを固めることができる、水と氷の魔法の合わせ技と、素早く動く敵にも対応可能な風の魔法を併用する、いつもの戦法ですかねぇ。
新しく習得した土の魔法も、使いどころがあれば積極的に使用したいものですが……」
呟きながらそう考えたあたりで――そもそも、十数匹との戦闘など、本来は一人だけでおこなうものではないのでは、と思い至る。
「……普通は、パーティーを組んで戦う相手、ですよねぇ」
思わず、小さな苦笑がうかぶ。
十数匹と、一人で戦おうということが、そもそもの間違いかもしれない。
パーティー、いわゆる他のプレイヤーとチームを組んで冒険をおこなう遊び方だが、アースビーを相手にするのであれば、本来は私のようにソロ――単独で戦うのではなく、パーティーを組んで戦うものなのだろうと察する。
まぁ、どうしても戦うことが難しいとなれば、風の盾を身にまといつつ、巣だけいただくという荒業を失敬して、あとは全速力で戦線離脱するとしよう。そうしよう。
ふと木漏れ日の色合いが濃くなった様子に、重なり合う葉の隙間から空を見上げる。
鮮やかな蒼穹が広がる光景に、考え込んでいる間に朝から昼の時間に移ったのだと察して、再び足を前へと踏み出す。
慎重さは大切なものだが、今回のような状況では、悩みつづけているだけでは事態を進展させることは出来ない。
まずは、挑戦してみよう!
そう静かに意気込み、肩と頭に乗る三色の精霊さんたちと共に、樹々の間を抜けて進む。
しばらく森の中を行くと、ようやく目当ての場所にたどり着いた。
大人の掌ほどの大きさの、丸い茶色の物体が、ブドウのようにいくつかくっつき、巨樹に垂れ下がっている様子が、遠目に見える。
その不思議な形の巣のそばには――幾匹ものアースビーが、羽音を立てながらゆっくりと飛び交っていた。




