九十五話 同感と研究者気質
綺麗に食べ終えた、からの皿を見つめて、ほぅと満足さあふれる吐息を零す。
「今日のお食事も、本当に美味しかったです……!」
『よかったね~!!! しーどりあ!!!』
「はい、大満足です!」
小さな三色の精霊さんたちの言葉にうなずき、不思議と満たされたように感じる食後の雰囲気を楽しむ。
自然にうかぶ微笑みをそのままに、葉のコップに残る水をゆっくりと飲んでいると、周囲の音も自然とよく聞こえてくる。
近くに座っていた二人組のお客さん――ノンプレイヤーキャラクターであるエルフの女性がたの会話もまた、耳に届いた。
『このマナプラムティー、本当に美味しいわ』
『そうねぇ。魔力回復ポーションと同じ、マナプラムを使っているとは思えないわ』
何やら気になる話題に思わず意識を向けると、〈恩恵:シルフィ・リュース〉が発動する。
風の精霊のみなさんに心の中でお礼を告げながら、よく聴こえるようになった会話を引きつづき聴く。
『ポーションも、このマナプラムティーくらい、美味しいと嬉しいのだけど……』
『どのポーションも、薄い味なのは残念よねぇ』
『本当、残念ね』
静かにそうしめくくられた会話に、ふぅむと口元に片手をそえる。
正直なところ、先のお二人の会話の内容には、深くうなずきたい気持ちだ。まさしく、同感と言っていいだろう。
以前、ログアウト前に味見をしたポーションに対して思ったことは、どうやら私だけが思っているわけではなかったようだ。
魔力回復ポーションの、あの薄すぎる甘酸っぱさを思い出し、つい小さな苦笑がうかぶ。
あの時は、多量に飲む場合もあるのならば、このくらい薄味なのも納得だと考えていたが……やはり、味も大切なのではないだろうか?
「ポーションの味の改善、ですか……」
『うすいって、しーどりあいってた!』
『びみょうなおかおしてた!』
『こいあじのほうが、おいしいっていってた!』
「そうなのですよねぇ……」
呟きに反応した三色の精霊さんたちの言葉に、しみじみとうなずきを返す。
ポーションは、やはり味も意識したほうが良い気がしてきた。
せっかく飲むのであれば、美味しいほうが私も嬉しい。
とは言え……。
「しかし、お味の改善と言いましても、どのような改善方法が望ましいのでしょう?」
湧き出た疑問を呟き、色々と考えてみる。
まずは、薄味にもっとマナプラムやリヴアップル本来の味を加えることで、美味しさを確保する方法。
これを実践するのはとても簡単で、単純にポーション製作時に加える材料の量を多くするだけで良い。
他の方法はと言うと、他の材料を加えて味に変化を引き起こす、というものが王道だろうか?
例えばハチミツのような甘さや、レモンのような酸味の強い材料を加えてみると、きっと美味しさも変わるはずだ。
後は、ポーション製作時の融解や拡散でも、何かしら変化をもたらすことができるかもしれないが……これは、残念ながらすぐに実践可能なものではないかもしれない。
なにせ、錬金術はとても繊細な技術の上に成り立つものであり、融解や拡散の仕方しだいでポーションの効能の質が変わってしまうのだから。
そもそも、すべての方法に当てはまる懸念点として、問題なく効果を発揮するポーションとして完成するか、という大前提な問題があるわけで……。
「――これはずいぶんと、研究のしがいがありそうですね」
湧き出た好奇心に、深く笑む。
魔法の習得や装飾品作りもそうだが、未知を探り解き明かしていく冒険と同じくらい、新しいものをつくりあげるという挑戦は、心躍るもの。
この美味しいポーションは、ぜひともつくりあげたい!
『しーどりあ、たのしそう!』
『わくわくしてる~!』
『ぼくたちも、わくわく!』
「おや! 気づかれてしまっては、これからおこなうことをお伝えしないわけにはいきませんね」
『おしえておしえて~!』
『きになる~!』
『なにするの~?』
そわそわと楽しげに紡ぐ精霊のみなさんに、茶目っ気を含ませて言葉を返す。
とたんに高揚感が満ちた一角で、しぃっと口元に指先を当てて静けさを場に戻してから、これからのことを伝える。
「まずは、甘さを加えることのできる食材を取りに行こうと思います。たしか、魔物図鑑に書かれていた、アースビーという魔物の巣から、蜜が採取できるはずです」
『みつ~!』
『あま~い!』
『おいしいよ!』
「それはそれは。実際にお味見をする時が楽しみですね」
以前魔物図鑑で確認した際の記憶を引き出しながら、精霊のみなさんとの会話も楽しむ。小さな土の精霊さんが美味しいと言うのならば、アースビーの蜜は間違いなく美味しいハチミツなのだろう。
好奇心と高揚感に満ちた胸中を、残っていた葉のコップの中の爽やかな味の水をのみほして落ち着け、穏やかな微笑みをうかべなおす。
ふわりと肩と頭の定位置にとまった、小さな三色の精霊さんたちへと出発を告げる。
「では、さっそくまいりましょう」
『しゅっぱ~つ!!!』
精霊さんたちの声に合わせて席を立ち、決して忘れてはならない感謝を伝えに厨房の近くへと歩む。
ちょうど厨房から出てきた緑の中級精霊さんと視線が合い、丁寧に一礼を捧げる。
顔を上げるときょとんとした表情が見え、その疑問に答えるべく、つとめて穏やかに言葉を紡ぐ。
「マモリダケのソテー、とても美味しかったです。料理人のかたにも、のちほど感謝をお伝えいただけますか?」
最後に問いかけをつけ足して小首をかしげると、緑の中級精霊さんは幼げな頬をほんのりと赤く染めた。
『わっ、わぁ~!! ありがとうございますっ! ぜったいにわすれず、おつたえしますね!!』
「はい、よろしくお願いいたします」
『はいっ!』
互いに笑顔を見せ合い、そのままお会計をすませる。
マモリダケのソテーの分のお代は、なんと持ち込み食材でつくったため、おすすめメニューの半分の値段のお支払いとなった。
それも、マモリダケはやはり貴重な食材だったらしく、むしろお支払いは必要ないとまで言われたものの、さすがにそれでは私の感謝の気持ちがおさまらないので、と交渉した結果の金額だ。
どうしてもまだあの美味しさに対する金額としては、少ないと思うのが本音ではあるが……少しでも、素晴らしい腕前の料理に対するお礼になれば、と思う。
いまだつづく満足感にひたりながら、ゆったりと食堂の外へと踏み出し、神殿の裏側の森へと足を進めていく。
魔物図鑑に書かれていた情報によると、アースビーの巣は、その先のさらに樹々が密集する場所にあるようだ。
ふわりと微笑み、口を開く。
「いざ、美味しい蜜の確保へ!」
『かくほ~!!!』
跳ねる声音で紡ぎ、精霊のみなさんと一緒に木漏れ日の中へと突入した。




