九十四話 珍味なるマモリダケのソテー
※飯テロ注意報、発令回です!
眩い朝の陽光が、疲れを癒すように降り注ぐ土道を、ゆっくりと歩む。
衝撃的な幕開けとなった三日目のつづきに、この後をしっかりと楽しむために必要な要素を考える。
それはやはり――美味しい食事による癒しだろう!
気を取り直して、ぐっと拳を握ると、右肩の上にいる小さな水の精霊さんがぽよっと跳ねる。
『おみみなおった!』
「お耳、ですか?」
『さがってたよ~!』
『もとにもどったね!』
唐突な言葉に疑問を返すと、風と土の精霊さんが説明をしてくれた。
……いや、そもそもこのエルフの耳が、動くということを自覚していなかったのだが。
新発見に驚いている間にも足は進み、食堂へとたどり着く。
美味しそうな香りが扉を開く前からただよっており、大きな看板には[本日のおすすめ カゼヨミソウとミズキノコの炒めもの]と書かれていた。
「美味しそうですねぇ」
そう思わず呟いてから、はたと気づく。
キノコと言えば……一種類、食用にもなるものを持っていた!
緑の瞳を煌かせる勢いで、閃きに笑む。
――ここは一つ、交渉をしてみよう!
意気揚々と扉を開くと、とたんに料理の華やかな香りに満たされる。
ぴゅーっと空中を滑ってこちらへと近づいてくる、可愛らしい緑の中級精霊さんを視線で追い、彼女にたずねてみようと微笑む。
『いらっしゃいませ! よき朝にかんしゃを!』
眼前でぱっと咲いた笑顔に、同じ様に笑顔を返しながら、左手を右胸に当てて優雅にあいさつを返す。
「よき朝に感謝を。――あの、少しおたずねしたいことがありまして」
『はい! なんでしょう?』
「この食材を、料理として出していただくことは可能でしょうか?」
声量を落として問いかけながら、右腰のカバンから取り出したのは――シイタケに似た貴重な錬金素材、マモリダケ。
このマモリダケ、錬金薬書いわく、珍味とされる貴重な食材でもあるらしく。
……それを知ってしまうと、料理として味わってみたくなるもので。
いつ訪れてもお客さんがいるこの食堂で、そのような手間のかかることをしてもらえるのか、期待半分不安半分の問いかけへの答えは、果たして。
『わぁ~! これは!!』
そう跳ねた声音と共に、ぱぁぁっと輝いた笑顔に――不思議と勝利を確信する。
『あのあの! 食材をおあずかりしてもいいですか? 料理人にみせて、料理できるかかくにんしてきます!』
「えぇ、ぜひよろしくお願いいたします」
キラキラと煌く笑顔で差し出された小さな両手に、そろりとマモリダケをたくす。
ぴゅーっと厨房へと入っていく小さな背中を見送り、扉の前から横によって待つことしばし。
再び空中を滑って帰ってきた緑の中級精霊さんが、素敵な笑顔で答えをくれた。
『おいしいソテーをつくってみせます! って料理人がいってます! お席でおまちいただけますかっ?』
――どうやら、無事に料理していただけるようだ。
嬉しい報告に微笑み、うなずきながら問いかけに答える。
「はい、楽しみに待たせていただきますね」
『はいっ! こちらへどうぞ~!』
先導してくれる小さな背中を追いかけ、以前と同じ店内の奥の席に座ると、爽やかな味の水を満たした大きな葉のコップも机の上に置かれた。
『ほかにご注文はありますか~?』
ぱたりと四つの翅をゆらした緑の中級精霊さんの問いかけに、少し考えて答えを紡ぐ。
「それでは……本日のおすすめメニューと、木の実のパンを」
『カゼヨミソウとミズキノコの炒めものと、クルンの実入りふわふわパンですね! かしこまりました~! 料理ができあがるまで、しょうしょうおまちくださいませ!』
「えぇ」
眩しいばかりの笑顔と共に去っていく姿を見送り、本日の食事が届くまでの間、静かに心を躍らせる。
一緒にそわそわとしている小さな三色の精霊のみなさんと、まだ見慣れないメニュー本を眺めていると、時間はあっという間にすぎていった。
『おまたせしました~!』
そう軽やかに響いた声に、はっとメニュー本から顔を上げると、とたんにゆたかな香りが嗅覚を満たした。
机のそばに来ていた緑の中級精霊さんが、今回もまた器用に蔓に乗せた料理を机の上に並べてくれる。
『カゼヨミソウとミズキノコの炒めものと、クルンの実入りふわふわパン! それから、マモリダケのソテーです!!』
「ありがとうございます」
『えへへ~! おたのしみくださいませ~!!』
ぺこっとなされた可愛らしいお辞儀に会釈を返すと、また輝かしい笑顔を咲かせた後、小さな背中はぴゅーっと素早く去って行った。
届けられた机の上の料理に、自然と口元がゆるむ。
『わぁ~! おいしそう!』
『しーどりあ、すきかな~?』
『ぜったいおいしいよ!!』
「ふふっ、えぇ、さっそく頂きましょう」
楽しげな精霊のみなさんにこちらも笑みを零しつつ、改めて料理に視線を向ける。
ほうれん草のような緑色の葉のカゼヨミソウと、小さめに刻まれた半透明な長方形の食べ物……これがミズキノコだろう。二つの食材の炒めものからは、シンプルな塩気の香りがただよってくる。
以前も食べた木の実のパンは、クルンの実がクルミのように美味しかった記憶が鮮やかによみがえり、頬がゆるんだ。
しかし、やはり一番目を惹くのは、本日のメイン――マモリダケのソテー!
シイタケのような形のマモリダケは、純白の皿の上で艶やかに照る茶色を輝かせている。表面にぱらりとかけられているスパイスも、気になるところだ。
バターのようなコクのある香りとスパイスの刺激的かつレモンのような爽やかな香り、それにゆたかなキノコの香りが合わさり、なんとも食欲をそそる。
食べる前からゆるむ表情をいったん引きしめ、胸の中央に左右の掌を重ね当てて、しっかりと食前のあいさつを紡ぐ。
「――恵みに感謝を」
『かんしゃ~!!!』
精霊のみなさんの唱和がつづき、小さく頂きますも付け加え、食事の準備が完了したところで……いざ、実食!
銀色のフォークの先が向いた料理は、楽しみで仕方がなかったマモリダケのソテー。
突き刺した感覚は、やはりキノコのもので相違ない。よくよく確認すると、しっかりと一口大に刻まれていた一欠けを、上品に口へと運ぶ。
瞬間、ふわりと口の中に広がった濃厚な美味しさに、頬が落ちてしまったかと思った……!!
ほどよい弾力のある食感を楽しみながら、一度二度と嚙みしめると、そのたびにキノコの風味にバターとスパイスが混ざり合った、絶妙な旨味が味覚を満たしていく。
丁寧にのみ込み、思わず精霊のみなさんへ満面の笑みを向ける。
「とってもゆたかなお味で、美味しいです!」
『しーどりあ、よろこんでる!』
『わ~い! よかった!』
『おいしいの、いいこと~!』
「えぇ!」
きゃっきゃと喜ぶ精霊さんたちにも癒されながら、お次はと炒めものに手を伸ばす。
一口分をフォークに乗せ、ぱくりと口に入れると、こちらもなかなかの美味!
いわゆる野菜炒めなのだろうかと考えながら、ゆでたほうれん草のようなやわらかなカゼヨミソウと、硬くはないけれど弾力のあるミズキノコの、素材の味と塩気を見事に合わせた、本日のおすすめメニューを味わう。
合間に、さっぱりとした爽やかな味の水と、ふわりとやわらかくも木の実の食感が好ましいパンを挟みつつ……皿の上の料理たちは、あっという間になくなっていった。




