九十一話 幕間六 素晴らしい技術を身につけた人
※主人公とは別のプレイヤーの視点です。
偶然見つけ、興味をひかれたことで初日から遊んでいた【シードリアテイル】というこの没入ゲームは、実に奥深いものだった。
古い紙の本で書かれたとある物語の、古典的なエルフの君の背中を追うため、エルフのシードリアとしての姿をつくりあげ物語をはじめた……ところまでは、問題がなかったのだが。
すぐに買った弓の、その練習にかなりの時間を費やし、三日目でようやく満足のいく戦い方ができるようになった。
決して、弓の扱い方が難しかったわけではなく。
むしろその逆で、あまりにも多様な形での戦闘が可能であったがために、戦闘スタイルに悩むことになってしまった。
「……本当に、【シードリアテイル】は奥深い」
現実世界の自身よりも少し高く、しかし凛とした声で呟きながら、弓を背にしまう。
戦闘スタイルが決まった後は、やはり少々心もとないと感じていた装備を整えに、店が立ち並ぶ一角へ向かい足を進める。
一日目、二日目とにぎわっていたこの里も、三日目ともなるとレベル十へと至り、次の街へ向かうプレイヤーのほうが多くなったようで、ずいぶんと姿が減って見えた。
……しかし、これほどまでに作り込まれた里や周囲の森を、次の街へ行った者たちは十分に楽しむことができたのだろうか?
私はまだできていないと断言できる。
だからこそ、更に森の奥へと進むために、新しい装備が必要なのだ。
現実世界では久しく見ていない綺麗な夕陽を横目に、装飾品の店と思しき店内へと踏み入る。
入り口をスマートにゆずってくれた、穏やかな笑みをうかべた細身の美しい青年――プレイヤーであろう人物に会釈をしてすれ違い、小さな少女のような見た目の店主に歓迎を受ける。
あの青年……記憶に引っかかるものがある気がしたが、何だったのだろうか?
頭の片隅で思考をしていると、小さな店主がオススメだと言う装飾品が並ぶ、机の前までいつの間にか来ていた。
見ると、それらの装飾品はずいぶんとシンプルな形状で、店主いわく彼女のシードリアの弟子がつくった作品らしい。
同じプレイヤーの作品だと聞かされると、少々興味が湧く。
改めてよくよく見てみると、シンプルな編み目状が目立つ作品たちは、どれも実に精巧に編み込まれ、見事なデザインに仕上がっているではないか。
三日前にはじまったばかりの没入ゲームで、これほどまでの技術を習得し、なおかつ作品に仕上げるプレイヤーがいたことに、心底驚いた。
小さな店主の綺麗な装飾品も素晴らしい出来だが、このプレイヤーがつくった作品のほうが私の好みだということもあり、迷わず風の魔法を補助する効果があるらしい銀色の魔石を飾ったペンダントを買う。
小さく丸い魔石を囲うように、美しい編み目模様が銀色の金属でつくられており、一目で気に入った。
「店主、この作品の作り手の名を、教えてはもらえないだろうか?」
そう、小さな店主に声をかけてから、しまったと眉根をよせる。
個人情報を直接本人に聞く以外でたずねるのは、さすがに失礼だ。
慌てて訂正のために口を開きかけると、小さな店主は指先を一本立てて、口元へそえた。
そのまま笑顔で、ぱちんっと器用にウインクを弾く。
『いがいと恥ずかしがり屋な子だから、名前はおしえてあげられないけど、きっとあなたもこれからさき、い~っぱいあの子の名前をきくことになるとおもうわ!』
「それは……」
どういう意味かと、問いかけ――唐突に思い出した記憶に、口を閉じる。
かわりに、小さな店主へと確信をもってうなずきを返した。
店主はまた輝くような笑顔をうかべ、えっへんと腰に手を当てる。
『あの子はとってもすごい子だもの!!』
「……同感だ」
小さな店主の言葉に肯定を返し、思い出した記憶をたぐりよせていく。
あれは、一日目の夜の出来事だったか。
世迷言板を見ていた時、精霊と親しくしている一人のプレイヤーが話題に上がった。
私自身、偶然見かけたその姿を不思議に思っていたため、時折加わりつつその会話の流れを目で追っていると――なんと、突如会話に加わった本人が、精霊と親しくなる方法を伝授してくれるという奇跡が起こったのだ。
なんとも素晴らしい巡り合わせがあるものだと、あの時は驚き半分、感動半分の心地だったことを、鮮やかに思い出す。
たまたま眺めていたつい先日の世迷言板でも、素晴らしい魔法の使い手であるようだと、おおいに会話が盛り上がった。
そう言えば……私の見間違いでなければ、さきほどすれ違った彼こそが。
そこまで考え、自然と入り口を振り返ったことで、小さな店主が笑い声を上げた。
向き直り店主をうかがうと、可愛らしい笑顔で言葉が返る。
『ふふふっ! あなたって、とっても勘が良いのね!』
その言葉を聞き、予感が確信に変わった。
――なるほど。たしかに、精霊の先駆者である彼ならば、これほどまでに素晴らしい技術を身につけていることにも納得だ。
首にかけたペンダントを改めて見やった後、小さな店主にうなずきを返す。
それに笑顔を咲かせた彼女の見送りのもと、金と白金の長髪を流したかの青年の背を追うように、店を後にする。
見つめた土道の先には、すでにその姿は見えなかったが……またいつか巡り来たるその日を待つ、楽しみができたというものだ。
もし彼と話す機会があれば、その時はこの素晴らしい装飾品をつくった者として――必ずや、惜しみない称賛を送ろう。
※明日は、
・三日目のつづきのお話し
を投稿します。
引き続き、お楽しみください!




