九十話 氷の可能性と夜の祈り
天神様への《祈り》を終え、神殿の広間へと戻ると、白亜の空間には人気のない静かな沈黙が満ちていた。
チラリと投げた視線で確認した開け放たれた入り口の先は、すでに外が薄い闇色を広げる、夜の時間になっていることを明確に示している。
ガランとした広間を見回し、少しばかり複雑な表情がうかんだ。
「指輪に付与する付与魔法も、習得する予定だったのですが……」
呟いた言葉が、ずいぶん悩ましげな声音で響く。
昼間にリリー師匠のお店で制作した、新しい私の作品である青の指輪。
今回、これに付与魔法を付与してから、ログアウトしようと思っていたのだが、残念ながらすでに神官のみなさんはお帰りになってしまっている。
はたして、この状況で勝手にお祈り兼魔法の習得をつづけていいものか……。
さてどうしたものかと口元に片手をそえたあたりで、肩と頭の上にいる小さな三色の精霊さんたちが、ぽよっと跳ねる感触。
『おへやはいれるよ~!』
『おいのりできる!』
『まほうのしゅうとくできるよ~!』
「そうなのですか!?」
つづいた三者三様の言葉に、うっかり素で驚きを返してしまった。
慌ててコホンと咳払いをして姿勢を正し、それならばと再び精霊神様の神像へと歩みよる。
夜や深夜でもお祈り部屋が使えるのであれば、これからは魔法を習得する際の時間を見計らう必要もなくなるため、とてもありがたい。
……しかしそう言えば、よくよく考えてみると神官のみなさんがいなくなった後でも、今回すでに私はお祈りをつづけていたわけで。
「――何事も、気づきというものは大切ですね」
『たいせつ~!!!』
思わず紡いだ言葉に、明るい精霊のみなさんの言葉が重なり、広い神殿にとけていく。
若干彼方へと視線が飛んだのは、ご愛嬌ということにしていただきたい。
問題なく扉を開き、中へと再び入り込んだ精霊神様のお祈り部屋で、長椅子に座りまた《祈り》を発動してから、今回の目的を果たすべく行動を開始する。
まずは、カバンの中から青の指輪を取り出す。
キラリと綺麗な青色を煌かせた指輪を、そっと左手の中指へと飾ると、銀の腕輪とお互いが引き立つように、白い肌の手によく映えて見えた。
満足気な笑みをかろうじて上品に整えつつ、この青の指輪にふさわしい魔法をイメージする。
水属性とその派生属性の効能を上げる、水の魔石をはめ込むと決めた時にはすでに、どのような魔法を付与するかは決めていた。
シンプルに、力強く――発動を意識することで、敵の頭上へと一つの大きな細長く鋭い氷柱を降らす、氷の攻撃魔法。
そっと触れた指輪の冷たさを意識しながら、イメージを固める。
ほんのりと触れた先の冷たさが増した瞬間、見据えた前方に、素早く落下する大きな氷柱が現れて消えた。
しゃらんと鳴った効果音に、ふっと口角が上がる。
出現した文字は、[〈オリジナル:降り落ちし鋭き氷柱の付与〉]。
石盤を開いて確認した説明文には、[無詠唱で発動させた、付与型のオリジナル攻撃系下級氷魔法。敵の頭上に一つの大きく鋭い氷柱を落とす攻撃の付与。無詠唱でのみ発動する]と刻まれていた。
ページを切り替えて、装備情報の指輪の欄も確認する。
[名無しの指輪
水やその派生属性の魔法の効果を少し高める指輪。
純性魔石がはめられており、水の魔石の補助や、付与魔法の持続発動に使用できる。
シードリアの、ロストシード作。
第二作。
状態:一時的な〈オリジナル:降り落ちし鋭き氷柱の付与〉の付与状態]
そう記されている内容に、問題なく付与ができていることにほっと吐息を零す。
今回の魔法は事実上、単発的に発動する攻撃魔法であるため、持続付与ではなく一時付与になったようだ。
一時付与は文字通り一度魔法を使用すると付与が消えてしまうため、再度付与する必要があることを忘れないようにしなければ。
しっかりと注意事項を覚えつつ、作品の仕上げとして指輪の名前を[氷柱降らしの指輪]と書き換える。
改めてかかげた左手の中指で煌く青の指輪は、小さく繊細な見た目に反し、とても頼もしく思えた。
『かんせ~い!』
『まほうもゆびわもできた~!』
『わ~いわ~い!』
「えぇ、これにて二作品目、氷柱降らしの指輪の完成です!」
楽しげに声を響かせる三色の精霊さんたちにつられて、つい答えた声音が跳ねる。
とは言え、やはり魔法の習得や付与の成功と作品の完成は、どちらもとても喜ばしく思う。
自然と口元がゆるむのをそのままに、魔法と言えばと閃き、手を叩く。
その音に反応して、手元へとすぃっと移動してきた精霊のみなさんの内、小さな水の精霊さんへと閃いたことをたずねる。
「小さな水の精霊さん、さきほど少し思ったことなのですが。氷の魔法の氷の形は、水の魔法の小さな水滴のように、とても小さな物を幾つも出現させることは可能でしょうか?」
『できるよ!』
「できますか。ありがとうございます、とても参考になります」
『どういたしまして~!』
迷いのない即答に、感謝を伝えて深く微笑む。
――やはり、氷の魔法というものは、ロマンそのものに違いない!
元々かっこいいと思う心を含め、美しく、便利な使い方ができるかもしれないということで習得した氷の魔法。
この魔法が思っていたよりもずっと、形の表現の自由度が高いとすると……より素敵な魔法を習得することも可能だろう!
「どうやらまた一つ、後のお楽しみが増えたようです」
『おたのしみ~~!!!』
広げていた両の掌の上でぽよぽよと跳ねている三色のみなさんへ、思わず満面の笑みで紡ぐと、同じく楽しさを宿した声音が響き返ってきた。
好奇心に跳ねる心はそのままに、ふよふよと肩と頭の定位置に精霊のみなさんが戻ったのを合図にして、改めてお祈りを捧げたのち、小部屋から出て広間へ。
見回してみた白亜の空間には、変わらず私たちの姿があるのみ。
夜の時間はたしかに人の少ない印象はあったものの、神殿内もずいぶんとにぎやかになっていた印象があっただけに、この静寂には少々物寂しさを感じる。
とは言え、見方を変えてみると、事実上今の神殿内は私と精霊のみなさんだけの、貸し切りのような状態なわけで……。
ふと思いついた案に、ふっと口角を上げて笑み、足を踏み出す。
人目を気にしなくていいのであれば――神殿内で試してみたいことが一つあった。
進めていた足を止めたのは、美しくも雄々しさを感じる魔神様の神像の手前。
広く神聖な空間の一角で、おもむろに手を組み合わせて瞳を閉じる。
深呼吸を一つして――《祈り》を発動。
日々の感謝の念を送りながら、こればかりは他者がいないからこそ、心を落ち着けてできることだと、しみじみと感じ入る。
【シードリアテイル】サービス開始初日、はじめて神殿でロランレフさんにお会いした時に、この巨大な神像の前でもお祈りが出来ることは聞いていた。
……しかし、魔法の習得などの実情を差し置いてなお、お祈りをする際に人目があるのは落ち着かない。当然として、集中することもできないだろうという、予感があった。
それゆえ、今日ようやくこの広間の巨像の前でお祈りができたことを、嬉しく思う。
はじまりの地であるこのエルフの里から、次の新しい拠点となるパルの街へと移るシードリアが増え、里の中がずいぶんと寂しげになったことは事実だ。
けれども、このような体験ができるのならば、悪いことばかりでもないと感じる。
微笑みを口元に乗せ、そろりと緑の瞳を開く。
丁寧にお祈りを終了させ、見上げた魔神様の像は、ただただ壮麗だった。
――さて、もうそろそろ現実世界では昼食の時間だ。
静かに待ってくれていた三色の精霊さんたちと共に、二階のいつもの宿部屋へと向かう。
普段の手順で《隠蔽 二》を切り、現れた多色の精霊さんたちにお礼を告げて見送ってから、三色の精霊のみなさんに向き直った。
「それではみなさん、私はまた少しだけ空へ帰りますね」
『は~い!』
『またね~!』
『まってる~!』
「えぇ、そう時間をかけずに戻ってきます」
『わ~~い!!!』
嬉しげな三色のみなさんの声音と、穏やかな夜の時間の雰囲気を堪能し、ベッドへと横になり静かにログアウトを呟く。
戻ってきた現実の感覚を自覚し、手早く昼食をすませるためにと起き上がる。
――三日目も引きつづき、存分に楽しむとしよう!
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話し
を投稿します。




