八十八話 レベル二十と改善点
リンゴーンと響いた鐘の音をいったん横に置き。
なかなかに激しかった戦闘の余韻にひたりつつ、すっかりと夕陽が沈み宵の口になった夜空を見上げ、ふぅと吐息を零す。
「軽い運動、ではなくなりましたねぇ」
なにせ、全力で戦わなければ、こちらが倒されてしまいかねないほどの敵だった。
苦笑交じりに零すと、戦闘中ずっと肩と頭にくっついてくれていた小さな三色のみなさんがぱっと目の前へと移動して、
『こわかった!!!』
と、声をそろえて叫ぶ。
よほど怖かったのだろう、その淡い光は明滅し、小さな姿はぷるぷるとふるえている。
「もう大丈夫ですよ、みなさん」
『しーどりあ~~!!!』
つとめて穏やかに響かせた言葉に、みなさんが一斉に胸元へとぴたりとくっつく。
その小さな身を、よしよしと優しく順番に指先で撫でていくと、ぷるぷるとしたふるえは徐々に消えていった。
これで、少しは安心してくれるといいのだけれど……。
左の掌でそっと撫でるのをつづけながら、地面で煌く茶色の魔石と真っ黒な爪を回収し、カバンへと入れる。
もう一つ、地面に落ちていたのは、茶色の毛皮。
硬質なそれを拾い上げ、ふと小首をかしげる。
核や角、それに爪はまだ分かるが、毛皮はいったいどのような原理でこうして残るのだろう?
まだまだ、【シードリアテイル】には謎が多い。
毛皮もカバンへと収納し、念のために高い枝へと飛び移り、ひとまずの安全を確保する。
胸元にくっついたままの小さな三色の精霊さんたちを見やると、光の明滅もすでにおさまっていた。
しかし、まだ離れる様子はない。
いつも元気で楽しく一緒にいてくれている精霊のみなさんも、このように怖がることがあるのだと知った今、私自身がもっと頼れる存在になろうと密やかに決心する。
夜の帳が降りた静かな森の中、来た道を少し戻り、《存在感知》に反応がないことを確認してから、ぴたりとくっついたままのみなさんへ優しく紡ぐ。
「みなさん、ここにはもう怖い魔物はいませんよ。ご安心ください」
『こわいの、いない?』
『しーどりあ~!』
『こわくない~?』
「えぇ、もう大丈夫ですよ」
『わ~~い!!!』
不安げな幼い声音にしっかりとうなずくと、ぱっと胸元から離れて、眼前でくるくると三色の光が舞う。
ようやくいつもの調子を取り戻してくれた可愛らしい姿に、安堵と共に頬がゆるんだ。
楽しげに遊ぶ様子に癒されつつ、そう言えばと灰色の石盤を開く。
キングアースベアーを倒した後、たしかレベルアップを示す鐘の音が鳴っていた。
見やった基礎情報のページには、レベル二十と表記されており、思わず緑の瞳を見開く。
「もうレベル二十になりましたか」
『すごい!』
『しーどりあ、すご~い!』
『れべるあっぷ~!』
「ありがとうございます、みなさん」
レベル十に到達した時と同じく、特に何かしら変化した感覚はない。
特別身軽に感じることも、力がみなぎってくるような気配もなく、ただ今まで通り生命力ゲージと魔力ゲージの総量はおそらく増えているだろうと予想する。
それにどちらかと言うと、たどり着いたことよりも、たどり着くまでの過程のほうが気になった。
口元に片手をそえ、思考を呟く。
「しかし……たしか以前確認した際は、レベルは十九でしたから――今までのレベルアップの傾向から考えますと、レベル十九から二十に上げるためには、より多くの魔物を倒す必要があると思っていたのですが……」
それが、まさかキングアースベアーを一頭倒すだけで、レベル二十になるとは。
事前に予想していたことではあるが、やはり上位種と呼ばれる強い個体は、獲得できるレベルアップのための経験値量が多かったようだ。
レベル十になるまでの過程を思うと、ウルフたちの強さと比べ、キングアースベアーのあの強さにも納得せざるを得ない。
今回のキングアースベアーとの戦闘は、改善点が幾つかあった。
根本的な部分では正直なところ、星魔法がなければ戦闘自体、かなりの長期戦となっていたことだろう。
勝てなかったとは思わないものの、魔力回復ポーションを数本のむことになっていた可能性は、おおいにある。
第一に、防御力の高さに対し、有効となる手持ちの魔法が少なすぎた。
凍結で動きを封じ、水の精霊魔法で攻撃を通すことに成功したとはいえ、これは小さな精霊のみなさんの恩恵と協力、それにリリー師匠から贈っていただいた髪留めの効能があってこその結果。
ここまで準備が整っていてはじめて、相手に攻撃が通じたのだ。
端的に言って、高い防御力さえも貫くような、新しい魔法の習得は必要だと思う。
第二に、薄々感じてはいたことではあったけれども、やはり生命力を回復する手段は、多いほうが良さそうだ。
今まで、一つの回復魔法と生命力回復ポーションだけで事足りていたのは、純粋に生命力を削られるような戦闘にならなかったがゆえ。
強敵と戦った際、取りうる回復手段が多いという点は大切だと、今回の戦闘でしみじみと感じた。
とは言え、ではどのような手段があるといいのかと考えるのは、若干悩ましい。
うぅん、と小さくうなると、三色の精霊のみなさんがすぃっと眼前に来てくれた。
『どうしたの、しーどりあ?』
小さな水の精霊さんが代表してたずねてくれる言葉に、微笑んで答える。
「えぇ、実は、生命力を回復させる手段を増やしたいと思いまして。強い敵と戦う時に、役立つかと」
『かいふくまほう?』
「はい。新しい魔法を習得するとして、すでに習得している魔法との兼ね合いをどうしたものか、と」
『いっしょにつかうといいよ!』
明るい声音に、ぱちりと一度瞳をまたたく。
一緒に――つまり、同時に使えばいいということか!
重ね掛けは、盲点だった。
同じ効果だったとしても、異なる魔法ならばその効果は二つとも発動することができる、ということなのだろう。もしかすると、同じ魔法でも重ね掛け自体は可能なのかもしれないが……。
いずれにせよ、それならば新しい回復魔法を一つ覚えるだけでも、回復量を大幅に増やすことが可能だ。
名案を教えてくれた水の精霊さんへ、笑顔で礼を告げる。
「素敵な案をありがとうございます、小さな水の精霊さん」
『えへへ~! しーどりあ、よろこんでくれた!』
くるくると、嬉しそうに舞う小さな水色の姿が可愛らしい。
その舞に風と土の精霊さんたちも加わって遊ぶ楽しげな様子に微笑み、ゆっくりと歩みを再開する。
すぐそばでふわふわと舞う三色の光を眺めつつ、魔法の習得と言えばここ、と思う神殿へと足を進めた。




