八十七話 キングアースベアーにご用心!
※戦闘描写あり!
かたや枝の上、かたや大地の上にて、互いに互いを睨み合う。
緊迫したキングアースベアーとの対峙は、しかし長くはつづかない。
『グルルゥ!!』
敵意を宿したうなり声を上げ、茶色の巨体が遠慮なく巨樹へと迫る。
巨樹がこの戦いにより傷つくのは、私にとっては本意ではない。
慌てて高く跳躍し、別の枝から枝へと飛び移るのを繰り返し、キングアースベアーが突撃する先を惑わす。
この時間で、ひとまず試してみたい戦法を思いついた。
枝に足をかけ、高く空中へと躍り出た瞬間――〈オリジナル:風まとう水渦の裂断〉を発動。
五つの薄い水の渦が、キングアースベアーの硬質な体毛をなぞる。
やはり残念ながら、この攻撃が痛手になっているようには見えないが……しかし、その身が水でぬれたのは、間違いない。
眼前の枝へと着地し、攻撃としては届かなかった氷柱を再度巨躯へと放ち――刹那、キィンと冷ややかな音が鳴った。
『グルルルルッ』
不機嫌そうな、うなり声。
水でぬれたその身は思惑通り、凍結して動きを止めている。
――ようやく、攻撃の機会が巡ってきた!
「〈ラ・アルフィ・アプ〉!」
詠唱を高らかに紡ぎ、小さな水の精霊さんたちが眼前に現れる。
〈恩恵:ラ・フィ・ユース〉が発動したことを視界の端で確認し、思わず口角が上がった。
動きの止まったキングアースベアーへ、見た目よりもよほど威力のある水飛沫が飛来し――凍結を砕きながら、見事巨躯を突き刺さす。
確実に攻撃となった水飛沫に、反射的に歓声を上げかけ、ドッと響いた音と目の前に迫った巨体に、驚愕と共に枝を蹴って後方へと飛び退る。
『グルアア!』
「っ!!」
――時間の流れが、遅くなったように感じた。
とっさに発動させた身体を囲う風の盾を切り裂くように、黒曜石のような爪が振るわれ……それを、かろうじて突き出した左手の銀の腕輪が弾く。
が、しかし、冷やりとした圧力もまた、腕から伝わった。
まさか――当てられた!?
巨体ゆえに地面へと吸い込まれていくキングアースベアーを視線で追い、身軽ゆえに枝に手をかけのぼり、再び空中へと退避が可能だったこの身の素晴らしさに感謝をする。
実際に流れはしないものの、さすがに今回は冷や汗がでそうな心地だった。
いくら凍結による足止めが崩れたとは言え、あの巨体が地面を蹴り上げて目の前に迫ってくるとは、想定外だ。
加えて、風の魔法による二重の防御をもすり抜けて、攻撃を受けたことに愕然とする。
ウルフたちよりも移動速度が遅いのは事実であったが、予想外の素早さを秘めていたことも、どうやら事実だったらしい。
枝から枝へと飛び移り、安全と時間を確保しながら、視線だけで確認した生命力ゲージは、かすっただけだというのに二割ほど削られてしまっている。
もし本格的に攻撃を受けていれば、四割……いや、下手をすると生命力ゲージの半分以上が削られてしまっていたかもしれない。
服はマント以外初期装備な上に、妖精族は生命力よりも魔力量が多い種族なのだから、当然と言えば当然の状況ではある。
力も強い、と書かれていた魔物図鑑の文章が頭をよぎり、思わず苦笑を零しそうになった。
ひとまず〈オリジナル:癒しを与えし水の雫〉を発動させ、幾つもの小さな水の雫の涼しさに、生命力と緊張で満ちた心を癒し落ち着ける。
このキングアースベアー……上位種なだけはあり、さすがに手強い。
しかし、凍結後の水の精霊魔法は攻撃として通ったのも事実。
ならば、勝てない相手ではないはずだ。
強敵だからと言って、引き下がってしまうのは、貴重な戦闘体験をそこねてしまうことになる。
それはあまりにも、そう……もったいない。
フッと不敵な笑みを、口元に乗せる。
ここで引かずに戦うのであれば、目指す結果は一つだけ。
鮮やかに、徹底的に、完膚なきまでに――必ずや、勝利してみせよう!
飛び上がった空中から、真下の地面へと魔法を発動。
突如出現した土の壁に、軽やかに着地して、キングアースベアーを迎え撃つ。
……今回の戦いで重要な点は、不意の攻撃を受けないように相手の動きを制御することと、硬質な巨体の防御力を貫く攻撃の二つ。
まずは一手、小声で詠唱を紡ぐ。
「〈ラ・ソルフィ・テハー〉」
瞬間、現れた小さな土の精霊さんたちによって、土の壁のすぐそばまで迫って来ていた巨体がズルリと体勢を崩した。
ぬかるみ滑った大地が、その動きを一時的に止めることに成功する。
つづけて無詠唱で発動させた土の杭が地面から突き出し、さらに茶色の巨体をその場にぬいとめた。
巨体の動きを封じた後は――攻撃開始!
水の渦を飛来させ、突き出た土の杭ごと茶色の巨体をぬらす。
とは言え、相手もいつまでも大人しくしてくれるわけではない。
『グルアア!!』
怒りを宿したうなり声が地をゆらすように響き、バキバキと土の杭を脅威そのものである爪が薙ぎ払う。
見上げて睨みつけてくる赫い炯眼に、しかし今度は魔法で応える。
「〈ラ・ソルフィ・テハー〉」
ググッと地を蹴る為に沈ませた体躯の動き――その一瞬を、今回は見逃さなかった。
土の精霊のみなさんの魔法が、蹴り上げようとした地面を泥に変えてゆるませる。
私へと飛びかかるはずであったキングアースベアーの巨体は、ドンッと派手に土の壁へとぶつかった。
ゆれて崩れる土の壁から、後方にある巨樹の枝へと飛び移りながら、両脚にまとっていた風の付与魔法を切り――二つの魔法を同時に発動する!
「〈ラ・アルフィ・アプ〉!!」
水の精霊のみなさんによる水飛沫の攻撃と、オリジナル魔法による五つの水の渦による攻撃が鮮やかに涼やかに発動し、巨体へ飛来。
その身に降りかかった硬い土をぬらし、しっかりと攻撃としても貫き動きをにぶらせる。
さあ――もう一手!
着地した枝の上から、五つの氷柱を素早く放ち、水でぬれ重くなった土まみれのその体躯を凍結させる。
ただ、ここから再び水の精霊魔法を使ったとして、決定的な一撃にはなりはしないだろう。
……だからこそ。私は決して、忘れてはいない。
こちらには、最終手段たる切り札――必殺の一撃があることを!
高く高く、空へと飛び上がり、あの鋭い爪が決して届かない高き空中から見下ろして、その魔法名を宣言する。
――今の私が持ちうる、もっとも強大な、その魔法の名を。
「〈スターリア〉!!」
凛と叫んだ声に、しかと星魔法は応えてくれた。
頭上から、漆黒の球体が、鮮やかな銀と蒼の光の尾をひき流れて行く。
美しく、鮮やかで……絶対的な、その攻撃魔法が。
その脅威に、果たしてキングアースベアーは気づくことができたのだろうか?
硬質な体躯に吸い込まれるようにして、その身を流れ星が貫く。
うめき声さえ、ついぞ上がることなく――その身は茶色の旋風となって掻き消えて行った。
おとずれた静寂の中、トンっと、優雅に地面へと降り立つ。
使いどころを考えていた星魔法の一撃による、鮮やかで完璧な勝利に、思わず笑みが咲いた。
これぞ魔法戦闘の華――切り札による一撃必殺の、ロマンだ!!




