八十五話 驚愕のゆくえと商人ギルド概要
つい先ほど、完成したばかりのこの作品たちを――パルの街で、売る!?
思わず一瞬目が点になり、次いで慌てて言葉を紡ぐ。
「い、いいのですか!?」
たしかに、付与魔法はかけない方針にしたけれども。
それでも純性魔石により、他とは性能が異なるこの作品たちを、おそらくはこのような物が売られていないであろう場所に、売り出してしまっていいものなのだろうか?
若干混乱しながらの私の問いに、しかしリリー師匠の笑顔は変わらない。
『いいのいいの! こういう飾り物は、つくる人が近くに住んでいる街いがいだと、なかなか売り物としてでまわらないものなの。だから、ロストシードがここにいるあいだに売りに出すのよ!』
小さな手でつくられた力強い両の拳と、蒼い瞳が決意を煌かせるのを見て、これはいわゆる確定事項なのだと悟る。
……たしかに、売り物としての飾り物をつくったのは、間違いなく事実だ。
けれどもまさか、練習の意味もあった今回の製作品を、そのまま売りに出すとは、さすがに思ってはいなかった!
かろうじて微笑みを維持しながら、念のためにとリリー師匠に思いを伝える。
「その……リリー師匠。私は、何度かつくった物のできを、リリー師匠に確認していただいた上で、ようやく本当の売り物としての飾り物が完成するのだと。そのように、思っていたのですが……」
そう思うくらいには、売り物とは特別なものだと考えていたのだ。
はっとして、こちらも伝えなければと言葉をつづけて加える。
「間違いなくせいいっぱい、妥協なく売り物足りえるようにと、つくり上げてはおります! とは言え、個人的にはやはりまだまだ、改良の余地はあるとも思っておりまして……」
そう、複雑な胸中と伝えたい事情をなんとか言葉にすると、不安など軽く消し飛ばしてしまうほどに輝く、素敵な笑顔が返ってきた。
『それでもいいの! 今日のロストシードの作品と、明日のロストシードの作品が違うことなんて、とーぜんのことだもの! 今のあなたの作品にしかない良さだって、たっくさんあるのよ!!』
大きく、小さく細い両腕を広げ伸ばして、そう伝えてくれるリリー師匠に――今度こそ、さっぱりと不安が消え去る。
「今の私の作品にしかない良さが……あるのですね」
『もちろんよ!』
しみじみと、言葉の意味をかみしめながら零した呟きに、小さな師匠のゆるぎない即答が響いた。
自然とうかんだ微笑みが、この胸の中に灯った喜びを表しているようで、少しくすぐったい。
今一度リリー師匠と視線を合わせ、深くうなずきを返す。
「分かりました、リリー師匠。――それでは、この飾り物たちにも、印を刻んでいきますね」
『うんっ! お願いね!』
「はい」
気を取り直してしまえば、後は普段通りに行動するのみ。
穏やかな返答と微笑みをリリー師匠に返し、集中して作品たちにロストシード作を意味する印を刻んでいく。
すべての作品に印を刻み終えると、ふぅと息を吐いて緊張をほぐす。
パチパチパチと響いた拍手の音に横を向くと、にこにこ笑顔のリリー師匠とくるくると舞う三色の精霊のみなさんが、歓声を上げた。
『やっぱり、ロストシードはすごいわ! 考えたばかりの印を、こんなにもキレイに刻めるなんて!』
『しーどりあ、すご~い!』
『じょうず~!』
『きれ~い!』
「ありがとうございます、リリー師匠、みなさん」
純粋な褒め言葉に少しばかり照れながら感謝を返し、改めてリリー師匠に向き合うと、思い出した疑問点を質問してみる。
「リリー師匠。さきほど、この飾り物をパルの街の商人ギルドに送る、とおっしゃっていましたが、その商人ギルドとはどのような場所なのでしょうか?」
商人ギルド自体は、おおむねどのような場所なのか予想はできるものの、やはり一度は現地に生きるかたの言葉を聴いておいたほうがいいだろう。
私の問いかけに、リリー師匠はつぶらな蒼い瞳をさらに丸く見開いた。
『あっ、説明するの忘れてた! えっとね、冒険者ギルドのほうは、知ってる?』
「はい、存じております。冒険者ギルドで、冒険者として登録することにより、ギルドに集まる依頼を受け報酬を受け取ることができるようになるのですよね。この里にはありませんが、かわりに広場の指南役のみなさんが依頼を管理していると、シエランシアさんからお聞きしました」
『そうそう! 冒険者ギルドが冒険をする人たちのギルドなら、商人ギルドは、すべての物を売る人たちのギルド、ってかんじかな! 商人ギルドに登録した商人の品物を、ギルドがかわりに売ってくれるの!』
「なるほど。商売の代行をしてくださる場所、ということですか」
『そのとおり! 自分でお店をだすの、ちょ~っとたいへんだから』
小さな師匠の小さな苦笑には、気づかないフリをしておく。
きっとリリー師匠も、この里で素敵な装飾品店を出すのに、さまざまな苦労があったはずだ。
その大変さを軽減してくれる商人ギルドは、おそらく多くの商人たちから重宝されているのだろう。
深くうなずきを返すと、リリー師匠はまたにっこりと笑ってつづける。
『弟子の飾り物をさいしょに売るのは、師匠のつとめ! だから今回はあたしにてはいをさせてね、ロストシード!』
「はい。どうぞよろしくお願いいたします、リリー師匠」
意気込んで紡ぐリリー師匠に、心を込めてそう返すと、照れたような笑みを見せてくれた。
とても可愛らしいのに、凄く頼もしい小さな師匠が誇らしい。
つられて微笑みを深めていると、『そうだ!』と声が響く。
『ロストシードがパルの街にいったときには、商人ギルドに登録をして、あたしをとおさなくても、ロストシードが自分で飾り物をギルドにわたして売ってもらえるように、手続きするのをわすれないでね! 職人ギルドにも登録しておくと、素材とかをそろえるのが楽になるから、オススメ!』
「えぇ、わかりました」
丁寧な説明に、ありがたさが身に染みる。
パルの街に行った際におこなう物事は、しっかり忘れないように覚えておこう。
『あ! この腕輪とこの指輪、それとこの首飾りは、この店にもならべておくわ!』
「はい。――ん? こちらのお店に、ですか?」
大切なことを頭の中にメモとして刻んでいる間に、またまたさらっとリリー師匠がとんでもないことをおっしゃった気がする。
気がついて加えた問いかけに、リリー師匠は大きくうなずく。
『うんっ! だってロストシードは、あたしの自慢の弟子なんだもの! 宣伝と自慢をかねて、店頭に飾るのはとうぜんなの!!』
「そ、そうでしたか。――ありがとうございます」
えっへん、と腰に手をあてて満面の笑みを咲かせる小さな師匠に対して、弟子が伝える言葉は、やはり感謝の気持ちだ。
……可愛らしくともしっかり者の師匠の勢いに、若干押されているという事実にはそっと蓋をしておこう。
どうあっても、私にとって悪い出来事にはならないのだから。
ただ、まぁ……少々、目立ってしまうことは、否めないだろうけれども。
そこは単純に、私が少しばかり気恥ずかしいというだけのことなので、大切な師匠の笑顔と喜びのほうを優先する。
完成した私の飾り物を手に、作業部屋から店内へと戻ると、入り口や窓からはすでに鮮やかな夕陽の橙色が射し込んでいた。
リリー師匠は慣れた様子で、入り口に一番近い机の上に私の作品たちを飾ってくれる。
その優しさへ、再度感謝を込めて上品な一礼を捧げ、パルの街で売る作品たちのこともお願いして、またねを交わす。
大きく手を振るリリー師匠に会釈を返し、ちょうど来店しようと歩んできていた、弓を背負った精悍なシードリアの青年に入り口をゆずってから、外へ。
朝から夕方の時刻までをすごしたリリー師匠のお店を背に、小さな三色の精霊のみなさんと共に踏み出した土道は、黄金に似た眩しさを反射していた。




