八十四話 珍品に刻むは芽吹きの印
完成した装飾品たちを机の上に並べ、ひとまずリリー師匠に見てもらおうと立ち上がる。
蔓の扉を開き、店内のほうへと顔を出すと、すぐに蒼い瞳と視線が合った。
穏やかに微笑み、声をかける。
「リリー師匠、幾つか製作してみましたので、ご確認をお願いいたします」
『まぁ! すぐにいくわ!!』
キラリと煌いた蒼の瞳と跳ねた声音にうなずきを返し、タタっと駆けてくるリリー師匠のために大きく扉を開いて待つ。
扉へと駆けてきたリリー師匠は、満面の笑みをうかべていた。
『ありがとう、ロストシード!』
「いえいえ。ご確認いただくのですから、これくらいは」
互いにほのぼのと微笑み合いながら言葉を交わし、扉を閉めて再び作業机の前へ。
私の作った作品たちの上で、ふわふわと楽しげに舞っていた三色のみなさんが、ひゅいっと飛んで肩と頭の定位置に戻り、それと入れ替わりにリリー師匠が作品をじっくりと見つめはじめる。
自然と緊張を感じながら、静かに小さな背中を見つめること、しばし。
『ねぇねぇロストシード! この作品にも、付与魔法をかけるの?』
突然、くるりと振り向いたリリー師匠の問いかけに、少し迷いながら言葉を返す。
「一応、付与魔法のほうもかけようと考えておりましたが……たしか以前のお話では、この近くの街には付与魔法をかけた飾り物をつくる作り手のかたは、いらっしゃらないと……」
『そ~~なのよねぇ!』
記憶をたぐりよせながら紡ぐと、リリー師匠も難しい表情でうんうんとうなずく。
『ロストシードの飾り物は、見た目もじゅうぶんキレイだし、純性魔石をはめているだけでも目新しいの! ここでさらに付与魔法をってすると……ちょっと、ロストシードがたいへんになってしまうかも?』
「……私がたいへんに、ですか?」
コテン、と少しだけ首をかたむけて語るリリー師匠に、同じく小首をかしげて、思わず問いを返す。
はて、何か私が困るような要素があっただろうか?
言葉の意味をはかり損ねて、緑の瞳をまたたいていると、リリー師匠が小さく苦笑を零す。
『えっとね、これは飾り物だけのおはなしじゃなくて、武器とか防具とかにもいえることだけど……やっぱりみんな、性能が高いものが安く売ってたら、ほしくなるものなの』
「それは――えぇ、想像ができます」
たしかに、お手頃価格で性能が高いものが売っていたとすれば、私も買いたいと思う。
この里で言うと、マナさんとテルさんがつくる武器がいい例だろうか。
そしてこのような考え方は、他のシードリアのみなさんは当然として、もしかするとノンプレイヤーキャラクターのみなさんも思うことなのかもしれない。
リリー師匠の言葉に深くうなずくと、可愛らしい眉がそっと下がり。
『みんながほしいって言い出すと、作り手のロストシードがたいへんになるかなぁって』
そう紡がれた言葉に、ついついフッと視線を彼方へと投げ飛ばしてしまった。
――おっしゃる通り、そうなると誰よりも大変になるのは私だ!
投げ飛ばした視線をサッと引き戻し、キリッと表情をあらためてから、リリー師匠へと方針を告げる。
「付与魔法は、今はまだかけないようにいたします」
『うん! あたしもそれが良いとおもう!』
真剣に響いた私の言葉に、晴れやかな笑顔でリリー師匠が同意を紡ぐ。
小さな師匠が同意してくれるのならば、この方針で間違いないことだろう。
ほっと安堵し、つくり上げた作品たちへと視線を注ぐと、一緒に視線を向けたリリー師匠が『あ!』と声を上げた。
『忘れてた! ロストシードにも印が必要だったわ!』
「印、と言いますと?」
またこの大地では聞き慣れない言葉が紡がれるのに、首をかしげる。
疑問符をうかべる私に、リリー師匠はすぐに答えをくれた。
『ロストシード作! ってことがわかるように、刻み込んだり飾ったりする、特別な証のことよ! ほら、あたしのはこれ!』
そう言って、手早くリリー師匠が後方の腰元につけているカバンから、一つの腕輪を取り出して見せてくれる。
腕輪の内側、肌がふれるその部分の一か所には、[RR]と刻まれた文字とそれを囲う繊細な蔓模様が描かれていた。
「なるほど、これが印ですか」
納得と肯定を、静かな声音で返す。
つまるところは、ブランドのマークのようなものだろう。
自らが作り手であるという証明と、買い手に自らがつくったものだということを伝える、宣伝の役割もある……といったところか。
一つうなずき、さて、と考え込む。
リリー師匠の語り口から、どうやらこの印と言うものを私がつくった作品にも刻む必要があるようだ。
であれば、作り手が私だとすぐに分かるような印を、考えたい。
ふむ、と口元に片手をそえると、小さな精霊のみなさんもリリー師匠も沈黙し、見守るようにあたたかな視線を注いでくれる。
ありがたく思いながら、そろりと眼前の机にリリー師匠が置いてくれた、練習用なのだろう幾つかの文字がすでに刻まれた平らな石へ、刺繍針より少し大きめの銀色の針で、閃いた印を刻んでみた。
チラリとうかがったリリー師匠の蒼い瞳が煌き、こちらを笑顔で見返して深くうなずきが返ってきたので、この形で問題はないらしい。
さっそく、念のため練習をかねて左腕に飾っていた一作目の銀の腕輪を外し、その内側へと刻んでいく。
刻んだロストの[L]の字の角にそうように、豆をイメージした小さな種の形を描き、その内にシードの[S]を刻む。最後に、種から発芽した双葉を描けば――ロストシードの印の完成だ!
【シードリアテイル】の存在を知った数日後、美しい空の空間でおこなった、キャラクタークリエイトの時。
ロストシード――この名前をつけた時に、あえて意味を持たせるのならばと考えたその意味を、このような形で記すことに、決めた。
これは、失われた種を名とする私が、再び芽吹きこの世界を謳歌するという意味を宿した印。これ以上に、私を表す印もないことだろう。
我ながら、満足のいくできだ。
一人でほくほくと微笑んでいると、手元をひょこっとのぞきこんだリリー師匠の表情がぱぁっと華やぐ。
『まぁ~~!!! さっすがロストシードね! この印を、つくってくれた飾り物に刻んでちょうだい! パルの街の商人ギルドに、送るわ!』
「パルの街の、商人ギルド……ですか?」
笑顔を輝かせてそう語るリリー師匠に、どういうことだろうかとまた小首をかしげてたずねてみる。
すると、リリー師匠は実に素敵な笑顔で答えてくれた。
『そう! ロストシードの飾り物を、パルの街で売ってもらうの!!』
――なんですと?




