八十三話 青の指輪と売り物製作
大切な約束を交わし、それを心にしっかりと刻んだところで。
改めて軽く左手を右胸にそえ、リリー師匠へと本日の来店理由を告げる。
「リリー師匠。伝え損ねておりましたが、本日は飾り物作りの、練習にまいりました」
『かざりもの、つくる!』
『れんしゅうする~!』
『つくって、れんしゅう!』
『まぁ! そうだったのね!』
つづいた三色の精霊のみなさんと同じく、嬉しげに声音を弾ませたリリー師匠は、各種材料が入った蔓でつくられた箱を、いそいそと眼前の机の上に引きよせてくれた。
『ここにあるものは、なんでもつかって! えんりょしないでね!』
「はい、ありがとうございます」
『あたしは、ロストシードがつくっているところを、見ていてもいい?』
「えぇ。リリー師匠が見守ってくださるのでしたら、私も制作がはかどりますので」
『よかったぁ! なら、ここで見ているわ!』
「はい。よろしくお願いいたします」
『まっかせて!!』
蒼い瞳を煌かせ、近くに置いてあった椅子を横に並べた師匠の見守りのもと、第二作目になる装飾品をつくるために、静かに意気込む。
今回は、より小さな物に挑戦しようと思い、指輪をつくってみることにする。
材料は、魔導晶石と水晶、冷ややかな青色が煌く宝石……そして、水の魔石と純性魔石。
これらを一つ一つ丁寧に、手順を確認しながら作業を進め、指輪に仕上げていく。
まずは魔導晶石に魔力をとおす作業から。
そう言えば、この魔導晶石のことで以前疑問に思った点があった。
魔力をとおし、液体のようにやわらかくなった時点で、魔力を切ってみる。すると、すぐに元の固形に戻ってしまった。
はじめてこの魔導晶石を触った時は、気がつくと固形に戻っていたため、どのような条件で軟体から元に戻るのか分からなかったが、どうやら単純にとおす魔力が消えた時点で元に戻るようだ。
意識的に止める場合はもちろんそうだが、以前の作業時の場合は、無意識的に集中力が切れて魔力をとおす作業が途切れてしまっていたのだろう。
今はずいぶんと魔力の扱いにも慣れてきたが、これからも細工作業中の魔力の使い方には十分注意を払って作業することを、心に留めておく。
素朴な疑問を解決できたところで、本格的に作業を開始する。
魔導晶石と水晶、そして今回は青い宝石も共に混ぜ合わせ、斜めに編み目が入るように、細やかに編み込んでいく。
さいわい、これくらいならば問題なく作業可能なようで、改めて細工技術のスキルの凄さを実感する。
さすがに、私の技量だけではこれほどのものはつくれなかったことだろう。
水の魔石と純性魔石を削り整え、白布で磨いてはめ込めば――二作目の青の指輪が、あっという間に完成した。
『さっすがロストシードね! とってもキレイ!!』
『ぼくのいろだ~!』
『きれ~い!』
『じょうず~!』
リリー師匠と三色の精霊のみなさんが響かせる歓声と拍手に、嬉しさで頬がゆるむ。
「リリー師匠、みなさん、ありがとうございます」
それぞれにお礼を告げながら、さきほどの作業を思い返す。
今回は銀の腕輪をつくった時よりも、ずいぶんと手慣れた動きで作業することができた。
小さな物だったからか、それとも作業自体に慣れたのか……いずれにせよ、練習としては少々、あっけなさ過ぎるとも思う。
ふむ、と口元に片手をそえると、リリー師匠の明るい声が横から上がった。
『ねぇねぇ、ロストシード!』
「はい、リリー師匠」
姿勢を正して小さな師匠を見返すと、にっこりと眩い笑顔で、リリー師匠が紡ぐ。
『あなたの細工技術は、もうあたしが見守らなくてもいいくらい、基礎ができあがっているわ! だから、練習しながらでいいから、売り物としての飾り物をいくつかつくってみてほしいの!』
――さらっととんでもないことを言われた気がする。
驚きにぱちぱちと瞳をまたたきながら、疑問の言葉を返す。
「売り物としての飾り物を、ですか?」
『そうっ! 売り物としての!!』
小さな両手で拳をつくり、嬉々として身を乗り出してそう紡ぐリリー師匠に、思わず若干身体をのけぞらせながらも、素早く思考する。
たしかに、設定上商人ギルドなどがあるということは、装飾品に限らず、シードリアがつくったものを売ること自体はできるはずだ。
他の没入ゲームなどでも、自らがつくった物を売って資金にする、という遊び方は珍しいものではなかった。これは、画面ゲーム自体から引き継がれている要素だと、聞いたこともあるくらいだ。
であるならば、リリー師匠の言葉は自然な流れなのだろう。
早々に疑問の答えが出たところで、蒼い瞳を煌かせる小さな師匠へと、微笑みうなずく。
「分かりました。売り物としての、ということですが、どのような飾り物をつくるとよいのでしょう?」
『ロストシードがつくりたいって思う物がいいわ! それが一番、あなたが得意な細工だもの!』
求める形があるのだろうかと気になっての問いかけに、自由を示す言葉が返され、再度緑の瞳を見張る。
瞬間、湧き上がった喜びに、口元が笑みを形作った。
リリー師匠はやはり、素晴らしい師に違いない。
なるほどたしかに――好きこそ物の上手なれ、だ。
この古き言葉は、私が大切に心に刻んでいるものであり、先のリリー師匠の言葉はこれに通ずるものがあると、そう思えた。
試したい、つくりたい……行動は何でもいい。
それが好きだから、そうすることが楽しいから、と行動するすべての物事はやがて、自然と上手くできるようになっていくもの。
きっとそれを分かっているからこそ、リリー師匠は私がつくりたいと思う物をつくっていいのだと、それこそが私が得意な細工なのだと、言葉にしたのだろう。
ならば後は――つくるのみ、だ!
「はい! それでは、いくつか製作してみますね」
穏やかな笑顔でそう返すと、リリー師匠もまた笑顔を見せてくれる。
『うんっ! あたしはお店のほうにいるから、なにかあったらよんでね!』
「えぇ、心得ております」
一応の確認をやり取りして、にっこにこと可愛らしい笑顔でお店のほうへ軽やかに走っていくリリー師匠を見送ると、静かに気合いを入れ直す。
『しーどりあ、なにつくる~?』
『うでわ~?』
『ゆびわ~?』
「そうですね……。売り物ということは、どなたかが使うかもしれないことを想定してつくる、ということですから……」
小さな三色の精霊さんたちの質問に、ふぅむと口元に片手をそえて、少しだけ考え。
「ひとまず幾つか、腕輪をつくってみましょう」
そう、結論を紡ぐ。
机の上で、ぽよぽよと跳ねる三色のみなさんが、『うでわ~!』と嬉しげな声を響かせる。
それに微笑みながら、魔導晶石と他の材料を手元へと引きよせ、製作のための準備をおこなう。
今回の製作は、元々は細工作業の練習であり、売り物としての飾り物をつくることになった現状も、根本的な目的からズレてはいない。
つくりたいと思う物、あるいはもっと上手くつくれるようになりたい物と言えば……やはり第一は、一作目でもつくった腕輪だ。
まずは、これからはじめよう。
「さて――つくりましょう!」
『さぎょ~かいし~!』
『わ~い!』
『かいし~!』
気合いを込めた言葉に、みなさんも楽しげに声を上げる。
作業部屋に満ちた楽しげな雰囲気に、集中して作業をおこないながらも、口元の微笑みは消えない。
一つ、また一つと作品が仕上がっていく様は、なかなかに心躍る創作体験だ。
時間を忘れて作業に没頭し――はっと気がついた頃には、腕輪が四個と指輪が二点、ペンダント型の首飾りが二本、できあがっていた。




