八十二話 忘れざる耳飾りの約束
朝の澄んだ空の下、すぐ近くに迫る未来を思いながら土道を進んで行き、リリー師匠の店の前で足を止める。
今日の目標は――目指せ、生産系の技術上げ! だ。
静かな店内に足を踏み入れると、すぐに小さな師匠の蒼い瞳と視線が合う。
『まぁ! ロストシード! いらっしゃ~い!!』
「リリー師匠、よき朝に感謝を」
『えへへっ! よき朝に感謝を!』
両手を上げて振りながら、歓迎の意を全身で示してくれる師匠に、こちらも満面の笑みをうかべて優雅に朝のあいさつで応じる。
チラリと見回した店内には、今日はまだ私しかいないようだ。
まるでサービス開始初日のような雰囲気に、しかし口元にはいつもの微笑みを広げる。
視線を室内から、目の前に来てくれたリリー師匠に戻すと、何やら蒼の瞳がキラキラと輝いて見えた。
緑の瞳をまたたきながら、小さく首をかしげると、じっとこちらを見つめるリリー師匠が弾んだ声を上げる。
『まぁ~~!! すてきな耳飾りね、ロストシード!!』
その言葉に、ようやくリリー師匠の視線の先に気づくことができた。
右手を伸ばし、星のカケラの耳飾りにそっと触れる。
この耳飾りを授かった時のことを思い出し、自然に口角が上がった。
リリー師匠の言葉に、深くうなずきを返す。
「えぇ。とても素敵で――とても、特別なものをいただいたと、思っております」
感慨深く、そう深い声音で言葉を返すと、リリー師匠もうんうんとうなずきを返してくれる。
ぴょこりと背伸びをして、キラキラな眼差しを耳飾りに注ぎながら、リリー師匠が紡ぐ。
『とっても気になる!! ロストシード、奥の部屋でじっくり見せて~!!』
「ふふっ、えぇ、分かりました」
『ありがと~!!』
やや幼げな見た目通りの無邪気さが可愛らしく、小さく笑みを零しながら言葉を返すと、嬉しさ満点な感謝が返る。
その様子にまた微笑みを深めると、リリー師匠はタタッと実に楽しげに、足を弾ませながら作業部屋へと向かっていく。
小さな背中を、肩と頭に乗る三色のみなさんと一緒に追いかけて作業部屋へと入り、示された椅子に腰かける。
すると、小さな踏み台をもってきたリリー師匠が、その踏み台を椅子のすぐそばに置いて乗り、ちょうど蒼い瞳の視線の高さでゆれる星のカケラの耳飾りを、じっと観察しはじめた。
『ほんとうに、すご~くキレイ! 星空みたいに、キラキラしてるのね!』
「えぇ、そうなのです。私もとても美しく、思わず見惚れてしまいました」
弾んだ声音が可愛らしく、にこにこと笑顔でそう紡ぐと、ふわっと右肩から眼前に移動してきた小さな水の精霊さんが、くるりと回り。
『しーどりあ、おめかしのときもみてた!』
と、楽しげに声を上げる。
それに返事をするよりも先に、リリー師匠が『おめかし?』と小首をかしげた。
たしかに、ここに来る前の神殿の宿部屋で、見とれていたのは事実なのだが……。
思わず小さく苦笑しながら、言葉を紡ぐ。
「いえ、あれは単なる確認でしたが……耳飾りに見惚れていたのは、事実です」
『まぁ、そうだったのね!』
にこ~っと輝くような笑みをうかべる、リリー師匠の表情が眩しい。
これは、アレだ。幼子が何かに夢中になっているのを、愛らしいと思って見つめる時の表情に、違いない。
少し前まで、私がリリー師匠をそのように微笑ましく思っていた分、断言ができる。
――どうやらさすがに、生まれたてほやほやのシードリアの身では、少しばかり幼げなところがあるだけのリリー師匠にとっては、やはり近所のお姉さん的な見守り感覚が発動するようだ。
これは思い返す限りでは、クインさんや他のノンプレイヤーキャラクターのみなさんも、同じなのだろう。
まぁ、優しく見守ってもらえること自体は、ありがたいことだ。
これがシードリアとしてこの大地で目醒めた証のようなものだと思うと、それはそれで【シードリアテイル】の醍醐味の一つだとも思う。
……もっとも、実は単純に長生きしているのだろうこのエルフの里のノンプレイヤーキャラクターのみなさんが、ぽんっと生まれた孫のような子たちを可愛がっている、という図ができあがっているだけで、他種族生まれのシードリアたちはまた違う扱いなのかもしれないけれど。
うっかり彼方へ飛びかけた視線を、根性でリリー師匠へと向け直すと、小さな師匠は真剣な表情で星のカケラの耳飾りを見つめていた。
やがて、その表情が悩ましいものへと変わり、細い腕が組まれる。
『うぅ~ん! 切り出して、まっすぐに磨いて……。も~! せっかくロストシードにじっくりみせてもらってるのに、あたしには形の整え方しかわからないわ! 神物にちかいものだとは、思うんだけど……』
「神物に近いもの、ですか?」
思わず紡いだ問いに、大きく後頭部で結った黄緑色の長髪を跳ねさせながら、リリー師匠はうなずく。
『そうだと思うの! すっごく特別な力があるのはわかるけど、でもあたしが知ってる属性魔石とか、魔法とは違う気がする。なら、里の入り口にあるワープポルタとかみたいに、とぉってもむかしむかしに、神さまたちが大地におくってくれたものなのかなって!』
「なるほど……」
身振り手振りで語ってくれるリリー師匠に、さもありなん、と思いながら納得の言葉を返す。
間違いなく、星の石も星魔法も古き時代のもので、当然それは耳飾りとして耳元でゆれている、星のカケラも同じだ。
どのような経緯で、今のような形で授かることになったのかまではまだ分かっていないものの、古の神物というリリー師匠の推測は間違っていないはず。
さすがは、飾り物の専門家。リリー師匠の蒼い瞳には、きっと私が見るよりも多くの情報が、映っていることだろう。
しみじみと師匠の凄さに感じ入っていると、むむっとした難しげな表情をぱっと鮮やかに変えて、リリー師匠が声を上げた。
『でも、あたし知ってるわ! この耳飾りは大老さまのおひとりが、とても大切にしている首飾りと、同じものでしょ?』
確信を秘めた問いかけに、大老アストリオン様の首飾りを思い出し、うなずきながら言葉を返す。
「えぇ。おっしゃるとおり、大老アストリオン様の首飾りと同じものです。縁あって、私も授かることができました」
『そうだったのね!!』
私の言葉に、再び蒼の瞳を煌かせるリリー師匠は、もう一度じっと耳飾りを見た後、ふとその瞳に真剣な色を宿した。
はじめて見る、凛とした表情を見返すと、コホンと軽い咳払いののち、居住まいをただしたリリー師匠が口を開く。
『あのね、ロストシード。飾り物には、それぞれ特別な思いがこめられているものなの。その耳飾りに、どんな思いがこめられているのか、あたしにはわからないけど……でも、ロストシードにはあたしの弟子として、これだけは約束してほしいの』
「――何なりと」
真摯な響きで紡がれた言葉に、こちらも真剣な表情と声音で先をうながす。
交わった視線が、互いの色を映し出して煌めく。
す、とリリー師匠が息を吸い込む音が、やけに大きく聞こえた。
『たくさん、できればずうっと』
一音一音、大切に紡がれた言葉に、一瞬息をのみ。
『――大切に、あつかうのよ』
そうつづいた、偉大な師匠との大切な約束を、忘れまいと動く感情に心が震える。
力強く、何より偽りのない心を込めて、凛と応える言葉を響かせた。
「はい! お約束いたします」
『うんっ! ロストシードなら、きっとだいじょうぶね!』
ぱっと華やいだリリー師匠の笑顔に、同じ様に微笑みを返しながら。
――忘れざる耳飾りの約束を、たしかに心へと刻み込んだ。




