八十一話 確認おめかしと三日目の変化
早朝、よき目覚めと共に伸びをして、朝の散歩と食事の合間に語り板を確認する。
【シードリアテイル】サービス開始三日目の今日も、語り板や世迷言板はにぎやかだ。
ただ、やはりと言うべきか、予想通りと言うべきか……すでに多くのプレイヤーははじまりの地を出て、パルの街で過ごしはじめているらしい。
ゲームを遊ぶ際、新しいフィールドに心ひかれるその気持ちは、とても良く分かる。
とは言え、今日もまた、私がエルフの里を楽しむという気持ちと方針は変わらない。
準備をすませ、三日目の大地へいざ――ログイン!
『しーどりあおかえり~!』
『おかえり~!』
『あそぼ~!』
今日は瞳を開く前に、あいさつの声が響いた。
開いた緑の瞳に、小さな三色の精霊のみなさんをしっかりと映し、微笑む。
「みなさん、ただいま戻りました。今日もよろしくお願いいたします」
『わ~い!』
『まかせて~!』
『は~い!』
眼前でくるくると舞う小さな姿に笑みを深めつつ、ベッドから起き上がると、そう言えばとハッと気づき後頭部を確認する。
手に触れた冷たくつるりとした感触の物を手に取り、横髪がさらりと前側へ流れる感覚と共に外す。
眼前に持ってきたのは、小さな青いバレッタ。リリー師匠から贈っていただいた、大切な髪飾りだ。
あまりにも髪と頭になじみ違和感がなかったため、手前の幾度かのログインやログアウト時には気付くこともできなかったが、後頭部にはずっとこの髪飾りが飾ってあり、横になった時の頭の重みなどでゆがんでいたりしていないかと、念入りに確認する。
さいわい、よくよく見てもゆがみや形のくずれなどは見つからず、ほっと安堵の息を零す。
さすがにそこまでもろい作りではないのか、あるいはゲーム世界の仕様か……おそらくは、両方の要素の結果なのだろう。
そもそも、思い返してみるとベッドに横になる際にも、後頭部に髪飾りがあるような感覚はなく。髪型のくずれもなかったことから、やはり杞憂だったということだ。
……ただし、これはあくまでも髪飾りが無事だったから言えることだが。
両側の横髪の一房を後頭部へと回して髪飾りを着け直しながら、もう一度吐息を吐き、何事もなかったことに心から感謝する。
ありがとうリリー師匠、ありがとう【シードリアテイル】。
あなたがたの技術と設定がなければ、とんでもないことをしでかしてしまうところだった……!
念には念を、という気持ちで右手に飾っているマナさん作の手飾りや、左手の自作した銀の腕輪、フィオーララさんの店で買ったマントなどもじっくりと観察して、異常はなさそうだと微笑む。
最後に、姿見の大きな鏡の前で、両耳でゆれる星のカケラの耳飾りも確認。
夜の星空を思わす美しさに見惚れながら、こちらも異常はないようで、窓から射し込む朝の陽光にキラリと煌く様に、瞳を細める。
この陽光が輝く時間でしか、できないことは多い。
懸念事項はなくなったので、さっそく行動を開始しよう!
いつものように小さな多色の精霊さんたちをお呼びし〈ラ・フィ・フリュー〉を展開。
両脚にまとう風の付与魔法と共に姿を《隠蔽 二》で隠してもらい、準備はとどこおりなく完了する。
そばをふわりふわりと舞っていた三色のみなさんに向き直り、改めて紡ぐ。
「みなさん、お待たせいたしました」
『しーどりあ、おめかしおわった~?』
すると、そう小さな風の精霊さんが問いかけてくる。
おめかし……?
問いかけの意味をとらえきれず、思わず緑の瞳をまたたきながら、小首をかしげて問いを返す。
「おめかし、とは?」
私の問いに、三色のみなさんはわっと声を上げた。
『おめかし、だいじ!』
『かざりもの、ふく、かくにんだいじ!』
『しーどりあ、きょうもすてき~!』
ようやく言葉の意味を理解して――反射的に頬が赤くそまったのを、ほんのりと頬に宿ったぬくもりの感覚で自覚する。
そうか……たしかに、髪飾りを飾り直したり、服や装飾品の確認をしたりするのは、他者から見るとオシャレの確認をしているように見えたことだろう。
意図せず、はしゃいでいるように見えたのではないかという考えがよぎり、気恥ずかしさから反射的に照れてしまった。
軽く握った片手を口元にそえ、咳払いを一つ。
気恥ずかしさを振り払い、三色のみなさんへと微笑みながら言葉を返す。
「ありがとうございます。準備はしっかりとできましたので、まずはお祈りをしに行きましょうか」
『は~~い!!!』
元気な返事に再三の安堵をし、気を取り直して宿部屋を後にした。
今日は手早く三柱の神々の像に《祈り》を捧げ、ロランレフさんに朝のあいさつをして神殿を出る。
爽やかに吹き抜ける風に、金から白金へといたる長髪とマントをゆらしながら土道を歩んでいくと、明らかに昨日までとは違う様子が周囲から見てとれた。
「……やはり、他のシードリアのみなさんが少ないですね」
『みんな、いない~』
『すくないよ~?』
『いないね~』
「えぇ……」
昨日までは、少なくなったとは言え、見回す限り広場や店、それに森へと向かって行く姿が多く見えていたというのに、今日は本当にまばらに見えるのみ。
現実世界でも朝の時間という、あまりゲームを遊ぶのに向かない時間帯であったとしても、この変化は少々驚いてしまう。
もっとも、予想通りであるならば、次の地であるパルの街ではその分シードリアの姿があふれているのだろうけれども。
「少々物寂しさはありますが、これから先またにぎわっていくことでしょう」
『しーどりあ、いっぱいになる?』
「はい、きっと」
『よかった~!』
『わ~いわ~い!』
嬉しげにぽよぽよと、肩と頭の上で軽く跳ねるみなさんを眺めながら、足を進める。
このはじまりの地に、エルフのシードリアたちが少ない今の状況は、あくまで一時的なもののはずだ。
単純にパルの街へと移っているだけで、そもそも【シードリアテイル】を遊んでいるプレイヤーの数が減っているわけでもないのだから。
むしろ、この先は後発組――いわゆる、後からゲームをはじめるプレイヤーたちが増え、またこの里もにぎやかになることだろう。
「新しく目醒める方々の目に、この大地はどのように映るのでしょうねぇ」
ゆったりと歩みながら、穏やかな声音で呟く。
はじめて大地で瞳を開いた時の感動は、まだ鮮やかに心をゆさぶる。
あの瞬間の感覚と感情を、これから楽しむことができるすべてのシードリアたちのことを思い、笑みが重なった。
それはきっと――とても素晴らしい瞬間になるだろうから。




