七十九話 名残惜しい二日目の終わり
今夜は大成功の嬉しさで心を満たしながら、幸福な心地で眠りに……つけそうにないが、まぁそれはそれとして、そろそろログアウトの時間だ。
「さぁみなさん。無事に星魔法の練習もできましたので、本日は神殿のお宿へ戻りましょう」
『は~い!!!』
穏やかに精霊のみなさんへ紡ぐと、元気な返事をしてくれる。
それに微笑み、深夜の星空を時折眺めながらゆっくりと神殿の宿へと戻った。
変わらない白亜の宿部屋の、お気に入りのソファへと腰かけ、改めてついにゲーム開始二日目が終わるのだと実感する。
ふぅ、と零した吐息に、若干の物寂しさが宿り、小さく苦笑をうかべた。
仕方のないことだと軽く頭を振り、部屋には人目がないのでと《隠蔽 二》を消す。
かくれんぼを終えた小さな多色の精霊のみなさんが姿を現し、鮮やかに燐光を放つ様はやはり美しく、今度こそ感嘆の吐息が零れた。
そう言えばと見上げた視界の左上の魔力ゲージは、長時間多量の魔力を消費する星魔法の練習をしてもなお、すでにスキル《自然自己回復:魔力》によって完全回復している。
さすがは種族特性に含まれているスキルだとつい感心しながらも、しかしこれではいったいいつ魔力回復ポーションの手番があるのだろうか、とそれなりに真剣な疑問が湧き出た。
一瞬思案し、閃きに笑む。
――機会がないのならば、今使ってみるとしよう!
右腰のカバンから、青色の液体の入った小瓶、もとい魔力回復ポーションを取り出す。
ふよふよと近寄ってきた三色の精霊のみなさんに、微笑みながら言葉を紡ぐ。
「今日はポーションで、一息つくことにいたします」
『ぽーしょん、のむ?』
「えぇ。作ったからには、お味見くらいはしておこうかと」
『おあじみ!』
『おいしいかな~!』
そわそわと動き出すみなさんの、その可愛らしさに癒されながら蓋を取り、まずは一口。
口の中に広がったのは、薄い……水に、薄く味付けをしているような、薄すぎる甘酸っぱさ。
「ん……ん~?」
飲んだ後、思わず困惑の声が零れた。
ちらりと見やった姿見の鏡に映る美貌も、なんとも微妙な表情になっている。
いや、よく考えてみると、材料は水の味しかしないはずの魔力水と、それにとかしたマナプラムだけなのだから、この味になること自体は何も不思議ではない。
不思議ではないのだが……正直なところ、もう少しはっきりとした味があるものだと想像していたため、予想外ではあった。
『おいしくない?』
「ええっと……。美味しくない、とまでは思いません。ただ純粋にお味が薄いので……もう少し濃いお味でしたら、もっと美味しいだろうとは思いますね」
『うすかった~?』
『もっとおいしいのがいいね!』
「そうですねぇ」
精霊のみなさんの問いかけに、穏やかな表情に戻しつつ答える。
たしかに、美味しい飲み物としての味を期待していなかったわけではない。とは言え、優しい味だと思えば特別飲めないわけでもなく。
そもそもポーションである以上、必要に応じて多量に飲む場合もあることを考えると、むしろ薄味のほうが良いのかもしれない。
味もまた、魔法と同じくらい奥深いもののように思えて、ようやく口角が上がった。
残りを飲み終わり、せっかくなので生命力回復ポーションのほうも味見をしてみる。
……予想通り、やはり薄い甘みのある水の味だ。
同じリヴアップルを材料として使っていても、食堂で味わったリヴアップルティーの美味しさにはほど遠い。
さすがに錬金術と料理では根本的に、効能と美味しさという追求するものの違いがあるがゆえの、味の違いなのだろう。
思い切って一気に飲み干し、こうして飲む分にはやはり薄味のほうがいいかもしれないと思いながら、ふぅと息をつく。
空の小瓶をカバンへと収納し、少し残っていた疲れを払うためにと軽く伸びをする。
ポーションに関しては、味は予想とは違ったものの、一息はつけたのでよしとしよう。
……あまりにも味の想像ができない防魔ポーションのことは、そっと忘れておくことにする。
一瞬彼方へと飛びかけた視線を正面へ戻し、多色のみなさんの煌きを見つめていると、その美しい癒しにほわっと心がなごんだ。
隣を見下ろすと、三色のみなさんがソファの上でぽよぽよと跳ねて遊んでおり、これまたたいへん愛らしい。
ゆるむ頬をそのままに、美しい光景と可愛らしい姿を眺めて二重に癒される時間は、あっという間に過ぎていく。
――さすがに、そろそろ明日にそなえて、ログアウトをしなければ。
名残惜しさを感じつつも各種魔法を解除して、小さな多色の精霊のみなさんに感謝を告げ消えるのを見送る。
ソファからベッドへと移動し、小さな三色の精霊さんたちに向き直ると、本日もログアウト前のあいさつを紡ぐ。
「小さなみなさん。私はまた空へ帰りますので、みなさんもゆっくりと休んでください。私も十分な休息を取ったのち、また遊びに戻ってきますね」
『は~い! またね!』
『またね、しーどりあ!』
『またあそぼうね~!』
「はい、またのちほど」
ぴたり、と今日はお腹のあたりにくっついてまたを約束するみなさんを、そっとやわらかく指先で撫でて言葉を返す。
どうやら、名残惜しいのは私だけではなかったらしい。
穏やかに微笑み、腹部に手をそえたままゆっくりとベッドに横になると、その手に冷たさとそよ風とほのかなあたたかさが触れて、笑みが深まる。
嬉しくも名残惜しいゲーム開始二日目の終わりに、そっとささやくような声音で、ログアウトを紡いだ。
ぐっと遠ざかる感覚と、やがて戻る現実世界の感覚に、吐息を零す。
長いようでまたたく間に過ぎ去ったように感じた、濃密な二日目が終わり――さぁ、明日は何をしようか?
自然とうかんだ微笑みは、眠りにつくまで消えそうにない。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話し
を投稿します。




