七話 色の秘密と金貨の謎
穏やかな木漏れ日が満ちる森の中、ひらけた土道をゆっくりと歩く。
同行してくれている水と風と土の下級精霊のみなさんは、終始楽しそうに私の周りをふよふよと浮かんだり回ったりしている。
そっと手を差し出すと、風の下級精霊さんが掌に留まってくれた。ふわりとそよ風が撫でるようなくすぐったさを少しだけ感じ、小さく笑みがうかぶ。
『どこにいくの~?』
「そうですね……魔法の実践も楽しみですが、これはじっくりと研究したいので、どこか集中できそうな場所を見つけてからにするとして――まずは、お店を見てみましょうか」
『おみせ~!』
精霊さんの問いかけに答えつつ、前方にあるいくつかの店を確認する。
それぞれの家の壁には、蔓細工でどのような店なのかを示すマークを形づくり飾っているため、何の店かはおおよそ見当がついた。
それぞれ、服の店、靴の店、装飾品の店、剣や弓の店、杖の店、ポーションの店といったところか。
まずはと、一番近くにあった服のマークの蔓細工を飾った蔓の家に向かう。
店仕様なのか、その家には扉はなく入り口からすぐそばに飾られた服が見えた。
「こんにちは」
『こんにちは~!』
『きたよ~!』
『ふくいっぱい~!』
精霊のみなさんと一緒に声をかけて、店内にお邪魔する。
部屋の中には少し見回しただけでも、深緑や黄緑や薄緑に、青や水色や、白や黒などを基調としたさまざまな服とマント、ローブが綺麗に並んでかけられていた。
しかし私と精霊のみなさん以外、店内には誰もいない。他のシードリアたちは別の場所にいるのだろうけれど、店主などのノンプレイヤーキャラクターもいないのだろうか?
かるく首をかしげたところで、唐突に声が響いた。
『あら? シードリアじゃない。いらっしゃい』
奥の部屋があったらしく、緑の扉を開いて顔をのぞかせた店主と思しきエルフの女性へと、覚えたての一礼と名乗りを行う。
「こんにちは。はじめまして、ロストシードと申します」
私のその一連の行動を、眩しげに金の瞳を細めて見つめていた彼女は、薄緑のシンプルなドレスの裾を右手でつまみ広げ、左手は右胸あたりに二度当ててから、礼を返してくれた。これが女性のエルフの基礎的な一礼であると、礼儀作法の本の文章がすらりと記憶から現れる。
ウェーブをえがく金の長髪をゆらし、すっと背を元のように伸ばす彼女の実に上品な一礼に、拍手をおくりたい気分だ。
『わたしはフィオーララ。この服屋の職人であり店主よ』
美しい金の瞳の女性――フィオーララさんは確かに店主で間違いなく、同時に職人でもあるということか。
色々服についてのお話しが聴けそうな予感がしたが、ここに立ち寄った本題は店の見学である。
エルフの服に、興味が湧かないはずがない!
「少し、お店の中を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
『えぇ、もちろんいいわ。わたしの自慢の作品たちを、存分に楽しんでいってちょうだいね、ロストシード』
「はい! ありがとうございます、フィオーララさん!」
嬉しげな承諾の言葉をうけ、こちらも嬉しくなりながら店内を見て回る。
初期装備であろう今着ている薄緑のチュニックのようなこの服も、趣があって私は好きだけれど、店の中の服は一段階オシャレに見えた。
ぱっと見る限りでは、全体的に裾の長くゆったりとした服が多いようだ。チュニックのようなものから、ワンピースのようなもの。それらには初期装備とは異なり、細やかな蔦や花、流水や雫を思わす模様が刺繍されており、どこか幻想的な雰囲気を宿していた。
周囲を飛ぶ三色の下級精霊のみなさんも、楽しげにお話しをしている。
『きれい~!』
『みどりすき~!』
『あおもいいよ~!』
その言葉を聴き、ふと、精霊が好む色について気になった。
スキル《瞬間記憶》で記憶した[精霊と自然]という本の中に、[精霊は自然、すなわち光・闇・水・風・土・火属性とそれに連なる属性に親しみ、その才を持つ者を好み、その色を愛する]という文章があったのだ。
せっかく服の専門家がいるのだから、この素朴な疑問を解決できるかもしれない。
振り返り、なぜかこちらを眩しげに見つめていたフィオーララさんと視線を交わし、問いかける。
「あの、フィオーララさん。これらの服の色には、何か特別な意味合いがあるのでしょうか? とある本の中に、精霊や各種属性と色が関係性をもつような記述がありまして……」
『あら、ロストシードは物知りなのね。実はね、そのとおりなの』
金の瞳が、キラリと煌く。
すすす、と近づいてきたフィオーララさんは、実に鮮やかな笑顔で私の疑問に対する答えを語ってくれた。
『わたしたちエルフって、ほとんど緑や青の服を着ているでしょう? これは元々、精霊たちが森で暮らすわたしたちに、助言をしてくれたからなのよ』
「助言、ですか?」
『そうよ。この色のほうが精霊たちと一緒にいられる、って教えてくれたらしいわ。それに実際、土や緑の精霊は緑系の色、水の精霊は青系の色の服を着ていると、より力を貸してくれたりするのよ』
まさか色がそこまで大事な要素だったとは。
淑やかに高揚感あふれる、という器用な感情表現で語ってくれたフィオーララさんに、この際なのでいろいろとたずねてみよう。
「なるほど……では、例えば水の精霊魔法を使う際、青系の服を着ていると、威力が向上するのでしょうか?」
『ええっと、そうねぇ……強さは変わるかしら。ただ……きみが思っているほどの効果の違いは、ないかもしれないわ』
おっと。
ゆるく首を横に振っての返答に、思わず閉口する。
この問いには肯定的な答えが返ってくると予想していたが、どうやらそう単純な話しではないらしい。
私が戸惑っていることが伝わったようで、フィオーララさんはふわりと優しくさとすような表情と声音で、説明をつづけてくれた。
『わたしは属性のことまでは分からないけれど、少なくとも精霊たちが特定の色を好きって教えてくれることも、その色の服を身に着けることで、精霊魔法が使いやすくなることも、自分で試したから知っているわ。
けれど、服の色だけでは、精霊魔法の威力が格段に上がることはなかったのよねぇ……使う時に、ちょっと使いやすいわ? って思ったくらいだったの。
もちろん、普段よりも使いやすいという部分で言えば、精霊魔法自体の強さは違っているのだけれど……』
最後のほうには頬に手をあて、眉を下げた申し訳なさそうな表情で教えてくれたフィオーララさんに、しかし私としては合点がいった。
「――つまり、威力が上がるのではなく、使いやすさが変わる……精霊魔法を使用する際の安定性がます、ということでしょうか?」
『えぇ、そうね。少なくとも服の色だけでは、変化はそのくらいよ。
――ただ、そもそも属性に限らず、精霊たちは全体的に緑や青の色が好きみたいだから、使う魔法が精霊魔法なら、緑か青の服を着ていれば問題はないわ』
なるほど。
精霊魔法、そしておそらくそれ以外の魔法にも、使いやすさというある種の使用時の要素があるのだろう。
服の色はその魔法自体の発動の安定性を高める要因である、ということ。
ただしフィオーララさんが付け足したとおり、実際のところ精霊魔法に関しては元々エルフの多くが着ている緑や青の服を着ることで、そもそもの恩恵は受けられるだろう、と。
ひとつうなずき、次いでフィオーララさんの言葉で少し引っかかった部分をたずねてみる。
「では、服以外の物の色が、精霊魔法の威力を変化させる可能性はあるのでしょうか?」
『えぇ。精霊魔法に限らず、それぞれの魔法の属性の色を宿す魔石が、その代表例ね。水の魔石は青系の色をしていて、その魔石を使った飾り物を身につけることで、水の魔法の威力を上げることができるのよ。飾り物にかんしては、近くにある装飾品のお店で詳しく教えてくれるはずだわ』
「分かりました。色々と教えてくださり、ありがとうございます」
『ふふっ、いいのよ。わたしもお話しできて嬉しいわ』
思わぬ知識の収穫に、心からのお辞儀をすると、フィオーララさんはまた眩しげに金の瞳を細めて笑った。
フィオーララさんのおかげで、色の秘密と魔法の威力を上げる魔石というものがあることを知れたことは、大きな収穫と言えよう。
お礼に、というほどのものではないが、何か一着くらいは買って店に貢献したい。
そう思ったあたりで、ふと気づいた。
……そもそも今の私に、先立つものはあるのだろうか?
慌てて存在を思い出した右腰の小さな茶色の四角いカバンに触れると、パッと目の前の空中に灰色の石盤――ステータスボードが出現した。
表記されているものは、どうやらこのカバンの中身らしいが……その中身が少々問題だった。
「鉄貨五十枚、銅貨五十枚、銀貨十枚、金……貨? え? 金貨?」
目が点になるとはこのことか。
サービス開始前、事前に収集した情報の中にあった貨幣価値を必死で思い出す。
鉄貨一枚は、おおよそ現実世界での通貨の百の値に相当する。お菓子のような嗜好品が買えたり買えなかったりするていどの価値だ。
鉄貨十枚で銅貨一枚となり、銅貨は千の値。服を一着買えるか買えないかの価値で、これはどうやら目の前のエルフの服にも当てはまるらしい。蔓のハンガーのようなものにかけられた服が並ぶその上の空間に、これまた細やかな蔓細工で[銅貨一枚~二枚]と書かれていた。
ちなみに銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚に相当するようだが、一万の値である銀貨を使うことさえ、少なくとも序盤では稀だそうで。
十万の値である金貨など、そもそも市場では見かけない上に、よほど高性能の武器などでも見繕わない限り使いどころもないだろう、とのこと。
……見間違いでない限り、カバンの中には金貨が三枚もあると表示されているこれは、いったいどういう事なのだろう?
現在の手持ちの総額、四十五万五千。
現実世界でも、一般家庭の貨幣価値として充分以上の価値があるはずだ。
それが、なぜ初期の段階で手元にあるのか?
――謎は深まるばかりである。
答えの出ない謎は、そっと横に置いておこう。
若干遠い目になりつつ、ひとまず当分お金には困らないことをありがたく思うことにして、並ぶ服の中から気に入るものを探していく。
刺繍が施された服はどれも心躍るできだが、マントやローブも捨てがたい。
結局、選んだものは艶やかな緑色のフード付きマントで、胸元の留め具がわりの紐と縁どられた風に舞う木の葉を思わせる刺繍とを銀糸で映えさせた一品。
フィオーララさんにお礼の言葉と銅貨一枚をお支払いし、エルフ式の一礼をして店を後にした。